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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
7/22

級長

 放課後、志郎はいつも通り帰ろうと席を立つと、前から黒髪ポニーテールの女子が近づいてきた。

 確か、学級委員長の町田亜季<まちだあき>だ。頬にそばかすがあるが、今時、そばかすがある人も珍しい気がする。

 「佐藤君、ちょっといいですか?」

 「ええっ!?俺!?」

 普段、クラスメートから話し掛けられる事はほとんど無いので、志郎は後ろへ飛び退いた。

 すると楓がスッと志郎の隣に並ぶ。

 「そんなリアクションをされると、こちらとしても困ってしまいます……」

 町田亜季は少しうつむきながらオロオロしている。

 志郎は右手を小さく振りながら慌てて答えた。

 「ああ……す、すまない!ちょっとビックリしただけなんだ。……で、俺になんか用?」

 「はい。これを……」

 小声でそう言いながら亜季はプリントの束を志郎に手渡す。

 「?」

 志郎がプリントを見てきょとんとしていると、町田が話を続けた。

 「それは山本さんが休んでいる間に配布されたプリントです。担任の先生から山本さんの自宅へ届けて欲しいと頼まれたのですが、私は山本さんの家は知りませんので、一番仲が良さそうな佐藤君に声を掛けたのです」

 「なるほど、状況は理解した。俺が預かっておくよ」

 志郎は手渡されたプリントの束を自分のカバンへ入れると「それじゃあ……」と言って歩き始める。

 すると、町田は志郎の右隣に流れるような動作で並んで一緒に歩き始める。

 「……!?」

 楓の眉がピクンと跳ね上がる。

 志郎の右隣は小さい時から自分の定位置であり、他人がそこに入り込む余地は無く、今までも自分がいる時は、山本さゆりでさえ志郎の右隣りに並ぶことを許さなかったというのに、この女は突然その位置を取ったのだ。

 今まで志郎と並んで歩こうとする者はほとんどいなかったので、油断していたのも事実だったが、あまりにも自然に志郎の右隣りに並んだので呆気にとられたのだ。

 「ちょっ……」

 楓が後ろから右手を伸ばし、町田の肩を掴もうとしたその時……ちょうど教室を出た志郎と町田は、廊下を歩いてきた山本さゆりの親衛隊と鉢合わせとなった。

 「佐藤志郎……貴様!さゆりちゃんがいないのをいい事に、別の女子を連れ歩くとはどいう事だ!?」

 などと、因縁をつけてきた一人の男が志郎に掴みかかろうとする。

 すぐに楓が反応するが、まるでその動きを遮るように町田は志郎の前に出ると、男の力を受け流しながら手首を両手で掴むのと同時に極めると、手首を支点にしてくるりと男の体が宙を舞っておしりから床に落ちた。

 「ぐえぇっ!」

 亜季はそのまま男の腕を後ろ手に極めて制圧する。

 「こ、こいつ!町田亜季じゃねぇか!?確か合気道の達人だったはずだぞ!?」

 「しかも委員長だし、騒ぎが大きくなると面倒になるぞ」

 「ちっ!佐藤志郎、覚えてろよ!?」

 男子生徒たちは何故か志郎に捨て台詞を吐くと、この場から立ち去った。

 「……俺は何もしてないんだが……?」

 そう言いながらため息をつく志郎。

 「大丈夫でしたか?佐藤君」

 「ああ、全然。それよりも町田さんてすごく強いんだね!」

 「……佐藤君」

 「は、はい?」

 突然町田の口調が低くなり、志郎の返事も様子を伺うような口調となる。

 町田は志郎の正面に立つと、顔を見上げながら続けた。

 「女の子に『キミ、強いね!』と言うのは、決して褒め言葉にはならないので注意して下さい」

 「あっ……ご、ごめん……」

 町田の何とも言えない威圧感に押され、志郎は思わず謝った。

 それを見ていた楓が志郎の右隣りに移動する。

 「そんな女は放っておいて、さあ行こう」

 腕を掴んで志郎を引っ張りながら歩き出す。

 「ちょっと待って下さい。私も一緒に行きます」

 「断る」

 楓は振り向きもせず即答する。

 「いいえ、それでは私が困りまります。実は、担任の先生に山本さんの様子を報告するように言われているのです。もうかなりの間学校を休んでいるので、担任としても心配なのだと思います」

