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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
9/22

襲撃

 学校に到着するのはちょうど昼休み頃だろう……。

 一度自宅に戻って制服に着替えた志郎は、さゆりと共に学校に向かっていた。

 途中、コンビニで昼食のサンドイッチと缶コーヒーを購入し、カバンと一緒にビニール袋をぶら下げて、学校の敷地を囲う塀に沿って歩いていた。

 さゆりは自分の定位置である志郎の左隣を並んで歩く。

 そんなさゆりを見て、志郎が話し掛けた。

 「本当に自分の部屋を見て来なくて良かったのか?ボヤだったとはいえ、お前の部屋の玄関が燃えて、職員たちが部屋に入り込んでいたんだぞ?」

 「別にいいわよ。あの部屋には大事なものなんて置いてなかったし、そもそもあんたの護衛は内調の指示なんだから、必要な物があれば経費で落とせるでしょう?」

 「相変わらずイイ根性してるよ。お前は」

 そう言いながら苦笑いする志郎。

 「そんな事よりも、これからの事を考えなきゃ!」

 さゆりはショートカットのサラサラな髪をフワリとなびかせながら、志郎の左腕に自らの腕を絡ませる。

 「こ、これからの事?」

 「そ。だって、花橘はしばらくの間居ないんでしょう?だったら、あたしが昼夜を問わずあんたと一緒にいるしかないじゃない」

 「えー!?」

 志郎が困惑の表情を見せる。

 「……あによ。不満でもあるって言うの!?」

 ギロリと鋭い眼光で志郎を見上げるさゆり。

 「い、いや、そうじゃないけど……でも、お前はどこで寝るんだよ!?楓の部屋を借りるのか?」

 「あんたねぇ……他人の部屋に無断で寝泊まりするとか、非常識過ぎるでしょう!?」

 いや、お前が常識を語るなよ……と、思った志郎だったが、別の言葉を口にした。

 「……じゃあどうすんだよ?」

 「決まってるじゃない。あんたが別館に泊まるのよ」

 「え!?あそこって、超能力者専用の建物だろ?俺みたいな一般人が簡単に泊まれるような場所じゃないし、セキュリティの観点からも入れっこないだろ!?」

 この疑問はさゆりも想定していたようで、志郎が自宅でシャワーを浴びている間に、内調の指示による警護任務であり、榊原からの直々の指名であることを引き合いに出して、半ば強引に入館許可までこぎ着けており、後は志郎自身が窓口で申請書や誓約書に署名・捺印するだけであった。

 「あの施設は今ではあまり利用されていないから、部屋は選び放題だよ?」

 屈託のない笑顔で志郎を見るさゆり。

 「いや、そういう問題じゃない気がするのだが、まぁ、許可が下りたのなら別にいいか……そもそも楓の家だって俺は居候の身だからな」

 そう、俺は天涯孤独なのだ──などと感傷に浸ろうと思ったのだが、考えてみれば超能力者はほとんどの人が身内と呼べる人はいないんだった。

 ため息交じりに前を見ると、もうすぐそこに校門があった。

 志郎は何気なく突然走り始めた。この行動自体には特に深い意味は無く、あえて言うのなら『若い頃によくある急に走りたくなる衝動』という感じだろうか。

 するとさゆりは何かのスイッチが入ったらしく、その場で腕を組んで「ははーん。このあたしに勝てると思っているのかしら!?」などと言っている。

 志郎は構わず校門を目指して走って行く。

 さゆりはニヤリと笑うと、突然爆発的なスピードで走り始めた。まさに、ロケットが地面すれすれを飛んでいるようだった。砂塵を巻き上げ、さゆりが通過した後はビリビリと大気が震える。

