慌ただしい休日
「良い天気ね」
今日は土曜日。雲1つない晴天だ。昨日の雨はどこにいったのだろうか。
今日もお母さんは仕事だ。看護師だから休日出勤は当たり前なのだ。
――ブー、ブー……
「ん? 電話?」
私はそっと画面を見ると、なんと山辺君の名前が表示されていた。
「まだ9時なのにどしたんだろ」
私はとりあえず電話に出ることにした。
「もしもし?」
『あ、水野? 朝早くに悪い。ちょっと今お前の家の前に来てるんだけど……』
「え?」
私は部屋の窓から玄関を見る。玄関の前には電話をしながらウロウロしている山辺君が見えた。なんか、不審者みたいだ。
「すぐ行くから待ってて」
私はすぐに電話を切って服を着替えて髪を整える。起きたばかりで何もしていない。綺麗にできなかったが待たすわけにもいかないので玄関に向かった。
――ガチャ
「悪い……。連絡もなしに、急に来て……」
ものすごく申し訳なさそうに私に謝る。
「私もびっくりしたわよ。起きたばかりだったんだから」
おかげで髪は寝癖がついたまま。髪をブラシでとかす暇もなかった。
「……」
「何? 人の顔ジロジロ見て」
「あ、いや、何でも……」
「あぁ、今日は私服で新鮮だから?」
Tシャツにジーパンという適当な格好だが、山辺君も似たような格好をしている。
スニーカーにジーパン、それに、白のTシャツを着ている。
「まぁとにかく上がって。午前中でも日焼けしそうだし、なんか不審者みたいだから」
このまま外にいれば紫外線の餌食になる。日焼けしたら肌がヒリヒリするから嫌なのよね。
「お、お邪魔します……」
昨日は普通に上がり込んだのに、今日はどうしてか緊張気味のようだ。
リビングにやって来た私たちは、イスに向かい合うような形で座った。一応お客なので冷たい麦茶を出した。
「さてと。話してもらいましょうか。なんで女子の家に朝早くからアポなしでやって来たのかな?」
普通連絡を取ってから家を訪ねてくるものだろう。山辺君ならなおさらそうしそうだが。
「いや、実は、この家で大事な物を落としたかもしれないんだ」
「大事な物?」
「この家に、お守りのような物、落ちていなかったか?」
「お守り?」
「俺にとってすごく大事な物なんだ。朝早くから通学路とか、昨日通った道とか探してたんだが、どこにもなくて…。それで、もしかしたらここにあるかなと思って……」
大事な物か。まさか山辺君がそんなものを持っていたなんてね。
「でも、それなら連絡してくれれば私が探したわよ。なんでわざわざ家まで来たのよ」
大事なお守りをなくしたのなら、連絡してくれれば済むはずだ。昨日交換したばかりなのだから。
「いや、その、あのお守りの中身を見られたくなかったんだ。だから、自分で探そうかと……」
「お守りの中身なんて、普通見ないわよ。全く、一体何を入れてるんだか。もしかして、いかがわしいもの?」
「そんなわけないだろ」
まぁそんなことはなさそうだろう。そういうタイプじゃないだろうし。
「勝手に探してくれてもいいわよ。前にあなたには私の大事な物見つけてもらったし。私は適当に過ごすわ。くれぐれも2階には上がって来ないでね。2階はお母さんの寝室と、私の部屋と物置と、書斎とゲストルームくらいしかないから」
「さすがに、そこまでは行かねぇよ」
「あ、忘れてた」
私はリビングを出る足を止め、振り返った。
「和室にも行かないでくれる?襖の部屋。見れば分かるから、そこは入らないで」
「何かあるのか?」
「別に。ただ仏壇があるだけよ。私のお父さんのね」
「お前、父さんも……」
「病死したと聞いているわ。小さい頃のことだから、私もよく分からない。神聖な場所だから、そこだけは行かないで。お願いよ」
それだけを言い残し、私は自分の部屋へと向かった。
「はぁー……」
私はベッドに倒れ込んだ。山辺君の前では平然を装っていたが、心臓はバクバク。ユウ君以外の男の人がこの家に来ることはなかったし、私も男の相手はよく分からない。
だけど、先輩にはそれとなく接することが出来る。自分から距離を取りたいとしか思っていない相手だからかもしれない。
でも、山辺君に対しては全く違う。この感覚はなんだ?緊張して汗まで出ているし。
「ニャー」
「雪、あんたここにいたのね」
私の部屋のドアには、雪が出入りできるように小さなドアが取り付けられている。私がいる間は出入りできるようにしているが、私が留守のときはカギをかけている。
「雪、なんだろうね、この感覚。山辺君相手だと、どうしてか調子が狂うのよね。素の自分が出てきてしまいそうだ」
何を言っているんだと言わんばかりに雪は首を傾げている。
「気にしないほうが身のためよね。家には思春期のオオカミがいるし、気は抜けないわね」
