友達
週が明けた月曜日、朝から照りつける日差しに参りながら学校へと足を向ける。
「あ」
思わず声を出し、その場に立ち止まった。校門の所に見覚えのある人が見えたからだ。
向こうも私に気付いたらしく、立ち止まって私のほうを見た。私が歩き出しても、動かずそのままいる。私を待っているみたいだ。
「おはよう」
「お、おはよ……」
どこか相手はぎこちない。必死で隠しているつもりなのだろう。だが、いつもの冷静さはない。
「土曜日のことでも気にしているのかしら?」
「んなわけ、ないだろ。何言ってんだ」
喋り方もぎこちない。冷静で常に真顔を保っている山辺君でも、女子が絡むとどうしようもないらしい。
「あ、ケーキ、ありがとう。とても美味しかったわ」
これ以上山辺君をからかうのは、少し気が引けるので私は話題を変えた。
「そうか。お前の母さんも喜んでたか?」
「……」
「どうした?」
まさか、それを聞いてくるとは思わなかった。なんか、言いたくない。1人で2個食べただなって……。
「まさか、1人で2個食べたのか?」
「そ、そんなことない。ちゃんと、2人で食べた」
「本当に?」
「本当」
「正直に」
「……私が2個食べました」
私は慌てて口を押さえた。
「正直だな。お前、食いしん坊だな」
「うるさい」
本当にこの人はデリカシーの欠片もない。男でも女でも容赦なさそうだ。
「さてと。俺は自転車でも止めてくるか。お前は?」
「私は先に教室に行くわ。あなたと一緒にいて、品のなさが移ったら大変だもの」
「お前も人のこと言えないんじゃないのか?」
「あら、そうかしら?」
「やれやれ」
山辺君は呆れながら、自転車を押して自転車置き場へと向かった。
「はぁ……。山辺君の前だと疲れる……」
あの日のことがあるから、余計に体力を擦り減らしてしまう。
「あらあら、いつの間にそんなに仲良くなったのかしら?」
こ、この声は……。
恐る恐る声の主の方に向き直ると、そこにはやはり葉月の姿が会った。
「は、葉月、あなた、一体どの辺から……」
「一部始終全て。端から見たら、あなたと山辺君カップルに見えるわよ」
「カップルって、そんなつもりないから」
「まぁ、葵が彼に心を許すのなら、私は何も言わない。葵の選択を、私が邪魔するにはいかないから。むしろ私は、葵が人と接してくれることが嬉しいわ。私もいつまでも葵の隣にいるって保障はできないから」
最後に、不謹慎だったと謝ってくれたが、私は首を横に振った。
「確かに葉月の言うことにも一理あるわ。やっぱり、私は人と距離を置くべきなのかもしれないわね」
「葵、あまり臆病にならないの。それ、捉え方によっては逃げているようにも見えるわけだから、山辺君でも、ダメ風間でもいいから、人と接していきなさい」
優しいからこそ、厳しいことを言うのだろう。葉月も怖いんだろうな。私を失うこと、私が葉月を失ったときのことが。
「いつもありがとう、葉月」
「いきなりどうしたのよ。全く、お礼言うくらいなら笑顔で言いなさいよ。真顔で言われても、嬉しくないわ。そろそろ、呪縛から解放されてもいいのよ。優月さんだって、あなたの暗い顔なんて望んでいないわ」
「笑顔にはなれそうにないよ。でも、高校卒業する頃には、笑顔は戻っている…気がするわ」
「あなたの勘、期待しているわ」
不敵な笑みを浮かべ、葉月は自転車を置きに自転車置き場に向かって行った。入れ替わりに、山辺君が戻って来た。
「お前、まだいたのか?」
「ええ、まぁ」
「立花待ちか?」
後ろの自転車置き場を指しながら尋ねた。
「いいえ。山辺君に少し用がね」
私は鞄からピンク色のハンカチを取り出した。
「これ、返してなかったから」
「あ、それか。すっかり忘れていたよ」
「ありがとう。すぐに冷やしたから、赤みはすぐに引いたわ」