 さゆりは猛スピードで志郎に迫ると、校門のすぐ手前で志郎を追い抜き、そのまま校門を抜けて正面玄関前で立ち止まった。

 志郎は自分のペースを崩さず、軽いランニング程度のスピードで走って来る。

 「ふふふ。志郎!勝負はあたしの勝ちね!」

 さゆりは腰に両手を当てて胸を張る。

 志郎はきょとんとした表情でさゆりを見ると、そのまま横をすり抜けて玄関に入って行った。

 はっと我に返ったさゆりは慌てて志郎を追った。

 「ちょ、ちょっと志郎!待ちなさいよ!」

 二人は上靴に履き替えてロビーに出ると、そこは売店に昼飯を買いに来た生徒たちで大混雑していた。

 恐ろしい勢いで焼きそばパンやハムカツサンドが売れて行く。

 「やっぱりコンビニでサンドイッチを買ってきて正解だったな」

 志郎とさゆりは横目で人混みを見ながら階段へ向かう。

 その時、一人の男子生徒がさゆりの姿に気が付いた。

 「さゆりちゃんが登校してきたぞ!」

 さゆり現る!の報はすぐに全校に広がり、二人が自分の教室に到着した頃には親衛隊が待ち構えていた。

 「さゆりちゃん!お久しぶりです!」

 親衛隊が声を揃えて叫ぶと頭を下げる。

 「あ、はーい、どもです……」

 廊下の左右に分かれて整列する親衛隊に軽く手を振りながら教室に入るさゆり。

 もちろん志郎はとっくに教室駆け込んで自分の席に座り一息ついていた。

 「あー、腹減った」

 志郎はサンドイッチと缶コーヒーを取り出すと、すぐに食べ始めた。

 その姿を見てさゆりが文句を言いながらやってくる。

 「ちょっと志郎!あたしを待ってくれてもいいんじゃない!?」

 そう言うと、志郎の前の席の椅子をくるりと志郎の方に向けてから座り、志郎の机の上に自分のサンドイッチを広げた。

 「こっち向きで食うのか?」

 「別にいいじゃない」

 そんなやり取りをしながら昼食を食べる二人。

 そこに委員長の町田がやって来た。

 「あら?山本さん。今日から登校してきたのですか?だったら昨日プリントを佐藤君に頼む必要はなかったですね……って、今度は花橘さんがお休みですか?」

 「ちょうど良かった。委員長、ちょっとこれから時間あるか?」

 「え!?別に構いませんが……」

 「じゃあ、ちょっと屋上まで一緒に来てくれないか?」

 「は、はい?」

 町田は突然の事で状況を把握しきれておらず、戸惑っているようだ。

 「ちょっと志郎!」

 さゆりはガタンと立ち上がると、志郎の耳を引っ張る。

 「あんた、あたしの目の前で堂々と女子を屋上に誘い出すとか、いい度胸してんじゃないのよ!?」

 そう言われてはじめて自分が取った行動に気が付き、顔を赤らめる志郎。

 「いやいや、違うんだって!委員長とちょっと話がしたくて、教室だと人目につくから屋上に連れ出したいだけなんだ!」

 「やっぱりそうなんじゃない!」

 更に耳を引っ張り上げるさゆり。

 「イタタタ!だから、やましい気持ちとかじゃなくて……ああもう!面倒だからさゆりも来いよ!?当事者なんだから!」

 「あたしが当事者?」

 さゆりは耳を引っ張る手を離すと、何の事だろう?と首を捻る。

 「とりあえず昼休みが終わる前に早く行こう!」

 志郎に促されてさゆりと町田は後をついて行く。

 早足で屋上に出ると、都合よく誰も居ないようだった。

 さゆりと町田も志郎に続いて屋上に出ると、すかさず志郎が町田の前に立つ。

 「早速だけど、町田に聞きたいことがあるんだ」

 すると何故かさゆりが警戒した表情で志郎を見る。

 町田は「はい……」とだけ答えて志郎の言葉を待った。

 「実は、昨日さゆりに届けたプリントの事だけど……あれは誰からもらった物だったの?」

 「え?プリント?ああ……あれは担任の先生から直接手渡されましたが……」

