みんなでカフェへ
今週末、私たちはとあるカフェに来ていた。メンバーはもちろん、私と葉月、山辺君と鳥谷君だ。
「山辺君、よくこんな店知ってたわね……」
「俺の母親がこういうのが好きなんだよ。それで知ってたんだ」
私たちは山辺君を先頭に店の中に入った。店の中も外もとても落ち着いた雰囲気がある。白基調の明るい内装は男女共に入りやすい。
中にはテーブル席もカウンター席もたくさんある。私たちのような学生も多く、それぞれ会話を楽しんだり、勉強に勤しんでいる人もいた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「えっと4名です」
「ではこちらへどうぞ」
女性の店員さんに案内され、私たちは4人がけのテーブルに案内された。もちろん、男女に分かれて座ることにした。
「さて。どれにしようかなー」
葉月はさっそくメニューを広げて何にするか考えている。
「あんまり高いもん選ぶなよ?」
「それはどうだろうー」
「言っておくがお前はついでなんだからな」
「言ってくれるじゃない?」
「おい、ハル! 立花さんになんてこと言うんだ! すみません、立花さん。今日は俺がおごるんで何でも頼んでください!」
鳥谷君は目をキラキラさせながらそんなことを言っている。もし葉月がキャバ嬢とかだったらすごく貢いでくれそうな人だな……。もちろん葉月はそんなことしないけど。
「水野、お前は決まったか?」
「まだ。悩み中」
「どうぜなら2つでもいいぞ? 前みたいに」
「そこまで図々しくない」
イタズラな笑みを浮かべる山辺君。呆れるというか何というか。
「じゃあ私はこのイチゴがたくさん乗ったケーキとカフェラテ」
「ちゃっかりドリンクまで注文か。まぁいいけど。お前らは?」
「俺はチーズケーキとフルーツジュースかな」
「私はガトーショコラとミルクティー」
「了解。俺はフルーツタルトとアイスコーヒーにするか」
山辺君が店員を呼び、みんなの注文を言っていく。こういう場面を見るとリーダーシップがあるよななんて思ってしまう。
「それにしても、山辺君から誘ってくれるなんて思ってもみなかったわ」
「これは水野に対してのお礼だ。お前はついでだ」
「2回もついでって言わなくていいじゃない。失礼ね。私だって役に立ったでしょ? せっかく夕飯作ってあげたのに」
「お前、立花さんの手料理まで食べたのか!」
「うるさい。声がデカい」
3人はまるで学校にいるかのように会話が盛り上がっている。店内もそこまで静かな空間ではないから別に大丈夫だと思うけど。
私はふと店内を見渡した。昼過ぎでも店内は賑わっており、すぐ近くの2人組の女性の話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、あそこにいる茶髪の人、すっごくカッコよくない?」
「あ、本当だ。イケメンだ。1人なのかな?」
「ここで休憩してテニスでもしに行くんじゃない? なんか、スポーツする格好だし、ラケットみたいなのもあるし」
茶髪でイケメンで、しかもラケット……?