「それは何よりで。俺もだよ」
山辺君は私に、右手の甲を差し出した。
「あら、本当ね。少し傷になってるけど、大丈夫?」
「こんな小さい傷、しょっちゅうだから気にするな」
確かに、手の甲以外にも傷は所々にあった。傷跡のところだけ、肌の色と違うからすぐに分かる。
「あ、葉月戻って来たのね」
「あら、またお話?」
「ちょっとね」
私と山辺君を交互に見ながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
「まぁいいわ。早く教室に行きましょう。チャイムが鳴ったら、遅刻になるから」
そう言って颯爽と昇降口へ向かって行った。
「立花って、女らしくすると何か違和感あるよな」
「いつもはもっとサバサバしてるから、私も女らしくしている葉月を見るのは稀なのよね……」
さっきの意地の悪い笑みといい、女らしさといい、これは何かあるな。
「さてと。私たちも行きましょうか」
「お前もお前で、喋り方は友達に対してって感じじゃないよな」
「あら、あんなことがあって、平然と仲の良い友達として接するのは難しいことではなくて?」
「……ごめんなさい」
しばらくはこれで脅すことが出来そうだ。
「あ、そうだ。今度はもう失くさないようにしなさいよ。あなたの初恋の人からもらったお守り」
「お前も大切な写真、もう落とすなよ?」
「そうね。お互い、気を付けないとね」
私は生徒手帳の入っているポケットを触った。ふと横を見ると、同じことを思ったのか、お守りを入れているだろう場所を触っていた。私と同じ、ポケットに入れているようだ。
「私たちは似ているのかしらね」
「さあな。意外と相性良かったりして」
「それだけはお断りするわ」
「ひどい奴だな」
「何とでも」
言い合いながら私たちは教室に向かう。
不思議な気持ちだ。心が温かくなる気分。どこか懐かしいこの感覚。
「あ、お前今……」
「また、笑ってたのかな?」
「いや、まぁ……」
顔に手を当てる。やはり、覚えているんだ。体も心も。ユウ君と遊んだことを。一緒に笑い合ったことを。
「ねぇ、山辺君」
「なんだ?」
「私、本当に笑顔って似合うと思う?」
唐突な質問に、山辺君は驚きを隠せないでいる。良い答えでも探しているのか、口をパクパクさせている。
「そりゃ、似合うだろう。その、俺も、興味あるというか、見てみたいというか……」
しどろもどろに話す山辺君は、いつもの冷静さを失っているようにも見える。
「本当に正直なのね。興味あるって、別に口に出さなくてもいいのに」
「まぁ、正直なのが俺の長所だし」
「呆れる人ね」
どうしてだろうか。なんで私は、この人の前だと言いたいことを言えるのだろうか。さっきの質問だって、気が付いたら言葉にしていた。
「山辺君は、本当に不思議な人ね」
「お前ほどじゃないけど」
本当に、彼は不思議な人だ。
そんな私たちの様子を、遠くから見ている人物がいた。でも、私たちは気付かなかった。
「あーおい。お昼食べようよ」
午前中の授業が終わり、葉月が弁当を抱えて私の席にやって来た。
「お前、食べてばっかりだと太るぞ?」
私の後ろからデリカシーのない言葉が飛んできた。
「山辺君、そういうことは女子に言うんじゃないの。私はこれでもちゃんと体型維持してるんだから」
「お前は色気より食い気だな」
「うるさいわよ」
先輩と話すのと山辺君と話すのとでは全く態度が違うようだ。茶目っ気があるというか、柔らかいと言うか。
「おいおい、お前の周りハーレム状態になってないか?」
ふと声のした方を見ると、見たことのない男子が立っていた。見覚えがないから1組、つまり私たちのクラスではない。
「空輝。そんな誤解が生まれるような言い方はやめろ」
「こう、き?」
