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賑やかな保健室

 ここは……どこだろう。


 雨が降っているのに、私の体は濡れていない。辺りを見渡すと人影が見えた。よく見るとそれは、ユウ君だった。


 私は走って近寄ろうとしたが、なぜかユウ君は遠ざかって行った。

 待ってと言いたいのに、名前を呼びたいのに声が出なかった。

 すると、ユウ君が振り返った。体中を血で赤く染め、顔も体も変形した姿だった。


「全部、お前のせいだ!」


――ッ!


「あれ? ここは……」

 気が付くと私はベッドの上に横になっていた。ツンと鼻を突く消毒液の匂い。どうやらここは保健室のようだ。

 そして、今まで夢を見ていたようだ。


「私、なんでここに……」


 ベッドにはカーテンがしてあり、カーテンに人影が写っている。そっとベッドから降り、私はゆっくりとカーテンを開けた。


「葵! 気が付いたのね」


「葉月……」


「よかった!」


 葉月は私がしゃべりだそうとする前に私に抱き付いた。


「ちょ、苦しいって。あ、2人もいたのね」


 葉月に気を取られて気が付かなかったが、山辺君も先輩もそこにはいた。


「そうだ、葵! なんで私に黙ってたのよ!」


「何をよ」


「山辺君のこと、私聞いてないんだけど。しかも最近は見かけなかった風間先輩もいるし」


 完全に葉月はご立腹のようだ。これはまた色々とめんどうだ。


「それは後でちゃんと話す。その前に説明して。私、さっきまで図書室にいたわよね?」


 葉月は私からゆっくり離れた。不安そうな表情を浮かべていた。


「葵はまたパニックを起こして気絶したのよ。私がたまたま図書室のそばを通りかかったら、葵の悲鳴が聞こえた。慌てて中に入ったら、倒れた葵と、慌てているそこの2人を見つけたわけ。最初は2人が葵に何かしたと思ったけどね」


 ギロリと鋭い目つきで2人を睨みつけた。


「いやいや、俺たちは何もしてねぇよ。水野が悲鳴上げて倒れたときは焦ったが……」


「俺も何もしてないよ。水野さんとは話をしてただけだし」


「まぁ雨も降ってたし、この状況で山辺君の赤いネクタイが原因だって分かったから責めなかったけど」


 チラッとしか見ていなかったから気付かなかったが、よくよく見ると2人の頬が赤くなっている。葉月は責めてないと言っていたが、それは言葉で責めてはいないということは分かった。お得意のビンタを2人にかましたのは明白である。


 葉月はカッとなると、口よりも手が出るタイプだから、よく人と口論になったときは、必ず相手に1発はビンタをかましている。ごくたまに相手が吹っ飛ぶことがあるから、威力は相当なものだろう。


「2人とも、痛い思いさせたみたいね。私から謝る」


「なんであんたが謝るの」


「理由も聞かずにビンタ食らわしたでしょうが」


 葉月はとぼけた顔をしたが、否定しないということはビンタしたのは間違いないだろう。


「この2人とは何もないわよ。山辺君とはただの友達だし。生徒手帳拾ってくれたときに知り合ったのよ。今日は先輩が話あるって言うから図書室で話をしていたの。山辺君は付き添い」


「ほんとに?」


「疑い深いな。本当だってば。ユウ君のことで話があるから、話をしてただけよ。それと、葉月」

私は葉月を離れたところにつれていき、小声で話した。


「私が倒れた理由は説明したの?」


「するわけないでしょ。先輩は誤魔化せるとしても、今回は山辺君もいるのよ。あなたから優月さんのことは聞かされていないようだし、下手に話したら葵が困ると思ってしていない」


「適当に言って、納得してもらえると思う?」


「難しいと思う」


 葉月は私が倒れた理由は知っているが、2人は知らないから困惑しているだろう。実際倒れる直前まで一緒にいたわけだし、倒れた原因を知りたいはず。何でもないという一言で済む話でもない。


