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不安な舞台 流星side

「うわ。意外と集まってるな……」


 俺は舞台の袖から客席を覗いた。客席は満員状態で空席がない。まだ始まるまで30分以上もあるのにこんなに集まっているなんて驚きだ。


「まだ来ていないか」


 俺は客席を見渡したが水野さんの姿はまだ見えなかった。さすがに早すぎるか。まだ時間あるし、水野さんのクラスは大繁盛していると聞いたから大変なのだろう。


 正直、舞台で主役を演じることは緊張していない。それよりも水野さんが来てくれることが楽しみで仕方ないのだ。あれからずっと何度も練習して長いセリフも覚えた。俳優とまではいかないけれど、それなりに演技も上達したと自負している。


「あ、風間君。そろそろ衣装に着替えて」


「分かった」


 水野さんの姿を確認したかったが、準備があるのでこれ以上探すのをやめた。俺は舞台の横に作られた簡易的な更衣室で衣装に着替える。王子の衣装と平民の衣装を何度か着替えないといけないので大変ではある。


「やっぱり似合っててカッコいいわ。あ、もうすぐだから舞台袖で待機しててね」


「そうするよ」


 俺はさっきの場所に戻って観客席を見た。まだ照明は点いているので明るい。しかし、それでも水野さんを見つけることができなかった。


「忘れたのかな……」


 俺は最初から避けられている存在だ。約束をしたとしても、絶対に来るという保証はどこにもない。


「そろそろ始まるよ。準備してね」


 裏方の子が舞台に上がる生徒に声を掛けていた。俺も準備をしなければいけない。


「まもなく、開演いたします」


 アナウンスの声で観客席が暗くなった。水野さんの姿は確認できなかったが俺は劇に集中することにした。


 俺はもう何も気にすることなく、劇に集中した。俺は王子で婚約者もいる。だが、亡くなった幼なじみを想い続ける平民の少女に恋をした。身分の差が壁になっている。


 劇はとても調子良くスタートした。俺だけでなく、舞台に上がっている人の演技全てに観客は夢中になっていた。物語も一番盛り上がる場所まできた。


「そんなにお前は、あの小娘が良いのか!」


「父上、彼女は確かに平民です。身分の差は分かっています。それでも私は彼女のそばにいたいのです」


「ならぬ! お前はこの国を背負う次期国王だ! そんな勝手、私は許さない!」


 王様役の子がそのまま舞台袖に引っ込む。そして入れ変わるようにして王女役が出て来た。俺はそのまま背を向けた。


「どうしてなのですか? どうして、私よりも平民の彼女を選ぶのですか?」


 王女役の人もなかなかの名演技だ。必死さが背中を向けていても伝わってくる。


「私はただ彼女の隣にいたいだけなんだ」


「なぜですか! 彼女は平民ですよ? あなたは次期国王。この国を背負って立つお人なのですよ? それにあの人にはすでに想い人がいらっしゃいます。すでに心に決めた人が。私は決してよそ見をしません。王子、あなただけを愛します」


 しかし、そんな王女の叫びにも俺は背を向けたまま答えた。


「私は地位も名誉も、それから金もいらない。彼女のためなら王子の座さえも捨てられる」


「そこまでしてどうして彼女に尽くすのですか。一体、あなたにどんな見返りがあるのですか」


「見返りなんて求めていない。ただ、私は彼女を愛しているだけだ」


 そこで舞台が暗転する。ここからは王子が王様の命令で王子を連れて帰ろうとする兵士と戦い、ボロボロになりながらいつもの場所に向かった。いつもはお忍び用の服を着て彼女に会いに行っているが、今はそのまま出て来てしまったので王子の格好のままだ。彼女には俺が王子だということを話していない。


 戦いをしている最中も、俺は観客席をチラッと見る。しかし、やっぱりどこにもいなかった。あとはもうラストシーンしか残っていないのに。


 俺の胸は少しズキッと痛んだ。やっぱり、無理だよな。


 どこかモヤモヤとした気持ちを抱えながら俺はクライマックスを迎えることになった。


「はぁ、はぁ……」


「また来たの? それにしても、その格好はどうしたの? 王子にでもなったつもり?」


 彼女は俺の姿を見てクスクス笑う。平民役であるため、服装はとっても質素な物である。自分の衣装とは雲泥の差がある。分かりやすくつぎはぎだらけの薄汚れたワンピース。例えるならシンデレラのような服装だ。


「なったつもりなどない。私が本物の王子なのだ。今まで黙っていて悪かった……」


 俺は王子である証の紋章を見せた。それを見た彼女は俺に向かって膝をついて頭を下げた。


「そうとは知らず、今まで無礼な真似を……」


「黙っていた私が悪かったのだ。謝る必要などない。頭を上げてくれ」


 自分の言葉で彼女は頭を上げて立ち上がった。


「それで、王子様がどうして私のような平民に構うのですか?」


「それは……」


 実はまだこの気持ちを彼女には伝えられずにいた。もうここまで来てしまったのだ。今さら引き返すことはできない。


「それは、私が君の……」


 ちょうどその時だった。客席の後方のドアが開き、微かに光が入って来たことに気が付いた。俺はすぐに気が付いた。そう、息を切らしたなぜかメイド服姿の水野さんだということに。


「好きだからだ」


 水野さんを見た瞬間、無意識に言葉が漏れてしまった。少女役の子は驚いた顔をしていた。それはそうだろう。本来のセリフとは違うのだから。本来のセリフは「隣にいたいからだ」だったのだから。


「で、ですが、私とあなた様とでは身分が違いすぎます。それに私には……」


 相手役は慌てながらもセリフを繋いでくれる。だが、俺の言葉は止まることはなかった。

「好きな人がいることは知っている。その恋が実る前に亡くなったことも。どれほどその男が好きであったかも」


 初恋の人を亡くした。それは知っている。痛いほどに分かっている。それでも、俺はいいのだ。

「それでも、私は優しいあなたに恋をしたのだ。真っ直ぐで素直じゃなくて、どこか不器用なあなたに。ただ、そばにいられるだけでいい。あなたが別の男を想っていても構わない。だから、私のそばにいてほしい。大好きだ」


「は、はい……」


 少女役の子は顔を真っ赤にして俺を見ていた。ナレーションにより幕は閉じた。客席からは拍手喝采が聞こえてきた。


「風間君!」


 クラスの女子に声を掛けられ、俺はようやく正気に戻った。


「急にびっくりしたわ。セリフと違うことを言うんだから。あれ、アドリブなの?」


「え?」


「そうそう。でも、すごくよかった。セリフよりも良いこと言うからもうすごくドキドキしたわ」


 女子たちは口々にそんなセリフを言っている。


 そういえば、俺は一体何を……。


 水野さんの姿を見つけた瞬間、ものすごく胸が高鳴ったことは覚えている。来てくれたことが嬉しくて、そして見つけたとき役になりきっていた俺はつい本音を漏らしてしまったようだ。でも、正直自分が何を言ったのか覚えていない。


「ご、ごめん。俺ちょっと用事が……」


「え、その格好でどこに行くのー?」


 そんな声も耳に入らない。ただ俺は、1秒でも早く水野さんに会いたかったのだ。

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