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みんなの勇姿 葉月side

「さて。私もこれからミーティングあるから行って来るね。その後写真撮らないとだから、葵は適当にしてればいいよ。どうせ私たちの学校は最後まで残りそうだしね」


「そんな感じがする。じゃあ、頑張って」


「ありがとう」


 相変わらず無表情だけれど、応援してくれる気持ちは伝わってくる。そんな葵の姿を見て少し口元が緩む。私はそのまま背を向け、あらかじめ決めておいた集合場所に向かった。


「えー、暑いから熱中症には気を付けるように。以上」


 顧問からは特に何も言われなかった。まぁ生徒同士勝手に写真撮って、新聞を作り上げてるんだから。


「立花さん、私たちと一緒に行く?」


 ふと私は同級生の女の子に声をかけられる。仲は悪くはないが、そこまで親しいってわけでもない。


「私は遠慮するわ。友達も今来てるしね」


「そ、そう。じゃあ後でね」


 その子は他の女子たちの輪に戻って行った。


「ほら。誘っても無駄って言ったじゃない。あの幽霊の子がいるんだから」


「それに、高嶺の花の立花さんはみんなと慣れ合う気なんてないんだから、あの幽霊の子と一緒にいたほうがいいわよ。それに、風間先輩に色目使われても困るしね」


 本人たちは聞こえていないと思っているのだろうか。だが、その声は嫌というほど聞こえる。言われるのは嫌いだが、言われ続けて慣れてしまった。もう気にしないことにしている。葵の辛さとは比べ物にならないし。


「さっさと写真撮りに行くかな」


 ミーティングしている間にも、着々と試合は進んでいる。もちろん、私たちの学校の試合もだ。今試合をしているのは風間・東雲ペアだ。撮りに行きたくはないけれど、これも仕事だから仕方がない。カメラを片手に、ベストショットが狙える場所を探す。


「この辺かな」


 とりあえず、自分たちの高校が正面に来る位置に決めた。試合中コートが変わるからどっちにいても一緒ではあるけれど。


 ふと私は辺りを見渡す。どこかに葵がいるのではないかと思ったが、どうやらいなようだ。まぁわざわざ避けている先輩の試合を自分1人だけで見に来るわけないか。


 気を取り直して私はカメラを構える。何が材料となるか分からないので、準備運動の写真でも、打ち合わせをしているような写真でもとりあえず撮っている。


 しばらくすると試合が始まった。相手は見た目は強そうだが、一体どうなのだろうか。相手側からのサーブで試合は始まり、良い音がコートに響く。力強いサーブだろうと、風間は余裕で打ち返す。風間のことは気に食わないが、テニス自体は上手いのが悔しい。


「あ、あっちも始まる」


 ふと鳥谷君たちがコートに向かうのが見えた。ここにはさっきの子たちが来ているから、別に私がいなくてもいいだろう。色々な写真が必要なのだから、私はあっちに向かおう。きっと葵もいるだろうし。


 人混みをかき分け、私は2人が向かったコートに足を向ける。人が多くてなかなか葵の姿は見つけられないが、そのうち見つかるだろう。写真部として仕事はしておかないといけないため、今度は2人にカメラを向けた。見た感じ、相手は2年生のように見える。そんな人を相手にできるのかと心配になったが、先ほどの試合を思い出し、問題ないかと思い直した。


 山辺君のサーブから始まった試合。相手は余裕で打ち返す。私は場所や角度を何度も変え、2人のベストショットを狙う。


――カシャッ


――パコンッ!


 カメラのシャッター音と、ボールを打つ音が時々重なり合う。試合が進むにつれ、どちらも動きが滑らかになっていき、表情も柔らかくなる。そして何より――。


「よっしゃ!」


「ナイス、空輝!」


 1点を取ったときの顔が一番輝いている。どんな試合でも、やはり勝負は勝負。点を取ったり、勝ったりするのは喜びだろう。


「いいな、2人とも楽しそうで」


 カメラから覗いても、生で見ても、楽しんでいる様子は嫌でも伝わってくる。別に写真を撮ることが嫌いなわけではない。ベストショットを撮れたら嬉しい。


 でも、やっぱり私はテニスが好きなんだ。初めてラケットを持った日から今まで、嫌いになったことはない。何なら、もう一度ラケットを握りたい。コートに立ちたい。試合をしたい。だけど、やっぱり葵がいるから。


「バカね、私」


 カメラを持つ手に力が入る。親友のためとはいえ、ここまでする必要はないだろう。でも、私は葵に助けられた。今度は私が助ける番なんだ。


 ふと辺りを見渡すと、葵が2人の試合を見ていた。葵は多分――いや、今でもテニスは大好きなはずだ。半ば強引にテニスの試合に連れて来たことに不安はあった。嫌なことを思い出させてしまうのではないかと。


 でも、試合を見ている葵の姿を見ていたら、そんな心配は無用だった。葵は無意識なのだろう。いつも無表情なのに、試合を見ているときだけ、微かではあるが口元も目元も緩んでいる。どんな試合でも楽しんでいるのがよく分かる。選手がボールを打つたび、葵も反応している。


「少しずつでいいから、昔の葵に戻ってほしいな」


――カシャッ


 2人ではなく、葵に向けてシャッターを切る。距離はあっても、カメラの望遠レンズを使えばこれくらいは余裕である。2人の試合を楽し気に見つめる葵。これからもっと表情に出してくれてもいいのに。


「山辺君のおかげかな」


 山辺君と出会って葵は変わってきている。ふとさっき撮った葵の写真を見る。もしかして、テニスを楽しんでいるだけではないのかもしれない。


「葵のためにも仕事頑張るか」


 さっきよりもやる気の出た私は、より一層写真を撮ることに集中した。

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