10話 卒業
巨人とロボットの解析の結果、驚くべきことが分かった。
巨人は、人間だった。若干古い遺伝形態だが、紛れも無く人間で、脳の容量は少し大きく1600cc。低重力下で成長したため、骨粗しょう症気味と考えられる。
一緒に埋葬されていた小人も、人類だった。小人の方は脳の容量が800ccほどしかないが、知能は高いと思われる。われわれの遺伝子に混血の痕跡もあった。
完全停止したランダーに脳のみが残されていた。どうやら擬似脳ではなくクローン脳を、制御に使っていた形跡がある。
さらに恐ろしい事に、補給が無い状態では、この脳を維持するため、ランダーは操縦者を食う。究極的には脳だけになって、2つの脳で独立行動するようになると考えられる。
小人の死体はだいたいが四肢の一部や性器がなくなっており、生存に必要な部分のみが残されていたが、だいたいの死亡原因は餓死だった。
機械の体になり、永遠の命を手に入れたわけでなく、用済みになれば廃棄される。
まったく恐ろしい機械だ。機能が停止していなければ、姫も危ないところだった。
ただ、VR技術は特出するものがあり、またクローン脳を使った制御、人体の仮想化など利用価値があるものだ。
さすがに姫にはテスターを頼めない。なんにしても、1500ccある我々の脳では適合しない。別の方法を考えるべきだ。
この事実は衝撃的であるが、宇宙人でなく、過去に地球を出た人類がいた驚きと、帰還しようとする動きがあるということだ。
食料事情や、居住の問題。もちろん軍事衝突まであらゆる問題があり、簡単に解決できない。まったく困ったことだ。
あの夏から僕は、妹に白い目で見られ、ウェルにはごみ以下の存在の様に見られていた。
いい加減勘弁してください。ワザとじゃないんだ、仕方なかったんだよ。
居たたまれないので、姫のところに入り浸る結果となり、そうなると姫の思うつぼで、毎日もてあそばれる毎日です。でも心地いいです。
「ほーらヤゴロヲ。おっぱいだぞー。」
「わぁい。おっぱいだー。」
あれだけ揉まれるのを嫌がっていたのに、今ではもみ放題だ。さすがにチコメがいるので、乳繰り合うだけなんだが、現実を忘れさせてくれる。
「ところでヤゴロヲ、ヒルメ来年卒業だけど、そこから大学に残ろうと思っているの。」
「そしたらずっと一緒だね。」
「でもいいんですか、王女の仕事とか、結婚とか。」
「仕事はまだ、お父様が健在だから大丈夫。でも結婚が・・・・・・」
「そのときは、ヤゴロヲと駆け落ちよ。」
「いや、それは・・・・・・うれしいですが、王様が許しませんよ。」
「まぁだ先の話だしね。」
いや、先の話でもない。この世界だいたい16歳で結婚適齢期で、姫は明らかに行きそびれている。絶対嘘だ。政略結婚があってもおかしくない。なんでそんな嘘をつく。
「姫・・・どこか遠くへ、本当に宇宙の果てでも・・・」
「なぁんてね!うそうそ。やっぱり迷惑かけられないから。でも絶対そばに居てもらうからね。」
新技術、移住地の探索、オーバーテクノロジーの発見等、ヒルメ姫はここ1年で目覚しい成果を挙げてきた。まさに偶然にしては出来すぎていると思うくらいに。
さすがに、成果を挙げた分の評価があり、実は今までのような自由も効かなくなっていた。
しかし、僕との時間を大事にしてくれているが、さすがに時間の余裕が無く、サークルに姫がいない時間が長くなった。
そのため、僕は、テペヨロやチャンティコ達、同級生と遊ぶ事が多くなった。
しかし、姫の時間がとれなかった理由は別にあった。
その日は突然にやってきた。王が崩御した。
姫は、崩御前より本国と学園を忙しく行き来していた。しかしこの冬を持ちこたえる事が出来なかった。
ますます、僕と姫の逢える時間が無くなっていった。
崩御後の、王の選定は困難を極めていた。
次の王位には、成果もあり人気もある、第1王女であるヒルメ姫が推されていた。
かわいらしい少女のような才女。国の象徴にはうってつけだろう。
国の事情は分かるが、当の本人は嫌がっていた。僕の前では駄々っ子だ。
それでも彼女は大人なので、何とか受け入れようとしていた。
即位は1月1日。卒業を待たずして王位に就く。
