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はやる気持ち 陽人side

「はあー……」


 俺はベッドにダイブすると同時に、深いため息を吐いた。

 さっきよりはこの環境にも慣れてきたが、やはり水野がいると調子が狂う。こんな姿、間違っても空輝には見せられない。


 向きを変え、仰向けになった俺は天井を見上げる。

 白い電灯が少し眩しい。


「やっぱり、なんか落ち着かねぇ……」


 水野の家ということもあるが、何より同級生の女子しかいないこの環境では、落ち着くことなんて出来ない。もちろん、やましい気持ちなどは一切ない。

 しばらくベッドの上で寝返りを繰り返していたときだった。


――トントン


 急なノックに、思わず体がビクッとなる。


「は、はい」


 返事をする声までも裏返ってしまった。いくら水野の家だからって動揺しすぎだろ、俺……。


「開けてもいい?」


 この声は水野か。今の声、変に思われなかっただろうか……。


「どうぞ」


 ゆっくりと開けられたドアの向こうには、風呂に行く前とほとんど変わらない姿だった。

 違うと言えば、風呂に入る前には濡れていなかった髪が少し濡れていることだけだ。


「何よ。人の顔ジロジロ見て」


「あ、いや、何でさっきまで着ていた服を、風呂から上がった今も着ているのかなと」


「私がただのクラスメイトの男子に、パジャマ姿をさらすとでも?」


 とっさに出た言い訳だが、どうやら怪しまれていない様子。


「あ、あぁ。まぁ普通はそうだな」


「とりあえず、お風呂どうぞ。ちょうどいいとは思うけど……。とりあえず、着替えを持って、風呂場に来てくれる? 私は先に風呂場に行っているから」


 そう言うと、スタスタと階段を下りて行った。


「ほんとに隙がないやつだな……」


 俺は着替えを持ち、部屋の電気を消した後、俺は風呂場へと向かった。



「あ、来たわね」


 ドアを開けると、バスタオルの準備をしていた水野と目が合った。


「とりあえず、湯加減見てくれる?」


 俺は言われるがまま、浴室に入り、湯船に手を入れて温度を確かめた。程よい温度が、俺の手を通して伝わってきた。


「どう?」


「ああ。ちょうどいいよ」


「それならよかった。じゃあ、とりあえず、ここにバスタオル置いておくわ。バスタオルは使ったら洗濯機に入れておいて。もしあれなら、今日の服も一緒に洗うけど?」


「いや、それはいい」


 クラスメイトの女子に服や下着を洗ってもらい、ましてや見られるのは色々と問題がある。


「まぁとりあえず、ゆっくり湯船に浸かればいいわ。私はしばらくリビングで髪を乾かしているから、上がったらとりあえず私に声かけて。あ、お風呂の水は捨てずにそのままにしといて」


 簡単に説明をすまし、水野は洗面所に置いてあったドライヤーを持って、脱衣所を出て行った。

 俺は水野が出て行った後、服を脱ぎ、浴室に入った。さっき入った時と同様、浴室には湯気が立ち込めていた。ついさっきまで水野が入っていたことを思い起こさせた。


「バカか俺は……」


 軽く頭を振り、今考えていたことを頭から取り払った。しかし、石鹸のいい香りが、忘れさせてはくれない。

 こんなことを考えていても仕方ないので、シャワーを頭から浴びる。心地いいお湯が、全身の疲れを洗い流してくれるようだ。


 頭、体をしっかり洗い、俺はゆっくりと湯船に浸かる。思ったよりも広く、足を伸ばしても隙間が出来る。浴槽の片方の側面は少し斜めになっており、とても楽な姿勢をとることが出来る。


「ふー。うちの風呂より広いんじゃないか?」


 そんなことを思いつつ、俺は肩まで浸かる。ふと石鹸とは別の匂いが鼻孔に広がる。これは、さっき水野を受け止めた時に嗅いだ匂いだ。


 つまり、この匂いは……。


「水野の匂い……?」


気付いたと同時に、さっきまでここに浸かっていた水野を想像してしまった。


「俺は変態か……」


 顔や体が熱いのは、のぼせたからだろうか。それとも、別の理由か?


