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本当の王子様 流星side

「水野さん、どこに行ったんだろう……」


 すぐに観客席に向かったが、劇が終わった直後のため、多くの観客たちがみんな帰って行くところであった。人の出入りが激しくて目立つ格好をしている水野さんすら見つからない。


「あ、ねぇあの人さっきの王子様じゃない?」


「あ、本当だ。近くで見るとすごいカッコいい!」


 俺は慌てすぎていて、着替えることすら忘れていたためすごく目立っている。この格好で来たのは失敗だったな。


 水野さんも見つからないし、制服に着替えてから出直そうとしたときだった。水野さんが女子数人にどこかに連れて行かれそうになったのが見えた。


「あれは水野さんと、俺のクラスの女子?」


 水野さんは何かを言っているようだが、俺にはその声までは届かなかった。距離もあり、この場所には大勢の人がいるため雑音でかき消される。


 でも、この場所からでも分かる。水野さんは喜んでついて行っているようには見えない。それに水野さんを取り囲んでいるあの女子は……。


 嫌な予感がした俺はそのまま走り出す。周りの視線も声も俺には関係なくなるくらい、水野さんのことで頭がいっぱいだった。



 水野さんはそのまま人気のない体育館裏に連れて行かれた。俺は物陰からそっと様子をうかがう。


「先輩たち、何なんですか。こんな場所に呼び出して。私、クラスの手伝いが残っているので失礼します」


 帰ろうとする水野さんの前に、2人が立ちふさがる。


「誰が帰っていいって言った?」


 口を開いたのは残りの5人のリーダー的存在――白石さんだった。白石さんたちが水野さんを呼んだということは……。


「あんたさ、流星君にかまってもらえるからって最近調子乗ってない? 私の流星君をたぶらかさないでくれる?」


 やっぱりか……。


 俺はその言葉に納得していた。白石さんはどの女子よりも俺へのアピールと執着がすごい。何度も告白をしてきたが、俺はその度に断ってきた。それでもそんなことはお構いなしに、友達と話していたら話に割り込んでくるし、彼女でもないのに人前でベタベタしてくるしで迷惑していた。周りも注意はしてくれたのだが、それでも聞かない。


 顔もスタイルもいいため、性格を知らない人からはモテている。本人も猫を被りまくりなので周りも騙される。ちやほやされているものだから勘違いして図に乗っている。調子乗っているのはお前だと言いたい。いや、その前にいつから俺はお前のものになったんだ。どれだけメンタルが強いんだ。


「調子にも乗ってませんし、たぶらかしているつもりもありません。逆に向こうから絡んでくるだけです。こちらとしては絡まないでくれるとありがたいので、風間先輩のお知り合いなら伝えておいてください」


 水野さんは真顔で冷静に答えるが、冷たく突き放されているみたいで心が痛む。普段からそんなことを思っていたのかと内心傷つく。


「あー。ほんとそういうとこがムカつく!」


 ガチャンという大きな音が響く。どうやらそばにあった机を蹴ったようだが、水野さんは動じない。むしろ俺の方がビクッとなってしまった。


「それにその恰好、あんた似合ってると思ってんの? あんたみたいな女が着ても、見てて痛々しいんだけど」


 今度は服について何か言い始めた。周りの女子たちはクスクス笑うが、特にダメージを受けているように見えない。


「風間先輩も大変ですね。こんなにも自分のことしか考えていない人に好かれるなんて」


「は?」


 水野さんの言葉で笑うのをやめて睨みをきかせる。いつも無表情だが、ここまで冷たい表情を見たのは初めてかもしれない。


「風間先輩は確かにモテるでしょう。顔立ち良ければ性格も良く、それに加えて文武両道。そんな人がモテないはずはないでしょう。先輩方のような人がいて、私を恨む人もいるのは予想してました。でも、先輩方はそれよりも最低かと。人を見下し、自分の都合の良いように変換する。風間先輩に同情しますよ」


 水野さんの言葉にどんどん顔を赤くする。正論を言われているのだから言葉も出ないだろう。


「……うるさい。うるさい、うるさい! あんたに、あんたに流星君の何が分かるのよ!」


「分かりませんよ。避けてますし。ですが、知らなくても分かることはあります。風間先輩は良い人ってことくらい。接していれば分かりますし、普段の様子を見ていてもそれくらい伝わってきます。性格は表に滲み出てくるものです。とりあえず、先輩方が調子に乗らないでください。これ以上、私を……風間先輩を巻き込まないでください。大切な人なんですから」


「こんの……!」


――パシッ!


 俺の手に痛みが走る。何とか受け止めることができたようだ。我ながらなかなかの瞬発力だ。にしても女子の力ってこんなに強いか?


「先輩……」


「流星君……」


 みんなは俺を驚いた表情で見ている。それはそうだろうな。ここに俺がいることは誰も予想していなかっただろうから。


「水野さん、大丈夫?」


「私は何とも……。それよりも先輩のほうですよ。痛くないんですか? というか、どうしてこの場所に?」


 俺が現れたことで場の空気は一瞬で変わる。白石さんたちの顔は青ざめている。俺の登場に驚いたのか、それとも俺の顔が怖いからだろうか。自分でも今どんな顔をしているか分からないが、良い顔をしていないのは確かだろう。


「えっと、流星君。これは誤解なの。私たちは、その子が調子に乗ってるから、注意してただけで、その……」


「俺はそんな言い訳が聞きたいわけじゃない。今まで断ってたんだけど、言い方が優しすぎたな。いい加減俺に付きまとうのやめろ。俺はお前みたいな性格の悪い奴は大嫌いなんだ。金輪際、俺と水野さんに関わるな」


「……っ!」


 白石さんは顔を真っ赤にし、目に涙を溜めながら走り去って行った。残りの女子も追いかけて行ったため、その場には俺と水野さんだけが残された。


「先輩、私の質問に答えてくれますか?」


 先に口を開いたのは水野さんだった。俺はどこか気まずく、水野さんに背中を向けたまま答えることにした。


「水野さんが俺に付きまとってる女子たちに連れて行かれるのが見えたから、気になってここまで来ました……」


「いつからいました?」


「最初からです……」


 後ろからの視線が痛く、なぜか自然と敬語になる。後ろを向けない。このままこの場を走って離れたい。


「そうですか。会話まで聞こえていたか分かりませんが、とにかく助かりました。ありがとうございます」


 水野さんは何も気にすることなく、そのまま俺を置いて歩き始めた。

 もう少し何か言って欲しいというのが本音だ。それと衣装についても何か言ってほしいな。


「あ、そうだ」


 水野さんは足を止め、俺のほうに振り返る。


「演技、すごく素敵でしたよ。今もまるで劇の続きを見ているようでした。その恰好も素敵です」


 水野さんはそれだけを言うとそのまま1人で戻って行ってしまった。


「……っ!」


 俺は今どんな顔をしているのだろうか。顔も体も熱く、とてもじゃないが今の姿は王子様とはかけ離れているだろう。情けない姿を隠すように、俺はその場にうずくまる。


「あんなん、反則だろ……」

 水野さんは自分が今、どんな顔でそんな言葉を俺に投げかけたか分かっているのだろうか。さっきまで無表情で冷たい顔をしていたのに、ふと見せた柔らかな笑顔。しかもメイド服ってこれはご褒美……いや、やめておこう。


 俺はただ1人うずくまって顔の熱が冷めるのを待った。

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