私はなぜか嫌な予感がした。この会話は私だけにしか聞こえていないらしく、3人はまだ葉月について話している。
私は不自然にならないよう、店内を見渡すフリをして女性たちが見ているほうを見る。そこにはカウンターでイヤホンをつけ、読書をしながらコーヒーを飲んでいる男性がいた。格好は確かにスポーツをする格好だった。足下にはラケットの入ったケース。そして、遠目からでも目立つ茶色い髪の毛。間違いない。あれは先輩だ。
幸いにも向こうは音楽と読書に夢中でこちらには気が付いていない。こっちも3人は気が付いていなかった。このままお互い気が付かないことを願おう。
私は視線を3人に戻して会話を聞いていた。しばらくすると私たちが頼んだケーキとドリンクが運ばれてきた。
私が頼んだケーキは写真よりも綺麗ですごく美味しそうだった。イチゴとイチゴのジュレで真っ赤。それに甘酸っぱい匂いも食欲をそそった。
「美味しそうね」
葉月はそんなケーキを写真に撮っていた。本当に女子力が高いんだから。ちゃっかり私のも撮ってるし。
「こんなもんかな」
「じゃあ食べるか」
私たちはそれぞれのケーキを楽しむ。私と葉月はお互いのケーキを食べ合う。女子同士ならではだな。しかも自分で食べるのではなく、お互い食べさせていたから鳥谷君が羨ましそうに見ていたな。私は恥ずかしいからやだって言ったんだけど、半ば無理やり食べさせられた。
「それにしても、こんなとこにおしゃれなカフェがあったなんて知らなかったわ」
「本当ね。よくこの辺来てたのに。私としたことがこんな良い店を見逃すなんて……」
葉月は少し悔しそうにしている。本当に可愛いものやオシャレなものには目がないんだから。
「お前ら、よくこの辺に来てたのか?」
ケーキを食べ終え、コーヒーを飲んでいた山辺君が不思議そうに聞いてきた。無理もない。この辺には可愛い雑貨屋があるわけでも、服屋があるわけでもない。あるのは大きな公園だけだからだ。
「そうよ。私と葉月は小学生から中学生まで、ソフトテニスをやっていたの。それでよくここに通ってたのよ」
この辺ではここくらいしかテニスコートはない。整備もされていて、コートの数も多い。中学生までは頑張ってやったが、それ以降はラケットを持つことさえも怖くてできなくなってしまった。
「なら、お前たちそれなりに上手いのか?」
「するのは好きだけど、好きと上手いは別物よ」
私はふとあの頃のことを思い出す。初めてラケットを握ったときのことを。先に始めたのはユウ君だった。私はただ一緒にやりたくて始めたようなもの。葉月はただ楽しくて始めた。今だって好きなはずなのに、私に遠慮してラケットを握らなくなってしまった。
「お前たちと一緒にやりたいな。そしたら俺たちとミックスダブルスできるのに」
「あ、鳥谷君もソフトテニス部だったんだ」
「言ってなかったか? まぁお前、帰宅部だもんな。暇なら入るか?いつも女子がうるさいけどな」
「遠慮しとく。先輩がうっとうしいから」
私は残りのカフェラテを飲む。本当は私だってテニスは大好きなのだ。でも、申し訳ないのと怖いのとで、なかなか一歩踏み出せないのだ。
「まぁそれもそうか。そうだ。食べ終わったら公園にでも行かないか? どうせ行くところもないし、この時間なら公園でも色々スポーツしているだろうし」
その提案に私と葉月は顔を見合わせた。私たちはあの日以来、あの公園に行ったことはない。
「山辺君、それは…」
「いいよ。行こう。どうせ私もやることないから」
葉月が止めようと口を開いたと同時に、私は自然とそんなことを言っていた。
「じゃあ行くか。ちょっと俺トイレ」
「俺も」
男子2人は席を立ち、私たちがテーブルに残された。
「ちょっと、いいの? あれから1回も行ってないじゃない」
不安そうな顔を浮かべながら心配してくれている。私は親友になんて顔をさせているのだろうか。
「もうあれからずいぶん経つ。そろそろ、私も受け入れていかないといけない。これ以上、逃げるわけにはいかない」
『辛いのは分かるけど、あいつが亡くなってだいぶ経っている。そろそろ前を向いても良いと思うけど』
ふと前に先輩に言われたことが頭によぎる。別に先輩に言われたからではないが、先輩の言うことにも一理あるのは確かだ。
そういえば、あれから先輩の姿を見ていない。チラッとカウンター席を見るとすでにその姿はなかった。いつの間にか帰っていたようだ。
「葵も変わったわね。あんたがそう言うなら私は何も言わない。でも、無理はしないでよ」
「分かった。ありがとう、葉月」
ようやく安心した表情を見て、私も安心することができた。ちょうど2人も戻ってきたので、私たちは公園に向かうことにした。




