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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
8/22

使命

 セーラー服姿でショートカットの少女は6時間の休息を終えると、コンビニでサンドイッチと野菜ジュースを買ったビニール袋を下げながら、路肩に止まる小さい車の傍までやって来た。

 少女は助手席のドアを開けると、助手席の女性越しに運転席の男性に向かって声を掛ける。

 「兄貴。交代」

 「おお。助かる」

 山本真一はそう言いながら運転席側のドアから外に出ると、鏡面仕上げの右手を軽く上げてから嬉しそうに走って行った。

 そんな兄を無言で見送ると、山本さゆりは助手席のドアを開けたまま中の女性に向かって話しかける。

 「ちょっと……何をしてるんですか?」

 不満そうに言うさゆり。

 すると助手席に座る佐藤千佳が、きょとんとした顔でさゆりを見上げる。

 「何が?」

 「いや、『何が?』じゃないですよ。早くそこをどいて下さい」

 「何で?」

 「何でって、あたしは車の免許を持ってないんですよ?」

 「?」

 さゆりはなかなか話が通じない千佳にイライラし始めていた。

 「だ・か・ら、この場合、運転できる人が運転席に座るべきじゃないですか!?」

 「いや、別に免許が無くたって、運転しないんだったら運転席に座ったって罰せられる事はないぞ?」

 「そう言う事じゃなくて、車を発進させる事態になった時に、いちいち運転できる人と席を交換するのが面倒だって言ってるんです」

 「え~。あたしだって助手席がいいんですけど!?」

 そう言いながらダッシュボードに足を上げてスナック菓子を食べる千佳。

 「ちょっと、そこに居座らないでよ!」

 さゆりは千佳の腕を引っ張って、外に引き摺り出そうとする。

 その時、さゆりは前方を真剣な表情で見つめている千佳に気付いた。

 さゆりもつられて千佳の視線を追うと、新内閣府庁舎の正面玄関に黒色の車が横付けされていた。

 千佳とさゆりは、そのまま黒色の車の観察を続けると、後部ドアが開かれ二人の男女の姿が現れた。

 「!!!」

 その瞬間、さゆりは走り出そうとする。

 「ちょ!待て!山本妹!もう少し様子を見ろ!」

 千佳は慌ててさゆりの腕を掴んで制止する。

 「どうして……どうしてあの二人があそこにいるのよ!?」

 さゆりは独り言のように呟きながら千佳の手を振りほどこうとする。

 「くそ!……月面!何か情報は無いか!?」

 千佳はさゆりの腕を掴みながら、後部座席の月面こと田中天馬に呼びかける。

 「秘匿回線が使われていて、詳しい状況は掴めませんが、どうやら山本さゆりの部屋で何かあったようですね………主賓と姫が内調に呼ばれたのは、それが関係しているのかまではわかりません」

 「……あたしの部屋!?」

 月面の声がさゆりの耳まで届いたようで、さゆりも後部座席を見る。

 「あたしの部屋で何があったって!?」

 「ですから、詳しい事はわからないって言ってるじゃないですか!?」

 「ちっ!」

 さゆりは舌打ちをすると、ゆっくりと千佳の手を振りほどく。

 「あたしの部屋で何があったっていうのよ?そして、どうして志郎と花橘が内調に来たの?」

 少し混乱した様子でさゆりはその場に立ち尽くした。

 千佳はダッシュボードに乗せていた足を降ろすと運転席に滑り込む。

 「山本妹。とりあえず座んなよ?」

 さゆりは持っていたビニール袋を握りしめると、千佳に促されるまま助手席に座りドアを閉めた。

 すると、千佳はまるで独り言のように前を見たまましゃべり始めた。

 「何があったのか知らないけど、おそらく、今からあんたの部屋に戻っても『時すでに遅し』ってやつさ。そして、あの二人……志郎と花橘は榊原に呼ばれたはずだ。つまり、これから何かの話し合いがあるはずだ。あたしらが動くのは二人が建物から出てきた時って事になる……」

