32水に挑むもの
7月のナイル川に雨が降る。
とても珍しいことだが、モンスーンの時期にはあることである。降水量はとても少ない。
しかし、どうやら今回の雨は様子が違うようだ。ナイルの増水時期なので、水には事欠かないが、恵の雨であることに代りがないハズが、一時的なものでは無いようだ。
「これは・・・・・・まずくないかい?」
農民の一人は珍しく降る雨の量がいつもと違うと感じていた。
「ちょっと川の様子を見てくる。」
そう言って、川の溢れている盆地のほうへ向かった。
ナイルの西岸は砂漠への入り口で、人が居住する地域ではない。
しかし、ホノヒコたちが駐屯しているため、人々が集まっていた。
「恵の雨だ、壷や瓶をもってこい。客人は建物の中に。」
セトの指示により、周りの者があわただしく動く。この時代一番きれいな水は雨水だ。川の水、池の水など生水で飲めるはずもなく、たとえ沸かしたとしても混ざり物が多い。
野営のテント、建物周辺に雨受けが並んでいる。
「コレは何をしてるんだい?」
ホノヒコが不思議に思ってたずねた。コロニーでは水の循環により浄化も完全システム化している。水が貴重なのは変わりないが、水の重要性において概念が異なっている。
「安全な水を確保しているです。雨水には泥も虫もいませんから。」
通訳はムー人だが、現地のバントゥ語習得のため、地上生活が長い。
いくら水の豊富な上流でも、飲料水が悪いのは同じで、浄化設備なしでは文明は成り立たない。
アフリカの第地溝帯から西サハラは、バントゥ語。現在はコンゴ周辺の民族が使うが元は中央アフリカが発祥。
パレスチナ周辺は、セム・ハム語。
カスピ海周辺の平原は、インド・ヨーロッパ語族。ジョシア人とエージア人はアーリア人である。
公用語であるムー語は日本語のような語尾変化がある膠着語、シュメール語も膠着語であったと考えられている。
トトリの言葉は、ムーの言葉に影響されている。
「あわただしくて申し訳ない。水は命の源。天の恵は授かりものですので。」
セトがホノヒコの雨宿りした建物に入って、断りを入れる。
「にわか雨だろ?そんなに急がなくても。」
「命は雨があってこその恵、そんなことも知らないのか?」
セトはやれやれと、手を額にあて首を振る。
訳者は、内容は伝えまいと思った。
「ここに来て、雨なんてついてない。何日こんなんなんだ?」
「何日も降らないですよ。それより海へ出なくていいんですか?」
「もう。うるさいな。雨降ってるから後にして、雨がやんだら考えよう。」
ホノヒコと通訳は、雨を鑑賞しながらそれぞれ別の意味で先の見えない話をしていた。
セトは二人のやり取りを聞きながら、ホノヒコのメモ用紙を探していた。
(ないな、あの欠片。)
「ホノヒコ殿、増水が終わった時期、種を蒔く。川の水は恵。この雨も恵の水。水無しでは生きていけない。ナイルの水源より下ってきた方には珍しくないことかも知れないが、我々には必要なのだ。月の山の女王にもお願い申し上げて頂きたい。ナイルは我々の命なのだ。これからも今までと同じ様に水を恵んで下さるよう。出来れば直接申し上げたい。」
実際は、白ナイルではなく、モンスーンを受けたエチオピア由来の青ナイルが、増水の原因である。
通訳はセトの言葉を翻訳してホノヒコに伝える。
「川なんて初めて見たけど、いつでも流れているもんじゃないの?べつに、謁見するのは止めないけれど、そんなに簡単に会ってくれないよ。」
ホノヒコからセトへ伝えられる。
「オアシスの水も枯れる。雨の降らない年もある。川が枯れる事もあるやもしれぬ。川の水のためなら、難しくとも月の山の主には拝謁したい。」
セトからホノヒコへ伝えられる。
「まあ、女王陛下へは一度伝えてみるよ。まあ会うときは書状が要るだろうけど。」
ホノヒコからセトへ伝えられる。
「その書状とは、どんなものか?」
セトからホノヒコへ伝えられる。
「ああ、紙に名前やあて先なんか書いて、入れ物に入れて封をする。」
懐の紙と筆記用具を出して、説明をした。
それか!セトは目当てのものが、そんな簡単に見えるものかと思ったが、それがいったいなんなのか、見当もつかない。
「それは、どうやって使う。いったいどんなものだ。」
セトはホノヒコに詰め寄る。
「ちかいぞ、離れるんだ。順番に説明するから。」
ホノヒコは、紙とペンを示して、書く振りをした。
「この紙にインクの入ったこのペンで字を書く。」
