17話 お茶でもいこまい。
寮のリビングでは、寮母のカウィールが朝食の準備をしていた。ただいつもと違い珍しい食べ物が並ぶ。なす、きゅうり、はくさいの漬物。塩の浅漬けならあったのだが、食卓に並ぶのはぬか漬けである。ぬかを漬物に使おうなどという不届きものはなかなかいない。
その不届きものとは、私カガミ ヤゴロヲでございます。和風の漬物に飢えていたのでありふれた材料で出来るぬか漬けはうってつけだ。
ほんとは、すぐき(京野菜のすぐき大根を漬けたのも)が食べたい。山盛りご飯にぶっかけたい。おいしいすぐきが出来ればすぐにでも作りたい。
糠床かき混ぜるのが手間だが、おいしい漬物のためには変えられない。
もう一つ異彩を放つ食べ物がある。味噌汁である。
かねてよりの努力(チコメの成果だが)によって麹が得られた。
天然の麹は、稲や麦につく。しかしながら毒性が強い。日本人は長年の品種改良によりこれを解決してきた。それを一足飛びに遺伝子操作で実現した。これにはチコメ-パティちゃんの研究室があってこその成果だ。
「なんか独特なお味ですね。」
ワカメが味噌汁を口に含み答える。出汁を取るための鰹節が再現できればいいのだが、どうも発酵の方法がよくわからない。麹でいいと思うのだが不完全だ。でもそれなりに風味が出る。
「色んな味噌が出来ればいいんだけど、今は大豆の赤味噌ですけど、米とか麦の白味噌とかもっとあっさりして甘みのあるものが出来れば、味噌汁の印象も変わると思う。」
そう、まだまだ完成には程遠い。しかし赤味噌が出来ただけでも大きい。
しょうゆも味噌と途中まで製法は同じだが、かき混ぜたり濾したり手間がかかる。
古くは味噌、醤油は自家製だった。知多半島では現代でも、味噌もたまり(醤油)も自家製と聞いたことがある。
たまに趣味と実益、食の安全のため自家製が作られる。ええ作らされていましたよ。おかげで、味噌と醤油を復活させることが出来ました。ありがとうお母さん。
「でも、おいしいですよ。」
「で?これは?なんかへんなにおいがする・・・・・・」
器に盛られた糟漬けに、シシュチルが目を向ける。
「なにこれ!?腐ってる!」
「いや、くさってねーし。浅漬けだがら、すっぱくないとおもう。」
なすと白菜の漬物は、程よいすっぱさでご飯がすすむ。深漬けが好きな人には物足りないかもしれないが。
「で?こっちのは?」
「ああ、もろみ味噌ね。これは醤油を作ったときに失敗したんだけど、たまたm出来たもので、きゅうりやナスにつけて食べるとおいしい。」
僕は小皿のもろみ味噌を生のきゅうりにつけ、口に運ぶ。
シャクシャクとした食感と味噌のうまみが口に広がり、ご飯が進む。
「それにしても、うまくいきましたね。ヤゴロヲさん。前任者の種麹があったといえ、9ヶ月でこんな調味料が出来るとは思いませんでしたよ。」
パティちゃんがいろいろなサンプルをためして、成功にたどり着いたのはわずか。
チコメの作ったサンプルが残されていたので、製法としてはだいたいあっていると思うが、味に関してはまだまだだった。学園に来て2年と9ヶ月。麹を手に入れてからは2年半で長年の夢がかなった。
豆製品でとうふや納豆もあるし、油揚げもいい。あんこなどの加工品なんてのもある。
わさびや山椒、紫蘇などの薬味もそろえた。今手に入れられる食材は得た。おかげでクラブハウスの周りは、農園になってしまった。いっそ農学に転向しようかと思う。
グローバル化した現代と違い、世界の食材はまだ広まってはいない。とうもろこし、トマト、大根、じゃがいも。まだまだだ。酒や焼酎、ラガービールだってまだ実現できてない。まだ先がある。
「めずらしい食べ物でした。でもまた頂きたい食べ物でもありました。」
ワカメがお世辞にもほめてくれる。まだまだ改善の余地があるのだから。
朝食は喫茶店でモーニングを食べる。ちなみに11時まで、下手したら夕方まである所もある。
コーヒーに小倉トースト、ゆで卵にサラダ、とかなんかいろいろ付く。
11時以降はランチになる。味噌カツとか、まあいろいろお得なランチがでる。
東海三県では普通の光景です。
東京と大阪の中間で、旨いところどりで、いろいろな風味が得られる。非常にお得な飯である。
東京で食べる味噌カツなんて生ごみです。(実際たまたま入った定食屋で甘みも出汁も入ってないただの赤味噌つけて、生卵とか入っていて、殻まで入って、くそまずい、なに考えてるかわからない。死ねばいいのに。)
毎朝繰り返される朝食の風景。なじみのない人にとっては、まさかコーヒー一杯で朝食がセットで付いてくるとは思うまい。