 千佳はそう言うと手にしていたスナック菓子を食べ始める。

 「……それまではまだ少し時間があるはずだから、その手に持っているサンドイッチでも食べながら待てばいいじゃんよ?」

 そう言われて、さゆりは手にしたビニール袋を見つめると、おもむろにサンドイッチを取り出して食べ始めた。そして後部座席を振り返って月面に話しかける。

 「しっかり通信内容を解析しなさいよ!?それがあんたがここにいる理由なんだからね!?」

 一方的に言い放つと、再びサンドイッチを食べ始めるさゆり。

 後ろから「わかってるよ……」と呟く月面の声が聞こえてきたが、それには構わずに前方だけを見つめた。

 「志郎……一体、今、何が起きてるっていうのよ!?」

 さゆりの声が狭い車内に響いたが、答えてくれる者は無かった。

 

 

 それから約30分後、突然さゆりの左手に装着した通信機から呼び出し用のバイブが鳴り出した。

 相手は榊原であった。

 さゆりはすぐに応答すると榊原の方から話し始めた。

 「榊原だ。山本さゆりくん、君もそこにいるのか?」

 『そこ』とはたぶん、内調本部を監視しているこの車を指しているのだろう。さゆりは「はい」とだけ答えた。

 「であれば話は早い。今から主賓が正面玄関から出て来るはずだ。君には花橘に代わって主賓の護衛を頼みたい」

 「はあ!?それはどういう事ですか!?」

 左手の通信機に向かって大きな声で質問するさゆり。

 「そのままの意味だ。花橘には別の事案を頼んでいる。無理にとは言わんが、主賓を守りたいと思うのであればそうしたらいい」

 「花橘にとって、志郎を守るよりも優先すべき事なんて考えられない!一体、何をさせるつもりなの!?」

 「それは君に言う必要はない……それよりも、そろそろ主賓が現れるはずだが、守らなくてもいいのか?私はちゃんと伝えたからな?」

 榊原はそう言うと、一方的に通信を切った。

 さゆりは舌打ちをして、助手席のドアを勢いよく開けると、凄まじい勢いで新内閣府庁舎の玄関に向かって走り出した。

 ちょうどそのタイミングで志郎が建物から姿を現す。

 「志郎!!」

 さゆりは大きな声で叫びながら、恐ろしい形相で飛ぶようにダッシュしてくる。

 志郎は「ひっ!」と言いながら後ろに飛び退くと、ズサーっと地面を滑るように志郎の目の前に現れるさゆり。

 「お、おう、さゆり。早かったな……?」

 右手を上げて声を掛ける志郎。『早かったな』というセリフから、さゆりが来ることは知っていたようだった。

 「ちょっと!あんた!!何があったのか全部話しなさいよっ!!」

 志郎の胸倉を掴みあげるさゆり。

 「な、何を怒ってるんだよ!?突然『話せ』って言われても何の事かわからねーよっ!むしろお前の方こそ、この手を『離せ』!」

 「ちっ」

 さゆりは舌打ちをしつつ両手を離すと、志郎の左手首を掴んで歩き始めた。

 「ど、どこに連れて行くんだ!?」

 「いいから黙って歩きなさいよ」

 志郎からしてみれば、さゆりの行動は全くもって理不尽極まりないものだったが、ただ一つ、志郎を気遣っている事だけは何となくわかった。そうじゃなければ、こんなに全力疾走で現れる訳が無いだろう。

