お礼のクッキー 流星side
「よっしゃー! みんなお疲れ!」
俺のクラスは文化祭が終わったということでとても盛り上がっていた。教室に戻って来たときはあの3人の姿はなかった。クラスの人も何が起きたかは知らないのだろう。大きな事件でもないから当たり前かもしれないが。
「ねぇねぇ、風間君」
衣装を片付けているとクラスの女子から名前を呼ばれた。
「ん? 何?」
「この後みんなで打ち上げ行かないって話になってるんだけどどうかな? あ、別に強制じゃないんだけどね。何人かは用事があるって帰る人もいるし」
打ち上げか。
俺はクラスを見渡す。男子は男子で盛り上がっているようだが、女子は俺を見ている人が多かった。そんなに期待の眼差しを向けられても困るな……。
「ごめんね。俺、今日は大事な用事があるんだ」
「そ、そっか。それは仕方ないね」
「本当にごめんね」
「気にしなくていいよ。じゃあまた学校で」
「うん」
聞いてきた女子もどこか残念そうな顔をしながら友達の輪に戻った。女子同士で慰め合っているようにも見えるが、そういうのは本人がいないところのほうがいいだろうと思いつつ、俺はそのまま教室を出た。
「お待たせ、優月」
俺が用事だと言ったのは本当のことだ。文化祭の終わりにはここ、優月の墓に来ることにしている。学校で大きなイベントがあったときには必ず優月の墓に寄って帰ることにしているのだ。優月が亡くなってからはこれが恒例となっている。
「今日は文化祭最終日だったんだ。似合わない王子役なんてしてさ」
俺は何も答えない墓に向かって静かに語りかける。文化祭ではどんなことをして、どんなことがあって、どう感じたかを細かく話している。答えてくれないと分かっていても、そこに優月がいるみたいに思えて仕方ないのだ。
「でも、今年は大変だったよ。お前のいとこの水野さんが、俺のせいでクラスメイトの女子に絡まれたんだ。女って怖いよな。嫉妬ってこんなにも力を発揮させるものなんだな」
今でも俺の手のひらにはわずかに痛みが残っている。もしもこれを水野さんが受け止めていたら、多分これくらいではすまなかっただろう。嫁入り前の女の子の顔に傷がつかなくてよかった。
「俺さ、水野さんと仲良くなりたいって思ってるんだ。でも、向こうは関わるなって頑ななんだ。お前、何か知ってるか?」
答えてくれるはずなんてないのに、つい質問してしまうのは俺の悪い癖かもしれない。墓の上に落ちてきた葉っぱを手で払いながら俺は続けた。
「まぁ水野さんはお前のことすごく大事に思っていたから、俺といたらお前のこと思い出して辛くなるってところかな」
俺は女心というものは分からない。周りに女子はたくさん集まるが、正直扱い方も分かっていないのだ。
優月は小さい頃から水野さんと関わりがあったし、少なくとも俺よりは女子の扱いには慣れているだろうな。色々と教わりたかったよ。これからももっと。
「でも、俺気付いたんだよな。俺、多分――いや、確実に水野さんのこと……」
「風間先輩?」
ふと名前を呼ばれ、振り返るとそこにはなんと水野さんが驚いた顔で俺を見ていた。前にも似たようなことがあった気がするが……。
「どうしたんですか。こんなところで」
「それは俺も同じなんだけど。俺は学校でイベントがある日はここに必ず来てるんだ。優月に報告を兼ねて」
「そうですか。なら私と同じですね」
水野さんは静かに近寄り、そっと墓の前で手を合わせた。俺もつられて手を合わせた。
「先輩が報告したなら、私から報告することはありませんね」
「そうか? あいつも水野さんの口から何があったか聞きたいと思うけど」
「同じですよ」
相変わらず返事は素っ気ないが、初めて会った頃よりは態度や言葉に、冷たさもトゲもないようだ。どこか水野さんの纏っている空気が柔らかくなったような気がする。
「あ、そうだ」
水野さんは何かを思い出したようにカバンに手を入れた。カバンから出した手には可愛らしくラッピングされた袋が握られていた。
「私たちのクラスの売れ残りなんですけど、よかったら食べてください。私が作った物なのでお口に合うか分かりませんが、助けてくれたお礼として受け取ってくれたらなと」
「あ、ありがとう」
俺は驚きを隠せないまま、水野さんの手作りだというクッキーを受け取った。俺を避けている水野さんが、お礼とはいえ俺にクッキーをくれたことがすごく嬉しかった。
「なんですか、その顔は。嬉しくないんですか?」
クッキーを見つめたまま呆けている俺に、少し怒ったような口調の水野さんが聞く。
俺は慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ。すごく嬉しいよ。ただ、まさか水野さんからもらえるなんて思ってなかったから驚いて……」
「先輩は正直ですね。そんな先輩をさらに驚かせるかもしれませんがいいですか?」
「こ、今度は何?」
「連絡先、教えてください」
「え?」
これまた俺はフリーズ。今、水野さんは何と言っただろうか。俺の聞き間違い? それとも幻聴か?
驚きの連続で固まっている俺をよそ目に、水野さんはカバンからスマホを取り出した。そして俺に早く出せと言わんばかりに手を差し出してきたので、俺は自分のスマホを渡すと慣れた手つきで操作する。数分もしないうちに俺にスマホを返してきた。
「早いな」
「これくらい余裕です」
「ははっ」
「何ですか」
俺が急に笑ったものだから、水野さんは怪訝な顔をした。誰だってそうだろうな。
「いや、なんか水野さん、前よりも変わったなって思って」
「変わった?」
「前は俺を冷たくあしらって避けてただろ? でも、劇を見に来てくれたり、こうやってクッキーをくれたり、連絡先を交換してくれたりしている。雰囲気も前より柔らかくなってるしね」
まだ少しトゲはあるようだけど、それでも前よりは距離は縮まっていると感じる。
「勘違いしないでください。劇を見に行ったのは先輩の王子役が見たかったからです。クッキーは助けてくれたお礼で、連絡先を交換したのは話があるときに呼び出しやすいするようにするためです。学校では接触したくありませんから」
どんな反応をされるか大体は予想していたが、案外辛辣でちょっと傷つく。褒められることはあっても、こんな風に冷たくされることはないのでやっぱり心には刺さってしまう。
「とりあえず私はこれで失礼します」
そんな俺のことを知ってか知らずか、用を済ませた水野さんはさっさと行ってしまった。
「優月の前だってのに、水野さんは冷たいな。……なぁ優月」
俺は水野さんを見送り、視線を墓に戻した。
「やっぱ俺、水野さんのこと……」
――ヒューッ
最後まで言おうとしたとき、どこからか風が吹いてきた。
「言うなってことか? まぁいいけど。じゃあ俺は帰るな」
俺はまたなと言い残し、そのまま帰ることにした。手にはしっかりと水野さんからもらったクッキーを持って。