襲ってくるようなことはないだろうけど、警戒はしておいて悪いことはない。
「やれやれ。予定が色々と狂いそうだ」
本当ならば今頃お風呂に入ってこのベタついた汗をシャワーで流している時間なのに。
――トントン
急なノックに、落ち着いていた心臓は、また飛び跳ねだした。
「な、何?」
「一通り探したんだけど、見つからなかったんだ」
「よく探した?」
「ああ。玄関はもちろん、トイレ周辺は念入りに調べた。もちろん、他の場所も」
「ってか、上がって来ないでと言ったはずよね?」
「仕方ねぇだろ。こうしないとお前に、報告出来ないんだから…」
緊張しているのは私だけではないようだ。
「人のこと初心と言っておきながら、自分もそうじゃない」
「う、うるせーよ」
威勢がない。こんな感じなら大丈夫そうだ。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「どこに?」
「1階で探していないところは、あと1つでしょ。今回ばかりは許すわ。ついでに、2人にも挨拶して」
せっかくだ。山辺君には2人に挨拶してもらおう。
――ゴン
ドアを開けた瞬間、鈍い音が聞こえた。
「いって……」
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
「あ、あぁ、これくらい……。い、行こうか」
ぎこちない足取りで階段の方へ向かって行く。
「うわっ!」
「山辺君!」
――ドンッ!
なんと山辺君は階段から足を踏み外し、下に落ちてしまった。
「山辺君!」
当たり所が悪かったのか、気を失っている。血が出ているわけでもなく、脈もあるし、呼吸しっかりしている。これくらいなら問題なさそうだ。
「さすがに、このままじゃあれよね…」
私はなんとか山辺君を担いだ。結構重いが、これくらいならおんぶすれば2階に運べる。少ししんどいが……。
「全く。山辺君って、こんなにドジなのかしら?」
そんなことを思いながら、私は山辺君を半ば引きずるようにして2階の自分の部屋まで運んだ。
「ユウ君ですらこの部屋に入ったことないのに」
何とか山辺君を私のベッドに寝かした後、嫌味のようにつぶやいた。
この部屋は私が小学生になってから使うようになった。私にとって初めての1人部屋。すごく嬉しかった。
何度かユウ君も遊びに来てよと誘ったが、決して来なかった。小学生でも年頃の女の子の部屋に行くのには抵抗があったのだろう。例えいとこだとしても。
「あら、たんこぶが出来てる」
私は頭を冷やすタオルを持ってくるため、一旦部屋を出た。
山辺君の世話は、雪に任せるとしよう。
タオルを濡らし、戻って来ると、雪が山辺君のお腹の上に乗っていた。
「ダメじゃない、雪。山辺君はケガしているのよ」
雪を山辺君の上からどけ、私は代わりに濡れたタオルを頭の上に置いた。
「たんこぶが出来るくらいだから、体中はアザだらけかしらね。さてと。私が代わりにお守りを……」
「あお、い……」
「え……?」
今、私の名前を呼んだ?
「行かないでくれ……」
ハッとして振り返るが、どうやら寝言だったらしく、山辺君は寝ている。一体どんな夢を見ているのかしら。
「いきなり呼び捨てって、どういうつもりよ……」
いつも苗字で呼んでいる。でも、昨日間違えて名前を呼びかけた。葉月につられたと言っていたな。
「これ以上、変な感情を生ませないでほしいわ」
友達が出来るのは嬉しいが、その反面怖いのだ。過去を知ったときの、みんなの反応が。
「ニャー」
「あ、雪。何してるのよ……。って、あれ?それって、もしかして……」
雪の前足の部分には、何やら黄色いお守りらしきものが。
「もしかして、これかな」
拾い上げてみると、確かにそれはお守りだった。ただ、これはただのお守りではなく、どうやら手作りのようだった。
形はいびつで、刺繍されているひまわりも少しガタガタしている。黄色い布は色あせていて、最近の物ではない。昔作られた物だろう。年季は入っているが、かなり丈夫に作られていて、破れどころかほつれさえも見当たらなかった。
「あ、もしかして、雪が犯人ね」
山辺君は1階を探しても見当たらないと言っていたから、雪がこの部屋まで運んだのだろう。
雪はどうしてか気に入ったものはこの部屋に運び込む。お母さんの財布もこの部屋に持って来たことあったな。
「全く。今日は山辺君いるし、適当に何か作ろうかな」
いつもならインスタントラーメンで済ませるのだが、山辺君がいるから、どうしてか見栄を張りたくなってしまう。
この様子だとお昼まで起きそうにない。その間に作って恩を売っておくか。
「カレーでも作ろうかな」
私は静かに部屋を出た。