名前で呼ぶほどだから友達なのだろう。「こうき」と呼ばれた人は、多分山辺君と友達なのだろう。とても親しげだ。
「あ、急にお邪魔してごめんね。俺、こいつの友達であり保護者の鳥谷空輝です。2組だからよく遊びに来るんだ。こいつとはまぁ小学生の頃からの幼馴染で親友なんだ。なんか世話になっているみたいで」
そう言った彼は、山辺君とほぼ変わらない身長だ。爽やかな見た目で、どこか先輩を思わせるが、先輩とは違う雰囲気を漂わせている。
「いつからお前は俺の保護者になった」
「いいじゃねぇか」
「ねぇ、山辺君」
「なんだよ、立花」
「あなた、友達いたのね」
あ、ストレートに言っちゃった。私も思ったが、言わないでおこうと思った矢先だ。
「失礼な奴だな」
「あなたに言われたくない」
もしかして、さっきのことを気にしているのだろうか。
「あ、もしかして、立花って、あの……」
何かを思い出したように、鳥谷君は喋り出した。
「立花って、あの立花葉月さんですか?」
「そうだけど?」
「お、お前、あの、立花さんと友達なのか?」
「なんだよ」
「だって、立花葉月さんって、学校内じゃ知らない人はいないって」
久しぶりに葉月が有名であることを思い知らされた気分だ。山辺君は知らなかったようで、首を傾げるばかりだ。
「いやいや! あの! これから、俺もよろしくお願いします!」
「タメ口でいいよ。同級生なんだから」
「お前が同級生相手に敬語って珍しいな」
「逆にお前がすごいわ。男子なら敬語になってもおかしくないって。あの、一緒に俺たちと昼飯食べませんか?」
「いいけど……。葵、あなたはどうなの?」
「私は別にいいけど……。えっと、鳥谷君次第……かな?」
私はチラッと鳥谷君の方を見た。
「ん? えっと、もしかして、水野葵さん?」
「そうですけど……」
「なんだ? お前、水野のこと知ってるのか?」
「まぁ、な……」
葉月と打って変わってこのテンション。やはり噂は葉月並なのかもしれない。
「じゃあ話は早いかな。まぁ普通に私を見られているのなら大丈夫だと思います」
「あ、あぁ……」
「あぁ。もしかして、幽霊のことか?」
「あ、あぁ……。噂は多々聞いてるから、その……」
なんかたどたどしい。
「そういや、お前お化けが怖いんだったな」
「バ、バカ! そんなこと、女子の前で言うなよ」
思わぬカミングアウトに私と葉月は顔を見合わせた。
「へぇ。案外可愛い一面もあるのね。鳥谷君」
「あ、あんまりからかわないでくださいよ」
少し照れたようにはにかむ鳥谷君。他の男子とはどこか違う。もしかして、鳥谷君は……。
「おーい、お前、空輝に見惚れてないか?」
ふと横から、お馴染みの声が。
「まさか、空輝に一目惚れでもしたか?」
「変なこと言わないで。でも、彼は良い人だと思う。葉月も初対面の割には敵意をむき出しにしていないから。それに……」
初対面とは思えないほど、親しげに話している葉月と鳥谷君。葉月は時折鳥谷君をからかっているようで、鳥谷君はあたふたしながら、顔も赤くしながら答えている。
「なんだ?」
「この2人、お似合いなんじゃないかなって」
端から見れば恋人同士に見える。それほど微笑ましい光景に見える。
「そうか? あいつは立花とは釣り合わないだろ」
「そういうときは親友を立てるものよ」
「あんな怖がり、親友なんかじゃねぇよ」
口では悪態を吐きながらも、鳥谷君を見るその目は、とても優しく、吸い込まれそうなくらい綺麗だ。私を見る目とは少し違う、特別という言葉が似合いそうだ。
「こら、空輝。立花も困っているだろう」
「お前、せめて「さん」付けろよ。失礼だろ」
「いやいや、お前こそ「さん」じゃなくて、このままだと「様」になっちまうだろ」
まぁ確かに、この勢いならあるかもしれない。
「さっさと昼飯食うぞ。休みが潰れる」
