昔の絵
「何かあったら、すぐに言うのよ?」
放課後、葉月は心配そうに、何度も何度も私に念を押した。
「今日は晴れてるし、今回はボディーガードもついてるから」
葉月は私の後ろにいる、山辺君を見た。
「山辺君か……。まぁいいか」
「何だよ。俺だと不満か?」
「はぁ。もう1人、鳥谷君もいてくれたらよかったんだけどな」
「あいつはクラブだ。残念だったな」
この2人も相変わらずだ。まぁ先輩と葉月よりはマシだが。
「まぁいいわ。とにかく、葉月を頼んだわよ」
「へいへい」
「何かあったり、何かしたら、私が許さないわよ?」
「あったらは分かるが、したらってなんだよ」
「さぁ?それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」
葉月はカバンを持って駆け足で部室へ向かった。
「あいつが渋ることなく行くなんてな。少し前なら、私も行くって聞かなさそうなのに」
「それだけ山辺君を信用しているってことじゃないの?」
それほどまでにこの人の影響力はすごいのかもしれない。
あの葉月が、ここまで信用するとはよほどのことだ。
「それじゃあ、行こうか。ごめんね。面倒なことに巻き込んで」
「いや、お前のせいじゃなくて、あの先輩のせいだろ?」
「まぁ否定はしないわ」
私たちはカバンを持ち、図書室へと向かった。
図書室へ行くと、そこには既に先輩の姿があった。
「もう来ていたんですか。風間先輩」
先に口を開いたのは、山辺君だった。
「やっぱり、君もいたのか」
「当然です。俺はこいつの友達だ。立花の代理で俺が来ました」
会った瞬間、戦闘態勢のようだ。
「ストップ。対立は好きなだけ後でやってください。とにかく、さっさと用件を言ってください」
「あ、あぁ。そうだね。って、山辺君はいてもいいの?」
「彼のことは気にしないでください。大まかな内容は話していますから」
「そ、そうか……」
どこか腑に落ちない様子だった。しかし、そのままポケットから、ある物を取り出した。
四つ折りにされたそれは、元々は白かったのだろう。しかし、古い物なのか、少し黄ばんでいた。
「それは?」
「休みの日、部屋の掃除をしていたら、これが出て来たんだ。あいつが、優月が書いてくれた、この絵がね」
先輩が私に渡してくれた。私はゆっくりとそれを広げた。
「これは……」
「絵が下手なのは許してやってくれ。それ描いたの、小学生の頃だからさ」
広げた画用紙に描かれていたのは、ひまわりだった。ひまわり畑をイメージしたのか、たくさんのひまわりが画用紙いっぱいに描かれていた。
「小学生にしては、上手なんじゃない?」
クレヨンで描かれているから、多分低学年の頃に描いたのかもしれない。でも、花も茎もしっかりと描かれている。
「それ、水野さんにあげるよ」
「え? でも……」
「多分それ、水野さんのために優月が描いたんだと思うから。『お前じゃなくて、別の人にあげるつもりだったけど、下手だからお前にやる』ってあいつに言われたんだ。多分だけど、別の人って水野さんだと思うから」
ユウ君が、私のためにこれを描いてくれたんだと思うと胸が温かくなる。
「先輩、今日の用件はこれだけですか?」
私は画用紙から、先輩へと顔を向けた。
「あぁ。何か不満か?」
「不満はもちろんあります。私は忠告したはずです。関わらないでくださいと。それなのに、なぜ理由をつけてまで私と関わろうとするんですか?」
「理由があってもなくても、俺は水野さんに会っちゃダメなのか?」
いつもの先輩の声。だが、表情だけはいつもとは全く違う。
「分からないのかお前は……」
口を開いたのは、今まで黙っていた山辺君だ。
「何が?」
「こいつの気持ち、全然考えてないんだな。いつも女にチヤホヤされて、頭の中お花畑なんじゃねぇの?」
まるで喧嘩を仕掛けるような挑発。先輩も少し冷静さを欠いている。
「何が言いたいんだ?」
「バカでも分かりやすく言ってやる。お前は自己中心的だ。自分ばっかりで、水野の気持ち考えてない。今日だって……」
「ストップ、山辺君」
私は山辺君を制止した。
「それ以上言わないでくれる? 私、同情されるのが一番嫌いだから。話はこれで終わりですか?何度も言いますが、私に関わらないでください。これ以上私は、後悔する顔を見たくないので。行こう、山辺君」
名残惜しそうに先輩を見つめるが、私が歩き出したので山辺君は私についてきた。
教室に着いたところで、山辺君は私の肩を掴んだ。
「おい、何で止めるんだよ」
「いいの。あれ以上挑発でもしてみなさい。余計付きまとわれるだけ」
これ以上私の情報を先輩に渡してはいけない。渡せば必ず、ボロが出る。
「なぁ、水野。なんでお前は、先輩をあんなに避けるんだ?」
唐突な質問に、私は体が強張った。
「悪い。別にあいつの味方するわけじゃないけど、後悔するからって言われただけで、普通は納得しないと思うけど」
「あなたには、関係ない」
「関係ないことは…。いや、ごめん。これ以上は追及されたくないよな」
聞いてきた割には、案外深くまで追求してこなかった。
「私が話せるのは、ユウ君が死んだことだけ。これ以上は話せない。それじゃあ、今日はありがとう。私はもう帰るね」
私は山辺君から逃げるように教室を出た。




