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劇の練習 流星side

「さて。俺も戻らないとな」


 俺は部室に戻り、制服に着替えた。いつもなら長い練習も今日は早めに切り上げる。文化祭の準備があるからだ。正直、みんなが文化祭の準備で忙しいこの時期が一番練習しやすいのだが、俺も準備をしなければならない。それに俺は大役を任されてしまったのだから。


「はぁ……。行きたくない……」


 教室に向かう足が重くなる。それくらい嫌なのだ。

 教室に向かっている途中、どこからかいい匂いがしてきた。運動をしたばかりで俺の腹は自然と鳴ってしまう。無意識に匂いを辿っていると、着いた場所は調理室だった。


「誰かが練習しているのか?」


 文化祭の出し物は学年やクラスによって異なる。飲食をやるところもあっても不思議ではない。

 俺は好奇心で窓を覗いた。誰が何を作っているのか、ただ気になっただけであった。でも、俺は覗いたことを後悔した。俺の目に飛び込んできたのは、水野さんと山辺君が一緒に話している姿だったからだ。


 山辺君のほうは楽しげに話をし、水野さんも嫌そうな顔をしていない。無表情だけど、楽しんでいる雰囲気は伝わってくる。ここからでは会話は聞こえない。会話の内容よりも、2人が話をしている姿に心がモヤモヤした。


「……一緒にいても不思議じゃないか」


 2人は同じクラスなのだから、一緒に文化祭に向けて準備をしていても何も不思議はない。俺はそう言い聞かし、静かに調理室を離れることにした。教室に向かう足取りは、さらに重くなってしまった。



 教室に着いた俺は、すぐに女子たちが駆け寄ってくる。何かを口々に言っているようだが、なかなか聞き取れない。しかし言いたいことは分かるので、笑顔で女子の輪から抜けた俺は、カバンから台本を取り出した。


 そう、俺たちのクラスは劇をやることになったのだ。ストーリーはある国の王子がお忍びで町を訪れた際に出会った1人の少女に恋をするという話だ。しかしその少女には亡くなった幼なじみのことを想っていた。王子にもすでに親が決めた婚約者が存在していたが、王子はいくつもの壁を乗り越え、その少女と結ばれるという、何ともありきたりな話だ。ストーリーやセリフは、女子が頑張ってくれたから文句は言えないけれど。


 俺は台本を広げて教室の前に立った。教室では裏方の人もせっせと動いている。大道具を作ったり、衣装を作ったり、それから照明などの打ち合わせをしたりと色々だ。俺も手を抜くわけにはいかない。


「じゃあこの前の続きからやろうか」


 監督の指示でその場面のセリフを確認する。ここは少女が墓の前で泣いているシーンか。


「はい。じゃあ風間君から。よーい、スタート!」


 監督の声で俺は台本を置いてセリフを口にした。


「この前の少女はどこに……。あ、いた」


 俺は少し離れた場所から、少女役の女子生徒を眺めた。女子生徒はしゃがんで泣く演技をしている。俺はその姿を見て、昔のことを思い出した。優月が死んで間もない頃、よく俺は墓の前で涙を流していた。まるで自分を見ているようだった。


「あれは、この前の少女か?」


 俺はそのまま演技を続ける。俺の練習を多くの人が見ているが、何も気にならない。注目されることには慣れている。俺は俺のやるべきことをやるだけだ。


 どれくらい演技を続けていたのかは分からないが、気が付けば練習は終わっていた。終わった瞬間女子たちの悲鳴のような歓声が響き渡った。


「お疲れさま、風間君。この調子でお願いね」


「分かった」


「風間君、ちょっといい?」


 俺は衣装を担当していた女子に呼ばれた。そこに行くとすでに完成している俺の衣装を渡された。上から下まで真っ白な服。それに金の装飾が施されていた。首元にはひらひらしたスカーフ。名前は分からないがそれもあった。しかも白い革靴まで……。凝ってるな。


「ちょっと試着してみてくれないかな?確認したいから着たら戻って来て」


「分かった。じゃあ預かるね」


 手渡されたその服はとても重量感があった。俺をイメージして作ってくれたのだろうか。それにしても汚しそうだななんて想いながら俺は更衣室に向かった。



 更衣室で着替え終わった俺は改めて自分の姿を見る。作る前に入念にサイズを測っていたからか、サイズはちょうどよかった。


「柄じゃないな……」


 全身真っ白でキラキラしてて、本当に王子様って格好だ。コスプレしているみたいでなんか嫌だけれど。


「そういえば着たら見せてくれって言われたんだよな……」


 この格好で教室戻るの嫌だな。。恥ずかしいのが本音だ。でも、迷惑もかけられないので覚悟を決めて出ることにした。


「あ」


 更衣室から出るとちょうど水野さんと出くわしてしまった。水野さんも驚いたようで、俺を無言で見つめていた。


「や、やぁ。どうしたのかな?」


 とてもぎこちない返事になってしまった。変に想われなかっただろうか。


「どうしたんですか? その格好。趣味ですか?」


 相変わらずの無表情で、しかも冷たい言葉が発せられた。


「これは劇の衣装だよ。俺たちのクラスは劇をやることになったんだ。俺はその、王子の役で……」


 一番見られたくない人に見られてしまった。こんな似合わない格好を……。


「そうですか。では、これで」


「待って」


 俺は頭を下げて行こうとしていた水野さんを呼び止めてしまった。


「あ、あの、その……。もし、よかったら、俺たちの劇を見に来てくれないか?」


 俺が避けられているのは分かっている。でも、せっかくなら見に来てほしいのだ。俺にとって……いや、3年生にとって最後の文化祭なのだから。


「劇は何時からなんですか?」


「え? えっと、2日目の13時から14時までだけど……」


 水野さんは何かを考え込んでいる様子だ。


「分かりました。その時間はシフトが入っていないので行けると思います」


「そ、そうか」


「先輩にとって最後の文化祭ですもんね。それに、王子様役として活躍している姿をカメラにおさめたいですし」


「そ、それは勘弁してほしいな。この格好、俺には似合ってなくて恥ずかしいしな」


 正直今すぐにでも脱ぎたいくらいだ。そして水野さんがここにいる。暑くて暑くてたまらないのである。

 すると水野さんは小さく笑った。


「よく似合ってますよ。では、当日楽しみにしています。先輩もよかったら私たちのクラスに来てください。メイドがもてなしてくれますよ」


 ではと言い、水野さんはそのまま去って行った。俺は何も言えず、ただ水野さんが歩いて行った方向を見つめることしかできなかった。


「今、笑った……?」


 水野さんの笑った顔を思い出して、俺の顔は熱くなる。俺はその場から逃げるように教室に戻った。

 でも、違うことが1つある。さっきまでの重い足取りはなくなってしまった。そして、やる気もさっきよりも出てきた。


 あぁ、やっぱり俺は水野さんのこと……。


 それ以上俺は考えるのをやめた。これ以上考えればセリフも飛んでしまいそうになるから。

 当日が楽しみで仕方がない。これほど楽しみな文化祭は久しぶりかもしれない。

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