喫茶店で、というか漫画喫茶であっても、そんなシステムだったりする。
そんな世界を再現なんて、何年かかったら出来るんだろう。
冬のその日、僕とパティちゃんは、休日の一日資料探しや、材料集めに街を歩いていた。古本街や電気街、その他乾物などがそろう不思議な街だ。
「もうそろそろ昼だし、どっかに入るか?」
「どこがいいでしょう?普通に定食屋でいいですよ。」
「せっかくだから、普段とは違った物が食べたいと思わないかね。」
「今朝、結構珍しいものを食べた気がしますけど。」
「それはそれだ。外食でしか食べられないものってあるじゃない。」
「うーんそうですね。屋台の食べ物とか?」
「食べ歩きになってまうじゃないか。」
そんなこんな言っていると、ランチの時間帯も終わりに近づき、しかも歩きながらだったので、街の端っこまで来てしまった。
「しかたない、この店で妥協しよう。」
「え?でもつくりがイカガワシイですよ。」
「大丈夫だろ?だって、ランチの看板もあるし。」
僕はパティちゃんと同伴で、そのピンク色が目立つその店に入った。
「お帰りなさいませ~、ご主人様、お嬢様・・・・・・げっ!!」
そこには、ウェルがそれまたとても可愛らしいウェイトレス姿で立っていた。うーんいかがわしい。
「どうしたの?ウズメちゃん。早くお客様を案内して。」
隣にいた同僚が口を手で隠し、ウェルの耳に小声でなにか話していた。
「ご主人さまたちは、どうして・・・・・・じゃなくて、どちらのお席を用意いたしましょう。」
若干引きつった表情でウェルは僕たちを、あいてる席に通された。案内された席は、カウンターからは見えづらい場所にあった。
「あれ、ウェルだったよな?」
「そうですね。でもいつもと違って、女らしいですよ。」
「確かに猫かぶってるな。」
「お・ま・た・せ・しました。御用はなに?」
ウェルが、お冷を運んできて、じっとっと、蔑んだ目で僕をにらむ。
「ウェルだよな、こんな店で、どんないかがわしいサービスしてんだ?」
「してない!!なんであんたがいるのよ!!それにパティちゃんまで!!」
ウェルが器用に周りに聞こえないよう声を荒げて、僕の胸倉をつかむ。
「僕とパティール君は、研究の買出しで、たまたま昼を食べるのにこの店に寄っただけで・・・・・・」
「本当です。それから俺の事を”ちゃん”って言うな。」
「嘘じゃないでしょうね。」
「嘘じゃないって。」
「誰にも言わないでよ。唯でさえ制服が恥ずかしいのに、みんなに見られたらからかわれる。」
「かわいいよ。それはもう、いたずらしたいくらい。」
「変態!!あんたやっぱり変態!!ロリコン!!」
「いや、パティール君もおもわないかね。弱みを握って、好き勝手したいとか。」
「そんなこと声に出していいますか?たまにヤゴロヲさんのことがわからなくなります。」
すいません。中身は中年の腐女子です。できればパティちゃんもどうかしたいです。女だったら、ギリセーフだと思うんです。いま男だけど。
「なんで、こんなところに居るんだよ。」
僕はウェルに素朴な質問をした。
「時給がいいのよ。それに食事代も浮くし。」
「でも、こんな胸を強調した、スカートも短いし、ステージまであるよこの店。キャバクラ?スナック?」
「たしかに、夜はお酒を出すし、でも私は昼勤だから、大丈夫。その・・・・・・してないし。」
「曖昧だな。ほんとに?」
「そうよ、なによちょっとくらいきわどいポーズをとってもいいじゃない。見せるのはタダだし、手も出されてないわ。」
若干キレ気味でウェルが答える。
「ウズメちゃん?まだ?」
奥から、ウェルの源氏名を呼ぶ声が聞こえる。
「はーい。ご注文がなかなか決まらなくって、もうしばらくかかりそうでーす。」
「あんたら、ランチでいいわね。」
「はい・・・・・・って、どうせそれしかないんだろ?」
「しっつれいな。食べたらとっとと帰りなさいよ!」
ウェルはさっさとスカートをひるがえし、カウンターに戻っていった。パンツ見るよね普通。
「なかなかどうして、あの胸の谷間。盛ってるよな。」
「どこ見てるんですか?でも盛ってますね。あんなもりもりありませんよ。」
民族衣装 ディアンドル風の、よくあるじゃないですか、ファミレスとかパン屋さんとかあんな感じの。それにウェルの性格があいまって、ツンデレメイド風の一定方向の方に全フリです。
パティちゃんも男の子なので、若干興奮している。パティちゃんはたぶん、しばらくおかずに不自由しまい。ウェルの引け目を利用してお部屋訪問しないか不安でもあるが、とっても見てみたい。美少女と美少女(男?)。
