文化祭に向けて
「頑張ろうかな」
私は今、放課後の調理室に1人いる。目の前には家から持って来た材料。これはもちろん、文化祭に向けての準備なのである。どうして1人なのかというと、他の裏方の人は別で準備があったり、クラブ活動のほうの出し物の準備であったりと色々と忙しいのだ。それで帰宅部で忙しくもなく、そしてお菓子作りの経験がある私がこうやって試作品を作ることになった。
本当なら家でもいいかなとは思ったが、ここにはたくさんの調味料や道具が揃っている。それに料理をする身としては、こういうのにも興味が湧くのだ。
今回作ってほしいと頼まれたのはラテアート、それからクッキーである。他にも色々と試作しなければならない物はあるが、今回は1人だし、他の人も作るのでこの2つだけを頼まれた。
「先にクッキーか」
私は慣れているクッキーを作ることにした。今回はシンプルなクッキーではなく、アイスボックスクッキー、ジャムサンドクッキー、アイシングクッキーなど手間がかかるものばかりだ。作ったことはあるが、時間も手間がかかるため滅多に作ることはなかった。
必要な材料と道具を揃え、私はクッキーを作り始める。クッキーを作るのはいつ以来か分からない。しばらくの間作ってなかったせいか、手間取ってしまう場面も多々あった。でも、動かしているうちに感覚を取り戻したのか、自然と体が動くようになった。今日は材料も少ないので試作品しか作れない。
私はクッキーを並べてオーブンに入れる。そしてそのまま焼き上がるのを待つことにした。待っている間時間があるので、その間にラテアートの練習をすることにしたのだが、これがまた難しかった。画像を見つつ、頭にもイメージが出来ているのだが、それが上手く反映されない。そして何より、私は絵が下手である。
とりあえず、簡単そうなハートを作ってみたのだが、形が崩れ、お世辞にもハートには見えなった。ただミルクを混ぜただけにしか見えない。言わなくとも分かる。これは失敗だ。
「まぁ、何とかなるか」
クッキーが焼けるまでまだ時間はある。私は失敗作とはいえ、無駄にすることはできないのでネットで調べつつ、飲むことにした。ラテアートは失敗したが、味は悪くないのであとはアートを頑張ればいいだけである。文化祭までには間に合うかな。
失敗作を飲み終えたので、再度挑戦してみる。1度しか練習していないため、先ほどと変わらない出来栄えだった。というか、1回目よりもひどい気がする。
「……まぁいいや」
私は2個目の失敗作を置き、クッキーの様子を見ることにした。練習したいのは練習したいが、そう何杯も飲めるわけではない。自分のお腹との相談もあるので、とりあえずここはクッキーを見ることにした。
「久しぶりだったけど問題なさそうね」
出来上がったクッキーを私はお皿に並べていく。どれもちょうどいい加減で焼けている。久しぶりのせいか、形はいびつだったが、焦げてはいないし味も問題なし。クッキーはすぐに何とかなりそうなレベルだった。
「なんかいい匂いがするな」
ふと声がしたほうを見ると、ドアのところに練習着を着た山辺君が立っていた。手にはラケットを握り、首にはタオルを巻いていた。暑いからか顔には汗が滲んでいた。上下黒の服は、山辺君に似合っていた。
「なんでここにいるの?」
「練習の合間の休憩だ。ちょうど通りかかったらいい匂いがしてな。何作ってんだ?」
「クッキー」
「美味そうだな」
「食べる?」
「いいのか?」
食べると聞くと子供のように目を輝かせる。そんなにお腹が空いていたのだろうか。
「まぁ少ないけど。それでもいいならどうぞ」
山辺君はアイスボックスクッキーを手に取って食べた。食べてもいいよと言っておきながらドキドキしている。一応味見はしたが、特に問題はなかったとはいえ、やはり人に食べてもらうとなるとドキドキする。そういえば、この感じ懐かしいな……。
「どう?」
「すっげー美味い」
「そっか。なら大丈夫ね」
「そういえば、それはなんだ?」
今度は違うクッキーをつまみながらそんなことを聞いてきた。
「ラテアートの練習してた。でも、初めてだったから失敗した」
時間が経ったせいかさらに形が崩れている。ハートにすら見えない。
「意外と不器用なんだな」
「初めてなんだから仕方ないでしょう」
「材料はまだあるの?」
「え、あるけど……」
私はテーブルの上の材料を見る。5杯くらいは練習できるように材料は用意してあるからあと3杯は練習できる。まぁしないつもりだったけど。
「なら俺がやってもいいか?」
「え、それは構わないけれど……。練習はいいの?」
「今日はもう終わりだ。みんなも準備があるらしいからな」
そういって手際よく作業を進めていった。自分のスマホを操作し、何かを検索している。どうやら動画を見ているようだ。動画を見ながら手元を動かしている。慣れたように動かす姿はとても様になっている。手元よりも真剣に取り組む横顔を見ている。こんなにも真面目な山辺君を見る機会なんてないので、どこか新鮮にも思えた。
「よし、できた」
数分もしないうちに山辺君はラテアートを完成させた。動画の通りの綺麗なハートが描かれていた。
「すごいわね。こんなに器用だなんて思ってなかったわ」
「地味に失礼な奴だな。まぁこれくらいなら余裕だな。これ、お前飲むか?」
「え?」
「クッキーのお礼だ」
「あ、ありがとう」
私は山辺君からカップを受け取り、一応参考のために写真を撮った。ここまでのクオリティを求められるとなると、どこか自信もなくなってくる。
「俺はこれもらってもいいか?」
「え?」
山辺君が指さしたのは私が作ったラテアート。しかし、時間が経ったせいかぬるくなり、形もさっきよりも悪くなっている。
「いや、これはやめたほうがいよ。自分で作ったの飲んだら?」
「気にすんな。せっかくだ。これ飲みながらクッキーも食べようぜ」
「強引な人ね」
そう言いながらもどこか楽しんでいる自分がいる。何気ない会話をしながら私たちはお茶をする。外はクラブや文化祭に向けた準備で賑わっている。今ここにいるのは私と山辺君だけ。改めて2人だと実感するとどこか恥ずかしくも感じるが、そう感じさせないほど山辺君は楽しそうに話す。
私はそんな山辺君に話を合わす。でも、私は表情を崩していない。無表情の私にもこんなに楽しそうに話してくれる。ほとんど言葉も発していない。それでも楽しそうに話しているが、本当に楽しいのだろうか。
「なんだよ、そんな顔して。俺の話、面白くないのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、私と話して楽しいのかなって思って」
そう言うと山辺君はまた笑う。何がおかしいのか不思議に思っていると、山辺君は口を開いた。
「楽しいぜ。顔には出てなくても雰囲気が楽しそうだって伝わってくるから」
私を見てニヤッと笑う。本当によく分からない人だ。
「楽しいならいいけど」
私はこれ以上何も言わないことにした。嘘をついているようにも思えないから。
1つ、気が付かなかったことがある。この光景を外から眺める人がいたことを。