 志郎は言われた通り黙ってさゆりについて行く。

 すると、路肩に駐車する一台の小さい外国車の助手席のドアを、勢いよく開けるさゆり。

 そのまま助手席の椅子を前方にスライドさせると、後ろに座る男に向かって「どきなさいよ!」と言いながら、後部座席に乗り込むと助手席を元の位置に戻す。

 状況を理解できない志郎は呆気にとられてその場に立っていたが、運転席から聞きなれた声がした。

 「おっす!志郎!」

 声を掛けられた志郎は姿勢を低くして運転席側を覗くと、佐藤千佳が敬礼のポーズをしながらこちらを見ていた。

 「ああ、千佳さんじゃないですか?ここで何をしてるんですか?」

 「まあまあ。とりあえず座んなよ?」

 「あ、はい」

 志郎は助手席に座るとドアを閉めた。

 すると、助手席と運転席の間から身を乗り出すさゆり。

 「それで志郎、あんたには色々と聞きたいことがあるんだけど……先ずは、あたしの部屋で何かあったようだけど、あんた何か知ってる?」

 「ああ、知ってるも何も、俺たちは内調からお前の部屋を放火した疑いをかけられたんだ」

 「「放火ぁ!?」」

 さゆりと千佳がきれいにハモる。

 「あ、ああ……」

 二人のリアクションに、志郎はややたじろぎながらも話を続けた。

 「……実は、さゆりが休んでいる間に学校で出されたプリントを届けるために、俺と楓は別館に行ったんだ……」

 「ほうほう……するとあたしは留守だったから、花橘に頼んでプリント用紙をあたしの部屋のドアと床の隙間から室内へ滑り込ませて帰ると、その日の晩にあたしの部屋が火事になり、内調からの連絡で現場に駆けつけるとすでに消火されたあとで、ちょうど現場検証中だったので夕方にプリントを届けに来たことを話すと、事情聴取のため別々の部屋に連れて行かれたと……?」

 さゆりの発言にこくこくと頷く志郎。

 すると今度は千佳が話し始めた。

 「そんで、しばらくの間別々の部屋で事情聴取を受けていると、急に外に出るように指示をされて、姫と一緒に車で本部まで運ばれると、そこで待っていたのは榊原で、姫に対して新規案件の提示がなされ、姫はその任務を遂行するために志郎の護衛をさゆりに頼んだ、という事か?」

 こくこくと頷く志郎。

 「なるほど……話の流れはだいたいわかった。では順番に質問するからわかる範囲で答えてくれ」

 こくこくと頷く志郎。

 「……では最初の質問。最終的に山本妹の部屋が燃えた原因は特定されたか?」

 「いいえ。直近では俺たちしかさゆりの部屋を訪れた者はいなかったので、出火原因はともかく、犯人という点では限りなく黒に近いようでした」

 「つまり容疑は晴れていないってことか……」

 そう言いながら千佳は自らの顎に手を当てて何かを考える素振りをする。

 「あんた、本当にあたしの部屋に何もしてないんでしょうね!?」

 突然シートの間から身を乗り出してさゆりが問いただす。

 「してねーし!だいたい俺らは、さゆりの事なんて何とも思ってないし、ましてや部屋に火をつけるメリットなんか微塵も無ねーよ!」

 そう言いながら、志郎はさゆりの額に人差し指を当てて後部座席へ押し返す。

 「何か、そこまで強く否定されると逆にカチンと来るのは気のせいかしら……?」

 さゆりはそのまま後部座席に座るとぶつぶつ独り言を言っていた。

 「……まぁ、話を聞く限り、お前たち二人は犯人に踊らされたと見るべきだろう。そこで二つ目の質問だ……」

 千佳はそう言いながら、志郎の目の前でお菓子を持った右手でブイの字を作ってから話を続けた。

 「姫は学校で貰ったプリントを、ドアと床の隙間から山本妹の部屋へ滑り込ませた……では、そのプリントは誰から渡された?」

 「学級委員長の町田亜季からです。本当は俺たちと一緒に来ると言ってたけど、さすがに超能力施設に一般人を入れるのはマズイでしょう?だからこちらからお断りしました」

 「町田……そうか、わかった。これだけでは情報が少ないな。では最後の質問だ。そしてこれこそが本題と言えるだろう」

 「はい、どうぞ!」

 志郎はそう言いながら身構える。

 「榊原が姫に与えた指示とは何だ?」

 すると志郎は腕組みをして考え込んだ。

 「うーん……榊原さんが話した内容は他人に話したら駄目って言われてますんで……」

 それを聞いた千佳は大きな声で笑い出した。

 「わっははは!お前面白いな!?榊原はお前があたし達に秘密をバラす事くらい計算済だって!わはは……そうじゃなきゃ、わざわざ自らさゆりに連絡して来ないって!安心して話していいぞ!?」

 運転席で笑いながら「真面目か!」と志郎に突っ込みを入れる千佳。

 「だあ!わかりましたよ!言います、言えばいいんでしょう!?」

 志郎は秘密を守ろうとしている自分がバカバカしくなり、顔を赤らめながら話し始めた。

 