わたくしですか?わたくしはおっさんの心で平静を装いつつ、脳内に永久保存です。
「お待たせしました。本日のランチです。」
ウェルが営業スマイルで、運んできた。
「では、ご主人さま。おいしくなるおまじないをお料理におかけします。」
完全にメイド喫茶だ。
「では。ヤゴロヲが今すぐ死にますように。パティちゃんの記憶が消えますように。」
「なにを不穏な事を。」
「・・・・・・」
「夕飯前にパティちゃんの部屋に集合!いいわね!!」
ウェルは伝票を置いてさっさと去っていった。やっぱりパンツ見るよね。
「仕方ない。とっとと食ってでるか?」
「ウェルさんの目が痛いです。」
「そうか?慣れればどうってこともない。むしろ快感に・・・・・・」
「・・・・・・変態なんですか?やっぱり・・・・・・」
「いや。前任者が結構なツンデレで・・・・・・毎日の事なので慣れないと・・・・・・」
「・・・・・・いいです。もう。」
また一人美少女(男)からご褒美頂きました。
買い物から帰るころには、すでに夕暮れになっていた。
ウェルも何事もなかったかのように、リビングでくつろいでいた。
「遅かったわね。なにしてたの?」
「買い物だよ。言っただろ?」
ウェルに耳を引っ張られる。
「なにいってるのよ。”買い物”に行ったなんて聞いてないわよ。」
今、初めて聞きましたという。体裁で。
「私部屋に戻るわ。パティちゃん。」
「?」
「パティール君、今日の獲物を分けるからあとで部屋に行くよ。」
「ヤゴロヲさん。すぐ来ます?」
「部屋で自分の荷物を置いてからいくよ。」
各自、示し合わせ、別々のタイミングでパティちゃんの部屋に入っていった。
「さて、誰にも話してないでしょうね?」
「誰にも会ってないからな。」
「私はね、お金が要るの。学費や生活費に補助が出るけど、それは最低限で卒業後の生活費とかは別なのよ。だから稼ぎのいい仕事をしなくちゃいけないの。わかる?」
「わかるけど、危なくないか?パンツ丸見えじゃん。」
「変態!!あんたそんな所ばっかり。パティちゃんは見習わないでね。」
「え・・・あ・・・んと。そうだね。」
パティちゃんはもじもじと、なんだか体勢がおかしい。
「!!!」
「え?まさか。え?」
パティちゃんの視線が、胸や太ももに向いているのを察知し、ウェルは真っ赤になっていた。
「あの・・・ウェルさんは、とてもかわいかったです。」
たぶん自分よりかわいい”男の子”かわいいと言われる女の子の心中は穏やかではない。
「え?でもパティちゃんは子供で、かわいい女の・・・・・・!!!男。」
急にウェルがパティちゃんを男として意識しだした。外見が女の子で判断が鈍っていたが、れっきとした男であり、いいものもってる。フル時でそれはもう外見に反してエグイものだと予想されます。
「ウェルさんのことは・・・・・・その・・・・・・会ったときからかわいいなと、思っていました。」
「初めて何でもしていいって聞いたとき・・・・・・ウェルさんにしたいって・・・・・・」
「だって、そんな、思わない、だって、子供だし。」
「俺は、子供じゃない。俺は男だ。好きな人には男としてみてほしい。」
「え?え?え?」
ウェルが予想外の展開についていけない。僕だってこんな場面に立ち会うと思ってない。
「俺は、男だ。だから、あんな人目に出るような仕事はやめてほしい。そんなにお金が要るなら俺がだす。ちょうどいい商品も出来た。」
おいおい。せっかくの醤油、味噌がまた人手にわたるのか?
「ヤゴロヲさん。醤油、味噌の権利を売ってください。」
「また、唐突だね。でも譲れないよ。念願の夢だったんだ。」
「そこをなんとか、お願いします。」
「それにだね、まだヒットもしていないのに、いくらで買い取る気だ。」
「言い値でいいです。必ず払います。」
「そういう問題じゃない。特許は開発者に入るものだ。だから君にも権利がある。共同開発だ。だから、譲るわけじゃない。僕は醤油や味噌が安定して手に入ればいい。だから、必要な分を分けてくれ。」
「ヤゴロヲさん・・・・・・あんたって人は・・・・・・」
「自分で積み上げたものなら惜しいかも知れない。けど僕は・・・・・・」
未来にあるものを再現しただけで、自分が編み出したものではない。どちらかといえば、開発元である、チコメやパティちゃんの方が権利を持っていたほうがふさわしい。
「自分の努力は買えない。だから君が持っていてくれ。」
「はい。大事に使わせてもらいます。」
こうして、醤油、味噌が安定供給されるまでの我慢だが、一歩ずつ現代に近づいていく。
男女の距離も近づいていく。未来はこうしてつながっていくのだろうか?