 「シロ……」

 「!?」

 突然、楓が耳元で話しかけてくる。

 「山本さゆりは例の超能力施設別館……旧同盟本部に住んでいる。このまま町田亜季について来られると、さゆりや私が超能力者である事がバレてしまう。ここはうまく断って」

 「……」

 楓の表情は相変わらず無表情で、前を向いたまま歩くのを止めない。

 仕方なく志郎はその場で立ち止まると、振り返って頭を掻きながら町田に向かって口を開く。

 「悪いけど、さゆりの家を俺たちが勝手に他人に教えたら、さゆりの事だから激怒するかもしれない。だから、さゆりの様子は俺が今日見て来るから、明日学校で町田さんにその様子を伝えるよ」

 「私は同じクラスの友達で、学級委員長なのに自宅の住所すら教えてもらえないのですか?」

 ──友達とか、よく言うよ。今までだってほとんど話したことも無いくせに……この町田とかいう女子、何を考えているんだ?

 志郎は無意識に少し表情を硬くする。

 その表情の変化を町田は見逃さなかった。

 「あ……ごめんなさい。あまり親しくもないのにでしゃばっちゃって……!」

 そう言いながら、町田は顔を少し赤らめて頭を下げる。

 「私、学級委員長だから頑張らなきゃと思って、空回りしちゃったみたいです……」

 何度も頭を下げる町田を見て慌てる志郎。

 「いや!別にいいんだ。こちらこそ他人行儀でご免!」

 そう言いながら両手を合せて謝る志郎。

 すると町田はにこりと笑ってから口を開いた。

 「では、お言葉に甘えて、佐藤君に山本さんの様子を見て来てもらう事にします」

 「ああ、任せておいて!」

 そう言いながらお互い笑いあう。

 「シロ。遅くなるから早く行こう」

 楓は志郎がカバンを持つ右腕を引っ張って歩き始める。

 「それじゃあ、また明日!」

 志郎はそう言いながら左手を振ると、町田も小さく右手を振って応えた。

 町田はそのまま、二人の姿が見えなくなるまでニコニコしながら手を振っていたが、見えなくなった途端、手を降ろして無表情になると、目を細めてその場を立ち去ったのだった。

 

 

 二人は正面ゲートを通って白を基調とした5階建ての建物に入った。

 1階ロビーにある受付で山本さゆりに会いに来たと告げると、現在、留守であると伝えられる。

 白く丸い頭部にプロジェクションマッピングで申し訳なさそうな表情を浮かべた受付ロボットに、何度か帰宅予定を尋ねてみたが「モウシワケ アリマセン。ワカリマセン」と繰り返すだけであった。

 ここは旧反政府同盟の本部であり、現在は内調管轄の超能力者用の施設である。先の超能力戦争でかなり傷んでいたのだが、月光院家によって改修されたのだ。

 一般人は正面ゲートを通る事も出来ないだろうが、楓は超能力者として登録されており、志郎も被験者登録されているため、簡単に通ることが出来るのだ。

 「内調には俺たちがここに来た事がデータとして上がるはずだが、変に勘ぐられないかな?」

 志郎が隣の楓に話しかける。

 情勢的にかなりピリピリしているタイミングであるため、そんな時に内調の監視対象である二人が超能力施設に現れた事で、アラートが内調に上がる可能性を危惧していたのだ。

 「大丈夫。私たちはただ山本さゆりにプリントを届けに来ただけ」

 無表情、無感情で答える楓。

 「いや、まあ、そうなんだけど……で、どうする?」

 「私が山本さゆりの部屋にプリントを置いてくる」

 「本人がいないのにそんな事できるのか?」

 この建物は超能力者用の施設であるため、楓であれば館内をある程度自由に動けるだろう。だが、問題はさゆりが留守である以上、部屋には鍵が掛かっているいるはずだ。まさか、力ずくで開けたりしないだろうな!?