 

 執務室に通された志郎と楓は、部屋に入ってすぐ左側にある応接セットの二人掛けソファーに腰かけ、ローテーブルを挟んだ対面には榊原が座っていた。

 「病院以来だね。傷のほうはもう大丈夫なのかね?」

 榊原は気さくな感じで志郎に話しかける。

 「はい。もう完全体です」

 「それは良かった……で、この度は山本さゆりの部屋を放火した疑いをかけられているとか……」

 「そうなんですが、俺たちはやってませんし、やる理由もありません」

 「君は動機が無いと言ってるのかね?……ぶっちゃけ動機なんて本人にしかわからない事だし、いざとなれば君たちの脳内情報を読み取ることだって出来るから、そんな事には興味は無いのだよ。おそらく君たちは犯人に利用されたんだろう……いや、むしろ本当の目的は別にあったのかもしれない。だが今はそんな事よりも大事な話がある……」

 榊原は山本さゆりの事件には全く興味を示さず、改めて楓に向かって話始めた。

 「花橘楓。君に頼みがある」

 「それは命令か?」

 「いや、特殊部隊に所属していない君に対しては強制力はない。だが、どうしても君の力が必要なのだ」

 「では私の立場をはっきりさせておこう。私にとってはシロを守る事が最優先事項だ。これを邪魔する者は誰であろうと排除する」

 楓の言葉は抑揚や感情が無い分、非常に冷たく相手に突き刺さる。

 だが榊原は、さすがに全ての超能力者のトップ……いや、世界のトップに君臨しているだけあり、楓の言葉にも動じることなく対応していた。

 「君の考えは百も承知だ。だが、このままでは志郎君の日常生活にまで影響を及ぼす事になるのだ……」

 そこでティーカップを手に取ると、一口紅茶を飲み喉を潤す榊原。

 「……続けて」

 楓に促され、榊原はティーカップを置くと再び口を開く。

 「端的に言おう。米国は戦略原潜による核ミサイルを使うつもりのようだ。それを裏付けるように日本のEEZ内をうろついていた各国の船が、一斉に日本周辺から遠ざかっている。もしも米国が核ミサイルを発射した場合、現状の防衛システムと超能力者だけでは、南北に細長い日本列島の全てをカバーする事は難しいかもしれん……特にEMP<電磁パルス>攻撃に主眼を置いた核ミサイルの場合、爆発高度は30kmから100kmくらいとなるため迎撃するのは困難だ。もしもEMP攻撃を受ければ、日本中の電子機器は使用不能となり、それ以降の指示系統にも影響を及ぼすだろう……」

 「……」

 楓は返事をせずただ榊原を見ていたが、たまらず志郎が口を挟む。

 「ちょっと待って下さい榊原さん!つまり、このままでは日本が滅びると言うのですか!?」

 「そうだ。EMP攻撃によりライフラインが破壊された日本に対して、米国が核ミサイルによる第二次攻撃に打って出た場合、それを食い止める方法はもはやこの日本には残されていないだろう……」

 「そ、そんな……」

 志郎は驚きのあまり言葉を失った。

 だが楓は表情も変えずに口を開いた。

 「たしか、日本には衛星によるレーザー迎撃システムがあるはず。これはあらゆる情報を管理している内調の情報端末と連動している秘密兵器のはずだ。それをここで使わなくしていつ使うと言うの?」

 楓の発言に「ふん」と鼻を鳴らし、無精髭に手を当てる榊原。

 「さすがは花橘楓だ。よく知っているな。だが、その迎撃システムはまだ実験段階で、レーザーの出力が抑えられている。とてもミサイルの迎撃はできないのだ」

 「では、超能力者たちに高高度で防御壁を展開してもらえばいい」

 「簡単に言うな。ランクAは特殊部隊に所属しているのは小野寺可憐と月光院兄の2人だけで、ランクBも黒田と月光院妹の2人だけだ。残るのはランクCだけで心許ない」

 首を振りながら両手を軽く上げる榊原。まさにお手上げだと言わんばかりだ。

 だが、楓は表情を変えずにピシャリと言う。

 「内調の衛星情報やフェーズドアレイレーダーを駆使すれば、発射直前に発射位置の特定とミサイルの軌道予測は出来るはず。それに合わせて効率的に防御壁を展開すれば、現有の超能力者だけで十分対処可能の認識」

