2人一緒に 陽人side
俺は水野の手を引っ張って校内を回った。人が多くて歩きにくい。
「あの、山辺君」
「なんだ?」
「そろそろ手を離してくれない?」
「あ、悪い」
俺は慌てて手を離す。すごく自然に手を繋いだが、自分でも大胆なことをしたなと思う。今さらだが少し恥ずかしくなってしまった。
「そうだ。これからどこに行く?」
「当てもなく私を連れ出したの?」
「まぁ思いつきだったからな」
正直水野を連れ出すことしか考えていなかったから、どこに行くかなんて決めていない。昼も食べたばかりで、これ以上食べたいとも思っていないだろう。
俺は辺りを見回して何かないか探した。しかし、周りにあるものは飲食が多い。アイスクリームやかき氷など冷たいデザートが並んでいる。さすがにこれ以上は無理だろうな。
「あ、水野。あそこに行こう」
俺はとある教室の中に水野を連れて入った。中は真っ暗で何も見えない。
「えっとお2人ですね。どうぞこちらへ」
中にいた人に案内される。足下を照らす微かな光だけが頼りだ。
「ではこちらにお掛けになってください」
俺たちはそれぞれイスに座る。そのイスは普段俺たちが使っているイスではなく、リクライニングできるタイプのイスでとてもフカフカだった。イスは教室の中に円を描くようにして置かれていてとてもそれらしい。真ん中には機械が置かれていた。
「ねぇ山辺君」
ふと隣から俺を呼ぶ声が聞こえた。とても小声で聞き取るのもやっとであった。
「ここ何?」
「見たら分かる。ほら、始まるぞ」
俺は口元に人差し指に手を当て、そのまま天井を指さした。ようやく暗闇に目が慣れて水野の顔がぼんやりと見えてきた。水野はどこか不思議そうな顔をしていたが、素直に天井を見てくれた。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました。これから素敵な旅にお連れしましょう」
係の人の声で天井に綺麗な星空が映し出された。暗くて分からなかったが、どうやら天井に綺麗に映るように暗幕がしてあった。
そう、俺が連れて来た場所はプラネタリウムだった。ここなら何も食べなくていいし、暗くて静かな場所で休むこともできる。慌てた状態でよく見つけられたなと自分でもすごいななんて思っていた。
ふと隣に目をやると水野はじっと天井を見ていた。正直楽しんでいるのか分からないが、嫌そうではないので一安心した。
俺もせっかくだし天井を見ることにした。
「さて、みなさん。こちらは春の星座です」
静かな空間にナレーションの声だけが響く。ナレーションの声に合わせ、空は表情を変える。隙間なく散りばめられた星は、映し出されたものとは思えないほど綺麗だった。
星座だけでなく、なかなか見られない流星群、天の川、それからオーロラまでも見ることができた。最近はこんなものを見られるのかと関心してしまった。
「これで夜空の旅は終了です。みなさま、お疲れさまでした」
一瞬暗闇になったと思ったらすぐに部屋の明かりが点いた。急な明かりに目を細めたが、何度か瞬きをしているうちに明るさに目が慣れた。
「どうだった?」
俺は隣にいる水野に声をかけた。水野も眩しかったようで目の上に手のひらをかざし、目を明るさに慣らそうとしていた。
「すごく楽しめたわ。まさか星座だけでなく、流星群とか色々見られるなんて思わなかったから」
「そうか。ならよかった……って、ん? なんかすごい着信だな」
ふと自分の携帯電話を見るとたくさんの着信履歴が……。全部空輝だけどな。
「連絡したら?」
「そうだな。とりあえず出るか」
俺は水野と一緒に教室の外に出た。廊下の隅に寄った俺は空輝に電話をし、事情を話すと怒ったような口調だったがどこか嬉しそうにもしている。自分も楽しんでいるんじゃないかと思いつつ、電話を切ろうとすると急に立花の声が。水野を連れ出したことを色々言われたが、無事に自分たちの教室まで送り届けろと言われ、一方的に電話を切られてしまった。本当に嵐のような人だ。
「なんか、葉月の声が聞こえたけど」
「お前を黙って連れ出したことを怒られただけだ。俺たちの教室に無事に送り届けろだと」
水野は過保護なんだからとため息をつく。まぁ立花が心配するのも無理はない。この文化祭は一般向けにも解放されているため、どんな人でも入り込みやすい。ほとんどが良い人なのだが、ごく一部に悪い輩がいるのだ。それに厄介なのがこの学校内にはコスプレをした人や宣伝のために派手な格好をしている人も何人かいるため、見た目だけでは悪い奴なのか判断できない。それに真面目そうな格好をしてナンパをする人もいると噂に聞いたから余計に難しい。
「とりあえずこれからどうするかな」
「そろそろ戻ったほうがいいかもしれないわね。そろそろ休憩も終わるだろうし、忙しくなりそうだし」
スマホで時間を確認した水野は、戻ろうと提案をした。俺も時間を確認するとあと数十分で休憩も終わりだ。忙しいときと楽しいときだけ時間が過ぎるの早く感じるな。
「もうこんな時間か。あ、なら更衣室寄ってから帰っていいか?」
「どうぞ。私はその間に1人で帰るから」
「それはダメだ」
「なんで?」
「なんでって、立花にものすごく釘を刺されたからな」
本音を言うなら水野を1人で帰すことが不安だったのだ。男に対して警戒心はまるで小動物みたいに強いが、どんな輩がいるか分からない場所に1人にしておきたくなかったからだ。見た目だけだと騙されそうだし。
「何よ。そんなに葉月が怖いわけ?」
「そういうわけじゃねぇ。勝手に連れ出したのは俺だし、最後まで役目を果たしたいだけだ」
「はいはい」
水野は呆れたように返事をしている。理由に立花を使ったため変な誤解をされているようだ。どこか情けないが、本音を言うのもどこか恥ずかしいのでもうこれでいいかと諦めることにした。
着替えて戻った後は空輝に怒ってるのか喜んでいるのか分からない状態で色々言われ、立花にも水野を連れて行くなら一言言われとなぜか俺だけが責められた。水野は水野でそんな俺に見向きもしないでエプロンをつけて1人準備をしていた。
俺から連絡すると言っておきながら、水野のことで頭がいっぱいで、結局連絡をし忘れた俺にも非があるのは分かっているのだが……。
色々腑に落ちないがそろそろカフェがオープンするのでしぶしぶ接客を頑張ることにした。
「あ、そうそう山辺君」
「なんだ水野」
お客の注文の品を取りに来た俺に水野が声を掛けてきた。今さら俺を見捨てた謝罪のつもりだろうか。
「その格好、結構似合ってるわよ」
「え?」
「じゃあこれお願いね」
俺が持っているトレーの上に注文の品であるパフェが置かれた。急な出来事に俺の思考は停止したが、パフェが倒れそうになって正気に戻った。そしてそのまま、逃げるように隣の教室に戻った。
まさか、水野にあんなことを言われるなんて思ってなかったな……。
俺の頭の中は水野の言葉でいっぱいになってしまい、午後の接客はあまり褒められたものではなかった。お客からはそんな姿もまたいいってことでクレームが来なかったのが幸いだった。
こんな感じで、俺の……俺たちの文化祭1日目は幕を閉じたのであった。




