29普通の人が神
ナイル川第一の滝、現在はアスワンダム。
天からの使者、ホノヒコはふてくされていた。
「なんで私がこんな所に・・・・・・」
彼自身は、外交官ではなく、一般的な公務員である。
コロニー出身で、普通の生活を送る市民。
見たいテレビもあるし、趣味だってある。
地球環境のアウトドアにもあこがれるが、空調が整ったスペースコロニーの生活からはなかなか抜け出せない。
なぜ、そんな彼が今回の海原の国への使者として任命されたと言えば、コロニー発見の時に、多様性のため、宇宙飛行士全員の遺伝子提供を受け、ヒルメの遺伝子を色濃く継ぐ者であり、ひとえに普通で安全パイだったからである。
かの国がいくら蛮行を働こうとも、同じ言語を操る同胞であって、異民族ではない。
ルーツが同じ女王の血を引くものを無下に扱わないと、踏んでいた。
「あーあ。早く終わらせて。帰りたい。空気は埃っぽいし、釣りにも飽きたし。」
甚だ労働意欲が乏しい。
「セト様。どうやら船が最後の急流を越えたようで、あと5日もすればやってきますよ。」
「そうか。では、遣いをだそう。土産を忘れるな。」
そのころ川上では。
「あと何日位でつく?」
ホノヒコは、連れのものに聞くと。
「あと1日あれば河口です。あとは海なので2日あれば着くでしょう。」
海が荒れていなければ、時速100km/hで運行できるので、1日かからないだろう。しかしあまり高低差があるところは超えられないので、計算どおりとはいかない。
川上と川下では、計算が違った。川下から帆を立てた舟が出港してすぐに、ホノヒコたちとかち合ってしまった。
「あちゃー。もう来ちゃったよ。どうしたらいいんだろ。とりあえず旗を振ってみるか。」
農夫は舟から旗を揚げ、大きく振った。
「おーい。おらたちは怪しくないだ。話を聞いてくれー。」
「おい、あれは何だ?漁師か?」
「旗を振っているから、唯の漁師ではないな。物売りか何かじゃないか。」
「どの道邪魔だから、ちょっと退いてもらおう。」
ホバークラフトから、両手旗が振られ、川岸に誘導する。
使者たちがふさいでいる川から、ホバークラフトは近くの砂地に上がり、同時に使者たちも陸に上がる。
「おーい。聞いてくだせえ。わしらは怪しいものではないだ。セト様から天使様のお迎えを頼まれたもんです。」
一応使者なので、武器は持っていない。どうせ石のやじりや槍なので、焼け石に水だろうが。
ホバークラフトから、背の高い黒人と通訳の白い人が降りてくる。周りには、拡張儀体群が控えている。
「そなたは何者であるか?少しでも怪しい動きをしたら、直ちに射殺する。」
「わしは、セト様から天使様をお迎えにいく様に頼まれたもんで。」
「天使とは言い得て妙だな。確かに天より降りた遣いをお守りしている。」
近侍の通訳がヘッドセットを通じて同時通訳で、ホノヒコの居る。ブリッジに会話を転送していた。
「どこのどいつだ?もっと詳しく聞いてみて。」
ホノヒコは通訳に伝え、通訳は兵士に伝える。
「そなたは、どこから来た。そのセトとはどのような人物か?」
「へい。この川の下流から来ました。この地に住まうもんです。セト様はこの地の長です。」
「では、そのセトという者は、われわれにどの様な用件があるというのか?」
「へい。セト様は、天使様がいらっしゃると聞いて、おもてなしがしたいと言っていまして。」
セトの使者は、手土産を差出し敵対の意思がないことを示す。
「ほう、中身は何だ。」
「まんじゅうです。」
「毒は入っていないな。」
「そりゃあないですぜ。」
「では、頂こう。」
ブリッジでは、ホノヒコはほっとして様子を伺っていた。
かの国に襲来ではないようだ。もしかの国の装備なら、襲われたらタダではすまない。現地の武器なら恐れることはない。
「とりあえず、毒物検査薬を用意しろ。もらい物にどんなものが入っているか判らん。」
ホノヒコは慎重だ。ちなみに食事に誘われても行かないつもりである。
「それでは、そのセトという者はわれわれを歓迎するというのか?」
「へい。酒宴の準備もしております。でもこんなに早いとは思わなかったので、まだ準備が出来てないけども。」
通訳が、ホノヒコに伝えると。
「ちょうどいい。どんなもの食わされるか分からないから、うちらの流儀で監視しながらやろう。」
通訳から兵士に、ホノヒコの指示が伝えられる。
「では、われわれも手伝おう。」
「お客さんにそんな事させるわけにはいかねえよ。わしらのもてなしをうけてくだせい。」
「いや。折角の機会。我らのすばらしさも知ってもらわなくては。」
「そうですかい?確かに天使の食べ物も食べてみたいもんですが。」
セトの使者との対話が続き、結局は招待を受ける事になった。
「では、案内を頼めるか?」
「へい。川を下ればすぐなので、迷うこともないですわ。」
川を流されるまま、下る。
ホバークラフトにとっては、浮かぶためにローターをまわすが、低速で進むというのはなかなか難しい。