 ぐっ……。さすがの榊原も言葉に詰まった。

 頭脳明晰とは聞いていたがこれほどとは……このまま普通に話しても論破されてしまう。では、攻め方を変えるか……。

 「そもそも特殊部隊はミサイル防衛以外の仕事もあって、全戦力を投入することはできんのだよ。それに、もしも1発でも撃ち漏らすことがあれば、電磁パルスの影響で普通の生活は出来なくなるのだぞ?それでも君は今の特殊部隊に全幅の信頼を寄せるのか?」

 「自分の部隊をそこまで信頼しない指揮官というのも悲しものだな」

 「何とでも言うがいい。私はこの日本を国難から守る責任がある。従って、リスクを回避するためにはあらゆる手段を検討する必要があるのだ。君がそうやって志郎君を守る事に固執することで、それ以外のものが崩れ去った時、もうその世界はこれまでの日常とは異なるものになるのだ……それは本当に君の望む世界か?」

 「……」

 楓は返答しなかったが、榊原は更に話しを続けた。

 「私は米国の核攻撃から日本を守ってくれと依頼している。これは君たち二人の日常を守る事にもつながるのだ。志郎君の残り少ない高校生活を脅かす問題だというのに、君はそれを放置すると言うのか!?それで本当に君は志郎君が幸せだと思っているのか!?」

 徐々に熱を帯びてきた榊原の言葉に、僅かながら眉が動く楓。

 榊原は完全に感情に訴えかける作戦だ。

 楓は小さい頃に感情を捨てていたが、志郎への想いだけは感情を取り戻していたため、表情からは判断できないが、内心では多少なりとも動揺していた。

 花橘家への襲撃事件──これは今後も志郎の身に危険が迫る可能性を示唆している。

 だからこそ今後は志郎から離れることはしないと誓ったのだが、日本が崩壊してしまっては元も子もない。

 「わかった……」

 楓は小さくつぶやくと、正面から榊原を見つめた。

 「協力しよう……だが、2つ条件がある」

 「話を聞こう」

 榊原は両膝に肘を置いて前に乗り出す。

 「先ず一つに、シロの護衛を山本さゆりに依頼したい」

 「わかった。私から連絡しておこう……で、もう一つの条件は?

 「内調に集約される情報を全て私へ転送すること」

 「君がそんな膨大な情報を得てどうすると言うのだ?」

 「それは私が判断することだ。だが、一つだけ言える事は、いちいちあなたを介さなければ行動出来ないのは時間の無駄だ。私は私の考えで行動させてもらう」

 楓の言葉を聞き、苦笑しながら腕を組む榊原。

 「内調の指揮下に入らない者に情報を与えることはできん」

 「その代り、この日本を守ると言っている」

 「……」

 今度は榊原が決断を迫られる番だった。目を閉じて考え込む。

 花橘楓の力は超能力者の中では突出している。そのような者を使うのだから完全に支配下に置かなければこちらにも危険が及ぶ。だが、彼女が動く理由は志郎の日常を守るためなのだから、少なくともこちらを裏切る事は無いだろう……。

 「うむ……」

 榊原はしばらく考えると、決断したように目を開けた。

 「わかった……君へ情報を展開しよう。だが、それはあくまでも今回の作戦に関する情報だけだ。国内外の諜報活動や、企業や個人の情報等は遮断させてもらう」

 「放火事件の犯人に疑われている以上、諜報活動の情報は欲しかったのだが、まあいい。その代り、放火事件の容疑から私たちを除外して欲しい」

 「無事に日本を守ってくれれば自動的に容疑は晴れるだろう……よし、これで話は成立したな。早速だが任についてもらうよ。花橘君」

 「了解──だが、山本さゆりへの連絡は」

 「わかっている。今から連絡するところだ」

 

 

