本屋で会ったのは
たまに行く本屋は大きめの本屋で、学校の近くということもあり参考書も豊富に揃っている。学校にも揃ってはいるが、本屋よりは狭いので欲しい本が図書館にないときはここに来れば大体ある。私もここの本屋にはお世話になりっぱなしだ。
「どこだろう……」
種類が豊富なのはありがたいのだが、なかなか欲しい本が見つからない。それにありすぎてどれを選べばいいのか分からないのだ。
「あ……」
私が本を探していると中学生の頃使っていた参考書を見つけた。
『葵に合う参考書を一緒に探そうか』
ふと昔の記憶が蘇る。思わず隣を見てしまったけど、もちろんユウ君の姿はそこにはない。
中学生になったばかりの頃、私が数学が苦手でテストも不安だとこぼしたら、私をここの本屋に連れて来てくれたのだ。ユウ君も参考書を使っているのだが、その参考書はユウ君が分かりやすいと感じたもの。だから私が分かりやすい参考書を一緒に探しに来てくれたのだ。ユウ君が最初ある程度、目星をつけた本を私が見る。ユウ君の丁寧な説明を聞いてこれがいいなと思ったのがこの参考書だったのだ。
この参考書は重要な公式や覚え方など分かりやすくまとめてくれている。また、どこで公式を使うのか分かりやすくするための例題も載っているので分かりやすいと思った。もちろん、参考書だけでは補えない部分は、ユウ君に教えてもらった。葉月も一緒に勉強をしたのだが、スラスラ解けることが楽しかったのか、葉月は数学が得意になっていった。
「懐かしい……って、そんなことしてる場合じゃない」
今は中学の参考書は必要ではない。テスト範囲に関係がある参考書を見つけないと。
「あ、あった」
ようやく気になる本を見つけたのだがそれは上の方にある。辺りを見渡しても踏み台はなかった。でも、背伸びをすれば何とか届くかもしれない。
「ん……。もう、少し……」
本の下には手が触れている。頑張れば本を取り出せる。
「何してんだ?」
ふと誰かに声を掛けられた。隣を見るとそこにはなぜか山辺君の姿があった。
「もしかしてこれ取ろうとしているのか?」
「そ、そうだけど」
「はい」
山辺君は簡単に私が取ろうとしていた本を取った。背が高いというのはなんと便利なことか。
「あ、ありがとう」
取ってくれたのは嬉しいのだが、すごい情けない姿を見られたみたいでなんか恥ずかしい。こんなことになるなら素直に店員さんに言って取ってもらうべきだったな。
「それにしても、お前数学苦手なのか?」
私がなんて言おうかと悩んでいると、先に山辺君が口を開いた。
「まぁ苦手なほうね」
「そうか。なら俺が教えてやろうか?」
「え?」
「俺は理数系が得意だから、お前の手助けくらいにはなると思うぞ?」
急に何を言い出すのかと思えば何の提案だろうか。頼んでもいないのに……。
「別にいいわよ。葉月に頼むから」
「あいつ、数学得意なのか?」
「そうよ。私は文系、そして葉月は理数系が得意なの。英語はお互い普通だけど」
私も頑張っているのだが、やはり数字を覚えるのはどうも苦手なのだ。似たような公式もあるし、どこで何を使えばいいのか混乱してしまう。赤点とまではいかないが、単元によっては半分以下になってしまう。
「なんか俺たちみたいだな」
「え?」
「俺は理数系、空輝は文系が得意なんだよ。そうだ。水野、ちょっと俺に協力してくれないか?」
「……なんか嫌な予感」
山辺君はニヤッと笑う。この不敵な笑みはどこから出てくるのだろうか。
「俺たちとテスト勉強しないか?」
「そんなことだろうと思った。まぁ別にいいけど」
葉月は私のことを気にせず、他のことも楽しんでほしい。鳥谷君のことは嫌っているわけではないから大丈夫だろう。
「ならよかった」
「明日、葉月にファミレスで教えてもらう予定なの。2人も来る?」
「そうだな。とりあえず聞いてみる。まぁあいつには立花のことは教えないけどな」
ニヤニヤしながら鳥谷君に連絡をしている。私も一応葉月に連絡する。葉月には山辺君が来ることを伝えたが、鳥谷君のことはサプライズということで伏せることにした。
葉月には不思議がられたが、私がいいなら別にいいということで一緒にすることにした。
「こっちは大丈夫そうだ。お前は?」
「葉月も大丈夫だって」
「明日が楽しみだな」
楽しみなのは葉月と鳥谷君のツーショットでしょうと思ったものの、口には出さないことにした。というかさっさと帰ろう。
「じゃあ私はこれ買って帰るから」
「家まで送って行くぞ?」
「結構です」
「言うと思った。じゃあまた明日な」
山辺君はあっさりと1人で帰って行った。強引なのか素直なのか、それとも今を楽しんでいるのか。
「楽しんでいる、か……」
私はふと山辺君が取ってくれた参考書を見る。
最近自分でもどこか前と違うと感じている。感情も時々だが表に出ているし、喜怒哀楽を感じている。少しずつ心を取り戻している気がする。
「……そんな資格なんてないのにな」
頭をよぎったユウ君の顔。でも、浮かんだその顔は血まみれで、私を恨んでいる顔だった。笑顔が素敵だったはずなのに、すぐに思い出すことができないほどに。
「帰るか」
本を買った私はさっさと家に帰ることにした。1人になると余計なことを考えるのは、私の悪い癖かもしれない。




