『魔拳術』の力、その一端
くそっ、囲まれた!
今。僕の前はゴブリン達で一杯だ。どうしてだ!ここは初心者向けで死ぬ危険性は少ないって言ってたじゃないか!ゴブリン達を睨みながら後退するが、もう逃げ場はない。遂に壁際まで追い詰められてしまった。
ゴブリンは弱いが群れで来ると初心者一人では勝てない。故に見たなら逃げろというのが鉄則なのだが、ゴブリン一人に手こずっている間に沢山仲間が来て逃げ場を失った。
ヨダレを垂らし下品な笑みを浮かべにじり寄るゴブリン。こいつらは男性だろうと女性だろうと犯し子供を産ませた後に食い殺すという残忍さで有名だ。
「こい・・・!僕はしぶといぞ!」
弱気な心を払うように強がりを言うが、足は言うことを聞いてくれない。
じりじりと寄ってきたゴブリンの一体が飛びかかり、手に持つ棍棒をこれ見よがしに振りかぶった。思わず目を瞑り、僕は手に持つナイフを振り回した。
「・・・間に合ったか」
が、目を開けたその時僕の想像とは違い何も起こる事はなかった。代わりにあったのは先ほどまでいた目の前のゴブリンが灰に変わっていたものだった。
声の方を辿り、洞窟内を飛び跳ねるように進むとゴブリンの群れを発見した。今にも攻撃されそうになっている少年を見て余裕はないと確信する。
ぶっつけ本番になるとは思わなかったが、私の魔法の出番だな。
私の魔法は少し特殊だ。威力ばかりを追求したせいでスピードや精度が低いのだ。
だが私にそれは必要ない。ようやく使える、私の『魔拳術』・・・それは魔法と格闘。二つを合わせる事でようやく一流になれる。
繰り返すようだが、魔法使いが拳を鍛えたところでクラス補正というものがある限り。拳を専門とする職業よりも弱いのだ。ならばと私が考えたのは拳に魔法を重ねる事だ。
しかしここで問題だったのが魔法には詠唱が必要な事だ。そのせいで拳に魔法を重ねることが出来なかった。
私は懐からカードを取り出し、腰についたホルダーに差し込む。これは予め魔法を登録したカードだ。これを使う事で詠唱せずに省略して魔法を使える。そしてホルダーに差し込む事で魔法をフルで使う事なく手足に宿すことが出来る。
『火術式・残火』
聴きなれた電子音声が耳に響く。よし、ゲームの時と同じだ。魔法を手足で放つのだからスピードも精度も必要ない。だから威力だけで良かった。
横から飛ぶように現れた私にゴブリン達は反応できず隙を晒していた。だから少年を襲おうとしたゴブリンの側頭部を走ってきた勢いのまま飛び蹴りを放つ。
ゴブリンは悲鳴を上げることすらできず吹き飛び地面に倒れる前に灰と化した。着地と同時に腰につけたホルダーについたボタンを叩くように押す。
悪いが敵に余裕を与える事はしない。
『フルチャージ』
電子音声が響く。こうしてボタンを押すことでカードに宿る魔法を全開で放出することが出来る。
拳を握り横薙ぎに払う動きに連動しゴブリン達を焼き尽くす炎が蛇のように唸りゴブリンの群れを一掃した。
「間に合ったか」
暫く死角になりそうな場所を警戒していたが、気配を感じないのを確認し警戒を解き、尻餅をつき立てない少年に手を差し伸べる。
「大丈夫か?どこか怪我したか」
「あ・・・はい。大丈夫です。ありがとうございます」
死ぬ寸前にまで直面したせいか、青い顔をしながらも手を掴み立ち上がる少年。
それを確認しホルダーに差し込んでいたカードを抜き懐にしまう。このカードはフルで使うと宿していた魔法が消える。また宿せば使えるから再利用の為に回収だ。
少年には悪いが、いい試運転になった。ゲームの時と変わらないというのは有り難い。これがないと私の実力は下がるからな