「仕方ない」


「ちょ、葵」


 私はゆっくりと2人のそばに歩み寄った。


「今日は迷惑かけてごめんなさい。でも、たまにあるから気にしないで。原因も分かってる。でも、2人には説明できない」


「なんでだよ」


「そうだよ。俺、水野さんが倒れたとき本当にびっくりしたんだぞ」


 予想通り、2人は納得していない様子。


「今はまだ話せない。これだけは本当に。必ず説明する。私の心の準備が出来たら必ず。先輩も心の準備はしておいてください。私が言えるのはこれだけ」


「私からもお願いします」


 私の話を聞いていた葉月が口を開いた。


「理由も聞かずにビンタしたことは謝ります。ですから、葵の言うこと、聞いてもらえませんか?」


 物腰の低い葉月を見るのは滅多にない。本当に稀だ。葉月が私のためにここまですることに、秘かに感動した。


「……2人がそこまで言うなら今回は引き下がる。最も俺は、何も知らない部外者だし」


 初めに口を開いたのは山辺君だった。


「山辺君が一番納得してない中で、俺が納得しないわけにもいかないだろう。何かどうしても隠したい秘密があるようだし、今回は俺も引き下がる」


 山辺君、そして先輩の意見が一致した。


「2人とも、ありがとうございます」


 私は2人に対してお礼を言った。


「葉月、ごめん。また迷惑かけた」


「何言ってんの。今度からは全部私に報告して。男絡みでも、報告してくれたほうが助かる。それに、話してくれないとこっちは信頼してないって思っちゃうんだから。本当なら葵にもビンタ食らわしたいとこだけど、どうせまた変な夢を見たんでしょ」


 ず、図星だ……。


「無理してるのバレバレだし。夢の内容は聞かないでおく。辛いだろうから。ほんと、なんであんたはこの学校選んだのよ。毎日のように赤を見て、自分自身も赤を身に着けるこの場所を」


 ネクタイで色分けをしているのは知っていた。赤を使うということも。


「これしか、私には出来ないからさ」


「全く……。私なら大切な人が亡くなったら立ち直れないわ。あんたって、本当強いわね」


 ふと葉月は寂しそうな笑顔を浮かべた。自分はユウ君を超えられない、そう思っているのだろうか。


「それと、葉月。先輩とは昔話してただけよ。本当に、先輩はユウ君に釣り合うよ。最近はユウ君を見習って、好きな人を振り向かせようとしているみだし。さすが、親友でありライバルね」


「「「あ…」」」


 ふと、3人の声が重なった。そして3人とも私を見ていた。


「どうしたの?」


「あんた、今、笑った……?」


「え?」


 また、やっちゃったのか……。顔を触ってももう遅いだろう。


「俺の見間違いじゃなかったな。みんなにも見えてるし」


 山辺君が少し嬉しそうに言っている。


「葵、もう無理しないでよ。笑ったって、泣いたって、怒ったっていいのよ?そろそろ解放されてもいいと思う」


 葉月は私のためを思い、そのようなことを言っているのは分かっているのだが、どうしても受け入れることはできない。


「私は感情を表に出すことは許されない。生きていることすら、許されない人間だ。本来ならば……」


 そこまで言いかけ、ハッと気付いた。ここには葉月だけでなく、山辺君も先輩もいるのだ。


「葵?」


「とにかく、私はもう帰る」


 葉月が持って来てくれたのか、机の上に私のカバンがあった。それを掴んで保健室を出ようとしたとき、ふと外の音が聞こえた。


「外はまだ雨が降ってるわ。あと1時間ほど降る予報よ。止むのは6時頃。それでも帰るつもり?」


 こんな雨の中、帰る気にもなれない。先ほど、あんな夢を見たせいもある。


「止むまで待つ」


 私はカバンを元の位置に戻し、イスに座った。


「そういえば、部活はどうしたの?」


「とっくに終わっている時間よ。先輩たちには事情は話してあるから、心配しないで」


 時刻は5時半だ。終わっていても不思議ではない。

 ふとグラウンドが見渡せる窓を見ると、いつもは賑わっているグラウンドは静かだ。雨だから室内でやっているのか、それとも中止にしたのかは分からない。


「そうだ。言い忘れてたけど、あんたをここに運んだのは山辺君よ」


「え?」


 山辺君が?


