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メイドデビュー

「こっちはオムライス!」


「パフェの注文入りました!」


 朝から私たち裏方は忙しなく動いている。山辺君が言った通り、ものすごく忙しくなってしまった。一応人数制限を設けているが、それでも忙しいことには変わりない。さすがに連続ではできないのでちゃんと交代しながら休憩を挟んでいる。1時間の休憩があるのでまだいいかもしれない。

 外からは色々声が聞こえるがそれどころではない。猫の手も借りたいくらい忙しい。


「水野さん、休憩入っても大丈夫だよ」


「ありがとう」


 私は交代の子と代わり外に出た。カフェ側の教室を覗くと、執事とメイドが忙しなく動いていた。その中には葉月も山辺君もいた。2人とも疲れているはずなのに笑顔を絶やさずに接客をしている。店の前には次の客であろう人が並んでいた。


「今のうちにしっかり休憩しておかないと」


 時間を確認すると13時10分前。これなら劇に間に合いそうだ。


 急ごうと歩き出そうとしたときだった。カフェ側の教室から顔色の優れないメイド服の女子生徒が出て来た。明らかに具合が悪そうだ。私はいてもたってもいられず、その子に声をかけた。


「ねぇ大丈夫?」


「あ、水野さん。実は気分が悪くて……。本当は接客中だったんだけど、抜けさせてもらったの」


 これだけ忙しいのだ。誰かが体調を崩してもおかしくはないだろう。


「あなたの代わりはいるの?」


「ううん。みんな忙しそうだし、他の人は休憩だから……」


 今ちょうど交代の時間だ。そうなるとみんな休憩に行っていてもおかしくはないだろう。


「なら私が代わりにやるわ」


「でも、これから休憩だったんじゃ……」


「大丈夫。とりあえず、あなたは保健室に」


「うん」


 私は途中で更衣室に寄って着替えることにした。女の子から着ていたメイド服を受け取り着替え、保健室に送り届けた後教室へと戻った。


「え、葵?」


「代理で来た」


 私は驚いている葉月に聞いた。さっきまでいた山辺君の姿はどこにもなかったけれど。


「そういうこと。とりあえず、葵は私の指示に従って。難しいと思うけど、なるべく笑顔でお願い」


「……頑張るわ」


 笑顔と言われると難しい。作り笑顔ですら忘れてしまったのにな。でも、引き受けた以上最後まで責任を果たさなければいけない。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 男性客相手に私は接客を開始する。セリフは棒読みだし、笑顔も上手く作れていない。真顔に近いのは確かだろう。


「君、可愛いね。それにクールなメイドって感じで新鮮だね」


 私はそんなセリフにも耐えながら接客をこなす。どういった感じにすればいいかある程度葉月にレクチャーを受けたのでできたが、どうしてもセリフは棒読みだし笑顔は作れなかった。文句を言われるかと思ったが、クールなメイドとして認識されたのでクレームは言われなかった。ニコニコ笑って接客するのがメイドというイメージなのだろうが、こういった店によく通うような人は新鮮らしく意外に好評だった。


 あまり嬉しくはないけどね。でも、普段の自分で接することができるのならそれはそれで楽だった。

 まぁ中には冷たくされたいという変わったお客もいたので、お望み通り冷たくしたら喜んで帰って行った。葉月からはああいう要求には応えなくていいからと言われた。まぁ高校生の文化祭なのだから当然だろう。


 私は接客をしながら時計を見ていた。もうすでに半を過ぎている。この状況ではもう行けないだろうな。行くと言った手前、どこか申し訳なくなってしまうが、あの女の子を放っておけなかったし、何より店が忙しいことも知っていたからなおさらこっちを選ぶしかなかった。


 私はそのままずっと接客を続けていた。注文を受けたので私は隣の教室に行くことにした。


「すみません。パンケーキをお願いします」


「水野?」


 ふと名前を呼ばれたので振り返ると、そこには執事の服を着たまま作業をしている山辺君がいた。


「なんでお前がその格好を? ってか、休憩のはずじゃ……」


「ちょっと事情があって。そういう山辺君こそ接客しないでなんで裏方を?」


「追加分の材料が届いたっていうから、それをもらいに行ってたんだよ。裏方は女子が多いし、重い荷物運べないから手伝い。何往復かしてやっと終わったところだ」


 山辺君の後ろの机には大きなダンボールが数個あった。見るからに重そうだし、女子には運べなさそうだ。それに量もまぁまぁあるため1度では運びきれないだろう。


「それよりもお前、いいのか? もうとっくに1時過ぎてるぞ」


 山辺君は何を心配しているのかそんなことを聞いてきた。そういえば、山辺君は知っているんだったな。


「いいの。状況が状況だから」


「よくねぇだろ。約束したんだろ。なら行くべきだろ」


「でも今抜けるわけにはいかないわよ」


 時間帯的にも今はとても忙しいときだ。そんな中私の都合で抜けるわけにはいかない。1人いるかいないかでは大きな差が生まれる。


「いいから、来い」


「え、ちょっと山辺君」


 私の手を掴むとそのまま引っ張って廊下に連れ出した。私の腕を掴んでいない手で誰かに電話をし始めた。何かを言っているようだが、周りがうるさくて聞き取ることができなかった。


「少し待ってろ」


 電話を終えた山辺君は私にそう言った。一体何のことか分からず不安でいる私に山辺君は大丈夫だとしか言わなかった。数分後、人混みをかき分けて私たちの方へ向かって来る人影が見えた。


「え、もしかして……」


 山辺君を見るとニヤッと笑っていた。その人は息を切らして私たちの前で止まった。


「ほんとお前って急だよな」


「いいだろ、別に。立花のメイド姿見てられるし、お前のカッコいい姿も見せられる。一石二鳥じゃねぇか」


 私たちの目の前に現れたのは、執事服を着た鳥谷君だった。


「な、なんで鳥谷君が……」


「え? もしかしてハル、水野さんに説明してないのか?」


「まぁな」


「はぁー……。お前って奴は……」


 1人状況が飲み込めずいると山辺君がようやく説明をしてくれた。


「こいつがお前の代わりに入ってくれることになった。お前の代わりとして助っ人でな。だからお前は行け。今からならクライマックスには間に合う」


 ようやく理解ができた。正直ここまでするとは思っていなかったし、鳥谷君にも申し訳ない気がする。


「ハルから事情は聞いてるよ。だから大丈夫。俺、ちょうど暇だったし、何より立花さんのメイド服姿が見られるから。だから、水野さん行ってくればいい。というか行ってくれないと俺、着替え損だしな」


 私に気を遣わせないためだろう。そんな冗談を言ってくれた鳥谷君。これはもう行くしかないな。


「ありがとう。2人とも」


 私はお礼を言ってそのまま走り出した。こんなに心が温かくなったのは久しぶりかもしれないな。


「いいのか? 水野さんを風間先輩のとこに行かせて」


「どういう意味だよ。別に。ただあいつに約束守らせたかっただけだ」


「ほんと素直じゃねぇな」


「バカなこと言ってないでさっさと行くぞ」


 私が走り出した後、2人がそんな会話をしていたことを私は知らなかった。

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