 「いいからプリントを貸して」

 渋々、楓に言われるがままにカバンからプリントを出して手渡す。

 「シロはこのロビーで待ってて。すぐに戻る」

 そう言いながら楓はくるりと向きを変え、すたすたと歩いて行く。

 「おい楓!無茶はするなよ?」

 志郎は歩いて行く楓の背中に向かって声を掛けた。

 そんな志郎の心配をよそに、楓はエレベーターで2Fに上がると、迷うことなく山本さゆりの部屋の前まで来る。

 一応、鍵が掛かっている事を確認するとドアの前でしゃがみ込み、手にしたプリントを床とドアの隙間から次々と室内へ滑り込ませて行く。

 室内のドア付近はプリントが散乱した状態となったが、無事、全てのプリントをさゆりの部屋に届ける事は出来た。

 楓は無表情のまま立ち上がると、すぐに志郎の元に戻る。

 「は、早い!もう置いてきたのか!?」

 志郎は驚きの表情を見せる。

 「本気を出せばもっと早くすることも可能」

 「止めておけ……」

 志郎はそう言いながら外に向かって歩き出すと、すぐに楓が志郎の右隣に移動する。

 「それにしても、町田さんには何て報告しようかな……『本人には会えなかったけどプリントは渡してきた』と言って納得してくれるかな?」

 「それが事実である以上、それ以外の事を言う必要ない」

 「楓は相変わらずクールだな。だけど、どんな家だった?とか、家族の人とは会った?とか、色々聞いてくる気がするんだよなぁ……」

 「他人の事をそんなに聞く人はいないと思う」

 「いや、甘いな。感情やら何やらが欠如している楓にはわからないかもだが、一般人……特に女ってのは、他人の事を知りたがる傾向が強いんだよ」

 そう言いながら正面ゲートを抜けて、帰宅の途につく二人。

 「他人のそんな事を知ってどうする?」

 「恐らく、女同士で集まった時の噂話用のネタになるってところだろう。俺は男だから、そこんところはよくわからんのだが……」

 「ふぅん……」

 楓は無表情で空返事をする。同じ女でも、楓は人付き合いとは無縁であるため、全く理解できない事だろう。

 「まぁ、確かに事実だけを言えばいいか。こんな事で悩むのも馬鹿らしいな」

 志郎はそう言うとこの話題は打ち切り、これ以降、考える事を止めにした。


 ──だが、その日の深夜。


 「シロ。起きて」

 「あん!?どうした……?」

 突然自室のドアがけたたましく開けられたせいで、深い眠りから一気に現実世界へ呼び戻される志郎。

 薄目を開けてみると、まだ太陽は昇っていないようで室内は真っ暗だ。

 ドアの方を見ると、黒い人影がこちらを見ていた。ぎょっとして更に目を凝らすと、漆黒の特殊ボディスーツを着用した楓だった。ヘルメットも被っていたが、バイザーを上げていたので表情は確認できた。まぁ、楓の表情が見れたところで無表情なのだが……。

 志郎はベッドの上で体を起こすと改めて楓の姿を見る。腰のホルスターにはレーザーガンやダガーナイフ、背中にはバックパックを装備しており、普通に土足のまま上り込んでいた。

 「その装備……一体何があった!?」

 フル装備に近い状態の楓を見て緊張が走る。どう見ても戦闘準備万端って感じだ。

 ちなみに、楓だけは内調から特別待遇を受けていて、これら特殊装備を常時借用していた。

 本来は使用の都度、内調の装備品管理センターに返却しなければならないが、楓は超能力戦争時に新装備のテスターの任に就いていたこともあり、量産前のベータ版をそのまま借り受けていたのだ。

 「山本さゆりの部屋が突然爆発して現在延焼中みたい。特殊部隊は全て別任務で出払っているので私に連絡が来た」

 バイザーシールドを開けているが、若干声がこもって聞こえる。

 「そうか……」

 志郎はそう呟くと考え始めた。

 おそらく内調は、楓が今日の夕方、さゆりの部屋に行った事はわかっているはずだ。……つまり、楓が犯人である可能性を考慮した上で現場に行くように指示を出したと考えるべきだろう。

