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どうなってもいい

 今日もいつもの帰り道を歩いていた。もうすぐ家だというところに、いつもとは違う光景があった。


「何なんですか?」


「いいじゃん。俺たちと遊ぼうよ」


私のすぐ目の前では、見るからに不良の男子高校生3人が、女子高生に絡んでいた。制服を見る限り、私と同じ高校ではないようだ。


 不良は茶髪と金髪と、元は金髪だったのだろう。だが、地毛の黒い髪が生え始めているせいで、まるでプリンのようだ。


 私はどうするか迷ったが、見捨てるのも心苦しい。それに、どうせその横を通らなければ家には帰れない。


「ねぇ、あんたたちみたいな人、こんな可愛い人が相手にするわけないじゃない」


「あぁ?」


 私の声に反応して、3人が一斉にこっちを見た。絡まれていた女の子は、私を見た途端、安心したのか、目に涙を浮かべている。


「なんだ、女かよ」


「可愛いじゃん。君も相手してあげるよ」


「誰があなたたちみたいな人を相手にすると思っているの? ほら、早く逃げて!」


 3人が私に目を向けた瞬間、私は女の子に向かって叫んだ。その子は一瞬怯んだが、よほど怖かったのかすぐに逃げた。


「あ! 待てコラ!」


「ほっとけよ。俺たちにはこの子がいるだろ」


 今度はさっきの子の代わりに、私がガラの悪い3人組に絡まれてしまった。


 この辺は住宅街ではあるが、ほとんどの家にはまだ明かりが点いていない。それに、この辺はお年寄りばかりが住んでいるため、例えこの時間このように不良が悪事を働いても、誰も気付かないわけで、意外とここは危険なのだ。