 町田にとって予期せぬ質問だったらしく、一瞬何のことを言っているのか理解できなかったようだが、すぐに気を取り戻した。

 「その時、すべてのプリントに目を通した?」

 「まさか。先生からはプリントと言われて渡されましたが、もしかすると成績書とか個人情報も入っているかもしれませんので内容の確認はしていません」

 「なるほど……ところで昨晩はどこで何をしてた?」

 この志郎の質問に、町田はあからさまに嫌な顔をした。

 「佐藤君……一体、これは何なのですか?正直、あまり良い気分ではありません」

 「ああ、申し訳ない。実は昨晩、ちょっとしたボヤ騒ぎがあってね。昨日、君からもらったプリントが燃えたんだけど、その近くには火気は一切なかったんだよ。そこであのプリントに出火の原因となり得るものが紛れ込んでいなかったか知りたかったんだ」

 「なるほど……」

 町田はそう言いながら一度目を伏せると、再び志郎を見上げる。

 「……それで、そのボヤ騒ぎとやらは佐藤君の家で起こったのですか?それとも山本さんの家で起こったのですか?」

 「ああ、もちろんさゆりの家だよ!?」

 「そうですか……だから今日は学校を遅刻してきたのですか?」

 「そ、そう、実はそうなんだ!」

 「山本さんはそうだとしても、佐藤君が遅刻する理由にはならないと思いますが?……それとも、お二人は親密な仲だったのでしょうか?」

 「いやいや、こいつとは別にそんな仲じゃないけど……!」

 全力で否定する志郎の腕を無言でつねるさゆり。志郎も声を殺してその痛みに耐える。

 「では、いつも一緒だった花橘さんが今日休んだ理由は聞いていますか?」

 「えーと、何だか体調が悪いとかで……」

 もちろん今思いついた理由だ。だが、やはり町田はスルーしてくれなかった。

 「山本さんが治ったら、次は花橘さんですか……そして、どちらとも仲良く接している佐藤君……お二人とはどのような関係なのですか?」

 「どのようなって……えーと……」

 「ちょっと、志郎……」

 見かねたさゆりが横から口を挟んだ。

 「……いつの間にかあんたが質問される側になってるわよ!?」

 「あっ……!」

 志郎は完全に町田のペースに巻き込まれていた。

 気を取り直してゴホンと咳払いをすると、再び口を開く。

 「話を戻すけど、町田はあのプリントが細工されている事に気付かなかったという事だよな?」

 「ええ、そうですが………もしかして佐藤君はあのプリントに異常があった……もっとはっきり言うなら、山本さんはプリントに仕掛けられた発火装置の類のせいで、殺されそうになったと考えているのですか?」

 「可能性としてあるのかと思って……」

 「いいえ、そんな事は普通の人は考えないと思います。正直、映画やドラマの見過ぎだと思います。それとも、山本さんは暗殺者に狙われるような事をしたとでも言うのですか?」

 「……」

 志郎は返答できなかった。

 確かに町田の言う事はもっともだ。普通の生活をしていれば志郎が言う内容なんて非現実的過ぎる。常に戦い、死と隣り合わせの生活をしている超能力者の事など、一般人には理解できなくて当然なのだ。

 「そうだな……ちょっと俺の考えは飛躍していたのかもしれない。悪かった、忘れてくれ」

 「別にいいです。もとはと言えば、私がプリントを佐藤君に渡したのが発端のようですから……」

 「そうか、悪かったな。行こう、さゆり」

 志郎はそう言うと階段へ向かった。

 さゆりは町田をジッと見つめながら志郎の後について行った。

 町田は一人屋上に残ると、スカートのポケットからスマホを取り出し、転落防止柵まで歩くとどこかに電話を掛けはじめた。

 「昨晩、二人を引き離す事は失敗したけど、偶然、今日は一緒じゃないみたい。やるなら今日しかないわ」

 町田はそう言うと胸ポケットからメガネを取り出して掛けた。

 「手筈通り頼むわ」

 

 ◆

 

 

