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お互いの妥協点

 最終投稿から期間が空いてしまって申し訳ありません。体調やプライベートが忙しく、こちらに手が回りませんでした。

 また期間が空くかもしれませんが、ご了承ください。

「葵、大丈夫?」


 放課後、今日もユウ君の家に行こうと準備をしていたときだった。声をかけられた私が振り向くと、心配そうに私を見ている、葉月と山辺君の姿があった。


「今日も行くんだろ」


「えぇ、そうよ。私にはこうするしか、今は方法ないから」


 2人には今どういう状況なのかは常に報告している。隠してたら後からすごい怒られるというのもあるが、私自身話を聞いてももらわないと、壊れてしまいそうなのだ。


「でも……」


「ちょっといいかな」


 山辺君の言葉を遮るように、私たちの前に現れた人がいた。


「東雲、先輩……」


「水野さん、ちょっといいかな。2人も心配ならついておいで」


 東雲先輩は必要最低限の言葉だけで教室から出さそうと誘導する。放課後とはいえ、教室には何人か残っている。東雲先輩も風間先輩といるため、有名な1人ではある。チラチラとこちらを見ているクラスメイトがいるため、気を遣って外に出そうとしていることは分かった。


「はい、大丈夫です。行きましょう」


 私たちは東雲先輩について行くように教室を出る。その間、2人は誰かに連絡をしている。


「というか、2人ともクラブは?」


「私は休みますって連絡入れたわ」


「俺も空輝に伝えた」


 こういうときの速さはある意味見習いたいところではある。私の心配よりも自分の心配もしてほしいところだが。


 東雲先輩に連れて来られたのは生徒会室だった。ここは私たちの教室からも遠く、生徒会の人たちか先生くらいしか来ない場所にある。ここでは生徒会の人たちや先生たちが、学校で行う行事の打ち合わせやお金の管理等を行っている。


「こんなところ初めて来たわ」


「俺たちは生徒会じゃないからな。今度は立花が立候補してみろよ。すぐに生徒会長になれるぞ」


「嫌よ」


 2人はしょうもないことを言い合っているが、私もここに来たのは始めてだ。東雲先輩に連れて来られなければここに来ることはなかっただろう。


「水野さん。分かっていると思うけど、この先では風間が待っている。事の経緯は全て聞いたよ。大変だったね。水野さんも、風間も……」


 東雲先輩はどこか辛そうに私から目を逸らす。こういうとき、私もどう声を掛けていいかなんて分からない。東雲先輩の反応はある意味正常なのだろう。


「いえ。それで、風間先輩は私と話がしたいと」


「そうだよ。風間からは水野さんだけを中に入れてほしいと頼まれている。俺たちはすぐ隣の準備室で待ってるから。誰にも会いたくなければそのまま帰ってくれ。あと、生徒会室は風間が貸切っている。だから、誰も来ないから安心してね」


 やっぱりそういうことだったか。私はチラッと2人を見ると、ゆっくりと頷いてくれた。その姿を見るだけで私は勇気をもらえる。


「分かりました。では、行ってきます」


 ドアを開ける前に深い深呼吸をする。あの話をした後、まともに会話もしていなければ姿すらも見ていない。


――ガチャ


 ドアを開けると窓の外を見ていた風間先輩がゆっくり振り返る。初めて見たときの輝かしい印象とは打って変わり、目の下にはクマができ、どこかやつれていた。受験勉強が辛いというわけではないだろう。


「先輩」


「水野さん、来てくれてありがとう。とりあえず、座って」


 先輩は私に座るよう促すと、自分も向かいに座る。話し方はいつもと変わらないが、無理をしているのには変わりない。


「あの……」


「水野さんごめん!」


 先輩に声をかけようとしたら、先輩が先に机に頭をつけながら謝ってきた。急なことに驚いている私をよそに、顔を上げるとそのまま言葉を続けた。


「水野さんが家に来てくれたとき、責めるような言い方をして本当にごめん。言い訳になるかもしれないが、俺も混乱しててどう振る舞えばいいか分からなかったんだ。でも、東雲に話して、多少は気持ちの整理はついた。でも、それでも俺はまだ、水野さんのことをどこか許せない自分がいる」