 志郎は「ふぅ」とため息交じりにベッドから飛び降りると口を開いた。

 「楓が俺を起こしに来たって事は、一緒に来いって事だろ!?」

 楓は頷きながら答えた。

 「そう。もしかするとこれは敵の陽動で、私と志郎を離れ離れにする狙いなのかも知れない」

 「この際『敵って誰だよ?』という疑念は置いておくとして、もしもこれが本当に陽動だとしたら、敵は特殊部隊が出動できない事を把握しているって事になる。超能力者に関わる全ての情報は最重要機密事項であるにも関わらず、だ。………敵はかなり大きな組織、或いは国家レベルの情報網を持っていると考えるべきだろうな」

 「アメリカの工作員?」

 「どうだろうな。とにかく今は敵を特定するのは後回しだ。先ずは外に出よう」

 ──この前、ここで襲われたことからも、この部屋が俺の私室だという事は敵に知られているはずだ。これが陽動だとしたら、一刻も早く家を出た方がいいだろう。

 志郎はすぐに玄関に向かうとスニーカーを履いて外に出る。

 楓は志郎の部屋のベランダから外を回って玄関に降り立つ。

 「周囲に敵らしき者はいない」

 「そ、そうか」

 ちょっと外を見まわしただけでそこまでわかるのは、楓の超能力というよりも、ヘルメットからの情報によるものだ。

 楓が被るヘルメットは情報端末となっていて、衛星からの画像情報をリアルタイムで解析し、ヘルメットのシールド上にその結果を表示する機能がある。正に、全ての情報を管理する内調だからこそ出来るシステムなのだ。

 「で、これからどうする?」

 「別館の火災現場に行く。シロ、私にしっかり掴まって」

 しっかり掴まれって言われても、どこに掴まれって言うんだ?……などと考えながら、とりあえず楓の右腕を両手で掴んでみる。

 「そんなんじゃダメ」

 楓はそう言いながら志郎の背中に両手を回してギュッと体を密着させる。

 「おおう!?」

 突然楓に抱きつかれ赤面する志郎は、次の瞬間、激しい頭痛と立ちくらみのような感覚に襲われた。

 周りの景色がぐにゃりと捻じれ、歪むような感覚。三半規管が麻痺し立っていられずその場にしゃがみ込む。

 「シロ、大丈夫!」

 「お、おい楓。今、イントネーションがおかしくなかったか?俺には『大丈夫!』と断定したように聞こえたが?この場合、普通なら『大丈夫?』だろうがっ!」

 志郎はそう言いながら立ち上がって周囲を見渡すと、超能力施設別館の正面ゲートの内側にいた。

 この瞬間、志郎は何が起こったのか把握した。

 楓は超能力で瞬時に移動したのだ……ユニークスキル『瞬間移動<テレポート>』を使って。

 だが、志郎は超能力過敏症という病を持っていて、自身の近くで超能力を使用されると、その特殊な波動によって身体的にダメージを負うのだ。具体的にはめまいや動悸、頭痛などだが、使用される超能力の威力や規模が大きいほど志郎への負荷は増加し、酷い時は気を失い、命の危険もあるのだった。

 この症状は幼少期に超能力研究所で発生した事故がきっかけとなっていて、事実を知るまでは単に『めまいや頭痛がする体質』と思い込んでいた。

 超能力戦争後、志郎は榊原の計らいで超能力研究所へ行って、体質改善プログラムを受ける事で症状克服を目指した事もあったが、大の病院嫌いという昔の日本人気質が働いたせいで、ほんの数回通っただけでプログラムの受診は止めてしまっていた。

 楓もそれは十分承知しているので、極力、志郎のそばでは超能力の使用を控えるようにしていたが、今回ばかりは緊急であったためテレポートを使用したのだった。

 それでも以前に比べればかなり体質改善されていると言って良いだろう。半年前の志郎であれば、テレポートを使用した瞬間から気を失い、しばらくは目覚めなかったはずだ。

 志郎は正面玄関から建物の外側を一通り見渡して見たが、別段変わった所は無いように見えた。

 「よし、行ってみよう」

 志郎はそう言いながら、正面玄関に向かうと、すぐに楓も右隣に並ぶ。

 基本的に内調に関する事件や事故については、別途要請が無い限り警察や消防が出動する事は無く、全て内調自ら解決することになっていた。これは様々な機密情報を扱う内調だからこその対応であった。