旅立ちの日を告げずに彼女は去った。
彼女は何も残さずに・・・・・・
僕は途方にくれた。
何もする気力が起きない。
さすがに妹やウェルも心配して、なんかしてくれたらしい。・・・が覚えが無い。
サークル室には彼女の私物が残されていないか調べたが何も無かった。
「ヤゴロヲ君。大丈夫?最近ふらふらしてるし。わたし心配で・・・・・・」
チャンティコが気にかけて、毎日送り迎えをしてくれた。
とても甲斐甲斐しくお世話をされたらしいが、覚えが無い。
彼女が宿舎にしていた建物をチコメから聞き出した。
宿舎に着くと周りは、暗く月の明りが青々と差し込んでいた。
管理人から彼女の部屋を聞き出し入って行った。
がらんどうになった部屋。そこには見慣れた人が居た。ヒルメ姫。ヒルメはゆっくり振り返った。
「ヒルメー」
ぼくは抱きついた。
「ヤゴロヲ様。わたくしです。ワカメです。」
「え?」
「すみません。姉上でなくわたくしで、姉上の荷物整理と今後について用がありましたので・・・」
「いいや、勘違いしてすみません。よく似ているもんで・・・・・・」
「それはよく言われます。」
顔かたち、背格好、立ち振る舞い。この姉妹はよく似ていた。
「ヤゴロヲ様に、渡すものがございます。本当は、ヤゴロヲ様を訪ねて渡す予定でしたが、不在の事が多い様でしたので、渡しそびれていました。」
「いったい何を?」
「姉上より鏡を預かっております。”この鏡をわたしだと思って大事にしてください。いつか再び出会える時を信じて。”と申しておりました。」
「!! あああああああああああああああああああああああ。」
僕は泣いた。泣き崩れた。たぶんもう二度と会えない。そう思った。会うつもりならこんな形見分けみたいな事するわけが無い。
ワカメ姫は静かに僕の肩を抱き、こう言った。
「かりそめでも、わたくしを姉上と思って甘えてください。それが私に出来る唯一の事ですから。」
そのまま僕は、ワカメにキスをしようとしていた。彼女も受け入れようとしていた。
そのとき、はっと我に返された。いくら似ているといっても、別人。彼女じゃない。
肩から手をどけ、涙を拭いた。
「大丈夫だ。僕は大丈夫だ。そう伝えてください。」
「はい。わかりました。そうお伝えします。それではごきげんよう。」
ワカメ姫は去っていった。
僕は一人、ヒルメの居たこの空間で彼女の残像を求めていた。
新年。即位式が終わり、新女王が誕生した。
そうして再び、入学の季節がやってきた。
初々しい新入生が街に歩いている。
小学生が登校している中、ヒルメが居た。嘘だろ小学生に転生したのか?
よく見るとそれはワカメ姫だった。
「ワカメ姫?」
「あっ。ヤゴロヲさま。おはようございます。」
「どうしてここに。姫は王都ではなかったのですか?」
「ああ。それは・・・、ヤゴロヲ様に女王陛下から言付けです。」
「”わたしはあきらめない。悪い虫がつかないように見張っといて。”だそうで、わたくし、女王陛下の後任を任されました。」
「でも小学生では?」
「はい。今年で6年生です。でも女王は、”あなたは年の割りに悪知恵が働くから都合がいい”と言われまして、この学園都市の理事も兼任することになりました。」
「はぁ~(半音あがる)。」
なんとも度し難い。
あの涙をかえせ。
研究成果も、あのロボットもここに置きっぱなしじゃないか。これからどうなるんだろう?
「ヒルメと連絡をとる方法はありませんか?」
「”直接”は出来ませんが、わたくしに手紙など預けてもらえれば、わたくしがお持ちいたします。」
「そんな、ワカメ姫にそんな役をさせるなんて・・・・・・」
「もともと、その目的で女王陛下から送り込まれた”間者”ですので、お気になさらず。」
確かに、スパイをやっても、この姫はそつなくこなす気がする。
「ところで、ワカメ姫はどちらに寄宿していらっしゃるのですか、まさかヒルメと同じ所?」
「いいえ、別の宿舎です。現在はヤゴロヲ様にもお知らせできる準備をしております。」
「準備?」
「しばらくお待ちくださいませ。」
「明日から楽しみですわ。ふふふ。」
ワカメ姫は不敵な笑みを浮かべていた。