「そうね。鳥谷君、少し落ち着いてもらってもいいかしら?」
「いや、もう立花さんに聞きたいことありすぎて…」
「悪いな、立花。こいつの気が済むまで相手してやってくれ」
ご飯を食べ始めても、鳥谷君の葉月への質問ラッシュは止まらない。誕生日とか血液型とか、好きな食べ物とか好きな音楽とか、とにかく質問攻め。でも、嫌がる素振りは全く見せず、1つ1つ質問に答えている。
「鳥谷君って、よく喋るのね」
私は隣で静かにお弁当を食べている山辺君に聞いてみた。
「いつもはもう少し静かなんだが、相手が相手だからな。立花も満更じゃなさそうだし、あいつが女らしく話してるところ見てると、笑いをこらえるのに必死だよ」
笑顔で話す葉月を見ていると、心が温かくなる。
「お前もどことなく楽しんでないか?」
「なんでそう思うのかしら?」
図星を突かれ、思わず少し動揺してしまった。顔には出していないはずなのに。
「あ、もちろん顔には出ていない。ただ、雰囲気で分かるんだ。柔らかい感じがするというか、温かい雰囲気というか……。まぁとにかく、楽しそうに見える」
そう言うと、止めていた手を動かし、またお弁当を食べ始めた。
楽しそう、か……。まさか、無表情でも楽しんでいるのがバレるなんて思わなかった。
「久しぶりなのよ。こんな風にわいわい食事するのって。昔はこういう風によく食事していたんだけどね。それに似ていて、少し楽しんでいた。まさか、あなたにバレるなんて思いもしなかったけど」
私の言葉に、特に返事を返すこともなく、黙々とおかずを口に放り込んでいる。
「あ、そうだ。水野さん」
急に名前を呼ばれ、体がビクッとなる。
「は、はい」
緊張してか、少し声が上ずってしまった。
「あの、少し聞きづらいけど、あの噂ってやっぱり本当なの?」
「あー、やっぱり、怖いから聞いておきたいのかしら?」
「水野さん、立花さんと同じこと言うんだね」
鳥谷君から目を離し、葉月の方を見ると、少し笑っていた。
「本当だよ。それにしても、今どんな噂があるの?」
鳥谷君は困ったような顔を浮かべた。これは悪い噂かな。
「言っても大丈夫?」
「慣れてるから。というか、私が気になるの」
「えっと、俺が聞いたのは、水野さんは血だらけの幽霊を従えているゴースト使いとか、立花さんと一緒にいるから、天使と悪魔、姫と魔女とか……」
なんか中学生の頃よりもあだ名が増えている気がする。それにしても、面白い例え方をする人もいるんだな。
「すごい増えたね。まぁいいけど。あ、ちなみに鳥谷君は幽霊が見えない人、4人目だよ」
「他にもいるの?」
「まぁ……。葉月と山辺君と鳥谷君、そしてもう1人いるんですよね、これが…」
あまり名前を出したくない。なんか出せばその人が来そうな気がする。
「それって、もしかして俺のこと?」
声が聞こえた瞬間、この場が凍りつくのが分かった。
「え、まさか、風間流星先輩ですか?」
「俺は男にも有名なのか」
私、葉月、山辺君は同時に大きなため息をついた。
「え、え、まさか、水野さんと知り合いですか?」
「まぁね」
すっかり忘れていたな。この人の存在……。
「先輩、今日は何の用ですか? 私には関わらないでくださいと言ったはずですよね?」
私たちの間に、不穏な空気が流れる。
「少し水野さんに用事があったんだけど、俺お邪魔?」
「見て察してください」
山辺君の冷たい言葉が先輩に突き刺さる。
「胸に刺さる言葉だな。まぁいい」
「ハル、お前有名人ばかり知り合いがいるんだな」
「勝手にこいつが、水野に付きまとっているだけだ」
追い打ちをかけるようにまた一言。正直なのは長所なんだが…。
「先輩、話なら放課後に聞きます。ですから、今は戻ってください」
「俺は招かねざる客みたいだな。それじゃあ、水野さん、放課後に。場所は図書室でいいかな?」
