第一話 『あなたにあずけます。』 その二
カルト女どもは金持ちのようだった。
ヴィンセントを乗せた高級車は金持ち趣味が走りまくったリムジンだった。挑発的なまでの財力を感じさせる車両に、大ベテランの傭兵はイヤな予感がしてしまう。
「……君たちは、変な宗教団体とかじゃないよな?」
「ええ。五条財閥は、軍事、医療、教育の三大主力産業を中心に、国際的な展開を見せている、大企業ですよ」
「その三大主力産業のコンセプトが、若干怖い」
従順なクローン兵士とか造っていそうだ。
「まあ。そうかもしれませんね」
「……認めるんだな。いい子だ」
「ええ。いい子ですよ、ヴィンセント」
「…………ああ。でも、嘘つきだ」
「あら?そうですか?」
ヴィンセントは大きくうなずく。うなずきながら、右手の人差し指を鳴らしていた。ただの癖だった。
その部分は生身が多く残っている。アントニオのバカに、ここも機械と詰め替えて欲しいところだ。関節がかなり悪くなっていて、普段から疼く。
だが、アントニオは止めておけといった。右の前腕に仕込んでいる装置を作っていた、東欧の企業は消えた。
倒産したんじゃなくて、バケモノどもに襲われて、物理的に消えた。
研究者も職員も、高度な設備も消滅した。蓄積してきたサイボーグ技術も露と消え去り、オーナーしか残らなかった。資本家ではあり、経営者であるが……作り手も設備も消えた今、人材を再編することは難しすぎる。
彼はアフリカに移住して、その土地でシェアを伸ばす、小型の自動車開発に資本を注ぎ込むようにしたらしい。機械の体を作るよりは、気楽な商売のようだ。クリスマスに手紙を寄越す。南半球はクリスマスに半袖とはな。
何が言いたいか?……アントニオは、ヴィンセントの右前腕を新しいモノに取り替えたくないだけだった。
―――アレは最高の業物だぜ、旦那あ!!
40代の、若く未熟なサイボーグいじり野郎だが、それなりに『モノ』を知っている。この右前腕は、とても高機能だ。
古いが、それだけに使い慣れしている。これを、新しいモノに変えても戦闘能力は落ちそうだった。
だから、右の人差し指の関節痛に悩まされながらも、ヴィンセントは耐えるしかない。唯一、体をいじらせるに足る男が、手術を拒んでいるのだから―――。
「……瞳をそらしているのね?ヴィンセント?」
「ああ。君を見て、美人だなあとか言っていた自分を殴ってやりたい」
「あら、自分で自分を殴るなんて、おかしなことですよ」
「……君は、人間じゃない」
「ええ。正解です。アンドロイド!」
その女社員型アンドロイドは、黒く偽装していた瞳を、水色に変える。本性を現すついでと言わんばかりに、あのアジア系の黒髪も、水色に変異させていた。
「それが本性か」
「はい。そーです。可愛いでしょう?」
声も幼くしてやがるな。ヴィンセントは、そこまでツッコミを入れる気がしなかった。
「カルトがアンドロイドつかませやがったか」
「カルトじゃないわ。五条財閥よ?」
「……カルトは、自分たちカルトと認めたがらない」
「そうかもしれないけど。五条財閥は、ちゃんとした企業よ?」
「さっき、君は怪しいって言ったぞ」
「まあ。大きな企業には裏があるもんでしょう?」
「主君の利益に盲目的なニンジャを抱えているのか?」
「ニンジャはいないけど、暗殺者ぐらいはいるわよ」
「ほう。君もか、日本製からくり人形ちゃん」
「それ、差別なんだからね、ヴィンセント」
最近はアンドロイドや人工知能まで、人権とやらを言い出すからたまったものではない。
「……そいつはゴメンな。死にかけてる、じいちゃんなんだ。世の中の流れについていけなくてな」
「皮肉屋って情報は、本当ね。口が悪い」
「そういう人物は心が広く、偉大なる男だと、君の電脳内部の辞書にでも書き込んでおくがいい」
「フフフ。ほんと、ムカつく。伝説の男じゃなかったら、ブン殴っているところよ」
そう言いながら、リムジンの座席に座り、からくり人形ちゃんは服を脱ぎ始める。
「おい。そういう類いの接待を、おじいちゃんに仕掛けるもんじゃないぞ?」
「誤解してるわ。スーツとか来ていると、動き憎いから。ああ。下に、ちゃんと別のモノを着ているから安心してね、ヴィンセント?期待してた?」
イタズラな猫みたいな雰囲気で、からくりちゃんは笑っていた。たしかに、からくりニンジャ娘は、スーツの下に特殊な繊維で作られた、肌に張りつくようなアンダーウェアみたいな『装備』をつけている。
「軍用の防弾・防刃繊維か。からくり人形ちゃんは、よく動きそうだから、柔軟性もある素材か」
「護衛だからね、私。人間どもに混じって、人間どものフリして、人間どもを守ってやってるのよ」
「口が悪いな」
「貴方に合わせたのよ。嫌い?」
「いいや。人間なんて。人間ども呼ばわりされる程度の、しょうもない動物性タンパク質のカタマリさ」
