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鉢合わせ

 久しぶりに訪れた公園は、通っていた頃と何も変わらなかった。ここに来たのはいつ以来だろうか。ユウ君を亡くした時期からだから2、3年くらいだろうか。広い公園から聞こえてくる声は、どれも元気で楽しそうなものばかりだった。


「あっちー。暑くて動きたくないぜ」


「空輝、これくらいの暑さで弱音吐くなよな。暑い中でも俺たちクラブしてるだろ」


 2人は私たちの前を歩きながら会話をしている。内容は本当に他愛もないことばかりだったが、それでもすごく楽しそうにしていた。


「葵、大丈夫?」


「平気だよ。自分でも驚くほどにね。やっぱり、3年くらい経ってるから落ち着いてきたのかもね」


 あの頃は公園に近付くことさえも怖くてできなかったのに、みんながいるからか不思議と気持ちは落ち着いている。今になってやっと、受け入れ始めたのかもしれない。


「おい、あれって……」


「ん? ハル、なんか見えるのか?」


 2人が立ち止まって右を見た。いつの間にか私たちはテニスコートのほうまで来ていたようだ。そして、2人が見ているのは壁打ちができる場所だった。


 私たちも2人と同じ方向を見る。そこには1人で壁打ちをしている人がいた。誰が打っているかなんてすぐに分かった。さっきカフェで見かけたのだから。


「……ユウ君」


 私は思わずその姿に釘付けになった。フォームも打ち方もユウ君と瓜二つだった。でも、それは一瞬のことですぐに現実に引き戻される。そこにいたのは、ユウ君ではなく、先輩だったから。まるで先輩ではなく、ユウ君が打っているかのように錯覚してしまうほどに似ていたのだ。


「葵? 大丈夫?」


「ん? あ、大丈夫……。でも、先輩帰ったんじゃなかったんだ」


「え? 葵、先輩のことで何か知ってるの?」


「あー。さっきカフェで見かけたんだ。まさかここにいるとは思わなかったけど」


 カフェで話していた女性がそう話していたのを聞いただけだ。練習前なのか後なのか分かるはずもないのに。


「あ、こっちに気付いた」


 葉月の言葉で私はもう一度見る。確かに先輩がタオルで汗を拭きながら私たちに近付いてきた。


「驚いた。なんでみんなここにいるの?」


「たまたま公園に来たら先輩を見つけただけですよ」


 先に口を開いたのは山辺君だ。敵意剥き出しというのがよく分かる。先輩は割と落ち着いているほうだと思うけど。


「先輩はいつもここで練習してるんですか?」


 自然とそんな質問が出てくる。自分でも先輩に質問するなんて驚きだが、先輩のほうが私よりも驚いているようだった。


「あ、あぁ……。休みの日はほとんど。学校だと女子たちが集まるから集中できないけど、ここは穴場だからね」


「でも、なぜ壁打ちを?」


「相手がいないんだ。俺の相手ができるのは、あいつだけしかいないからね」


 あいつってだけで誰のことかは分かる。確かにユウ君は上手かった。手加減してもらわないと私の相手はできないほどだ。


「そうですか。ちなみに、先輩はユウ君より上手かったんですか?」


「いや、あいつのほうが上手かったよ。でも、どうしてそんなことを?」


「先輩の打ち方やフォームがユウ君と一緒だったもので。でも安心しました。やっぱりユウ君が一番なんですね」


「なんか、遠回しに俺は下手って言ってない?」


 葉月と山辺君は笑いを堪えている。鳥谷君は何が起きているか分かっていない様子だ。


「いえ、ユウ君よりは下手という意味です」


「やっぱ下手って言ってるじゃん」


 2人は限界だったようで声を出して笑い始めた。


「そこ2人、笑いすぎだ」


「はー。葵、あんた面白いわ」


 葉月がこんなに笑うなんて。何か面白いこと言っただろうか……。


「でも、上手いとは思いますよ。壁打ちだけでもよく伝わってきます」


「もっと見たいなら放課後テニスコートに来てもいいけど?」


「遠慮しておきます。女子がうるさいし目立ちたくもないので」


 ただでさえ変な噂流れているのに、近付けばまた変な噂が立つのは目に見えている。


「そこも変わらず、か。まぁいいか。それより、これからどうするの?」


「特に何も考えてないです。先輩は今日はずっと壁打ちするんですか?」


「一応コート1面だけ借りてるよ。まぁできるとしたらサーブ練習とか基礎くらいだけどね」


「そうですか。あ、でも先輩とは一度手合わせしてみたいので、俺が万全のときにお願いします」


「それはいいね。まぁみんなもせっかくの休日、楽しんでおいでよ」


 先輩は私たちについて特に追求することも、引き止めようともしなかった。やっぱり、これは本命の相手のおかげかもしれない。


「そうですね。みんな行こうか。先輩、練習の邪魔してすみませんでした」


 私は一応頭を下げた。一応先輩なので敬っておかないと。


「俺は別に気にしないよ。まぁ水野さんに会えるなんて思っていなかったから、そこはラッキーだけどね」


女子が歓声を上げそうなほどキラキラとした笑顔を向ける。ずっと1人で練習していたから、顔に浮かぶ汗が光っていた。今はまだ肌は白いほうだけど、これから焼けるのかなって思った。


「葵、大丈夫?」


「平気だよ。ただ、昔のこと思い出しただけだから」


 先輩の姿を見て、あの日のことを思い出しそうになったが、すぐに思い出すのをやめた。みんながいるのに、私のせいで空気を壊すわけにはいかない。


 すぐ後ろでまたボールを打つ音が響く。思わず振り返って見てしまうが、そこにはやっぱり先輩の姿しかなかった。ここに来て感傷的になっていたのと、暑いのとで幻覚を見てしまっていたのかもしれない。


 この後は少し散歩して、特にやることもないので解散することになった。鳥谷君はもっと葉月と一緒にいたかったようだが、それは叶うことはなく、半ば強引に連れて行かれたのであった。

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