「いいです」
「じゃあ、また放課後に」
先輩が去って行った後も、私たちの間には沈黙が流れている。
ただ1人、状況を飲み込めない人はいるが、まぁ仕方がないだろう。
「ねぇ、また水野さんよ」
「本当に、なんであの人ばかり……」
黙っている私たちをよそ目に、クラスはヒソヒソ話が止まらないようだ。聞こえているのに、構わないようだ。
「葵、大丈夫?」
「あんなの気にしていたら、身が持たないわ。それに、もう慣れた」
「私が行こうか?」
「いや、それは別の問題が生まれるからやめて」
葉月が行けば本気の喧嘩になってもおかしくない。男相手でも喧嘩するような人だ。女相手なら簡単に怪我をさせるだろう。
「私は大丈夫よ。だって、私には…」
ふと私は、みんなの顔を見た。
「あ、いや、何でもない」
私は何をしているのだろうか。
「ごめん。5時間目にはちゃんと出るから。私、あそこに行く」
弁当箱を鞄にしまい、私はある場所へ向かった。
私が向かったのは、もちろん図書室だ。
「静かっていいな」
私は日陰のイスに腰を掛けた。
「私、いつから自分に自惚れていたのかしら」
さっき私は何を言いかけていたのだろうか。
葉月、山辺君、鳥谷君。みんなの顔を見たら、ある言葉が出かかってしまった。
「お前、ここ好きだよな」
「やっぱり来たか」
声の方を振り向くと、やはりそこには山辺君の姿があった。
「一体、あなたはなんなのよ。私の付き人? それともボディーガード?」
「どっちでもない。いや、ちょっと答え合わせしようかなと」
「答え合わせ?」
山辺君は私の向かいの席に腰を掛けた。
「お前、さっき言いかけてた言葉があるだろ? その答え合わせ」
「どうぞ。どうせ、当たっていないだろうから」
山辺君は真剣な目つきで私を見つめた。
真っ直ぐなその目を見ていると、どうしてか心臓が暴れ出す。ドキドキと高鳴る心臓を隠しながら、私は言葉を待った。
「だって、私にはみんながいるから」
「え……?」
「これが言いかけた言葉なんじゃないのか?」
「……」
返す言葉が見つからない。まさか、言いかけた言葉を当てられるなんて思わなかった。
「違うか?」
「……違うわよ。私には、葉月がいるからって言おうとしただけよ」
図星を突かれ、私は思わず嘘をついた。そんなことを言いかけたと思われたくなかったから。
「相変わらず素直じゃねぇな」
「ほっといて」
「俺はそう言われても気にしない。もちろん、空輝も同じだろう。怖がりだけど、あれでも案外頼れる良い奴だしな。それに、俺言ったよな? 何があっても、俺はお前の友達だって。まぁ空輝とも仲良くしてやってくれや。あいつは、俺にとって唯一の親友だからな」
山辺君にとって、鳥谷君は心を許せる相手なのだろう。表情から読み取れる。
「そろそろ教室戻らないと、授業に遅れるな」
「そうね……」
「戻りづらいか?」
「別に。気にしてないから」
そうは言いつつも、やはりあの場所へ戻るのは何だか気が引ける。現にこうして、図書室に逃げてきたのだから。
「大丈夫だよ。あんな奴ら気にするな。普通にしていれば大丈夫だ」
どうしてこの人は、簡単に私の心を読み解くのだろうか。葉月ならともかく、山辺君に見抜かれるとは、私はまだまだだな。
「戻ろう。これ以上、ここにいても埒が明かないわ。あ、山辺君、放課後予定は?」
「一応クラブはあるけど……。でも、放課後のことだろう?」
「付き添い、頼みたいんだけどいいかな?」
「最初からそのつもりだよ」
言うまでもなかった。本当なら葉月に頼みたいところなのだが、会った瞬間、先輩に掴みかかりそうな気がするから怖い。
「それじゃあ放課後、お願いするわね」
「もちろん」
この人は、本当に不思議な人だ。
先に図書室を出て行った彼の背中を追うように、私も図書室を出た。




