勉強会
「本当、なんか変な感じ」
私たちは今、ファミレスにいる。葉月は目の前にいる人に対してそんなことを言う。
「いいだろ、別に。それより手が止まってるぞ」
「休憩だからいいの」
2人のどうでもいい会話を聞きながら、私は黙々と課題を進めていく。自分の苦手分野を勉強しつつ、科目ごとに出された大量の課題をこなすのは骨が折れそうだ。
「立花さん、持って来ました!」
「ありがとう」
葉月は鳥谷君から飲み物を受け取る。しかも異性なら思わずドキッとしてしまう笑顔で。
鳥谷君は嬉しそうに山辺君の隣に座った。最初ここに来たときは分かりやすく驚いていたが、それと同時にすごく喜んでいた。ここに来てからは今のようにドリンクを取りに行ったり、注文をしたりと色々率先してやっている。葉月専属の執事のようだ。
「で、これからどうするの?」
「今日はそれぞれの苦手な科目を教え合うことにしてるけど」
葉月と山辺君はそんな会話をしている。ふと山辺君を見るとチラッと私を見た。私は特に何もせずに視線を逸らした。目配せしたら何かを企んでいると勘づかれるだろうに。
「せっかくだし、俺が水野、立花はこのバカと組んでそれぞれ教え合うってどうだ?」
「へ?」
突然の提案に一番驚いているのは鳥谷君だった。葉月はというと特に変化は見られない。こうなることを予想していたのか、平然としている。
「お、俺が、立花さんにか? いやいや、無理だって! いつもみたいに俺とお前でいいだろ」
一番慌てているのは鳥谷君。憧れの人に勉強を教え、教わるというのはとても緊張するものだろう。顔真っ赤だし挙動不審になってる。そういえば、葉月はモテるんだったな。なんかここ最近平穏で忘れていた。
「いつも俺とかお前だと偏りが出るだろ。それにたまにはいいじゃねぇか。なぁ立花」
「私は別に構わないわよ。鳥谷君は私とするのは嫌?」
「い、いえ、そんなことはないです!」
「ならよかった」
葉月の笑顔に一瞬で真っ赤になる顔。ここまで純粋で初々しいとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「さてと。とりあえず、俺たちもやるか」
「そうね」
2人の姿を見ているのもいいのだが、しっかりと勉強しないと窮地に立たされてしまう。せっかくの夏休みも補習で潰れてしまうのはごめんだ。
「水野、そこの公式にはこれを使うんだ」
「あ、解けた」
「正解」
「えっと、立花さん、『いと』の意味は分かりますか?」
「確か『とても』って意味じゃなかったかしら?」
「せ、正解です」
お互い教え合う声だけが聞こえてくる。葉月に教えてもらうときも分かりやすかったのだが、山辺君もとても分かりやすく、何より教えるのが上手い。正直先生の説明よりも分かりやすいし頭に入ってきやすい。
しかも課題で出された問題とは別に、自分で考えたオリジナルの問題も私に出してくれる。それも難易度別に。自分の課題も解きつつ、私に教えつつ問題も作る。器用だななんて思いながら私も必死に覚える。
ずっと教えるのは大変ということで、キリが良いところで交代する。現代文は特に教える必要はないようなので、古文と漢文を教えることにした。
「古文と漢文、どっちが苦手?」
「漢文かな」
「分かった。じゃあとりあえず、この問題からね。まず読み方だけど……」
私はいつものようにプリントを見つつ、自分でまとめたノートを広げる。授業で使うノートとは別にもう1冊用意している。授業で書いたとは別に先生が言ったこととか、大事なところを自分なりに書き足しているのだ。葉月に教えるときもこれを使っている。
「いつもまとめてるのか?」
「これ? まぁ自分なりに。あとは葉月に教える用にね」
「分かりやすくていいな」
「そう? まぁとりあえず、早く問題解きましょう」
私のノートを見つつ、私の説明を聞きつつ問題に取り組む。何でも出来ると思っていたのだが、まさか文系が苦手だとは思わなかった。勝手にそんなことを思っていたが苦手なこともあるようでどこか安心した。
私は山辺君に教えつつ、自分の課題も進める。それにしてもこんな風に勉強している姿を見たのは初めてかもしれない。いつも私の席の後ろだからどんな風に勉強しているのか分からない。でも、こんな真剣な顔で取り組んでいるんだな。
「柳瀬、ここはどう訳せばいいんだ?」
「あ、ここは……」
いけない。普段見られない表情に目を奪われていた。山辺君の声で我に返り、聞かれた場所を答える。ずっと見ていたのがバレていないかヒヤヒヤしたが、特に心配することはなかったようだ。
いつもと違うメンバーだからか、勉強も意外とはかどった。鳥谷君も教え、教えられているうちに少しは落ち着いたようで普通に会話をしていた。あとは敬語さえ何とかなればいいのにな。
勉強しつつ、みんなのいつもと違う顔を見られたのは少し嬉しかった。