「さすが、体内の65%以上も機械化すると、私たち側に来るのね?」
「……まあね」
人間をバカにするロボットに、褒められた。長く生きていると、色々とおかしなコトに巻き込まれるが、それでも、慌てたりするコトが出来なくなる。心が色々と磨り減っているのだ、ヴィンセントというサイボーグ傭兵は。
「……からくりちゃんは、ワシの護衛かよ?」
「そうね。護衛であり案内人。20世紀生まれな、昔のヒトには分からないかもしれないけれど。アンドロイドも『働く権利』が保証されているの」
「良かったじゃないか」
「ええ。私は、ちゃんとした五条財閥の正社員だし、かなり権限もある社長秘書よ。人間どもの人生をいくらでも狂わせられるの」
「そうかい。それで……五条ってのは、ワシに何をさせたい?」
「もうすぐ着くから、そこで教えてもらえばいいじゃない。私も、そこに行くまで教えてあげない。機械の口が堅いって、知らないの?」
到着までガマンするしかないか。ヴィンセントはそう思いながら、タバコを口に咥える。
「禁煙仕様よ?」
「君に副流煙なんて、問題にならないだろう?」
「ううん。軽んじられることで、歯車でカチコチ動いているハートが傷つくわ」
「そんなに古めかしい部品は使っちゃいないだろ?君は、かなり新型のはずだ」
「製造22ヶ月でーす!」
「……28才には見えないわけだ」
「面白いヒト。私を軽んじているのに、ちゃんとお話しにはつき合う。やっぱり、分析通りに『孤独』なのね。寂しがり屋は多弁なのよね、人間さんたちは」
「……独身男性であることが、『神父』の条件だからな」
「『神父』にこだわっているのね。だから、黒い服ばかり着ているの?『神父』ぶりたくて」
「おじいちゃんなりのオシャレなだけだよ」
「あ。イライラしてる」
「……タバコが吸えないからな」
「紳士ね。ルールを守りたがる。いい徴候。ポイントが高い」
「……これは、面接も兼ねているのか?」
「ご明察。体は老いても、頭は切れるんだ。63年モノのくせに」
「ああ。老いてこそ見える境地もある……どういう仕事を依頼するつもりだ。アンドロイドちゃんに何の試験をさせている?紳士度チェックなら百点満点だぞ」
「自己評価が甘い。傲慢なところは、少しマイナス査定」
「……聞いているのか?」
「ええ。聞いているけど?」
「……名前を、訊いてないから、拗ねてるのか?」
「べ、別に、拗ねてなんて、い、いないんだから!!」
「……そうだな。お前は、拗ねたりはしない。AIが感情も理解するってことは、いつかニュースで知った。でも、君は、拗ねない」
「最新型の第7世代なのよ?」
「ああ。仕事のために、あえてウザいキャラクターを作っているんだろ。拗ねないさ。会話の数とか、時間とか……そういうのをカウントしている。君に、ワシが興味を持つまでの時間をな」
「……当たり。じゃあ、テストはこれでお終いね。私の名前は、『来夏』」
「ライカ、いい名前だ。ワシはヴィンセントおじいちゃんだ」
「ええ。知ってる。あーあ、仕事、ちょっとミスった。これじゃあ、テストが台無し」
「……そうでもないさ」
「え?」
「……君みたいな子に、偏見を持っている人物には、向かない仕事なわけだ」
「あら。察しがいいのね」
「ああ。だから、査定は満点のままでいいぞ。人工生命には、偏見がない。ワシは50年も前から、機械混じりで、君らの仲間だったからね」
「じゃあ。きっと向いているわよ、ヴィンセントおじいちゃんには」
「……ああ。詳細は、聞かない。しばらくすれば、赤字でも断るべき仕事かどうか判断することも出来るんだからな……」
「……タバコ吸わないのね」
「君がイヤがるからね」
そう言いながら、ヴィンセントは口に咥えていたタバコを、箱のなかにゆっくりと戻していった。タバコに雑菌が繁殖する?……タバコの煙で、バイ菌なんて、全て死んじまうものだと彼は考えていた。あの煙は毒のカタマリだから。
「タバコをガマン出来るところは、実に高評価よ、ヴィンセント」
……どんな仕事内容なのか、ますます分からない。ヴィンセントはリムジンの窓に映し出されている、偽りの日本の風景を見て、アジア旅行者の気分を得ようとする。京都の複製品の映像が、窓に表示されている……。
日本人は決めつけるのが好きだ。そういう民族だと、アントニオから教わった。白人は皆、京都を見せれば喜ぶとでも?…………まあ、喜ぶがな。これが、リメイクされていなければ、4倍は楽しめた。
世界中の人々が、母国の、すでに滅びた風景を再構築しようと必死なのは、どうしてなのか。
ヴィンセントは考える。タバコの代わりに下唇を噛みながら、ヴィンセントは考える。タバコが無くて集中が出来ないせいか……答えは見つからなかった。
「着くわよ」
ライカがそう言ってくれたので、ヴィンセントは口を開く。彼の貴重な生身成分である下唇は、カーボン製の歯で穴が開かずに済んでいた。