 このままここにいたら、体がもたないので、俺は早めに風呂を上がることにした。



 服を着て、俺は言われた通り、水野に上がったことを伝えるため、リビングに向かった。


「水野、上がった」


 振り返った水野の髪は、完全に乾ききっており、振り返った拍子になびいた髪は、とても綺麗だった。


「あら? 顔赤いけど、のぼせた?」

「まぁな……」


 学校とは違う雰囲気の水野に見とれつつも、俺は返事を返す。


「少し待ってて」


 水野はリビングに行くと、冷たそうな麦茶を持って来た。


「はい」


「あ、ありがとう」


 俺は体の熱を冷ますように、一気に飲み干した。


「まだ飲む?」


「いや、大丈夫」


「そう。なら、先に部屋に上がる? 私はドライヤーを洗面所に戻して上がるから」


「じゃあ、先に上がる」


 俺は一度キッチンに行き、コップを流し台に置いて、そのまま俺は部屋に向かった。



 俺は部屋の電気を点け、ベッドに2度目のダイブをした。


「今日は変に疲れるな……」


 ふと時計を見上げると、時刻は11時を回ったばかりだった。


「あ、スマホ充電しねぇと。勝手に使っていいのか?」


 コンセントはあるが、さすがに勝手に使うのも気が引ける。


「やっぱり、確認に……」


――トントン


「おわっ」


 急なノックに、立ち上がりかけた足の力が一気に抜けた。


「開けるよ」


 俺が驚いているところに、何のためらいもなく扉は開けられた。

 俺何も言ってないんだが……。


「水野、何か用か?」


「言い忘れてたことがあったから。スマホの充電器は持ってるの?」


「一応は……」


「なら、そこのコンセントを使えばいい。それ言うの忘れてた」


 こいつはエスパーなのだろうか。俺が思ったことを察するなんて……。


「何よ」


「何でもない……」


「そう。じゃあ、何かあったら呼んで。それじゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


 水野はゆっくりと扉を閉めた。


「あいつ、何か企んでるんじゃねぇよな……」


 疑いたくなるほど、水野が怖い。


「ねぇ、葵。よく泊める気になったわよね」


 ん? 立花の声?


 どうやら壁を隔てた隣の部屋から聞こえるみたいだ。忘れていたが、隣の部屋は水野の部屋だ。

 ベッドは横向きに、それに加え、壁にぴったりとくっつけるように設置されているため、隣の声はよく聞こえる。


「事情が事情でも、男に対しては警戒心丸出しだっていうのに」


「今日は色々とお世話になったし、別にいいじゃない。それに、悪い人じゃないわよ。優しい人よ」


「いやいや、それでも油断できないから」


 少しすると、カチャリと音が聞こえた。


「葉月、カギをかけることないでしょ」


 どうやら立花が水野の部屋にカギをかけたようだ。そんなに俺は信用ないのかねぇ……。まぁ俺は男だし、水野は襲われかけたばかりだ。立花が心配するのも分かる。

 というより、水野が警戒心なさすぎる気がする。ここは水野の家だし、気が緩んでいるのかもしれないが。


「念には念をってね。それよりさ、あんたもしかして、山辺君のこと好きなんじゃないの?」


「……っ!?」


 思わず出そうになる声を何とか我慢する。一体立花は水野に何を聞いているんだ。というか、俺が隣にいるのを知ってて聞くか? 聞こえないとでも思っているのだろうか。


 盗み聞きするつもりはないが、どうしても耳を傾けてしまう。というか、嫌でも聞こえてくる。これは不可抗力だと自分を納得させることにした。


「何をバカなことを…。そんなわけないでしょ。それに、山辺君には、忘れられない人がいるんだから」


 忘れられない人……。あいつが知っている、俺の忘れられない人と言えば、俺の初恋のあおいしかいないな。


「へー。初恋ってやつ? あいつ、意外とそういうの引きずるんだ。って、何で知ってるのよ」


「そこは別にいいじゃない。とにかく、山辺君にはその人がいるの。それに山辺君は、私を見ていないわ。私を通して、誰かを見ている。私を見る目は、いつも遠い目をしているわ」


 誰かを見ている……。遠い目……。


 確かに俺にはその心当たりがある。水野は、あおいと同じ名前だけでなく、どこか似ているのだ。あおいも大きくなったら、水野みたいになるのかなと思うことがある。


 水野は俺の無意識な視線や心に気付いていたのだろうか。


「それに、葉月も知っているはずよ。私は人を好きになる資格なんてない。生きている価値すらない人なのよ。幸せになんて、なってはいけないのよ」


「またそんなこと言って。あなたは……いや、何でもない。これ以上言っても、あなたは聞かないわね」


「それに、私はユウ君が好きなのよ。今はもういないけど、私の大切な人に変わりない。私は初恋だけでいいの」


 胸に刺さる。俺はあいつの初恋の色河さんを超えることは出来ないのだろうか。その前に俺は、どうしたいんだ……。


しばらくすると、隣からは話し声はしなくなった。どうやら寝てしまったようだ。

 俺は充電器をスマホに繋ぎ、部屋の電気を消した。眠れるかどうか不安だったが、疲れは相当溜まっていたようで、すぐに眠ることが出来た。

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