 ふと視線を向けると、ちょうど目が合った。葉月の話が聞こえたのか、少し照れ臭そうだ。


「水野、お前ってけっこう見た目より重いのな」


 またデリカシーのない発言を……。


 私は自分の鞄をひっつかみ、思い切り投げた。だが、見事にキャッチされてしまった。


「冗談だってーの。ったく、口より先に手が出るのは、立花と一緒じゃねぇか」


「余計なお世話。それに、今のはあんたが悪い」


「冗談だって言っただろ」


「……今度はイスでも投げようか」


「しつこいな。2人とも女の割には力強いよな」


 なんでこんなデリカシーのないや奴と私は会話しているのかが不思議だ。


「あんたたち、相性よさそうね」


「「どこが」」


「ほら」


 葉月に反論したら、ちょうど山辺君と言葉が重なってしまった。


「山辺君は大丈夫そうね。問題は、先輩か……」


 山辺君に対しては意外にも好印象を抱いたようだが、先輩に対しては相変わらず敵意むき出しだ。嫌いな人には嫌いと言える、その性格は好きだ。


「おいおい、俺は何もしてないよ」


「噂は聞いているけど、本当かどうかも怪しいじゃない」


 葉月は先輩にも関わらず、同級生に話しかけるようにタメ口だ。完全に先輩として扱っていない。


「全く。噂は本当だよ。ってか、俺は先輩だぞ?なんでタメ口なんだ」


「先輩として見てないからよ」


 あ、ストレートに言った。


「まぁいい。俺は相手から心開くまでは手は出さないよ。立花さんが心開くまで俺は待つよ」


「心開くつもりこれっぽっちもないし」


 2人の言い合いは止まりそうにもない。


「この2人、意外と相性いいんじゃねぇの?」


 ふと山辺君が私に話かけてきた。


「いや、葉月は見た目で判断しない。端から見ればお似合いだろうけど、くっつくことはない」


 葉月にはもっと素敵な人が現れるはず。葉月を幸せにしてくれる人に託したい。


「あのさ、変なこと聞いていいか?」


「何?」


「お前の好きになった人って、どんな人なんだ?」


 唐突な質問に私は戸惑った。山辺君はなぜか顔が少し赤いように見える。


「いや、ただ前に好きな人がいたって聞いたから、なんか気になって、その……」


 デリカシーがない割には、どこか質問は遠慮がち。こういう姿を見たのは初めてだな。


「私が初めて好きになった人は、とても優しい人だった。夜の街を優しく照らすお月様のような人だった。私なんかに構わず、自分のやりたいことやればいいのになって思ったほど」


 先輩の話を聞いたら、本当は活発でケンカをするほど元気いっぱいの男の子なのに、暇さえあれば私のところに遊びに来ていた。


「そんな人なのか……。今はその人どうしてるんだ?」


 山辺君の言葉で、私は黙ってしまった。山辺君からしたら普通の質問だろうが、私からしたら嫌になる質問だ。


「山辺君には色々と恩があるから、そろそろ話そうか」


 生徒手帳を拾ってくれたり、今回は保健室まで運んでくれたりした。ここまでしてくれたら、話さざるをおえない。


「話す前に場所変えたい」


 未だに2人はまだ言い合っていて、うるさすぎてまともに話しが出来る状況ではない。


「葉月、ちょっと図書室行くね」


 聞こえていないだろうけど、伝えるのは伝えた。


「行こうか」


「いいのか?」


「いいわよ。心配性なのね」


 心配しているから、私は図書室に行くという置手紙を残した。

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