 「──以上が内調本部での出来事です」

 志郎は一気にしゃべると一息ついた。

 「なるほどな。であれば、本来は志郎も私たちと行動を共にするのが一番安全なのだが、それでは姫が願う『普通の日常』とはかけ離れてしまう。つまり、志郎と山本妹はこれから普通の生活に戻らなければならないって事か……まぁ、そもそもこの車では狭すぎて志郎を庇うのは難しいんだがな!」

 そう言いながら「がはは」と笑う千佳。

 「そういえば千佳さん、以前乗っていた派手な車はどうしたんですか?」

 「おお!?聞いてくれるか少年!?実はな、あの車を売ってワゴン車を……」

 「志郎ッ!!!」

 千佳の言葉を遮るように、後部座席でさゆりが叫び声をあげる。

 こんな時に千佳の『悲惨自慢』を長々聞いてる場合ではない。

 「早く車から降りなさいよ!これから学校に行かなきゃならないんだから!」

 さゆりはそう言いながら助手席をガンガン叩く。

 志郎は訳も分からずドアを開け外に出ると、さゆりはすぐに助手席を前方へスライドさせて車から飛び降りた。

 「……それでは千佳さん、あたしは志郎<こいつ>の護衛の任があるのでこれで失礼しまぁす。兄貴が帰って来たらその旨伝えておいて下さ~い。ではでは~……さあ志郎、早く行くわよ!」

 ワザとらしい笑顔で千佳に別れを告げると、志郎の腕を引っ張って歩き出すさゆり。

 「おい山本妹!しっかり志郎を護衛しろよ!?志郎に何かあったら姫に殺されんぞ!?」

 「うっさい!」

 さゆりは千佳を一瞥すると、志郎と共に消えて行った。

 千佳は本部に視線を移すと呟いた。

 「大陸は多国籍軍が侵攻し、南海トラフでは原潜騒ぎ、更には米国が核ミサイルを発射しようとしている。身近な所では志郎が襲われ、山本妹の部屋のボヤ騒ぎ。さあて、内調はそろそろ切り札を使う頃じゃないか?……そうだろ?榊原さん?」

 千佳はニヤリと笑みを浮かべながら前方を見つめるのだった。

 

 

 世界の主要国のほとんどが技術者不足により衰退して行く中、日本だけは更なる技術研究を行っており、今では地球を周回している人工衛星のほとんどが日本の管理下にあると言って良い状態であった。

 衛星からの情報は全て内調によって管理されており、それらの情報から特に太平洋上の映像情報と、他国の動向に関する情報について、楓にアクセス権を付与する作業が完了したのは午後8時過ぎだった。


 それまでの間、楓は別の研究棟に呼ばれて、新型のボディスーツの性能テストを行っていた。

 そこはかなり広い倉庫のような部屋で、様々な機材が搬入されており、超能力者が作戦行動で使用することを想定した実戦プログラムを淡々と消化するのだ。

 現行モデルは主に光学兵器への耐性に重点が置かれていたが、新型では新たにメタマテリアルを使用した光学迷彩に特化したものとなっていた。

 光学迷彩は可視化光線を回折する事で、あたかも『透明に見える』事を可能とするが、各種装備品……レーザーガンやバックパック等を携行する事により、回折効果が失われる問題があった。また、ヘルメットもボディスーツ同様にメタマテリアルを使用する必要があったが、光学迷彩機能は通信にも影響を及ぼす事が判明し、実際に使い物になるまでにはかなりの時間を費やしていた。

 今回の試作品では、装備品は無しでヘルメットを着用した状態で様々なケース別のプログラムを消化することで、その有効性について検証がなされた。

 具体的には、超能力の使用による迷彩効果の維持、ボディスーツが破損した場合の迷彩状況、ヘルメットのバイザー開閉時と通信時の確認、赤外線や超音波等による探知状況の確認、ボディスーツとしての機能性の確認などが行われた。

 結果としては、まだ実用化には至らないと判断された。

 どうやら超能力者から発する独特な波長が光の回折効果に影響を与えるらしく、どうしても透過したようには見えないのだ。見た感じを表現するのなら、ビントが合っていないカメラのレンズで見ているような状態だ。楓の姿だけ揺らぎ、ぼやけて見えるので非常に不自然だ。