 午後の授業が始まって15分が経過した頃、志郎は睡魔と戦っていた。

 昨晩からほとんど寝ていない志郎にとって、食欲を満たした現状では睡魔そこが最大の敵であった。

 教室に響く先生の声が更に眠気を誘う。

 志郎は強烈な眠気に耐えながら、何気なく窓の外に視線を移したその時だった。

 眩い閃光が走ると同時に、窓の外で何かが爆発した。立て続けに爆発音が3回鳴り響いた。

 生徒たちは悲鳴と共に窓際から廊下側へ一斉に逃げ惑う。

 常時展開していたさゆりの防御壁によって校舎への被害は無かったが、かなりの爆発のようで黒煙で外が真っ黒となった。

 「ちっ!」

 さゆりは舌打ちをしながら生徒をかき分けて窓際まで行くと外の様子を伺う。

 「さゆり!」

 背後から志郎が声をかけてくる。

 「大丈夫!志郎は下がっていて!」

 さゆりは後ろを振り返らずに叫ぶと、窓の外に向かって右腕を大きく振り払った。すると外の黒煙が一気に消し飛び視界が開けた。

 すぐに窓を開け身を乗り出し外を確認すると、向かって右側の校門付近に1人、正面のグラウンドに1人、更に左側の職員駐車場に1人の迷彩服姿の不審者を発見した。

 さゆりはすぐに精神集中すると、ほぼ同時に3人に向かって衝撃波を放った。

 校門の男は衝撃波をモロに受けると、後方の鉄製の柵に激突して動かなくなった。同じように駐車場の男も背中から車に激突すると前のめりに倒れこんだ。

 中央の男も吹き飛ばされたが、広いグラウンドのため障害物にぶつかる事はなかったので、意識を失っていても酷い怪我はしていないと思われた。

 生徒たちは今、何が起きているのか全く分からずパニックになりかけていた。そんな状態であるため、さゆりが何をしているのかも理解できる者はいなかった。

 この混乱に乗じて、さゆりは左手の時計型通信機を使って内調本部に連絡を取り、至急、容疑者の確保を依頼すると、自らも不審者を確保するため廊下に向かった。だが、生徒たちが邪魔で思うように進めない。

 「志郎!どこにいるの!?志郎!一緒に来て!」

 本来であれば窓から飛び降りれば早いのだが、さすがにそこまでやると超能力者だとバレる可能性があるので、多少面倒ではあるが普通のルートで校舎の外に出ようと考えたのだ。

 さゆりは志郎の名前を叫びながら廊下を進むが、悲鳴や怒号に飲み込まれて志郎の声が聞こえない。

 このまま外の不審者を確保すべきか、それとも志郎を探すべきか、さゆりは一瞬迷ったが、すぐに志郎の名前を呼びながらその姿を探した。

 そうだ──この爆発騒ぎは間違いなく志郎を狙っての事だろう。

 敵は防御壁で爆発を無効化することも計画に織り込み済みのはずだ。であれば、この騒ぎに乗じて志郎を確保するのが本当の狙いだろう。

 だが、廊下は他のクラスの生徒たちも避難しており、自由に身動きが取れないほどだった。

 「志郎!!」

 さゆりは叫びながら超能力で天井すれすれまでジャンプする。

 すると、人波の中を階段の方へ姿を消す志郎の姿をはっきり捉えた。

 「ちょっと失礼!」

 さゆりは男子生徒の肩の上にひらりと降りると、そのまま勢いよく蹴りだした。

 男子生徒は後ろに吹き飛ばされ、悲鳴と共に将棋倒しになる。

 さゆりは生徒たちの頭上を飛び越えると、さらに次々と男子生徒を踏み台にして人波の上空をダッシュし、階段へと続く曲がり角は壁を蹴って方向を変えふわりと着地する。

 どうやら勝手に校舎の外に出ようとする生徒はいないようで、階段はすんなりと通れそうだった。

 志郎は上に行ったのか?それとも下に行ったのか?