「早いではないか!?あと5日はかかる行程だぞ。」
待ち構えたセトは、驚きを隠せない。
「へい。それが、とても速い船で水の上をすべるように走るし、陸も上がるし、どんな技をつかっているのか、天界のものはわからんです。」
「まさしく天使だとでも言うのか?」
そうしている内に護衛を伴って、通訳と兵士がホバークラフトから降りてくる。
冠を頂き杖を持つひときわ立派な人物。セトをめがけ歩いてくる。
「初めてお目にかかる。我が主、ホノヒコ様の従者でございます。御方がセト殿であるか。」
「確かに私がセトだが、あなた方は本当に天使であるのか?」
「いえ、私どもは、天の根の堅巣国の女王陛下の使者、ホノヒコ様に従うものです。」
「天の根の堅巣国の女王といえば、天から月の山に降りた天国から来る神と聞くが、本当か?」
「たしかに、数千年の時を姿変わらず生きる現人神と言うにふさわしい方だ。天の御柱を伝い、降りてこられた。陛下の使者であるホノヒコ様もまた天の御柱を伝って降りてこられたと聞く。」
「では、本当に天使であるというのか?まさか神のお使いをもてなす事が出来ようとは。」
「あなたが天使と言うなら天使と言ってかまわないだろう。」
そんな会話を聞いて、ホノヒコはいい気分だ。まさか神様扱いされているとも思わなかった。
「これは、出て行ってもいいだろう。なるべく威厳のある格好をしていった方がいいよな。」
そんなこんなでホノヒコは、アクセサリーをつけたり、使ったこともない刀を腰に差したりと、大忙しだ。
「こんなに早いとは、思いもよらず歓迎の準備も出来ておりません。休める処の準備もままなりませんが、私の住居を開放しましょう。急いで準備します故ご容赦を。」
「いえ、お構いなく。われわれには水陸両用車があります。陸に上がっても問題ない。」
兵士はホバークラフトを指差し、セトに断りを入れる。パワーローダーを格納し、リアクターも持つ船体に、要人護衛のため生活空間を設けている。多少狭いが未知の土地で野営するより安全だ。人相手では別の対処が必要になる。
「あの船には、いくら位兵を乗せているのですか?」
セトが兵士に聞くと。
「武装と人員収納モジュールがあるから50人ほど搭乗している。立ち席にすれば300人はいけるだろう。」
「では、船の乗員以外は?」
「野営をする。心配には及びません。野営キットがあるので快適です。」
「それで空飛ぶ天使が翅を休めることが出来るのか?」
「空を飛ぶ?ああ、それは問題ない。その装備は船の中だ。」
そうか、空を飛ぶ装備があるのか。ならばわれらも同じく天使の力が得られるか?
セトは、力を欲していた。
ポセイドンのみならず、シナイ半島、アルトリア、イラン高原、フェニキア、バルカン半島、あらゆる敵に囲まれていた。南からは天使だ。
セトの持つ杖は硬い石が据えられ、振るえば敵の目には星が飛び、体はしびれ、頭は割れる。
周辺の敵は未だ石器時代。武器の差はあまりないが、ポセイドンが持つ武器と鎧には太刀打ちできない。そして南から来た翅をもつ者。
神の力と等しい装備があれば、ポセイドンも退ける事が出来よう。どう転ぶか解らんが、この天国からの使者を味方に付けなければならないと、セトは感じていた。
「船に天使がいるのですね。ぜひ拝見したいのですが。」
「それは、出来ない。それに、ホノヒコ様は・・・・・・」
颯爽と船から降りる一人の男の姿が現れ、肩で風を切って歩いてくる。
あとから通訳もばたばたとついてきた。
「やあやあ、我こそが天からの使者、ホノヒコである。」
通訳が、現地語に翻訳すると
「ごきげんよう。私が天の根の堅巣国の女王陛下の使者、ホノヒコです。」
セトは訳者の言葉を聴き。
「お目にかかれ光栄です。天使殿。私はセト。この地を治める長にございます。」
訳者がホノヒコに伝える。そしてホノヒコは。
「私がこの地に来たのは、海原の根の堅巣国にわが国の力を示すため、軍を率いてきた。」
特に攻め入るために来たのでなく、事変の収拾と戦後処理のためだが、かっこよく言いたかったので、内容を変えていってみた。
訳者はとりあえず意訳を返そうと・・・・・・
「えーと。私は海原の根の堅巣国へ和平の交渉に行くため、この地を通らせてもらえないでしょうか?」
「なんと、ポセイドンの国に行くというのか?しかし和平とは?かの国と天国は敵対しているのか?」
訳者がホノヒコに伝える。
「そうだ。敵だ。しかしわれらに死角はない。それだけの準備はある。」
たしかに、強力な装備を持っている。先行量産型とはいえ新兵器を持ち込んでいる。
戦略をもって当たる指揮官と戦術ユニットであれば、いまだ鹵獲兵器の有用性を見出せていない現段階の海原の国を滅ぼせるだろう。
訳者がセトに伝える。
「私たちには、かの国と交戦せざる終えない時の為、この部隊を用意した。」
「そうか、では我等もかの国とは交戦せざる終えなくなれば、共闘しよう。」
こうして、有史前の世界大戦の火種がくすぶりかけていた。




