入学式
外は入学式にはふさわしいほどの晴天だった。初めての場所ではあるが、特に緊張はしていない。周りにはたくさんの新入生たちが入学できたことに喜びを露わにしていた。
「葵!」
ふと私の名前を呼ぶ声が聞こえる。振り返るとそこには私、水野葵の親友である立花葉月が手を振ってこちらに近付いてきていた。
「やっぱり葵は何を着ても可愛いわね」
「それ、嫌味にしか聞こえないんだけど?」
「相変わらずの冷たさね。まぁいいんだけど」
そう言って私の背中をバシバシ叩く。
本当にこの子は……。私のことを可愛いと言うが、それは葉月のほうだと言いたくなる。葉月は可愛いというよりは美人かもしれないけれど。
葉月とは小学校からの幼なじみで親友だ。昔は私のほうが背も高かったのに、今では葉月と10㎝くらい差がある。葉月のほうが美人で背も高く、モデルみたいなのはまだいい。でも、問題はそれだけではないのだ。
「おい、あの子誰だ?」
「モデル? 俺たちと同じ1年生か?」
やっぱりこうなった。
「周りが騒がしくなってきたね。あ、もしかして葵のことを狙っている人が?」
葉月は周りの男子たちと私を交互に見比べ始めた。
葉月はこう行っているがそんなわけはない。葉月は身長165㎝。しかも細くて足が長い。髪も腰まである黒髪のロングヘアー。顔も小顔で大きな瞳にスッと伸びた鼻、それにリンゴみたいに綺麗で赤い唇。それに加えて胸も大きいなんて羨ましい限りだ。
男子だけでなく、女子からの注目も浴びている。男子も女子も憧れる顔と体の持ち主が親友だなんて誇らしい限りだよ。
ちなみに私は155㎝といういかにも平均的な身長。顔もどちらかといえば童顔で、髪も肩までの長さである。お手入れはしっかりしているが、葉月ほどサラサラでもツヤツヤでもない。何をとっても平均的である。
「入学式早々、なんか目立っているわね。あんな人たちは相手にしなくていい。葉月も嫌になったらいつでも私から離れていいから。私に関わっていると、彼氏どころか友達すらもできないわよ」
「何今さらなことを言っているの。私たち親友でしょ? そう簡単に離れるほど柔な絆じゃないわよ。それに葵は人のこと外見で判断しないし、一緒にいて楽しい。こんなに一緒にいて楽しくて楽な人、今まで出会ったことない」
葉月の見た目は清楚系のモデルのようだ。しかし、ときどき口調が荒くなり、まるで男みたいになるときがある。ケンカをすれば男子相手にも負けないほどだ。普段はそんなことないのだが、これを見た人たちはみんな葉月から離れていった。
でも、私は曲がったことが大嫌いで、友達思いで、真っ直ぐな葉月が大好きなのだ。見た目と中身に少々違いはあるけれど、葉月はしっかりと中身を見てくれる。葉月自身、外見のせいで妬まれたり恨まれたりしたことがある。だからこそ、人の本質を見る目はしっかりと養われている。一緒にいて楽しいとか面白いとか感じているのも、お互いをしっかり理解しているからかもしれない。もちろんお互い間違いがあれば指摘もする。本当に最高で理想の親友である。
「私、別に高校で友達できなくてもいい。葵がいればそれでいいから」
「言ってくれるわね。まぁ私もそのつもりなんだけど。それに今のところ葉月だけなのよね。私に近付いても何も問題がないのって」
実はユウ君が亡くなった頃からクラスメイトから避けられ始めた。もともと葉月以上に仲の良い友達なんていなかったから、気にしてはいなかった。しかし葉月はそれがどうしても許せず、ある生徒に問い詰めたところ、私に近付くと幽霊が見えるらしい。それも老若男女さまざまな血だらけの幽霊が。
私たちはその話を聞いて不思議に思った。そんなものは嘘だと思ったが、1人だけでなく何人もの人が見たと言っている。私たちは見えないからなかなか信じられないのだ。それはもちろん、今も同じである。
「あのさ、もうそろそろ私はいいと思うよ? 葵はずっと苦しんできたんだから」
葉月にしては遠慮がちな言葉。いつもはもっとズバッと言うのに。葉月なりに気を遣っているのだろう。
「入学式が終わったらお墓参りに行こうと思ってる」
「やっぱり、またあの夢……」
「葉月は何も心配しなくていいよ。それよりもう行かないと」
私たちは体育館の前に他の1年生と同じように並んだ。私と葉月は運良く同じクラス。だけど、出席番号順なので並ぶときも席だって離れてしまうのが残念だ。
遠くにいる葉月を眺めていると、ドンと体に何かが当たった。
「すみません」
どうやら後ろに並んでいる男の子が私に当たったようだ。
「大丈夫です。私もボーッとしていたので」
相手の顔を見ようとしたときだった。
「新入生のみなさん。これから入場しますが、焦らなくてもいいのでしっかり前の人について歩いてください」
先生の声で新入生が歩き始めたので、顔を見ることはできなかった。
まぁ後でも見られるかな。それに同じクラスの人みたいだしいつでもいいか。なんてそんなことを思いながら前に進むことにした。
「今日挨拶してた生徒会長カッコよかったよね」
帰ろうとしたとき、葉月の一言目がこれだった。もう少し他に言うことがあったのではないかと思ってしまう。
入学式も無事に終わり、それぞれの教室に戻ってロングホームルームを行った。しかし今日は話が主で詳しいことは来週から始まるオリエンテーションで話すとのことだった。
「他に言うことないの? それにしても、同じクラスなのは本当に嬉しい」
「そうね。これから2人で頑張ろうね」
「うん。勉強もハードになりそうね」
「本当ね。まさか葵がこの学校に受かるなんて思ってもみなかったわ。あんなに勉強嫌いでテストの点も悪かったのに」
「それは言わない。でも、まだまだユウ君には敵わないわ」
生きていたら本当に何もかも敵わない。勉強だってソフトテニスだって何もかも。私と違って器用でそつなくこなしていた。そのうえ優しくてカッコいいのだから、本当に自慢のいとこだった。
「あ、そろそろ行かないと」
「1人で大丈夫? 一緒に行こうか?」
「子供扱いしないでよ。じゃあ行ってくるね」
私は葉月と学校で別れて、行こうと思っていた場所へと足を向けた。