 さゆりは迷わず下に向かった。

 志郎をさらうのであれば、いち早く外に出るルートを選ぶと考えたのだ。

 再びスカートをなびかせながら階段を駆け下りるさゆり。

 すると、玄関に向かう二人の男女の姿を見つけた。

 一人は志郎で、後ろ手に腕を極められている。そして、もう一人は──。

 「町田亜季!止まりなさい!」

 玄関ホールにさゆりの声が響き渡る。

 町田は志郎の喉元にナイフを押し当てながら振り向くと、ジリジリと後退しながら外に向かう。

 さゆりは超能力を使って床を力一杯蹴り、地面を這うような低い姿勢でダッシュすると、一気に3メートルほどの距離まで間を詰めた。

 「動くな!」

 町田はナイフを持つ手に力を込めながら、鋭い声でさゆりをけん制する。

 さゆりは呆れ顔で口を開く。

 「あんたがあたしの部屋の放火事件に関与しているのは状況からも明らかだったけど、まさか自ら行動するとは思わなかったわ」

 すると町田はキッとさゆりを睨む。

 「それは私ごときでは役不足だとでも言いたいのですか!?」

 「まあね。あんたはあくまでもサポート役に徹するべきだった。そうすれば、もう少し長生きも出来たはずだけどね。でも、志郎に手を出した以上、ただでは済まされないわ!」

 「ふっ……内調はそれほどまでにこんな冴えない男に固執するとは、やっぱり重大な秘密が隠されているみたいですね」

 「内調の事まで知っているのであれば、なおさらこのまま行かせることは出来ない。覚悟して!」

 さゆりはそう言いながら右手をスッと町田に向かって上げた。

 町田は志郎を盾にしてその陰に隠れるようにしながら、なおもジリジリと下がっていく。

 「超能力をわかっていないみたいね」

 さゆりはそうつぶやくと、次の瞬間、町田に精神攻撃を行った。

 「ぐっ!!」

 町田は短く呻き声をあげ、眼球がくるりと上を向くと、ガクリと膝が落ちそうになる。

 「ぐぐぐ………!」

 よだれと汗を垂らし、ナイフを持つ手が下がり始め意識が遠のく。

 その時、町田は下唇を思い切り噛み、薄れ行く意識を何とか繋ぎ止める。

 口から血が滴り、目は血走りながらも焦点を取り戻していく。

 ナイフを握る手には力が戻り、再び志郎の喉元にあてられ、床をしっかり踏みしめる。

 「ふーっ……ふーっ……!」

 乱れた呼吸を無理矢理整える町田。

 「マジ!?あたしの精神攻撃に耐えたの!?一般人が相手だから、かなり手加減はしたけど、なかなか強靭な精神力ね!?あんた!」

 驚きの表情を隠せないさゆり。

 町田はその隙を見逃さず、くるりと志郎と体を入れ替えると、ナイフを口に咥え、流れるような体捌きでさゆりの手首を掴む。

 さゆりは反射的に掴まれた手を引き抜こうとするが、町田はそれに合わせて掴んだ手をさゆりの方へ押し込んだため、さゆりの体は強く押されたようにバランスを崩す。

 町田はそのまま足を止めずに低い体勢でさゆりの懐に飛び込むと、肩でみぞおちをかち上げる。

 「ぐっ!」

 さゆりは呻き声と共に体をくの字に曲げる。

 町田はそのままさゆりの右肩口を押さえながら床に組み伏せ、右腕をひねり肩を極める。

 さらに町田は両手で手首を極めつつ、さゆりの左側頭部を踏みつける。

 「あら?私が合気道の使い手だと知らなかったのですか?」

 そう言うと、町田は躊躇することなく右腕をねじり上げる。

 ゴキッ。

 「……!!!」

 声にならないほどの激痛を右肩に受けるさゆり。おそらく脱臼した音だろう。

 町田はさゆりの手首を離すと、その右腕は力なくそのまま床に落下する。と同時に、さゆりの腹を思いっきり蹴り上げる。

 左半身を下にして、横向きで右肩を押さえながら背中を丸めて苦しむさゆり。

 「強者は時としてその力をセーブしなければならないですが、弱者は常に全力を出せるものなのです。あなたは弱者を前にして油断した………それがあなたの敗因です」

