償い
「あら、珍しいわね。葵が早起きするなんて」
「まぁね……」
いつもなら寝ているこの時間。お母さんに起こされないと、私はなかなか起きられない。
だけど、あの夢を見たあとは部屋にいたいと思えなかった。特にやることもないので、早々にリビングに下りてきた。
「今日は入学式だからかしら? 葵、すごく頑張ったものね」
今日は碧海高校の入学式。昔の私では到底合格なんてできるわけがなかった。勉強に力を入れているのはもちろん、クラブ活動にも力を入れており、度々入賞や優勝をするほどの実力だ。
私も最初そんな高校なんて受ける気すらなかった。もっと偏差値の低い高校を受験しようと考えていた。
しかし、あの日からしばらく経ち、何かにとり憑かれたように私は勉強に打ち込んだのだ。現実逃避でもあり、私なりの罪の償いだったのだ。
「朝ご飯はもうできているわよ」
「先に挨拶してくるわ」
私はリビングを出て和室へ向かう。襖を開けると正面に仏壇が置かれている。仏壇と言っても大きくはない。
しかし、小さいなりに細かい装飾が施してあり、とても立派なことには変わりない。
私はそっと近付いて座布団に静かに座る。仏壇にはお父さんとユウ君の写真が飾られている。
「おはよう。お父さん、ユウ君」
私のお父さんは私がまだ幼い頃に病気で亡くなったと聞かされた。幼かった私にはそのときどんな風だったのか分からない。詳しいことは何も教えてもらえなかったが、それは私にとって初めての人の死だ。
私が教えてもらったことは、この家は家族3人で暮らすために2人でこの家を買ったということだった。
「今日から私、高校生になるんだよ。2人で暮らすには広すぎるこの家にもやっと慣れてきたかな。まぁ今は2人と1匹か。お母さんはね、私が結婚したらこの家で一緒に住みたいなんて言っているの。まだ早すぎると思わない? お父さんが生きていたらすごく反対しそうな気がする」
お母さんからたまにお父さんののろけを聞かされる。頭も良くてスポーツもできて、家事とかは一切手伝わない仕事人間だったけれど、お母さんも娘である私も溺愛していたって。もし生きていたら、娘に甘いお父さんになっていただろうな。
ロウソクに火を灯し、線香に火をつけながらそんな独り言をつぶやく。仏壇の前で独り言を言うのは私の日課になっている。声だけ聞いたら変な人確定だな。
「それから、ユウ君。ごめんなさい。私にとって碧海高校に受かることは私にとって一種の償いだと思っていたけれど、そうではなかったみたいね。私だけ生きて、ユウ君の未来を奪ってごめんなさい……」
ユウ君こと色河優月君。私のお父さんの妹さんのたった1人の息子だ。私からしたらいとこにあたる。
だけど、彼はもうこの世にはいない。私が奪ったも同然だ。彼の命と未来を……。
「ごめんなさい。きっと恨んでいるよね。だからあんな夢、何度も見るんだよね。ユウ君、せっかく推薦に受かってたのに……」
私より2つ年上だったのに、私はもうユウ君の年齢を超えてしまっている。2つしか変わらないのに、ユウ君は私よりもずっと大人びいていた。
私はそんなユウ君に憧れ、いつしか恋心を抱いてしまったのだ。でも、想いを告げる前に去ってしまったのだ。
「じゃあ行ってきます」
私は立ち上がって2人に挨拶をする。本来ならおめでたく、喜ばしい日なのだが、私はこの日を喜んではいけない。償いのためなのだから。
私は最後に一礼をして部屋を出た。