 また、ボディスーツは着用者の体に合わせて作成されるが、女性の体は起伏があり、特に胸部については回折効果があまり得られなかった。

 光学迷彩の機能が発揮されないのであれば、防弾機能が失われた分、現行品よりも性能が劣る事になる。しかも、装備品を身に着ける事が出来ないのであれば、作戦行動にも支障が出るだろう。

 ちなみに、一般人の男性が着用した場合は、揺らぎや、ぼやけが見られたが、姿を認識させないという意味ではある一定の成果を得られていた。特に夜間であればかなりの効果が期待できるだろう。

 ただし、バックパックや銃等のメタマテリアル素材ではない物を装備すると、途端に迷彩効果が失われるのは楓の時と同様であった。

 だが、楓はこの光学迷彩が本格運用される日が近い事を悟った。もう少し研究を重ねれば、可視化光線だけではなくレーザー兵器でさえも回折させることが出来るだろう。

 志郎の護衛も今以上に注意しなければならない。そう──相手は見えないのだ。

 榊原の狙いはまさにこれだった。

 楓に精神的圧力を掛ける──これこそが、楓に新型ボディスーツをテストさせた本当の狙いだったのだ。内調への服従……超能力者がこの世界で生きていくためには、それをはっきりとわからせる必要がある。言いかえれば、内調のトップである榊原に服従しなければならないのだ。

 

 予定されていたテストもほとんど終わりに差し掛かった頃、別室のモニターでテストの様子を見ていた榊原の元に、ようやく楓へのネットワークアクセス権の設定が完了したと報告があった。

 ──情報のチャンネル数が多すぎて、こんな設定でも時間がかかってしまう……今後の要改善点として予算を計上しておこう。

 榊原はそんな事を考えつつ、ガラス張りの部屋から実験室を眺めながらマイクを握りテストの終了を告げると、早速楓を呼んでネットワークの状況を確認してもらう。

 楓は元の制服に着替えヘルメットだけを被ると、光学キーボードを投影して操作を始めた。どうやら情報ウィンドウの配置等をカスタマイズしているようだ。

 続いて音声入力のキーワード設定や、アラームや通話時の音量設定等を行うと、光学キーボードを消去して実際の使用方法を想定したテストを行う。

 「どうだ?行けそうか?」

 榊原は頃合いを見て楓に話しかけた。

 楓は制服姿に黒いヘルメットという異様な姿で佇み、繰り返し設定をしていたが、榊原の問いに我に返ったように顔を上げる。

 「問題ない………ところで内調には太平洋全域……特にハワイ、グアム、サイパン、フィリピン沖、更にベーリング海を中心に目視とレーダー監視をお願いしたい。そして、何かあればすぐに知らせて欲しい」

 「まさか、原潜の居場所を特定しろとでも言う気じゃないだろうな?さすがにこの広い海で原潜を上空から探し出すのは無理だぞ?例え見つけたとしても、恐らくその時はすでにミサイルが発射されたタイミングだろう」

 「それでも構わない。ミサイルを発射した時点の場所を特定してくれればいい」

 楓の発言に榊原は半分呆れた表情で首を振る。

 「やってはみるが、期待はするなよ?」

 「大丈夫だ。最初から期待などしていない」

 「へっ、そうかよ……で、姫はどこで待機するつもりだ?」

 「その前に……」

 楓はそう言いながらヘルメットを脱ぐと、長い黒髪を整えながら続けた。

 「先ずはシャワーを浴び、食事し、仮眠を取らせてもらいたい。昨夜からほとんど睡眠をとっていない」

 「あ、ああ……そうか……確かにそうだな。そうするがいい。施設は自由に使ってくれ」

 榊原はそう言うと、部屋から出て行った。

 楓はその姿を一瞥すると、すぐにバックパックを持ちシャワー室へ向かった。

 もしも米国が本当にSLBMを発射するとしたら、おそらく発見されにくい夜を選ぶだろう。

 そこで楓はふと気が付いた。

 「だったら夜型の小野寺可憐が適任じゃない……」




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