「私、あなたたちみたいな髪を染めて、ピアスした人大嫌いなの」


「てめぇ! ふざけんなよ!」


 こいつらは相当短気らしく、不良どもは完全にキレた。


「その汚い手、離してくれる?」


 結構力が強く、腕に食い込んでいる。思ったより痛かった。だが、ここで顔や声に出してしまえばこいつらの思うツボだということは分かっている。


「いつまで強気でいられるかな?」


「なぁ、こいつどうする?」


「そりゃ俺たちに歯向かった罰を、体に叩き込むしかないだろう」


 気持ち悪い。怖さよりも気持ち悪さのほうが勝った。


「私はあんたらに奉仕する気なんて、1ミリもないから」


「いつまで強がっていられるかな?」


「おい」


 明らかにこいつらとは違う声が聞こえた。それは聞き慣れた声だった。


「そいつから手を離せよ」


「あ? なんだてめぇ」


 そこにいたのは、つい先ほどまで学校で会った人がいた。


「なんで、あなたがここにいるの?」


「それは後だ。それより、こっちが先だ」


 そこには、彼――先程まで話していた山辺君が立っていた。彼の顔は今まで見たことがないくらい殺意に満ちていた。

 一言で表せないくらい。怖いが、怖いだけでは済まされない。般若――いや、彼の顔は鬼だ。


「さっさと離れろ!」


 初めて見た。彼のこんな顔。こんな声。ドスの利いた低い声が辺りに響いた。


「はぁ? 意味わかんねぇし。お前、この子の何なんだよ」


「そいつは俺の女だよ」


「マジかよ。こんな可愛い子がお前の女なわけねぇだろ」


 プリン頭の不良が反発すると、茶髪と金髪がお腹を抱えて笑い出した。


 あぁ、なるほどね。


 私はすぐに理解し、未だに笑っている不良から離れ、山辺君のほうへゆっくりと歩み寄った。


「私の大事な彼氏、バカにしないでくれる? あなたたちよりずーっとマシだから」


「はぁ?」


 私の声でようやく、3人は笑いを止めた。


「マジで言ってんの?」


「口裏合わせただけじゃねぇの?」


「まぁ、そいつが彼氏なら、彼氏の前で色々と可愛がるだけだけどな」


 本当にさっきから、鳥肌が止まらない。夏だというのに、こんなに寒いのは初めてだ。


「ぐはっ!」


 ほんの一瞬の出来事だった。山辺君が不良たちの前に回り込み、何かをした瞬間、不良はその場にうずくまった。


「足が……」


「なんだよ、これ……」


「力が入らねぇ……」


 今、何をしたのだろうか。


「あ、あのさ、何したの?」


「太ももを思い切り蹴ったんだ。太ももを蹴られたらしばらくは立てない」


 そう言ってニヤリと笑う顔は、とてつもなく不気味で、少し恐怖を覚えた。


「君たち!」


 ちょうどその時だった。おまわりさんがやって来たのは。


「げっ! いつものおまわりじゃねぇか」


 どうやら不良たちはみんな見覚えがあるみたいだ。逃げ出そうにも、上手く力が入らないらしく、立つことすらも出来ていない。


「えっと、これはどういうことかな?」


 おまわりさんは、不良と私たちを交互に見た。


「この人たちが、俺の彼女に絡んでたんですよ。無理矢理言い寄って、どこかに連れ去ろうとしてました」


「そうか。で、なんでこいつらはこんなに痛がっているんだ?」


「あまりにもしつこかったもので、軽く足を蹴ったらこの通りです。放っておくと、俺の彼女が危なかったもので」


「なるほど。君がさっきの女の子が言ってた助けた子かい?」


 今度は山辺君ではなく、私におまわりさんは尋ねた。


「さっきの子って、もしかして私くらいの女の子ですか? この人たちに絡まれてた」


「そうそう。もう泣きじゃくって、詳しいことは聞けなかったけど、『私を助けてくれた、女の子を助けて』って言われたもんだから、おおよその場所を聞いて、ここまで来たんだ。その子はもう1人の警察官が家まで送ったけどね」


「そうでしたか」


 どうりで都合よくおまわりさんが来るわけだ。でも、あの子が無事ならよかった。


「じゃあ後は僕が何とかするから、君たちは帰りなさい。こいつらは窃盗や傷害とか、前科持ちだが、今回は強姦未遂をしたみたいだから、今度こそ少年院送りかもしれないな。この辺は危ないから、気を付けるんだよ」


 パトロールを強化しなくてはと独り言を呟きながら、手慣れたように3人を連れて行った。


「このバカ! なんで危ないことしたんだ!」


 おまわりさんたちが見えなくなると、突然山辺君は私に向かって怒鳴った。


「俺が来なかったら、取り返しのつかないことになってたぞ!」


 鬼のような形相ではないが、真剣に本気で怒っているのは分かる。


「絡まれてた理由、私とおまわりさんとの会話で察しはついたでしょ?私には見殺しにする選択肢はなかった。私は絡まれてた子を助けたかった。だから助けた。私が囮になって、彼女を助けた」


「だからって……」


「私が助けなきゃ、彼女が無事じゃない。私には幽霊さんがついているわ。それに、私は人を助けて当然の人なのよ」


「……お前の過去に、何があったかは知らねぇよ。でもな、自分の身を、心をそう易々と手放すなよ! お前は1人じゃないんだ。悲しむ人だっている。それくらい考えろよ! お前が傷つこうと傷つかまいと、必ず悲しむ人はいるんだよ!」


「私は死ぬ覚悟で生きているの。病気になったって、不慮の事故に遭ったって、殺されたって、文句なんて言えないわ。私に、生きてる価値はないの」


 例え理不尽な死に方をしても、私は誰も、何も恨みはしない。それが正しいのだと思える。むしろそうなってほしいとさえ思う。


「お前はそう思っているかもしれないけどな、立花はどうなるんだよ」


 葉月……?


「お前が傷ついたら、死んだら、あいつがどんなに悲しむか分かってるのか? お前、自殺なんか考えてないよな?自殺は、自ら命を絶つことは絶対にしちゃならねぇ。辛ければ逃げればいい。無理に向き合わなくてもいい。でもな、絶対に死ぬな」


 力強い言葉に、私は言葉を失った。

 熱を持った声、潤んだ瞳、震える体。本気で私を心配していることがひしひしと伝わる。


 梅雨の時期独特の、生温く、湿っぽい風が私の頬を撫でた。


「ごめんなさい。でも、私には絡まれていた彼女を見捨てるという選択肢はなかった。幽霊という守護霊を信じ、1人でも何とかなると思っていたわ。考えるより、体が先に動いた。でも、助けてくれてありがとう。本当はすごく怖かった」


 今でも少し足が震えている。さすがに女1人で男3人を相手にするのは怖い。


「それより、何で山辺君はここにいるの?」


「お前がバカだからここにいる。まぁそのバカのおかげで、今回は助かったわけだが」


 山辺君はカバンから、私の生徒手帳を取り出した。


「あ……」


「大事な物なら、しっかり持っとけよな」


「ごめん。ありがとう」


 今度こそしっかりと制服のポケットにしまった。


「あのさ、山辺君。この後何か用事ある?」


「いや、別にないけど?」


「少しの間だけでいい。私の家に来てくれる?」


「別にいいけど、お前の母さんと鉢合わせしないか?」


「お母さん、看護師で、今日夜勤だから、家にいない。だから、お願い……」


 あれ?私、声震えてる……?


「分かった。じゃあ、ちょっと待ってろ」


 山辺君は来た道を一旦引き返し、端に止めていた自転車を押して戻って来た。


「自転車がないと思ったら、そういうことだったのね」


「お前助けるのに、自転車は邪魔だからな」


 私たちはゆっくりと家に向かって歩き出した。

 家に向かっている間、私たちは全く会話はしなかった。山辺君も何も話さなかった。でも、私はそれでよかった。山辺君が隣にいてくれるだけで、すごく安心するから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 早く笑顔が戻るといいですね。
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