 町田は苦しむさゆりに一瞥すると、再び志郎の元に戻りナイフを突きつけると玄関から外に向かう。

 「さゆり!大丈夫か!?さゆり!」

 志郎の叫び声がだんだん遠くなって行く。

 「ううう……!」

 右肩を押さえてだらりと垂れ下がった右腕をかばいつつ、フラフラと立ち上がるさゆり。

 「……あ、あんたは……自分のことを……心配しなさいよね……!」

 痛みをこらえて、前屈みとなりながら外に向かうさゆり。

 

 感情を捨て、更には体術をも極めている楓とは違い、さゆりは超能力を使わなければ、普通の女子高生とさほど変わらない。だが、もっと直感的に理解できる攻撃……例えば銃やナイフで襲われる、という完全に受け身のシチュエーションであれば咄嗟に対応する事も出来ただろう。

 しかし、合気道は相手の動きや呼吸に合わせて体勢を崩すことを極意としているため、どちらかというと、さゆりの方が動かされ、それを利用して町田が組み伏せたので、超能力を使う暇がなかったのだ。

 もちろんさゆりにも油断があった。だからこそ、ここまで綺麗にやられたのだ。

 ──でもねぇ……!

 さゆりは痛みに耐えて玄関から外に飛び出すと、志郎を連れて逃げる町田に対して精神集中を開始する。

 「……ランクBのあたしが、こんな事で負けてられないのよっ!」

 そう叫ぶと力を解放する。

 痛みにのせいで集中力が分散され本来の力ではないが、一般人が相手であれば十分すぎる力のはずだった。

 「!!!」

 さゆりの目の前で突然爆発が起こる。

 目の前が真っ暗となり、爆風で吹き飛ばされるさゆり。

 玄関の窓ガラスは爆風で全て割れ、爆音と爆発の振動で校舎全体が揺れ、生徒たちの悲鳴があちこちで響いた。

 地面を転がり、うつ伏せで倒れるさゆりの元に、ロケットランチャーを手にした迷彩服の男がふらふらと近づいてきた。

 「こ、この男は……グラウンドにいた……男……」

 そう。この爆発はグラウンドにいた男が意識を取り戻して、町田と合流するために玄関に向かっていた所、ちょうどさゆりの姿を発見したのでロケットランチャーを発射したのだった。

 さゆりは間一髪、不十分ではあったが防御壁を展開し、九死に一生を得たのであった。

 男はさゆりの髪を左手で掴むと顔を覗き込む。

 「……あ……あ……」

 声も出ず、焦点が合わない目で男を見つめるさゆり。

 その姿は土埃やススで真っ黒であり、セーラー服はところどころが裂けるように破れていた。

 男は右手を大きく振りかぶると、さゆりの顔面めがけて振り下ろした。

 鈍い音と共に、さゆりは目の前が真っ暗となり意識を失った。

 

 

 「何だと!?主賓と山本さゆりが!?」

 電話越しについ声を荒げる榊原……当初は新型ボディスーツのテストを行っている楓の様子を、ガラス張りの隣の部屋から見ていたのだが、そこに次々と敵の工作員に関する情報が入ってきていた。そのどれもがネガティブな報告ばかりで榊原は頭を抱えた。

 「今この事実を姫に告げれば、間違いなく主賓のもとに駆けつけようとするだろう。だが、そうなるとこの日本の防衛力が落ちてしまうし、特殊部隊にもそれぞれの任務があり持ち場を離れるわけにはいかん……」

 榊原は左手で受話器を持ち、右手で無精髭を撫でると、意を決したように右手で膝をパンと叩く。

 「佐藤千佳を第4特殊部隊に任命するしかあるまい……その上で、主賓と山本さゆりの事件に当たらせよう。事態は急を要する。急ぎ連絡を!」

 榊原は一通りの指示を出すと、厳しい表情のまま受話器を置いた。

 第1特殊部隊は大陸を侵攻している敵にあたるため、朝鮮半島沖のヘリコプター護衛艦に向けて移動中で、第2特殊部隊は引き続き沖縄で台湾・フィリピン方面からの敵艦船に備えていた。