セトは思った。紙とは何だ。平らな木の皮なのか、草の葉なのか?あの棒は染料を仕込んであるのか?どうなっているんだ、(古代エジプトには、豪華な装飾の真ん中にくぼみの入ったパレットがある。)しかし、あったとしても、何の絵が描いてある。どうしてそれで意思が伝わるのか。
「書くとは?我々にも出来るのか?」
エジプトのヒエログリフが生まれる以前である。
「文字を覚えれば出来るよ。でも誰が書いてもいいって訳じゃない。印章がないと。」
「文字を書き、しるしがあればよいのだな。」
「そんな簡単な事じゃないよ。書記官に書いてもらって、自分を証明する印鑑を押すんだ。」
「むう。では、その書状を書いてもらえないか?印鑑?とはどのようなものだ?」
「そんなに、女王陛下に謁見したいの?でもダダじゃそんなもの書けないよ。」
セトはほくそ笑んだ。
「それでは、今までもてなした娘たちの夫たちに、償いをしてもらいましょう。まだ夫たちには伝えていませんが、娘たちに何をしたかは分かっていますな。ちなみに貴殿の将軍たちはすでに私の息が掛かっております。」
ホノヒコは、もうすでに逆らえない。それに自分に決定権が無いと。
「じゃ、じゃあ僕が書いてあげるよ。特別だよ。」
さすがに、まんまとハニートラップにはまったアホではあったが、バカではなかった。
「信用されない思うから、特殊部隊と一緒に入城するようにしよう。」
ホノヒコは書状を書くことになった。
夜を経て、特殊部隊とセトは旅立った。
雨は降り続く。その雨は、岩砂漠の上を滑る。通用ならそのまま砂漠に吸収されるか、川に流れる。が、今回は異なった。
川へ流れるための高さがない。折からの増水量が多いのだ。
雨による水溜りも吸収されず大きくなるばかりだ。
水が鉄砲水のように人々を襲う。局地的ではあるが、その被害地は広がっていた。
「逃げろ!!水だ!!洪水だ!!」
「水が早い。山から来る。川もいっぱいだ。どうする。」
下ナイルの人たちと、シーバの人たちは、宴会もあり十分打ち解けていた。
まず、侵略のために来ていないので敵対する理由がない。
ちょうど、水陸両用なので、宿営地の人たちを収容して、砂漠の内陸へ移動した。
そして高台で降ろし重機は避難所を設営するため、高台に堤防を作るため配置された。
「砂漠に洪水とは。」
さすがに驚きを隠せない。砂漠に水の流れが生まれる。
「あの水の流れを変えなければ、レールガン準備!!」
ホバークラフトの蒸気タービンで、ホバーしているがそれを切断して、電力へ変える。
「チャージ、初め!!」
レールガンに磁場が形成される。
「打ち方、初め!!打て!!」
レールガンが発射される。通常、放物線で放たれるが、ほぼ水平に発射された。かなり危険ではあった。
レールガンが地面すれすれで移動し、接触した瞬間。一筋の溝が出来た。摩擦熱により地面を溶かす。
「まだだ!!まだ浅い。もっとだ。」
「しかし、砲身の冷却が間に合いません。連続だとレールが融解してしまいます。」
「・・・・・・かまわん。連続で打てる限界で打つのだ。命あってのモノダネだ。それに救助した人たちの命も預かっている。ここで引くわけにはいかない。」
「なるべく、短時間で射出できるよう。砲門のローテーションを調整します。」
レールガンのレールは消耗品なので、予備や、損耗を防ぐ様設計されている。
「すげー。なんだありゃ。雷が走るみてえだ。」
下ナイルの民も超兵器に驚きを隠せない。
8隻の左右2門のレールガンが規則性を持って放たれる。水を逃す水路を作っている。
移動して、水路を伸ばしていく。しかし普段電力で浮いている船が、原子炉のタービンからの動力では調整が難しい。しかし困難ながら手動で操縦していた。
まったく縁も縁も無い人々が協力して水の害に立ち向かう。
レールガンを打ちつくす、もしくは、電力を失った船はなす術も無く流される。兵士たちは船と運命を共にする。砂漠の洪水に流され、砂嵐にもまれる。
重機も水を防ぐため、まさしく水際で食い止め、水に飲み込まれる。
ホノヒコの船はナイル川に避難していた。
「はーっ、はーっ、はーぁ!みんな流されているぞ。もうなにも残っていまい。」
ホノヒコは、高笑いだ。
「セトには手紙を書かされたが、地上の夫たちはもう水に流されただろう。約束は反故だ。」
しかし、災害とはいえ大損害をだしたため、国許にも戻れず、当初の国の使者を全うしても、責任は免れない。とりあえず、かの国を目指し、姿を隠すことを考えていた。