 気まずそうに視線を逸らし、両手を拳にして力を込める。話している今も、自分の思いと葛藤しているのだろう。


「俺の中で、納得できる答えが見つかるまでは、少しぎこちなくなってしまうかもしれない。それは許してほしい。でも、今のままではいたくないんだ。変わりたいって、思ってる自分もいる。曖昧なままで呼び出してしまって申し訳ない……」


 先輩の声はずっと震えていた。私を呼び出すと決めたときも、相当覚悟がいることだっただろう。

 

 私たちの間に気まずい空気が流れる。先輩も何も言わなくなってしまった。


「先輩」


 私はこの空気をどうにかしようと先輩に声をかける。私と視線を合わせた先輩の目には、うっすらと涙が溜まっているように見えた。


「私自身、この高校に入って先輩と出会ったときは、罪悪感でいっぱいでした。私にとっての最善策は、先輩と関わらないようにすることでした。でも、先輩と関りが増えていくうちに、逆に怖くなってしまったんです。今の関係を壊したくないと」


 罪悪感はありながらも、先輩のことを知るうちにもっと知りたいと思ったし、ユウ君のことを知っている数少ない人。もっとユウ君の話をしたいと思っている。関わってはいけない、話をしたいと葛藤している自分がいた。


「でも、伯母さんに私と一緒にいるところを見られてしまって、もう隠せないと思いました。離れていってしまう覚悟で、先輩に話しました。受験という大事な時期にこんな話をしてしまったのは申し訳ありません。話したのは自己満足というのもあるかもしれません。でも、私も今のままではいけないと思っています」


 私は先輩に伯母さんの家に通っていること、相手にされないけれど、話し合いたいこと、風間先輩も協力してほしいことを伝えた。先輩は驚き、少し悩む表情を見せた。


「話をしたい、というのも私の自己満足かもしれないことは承知です。でも、話すことでお互いの思いも分かりますし、それで何かが変わるのなら、私は話したいんです。例え罵倒されるだけでも、それでもいいと思っているんです」


 先輩に話したのも、伯母さんと話したいのも、自分が納得したいだけの自己満足かもしれない。それでも、自分の中で何かが変わるのなら、今動かないと後悔することは確かだ。それだけは分かる。


「……分かった。でも、俺もあまり力になれないかもしれない」


 先輩はあの日、ユウ君の家に行ったときのことを教えてくれた。家の中の様子や、伯母さんの様子はどこか異様だったと。私たちが知っている、伯母さんではないのだろう。数年で心の傷は完全に癒えるわけではないのだから。


「ありがとうございます。詳しいことはまた話しましょう」


 私はカバンを持って生徒会室を出ようとする。


「水野さん」


 ドアノブに手をかけたとき、風間先輩に呼び止められた。


「どうしました?」


 振り返ると先輩は少し悩むと、言葉を繋げた。


「優月も、俺たちが前に進むことを望んでいると思う?」


「少なくとも、今の状態は望んでいないと思います。ユウ君は優しいですから」


「そうか。それと、水野さんは今でも……」


 そこまで言うと口を閉ざす。言葉にしなくても、何を聞きたいか私には分かる。


「未練がないと言えば嘘になります。想いだって告げられませんでしたから。まぁ家族同然のいとこに、恋心を抱くって時点で少し変かもしれませんね」


「いや、変じゃないよ。すごく、素敵なことだと思うよ」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 先輩に頭を下げると静かに廊下に出る。先輩はもちろん、私の中にもまだ何かしらモヤモヤしたものは残っている。これからやろうとしていることが、最善策なのかも分からない。


 ただ私は、今できることをやるしかないと言い聞かせた。


 私はみんなに、話し終わったことを伝えに準備室に向かった。

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