 また、第3特殊部隊は東京湾沖に移動させ、首都防衛の任についている。つまり、実質的に日本の空は月光院に任されているのだ。

 無論、月光院尊人はランクAであり、彼の能力を疑う者はいない。だが、日本の空を第3特殊部隊だけで防げるという保証はどこにもないのだ。

 従って、今はどうしても花橘楓の力が必要なのだ。

 本当であれば、15時くらいにテストを終える予定だったが、急遽、夜まで長引かせることで志郎の事を考える暇を与えないようにした。

 彼女が本気を出せば、テレパシーで佐藤志郎が現状どのような境遇に陥っているのかを知ることは容易なことだ。だからこそ、こちらとしては徹底してそのような時間を与えないようにする必要があったのだ。

 しかし、その甲斐あって、姫はシャワーを浴びた後に休息を願い出てきた。睡眠不足も重なったこともあり、かなり疲労が蓄積しているはずで、しばらくは佐藤志郎の状況を知ることは無いだろう。

 

 花橘楓と別れた後、執務室に戻った榊原はすぐに受話器を取ると内線をかけた。

 「もしもし。榊原だ……豊臣博士か?……例の準備は整っているか?……いよいよその時が来た。すぐに第二ホールへ集めてくれ。私もすぐに行く……パーティーの始まりだ」

 榊原はガチャンと乱暴に受話器を置くと、壁のスクリーンに目を向けた。

 そこには日本国内で暗躍する米国の工作員名簿が顔写真つきで映し出されていた。

 

 

  「はあ?第4特殊部隊?あたしらが?」

 佐藤千佳は内調からの連絡に目を丸くした。

 話によると、主賓と山本妹が工作員の手に落ち、逃走中であるとの事だった。

 「あんだよ山本妹!主賓の警護に就いた途端にこれかよ!?」

 兄の真一が隣にいるのに悪態をつく千佳。

 「で!?装備品一式とヘリの手配くらいはやってくれるんだろうな?……装備品はあるけどヘリは無いだと!?じゃあ、どうやって追跡するんだよ!?………はあ!?この車を使えって!?」

 千佳は基本的に怒鳴りながら対応していたが「わーったよ!」と言って通信を切った。

 心配そうに千佳を見る真一。

 千佳は助手席で頭をポリポリ掻きながら運転席の真一と、後部座席の月面に向かって口を開いた。

 「主賓と山本妹が米国の工作員によって拉致された……あたし達は正式に第4特殊部隊に任命されこれを追う事になった。まずは内調に行って装備品一式を受け取りたい所だが、残念ながらそんな時間猶予はない。内調から予想逃走経路を月面のPCに送信してもらうことになっている。すぐに出発だ」

 「内調がかなり慌ただしくなっているようです。これは……何かがおっぱじまる雰囲気ですよ?」

 月面がヘッドホンを左耳に当て、右手でPCを操作しながら千佳に言った。

 「ああ、おそらくあたしらが出発するのを見計らって何かをしようと考えているようだな」

 「本当にこのままここを離れてもいいんですか!?内調はわざと俺たちに任務を与えてここから引き剥がそうとしているとしか思えません!」

 「わかっている。だが、主賓と山本妹の行方も気になるし、内調からの正式な任務である以上、これを断るわけにもいくまい……月面は内調の動向を探りつつ、内調からのデータを元に敵の逃走経路を正確に割り出せ」

 「なかなか無茶な命令ですが、やってみましょう」

 月面はそう言うと、両耳にヘッドホンを掛けてから凄まじいスピードでタイピングを開始した。

 真一は車のエンジンをかけると、一人つぶやいた。

 「さゆり……待ってろよ……!」




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