 ロビーに入ると、いつもの受付ロボの姿があった。

 楓はすぐにその前に行くと、状況説明を求めた。

 「山本さゆりの部屋が延焼中と聞いたが、現状はどうなっている?」

 「スデニ ショクインノテニヨッテ チンカシマシタ。ゲンザイ、ゲンバケンショウチュウデス」

 「わかった。私は内調より調査の任務にあたるよう指示されているが、護衛対象である佐藤志郎も同行させようと思う。問題無いか?」

 「ハナタチバナカエデ ガ ジュウジシテイルニンムハ、サトウシロウ ノ ゴエイト ヤマモトサユリ ノ ヘヤノチョウサデアルタメ、サトウシロウ ノ ドウコウハ モンダイナイト ハンダンシマスガ、ナイチョウニハ ソノムネ ホウコクシテオキマス」

 「それで構わない。シロ、行こう」

 楓に促され、後について行く志郎。

 エレベーターに乗り、2Fで降りると、廊下に規制テープが張られ、山本さゆりの部屋には行けなくなっているようだった。

 楓は無言でそのテープを跨ぐと、志郎にもこっちに来るように手招きをする。

 志郎も規制テープを跨ごうとしたその時、大きな声が響いた。

 「お前は誰だ!?関係者以外の立ち入りは出来ない!テープにもそう書いてあるだろう!?」

 そう言いながら、楓の背後から薄いグレーの作業用つなぎを着た男が歩いてきた。

 「シロは私の連れだ。入っても問題ない」

 楓がやや低い声で男に言う。

 「入っていいかどうかは俺が判断する………で、その結果、お前は入っては駄目だ」

 「私は内調から山本さゆりの調査で呼ばれた花橘楓だ」

 「いや、姫の事は俺だって知っているし、任務についても聞いている。だが、部外者であるこいつは入れる訳にはいかない」

 「……それは私の意見が聞けないという事か?」

 楓はそう言いながら精神を集中する。

 途端に周囲の空気が楓を中心に対流し始める。

 「ちょ……勘弁してくれ!俺はこの施設の保守を担当している者でランクDだ。あんたと戦うつもりは毛頭ねぇ!ただ自分の仕事を忠実にやっているだけだ!今から問い合わせるからちょっと待つくらいいいだろ!?」

 男は後ずさりながら楓に背を向けると、左手の通信機で確認を取り始めた。

 「楓、何だったら俺を置いて、先にさゆりの部屋の調査に行って来いよ?」

 志郎は規制テープの外側で腕を組みながら壁に寄り掛かっている。

 「駄目だ。もしも私が一人で調査に向かってシロの身に何かあったら、私は私を許せないだろう」

 そう言いながら楓はギュっと両手を握りしめた。

 その姿を見て、志郎は悟った。

 ──そうか……楓は今でも過去の事を悔いているんだな……。

 そう思うと、志郎はそれ以上何も言わず、ただ男の確認作業が終わるのを待った。

 するとすぐに男は「確認が取れた。入ってもいいぞ」と声を掛けてきた。

 「ありがとうございます」

 志郎はそう言って規制テープを跨ぐと、楓が目の前にやって来る。

 改めて体にフィットした特殊ボディスーツを目の当たりにして、目のやり場に困る志郎。

 「さあ、こっちだ」

 楓に促されて並んで廊下を歩き出す。

 すると奥の扉が1ヶ所だけ開かれている部屋があり、その周囲には数人の人影があった。

 さらに近づくと、徐々に焦げ臭い匂いがしてくる。間違いない、あの部屋が山本さゆりの部屋だ。

 楓は現場検証中の男たちに声を掛けた。

 「私は花橘楓。内調より調査依頼を受けている。現場の責任者は誰だ?」

 すると、室内にいたワイシャツに濃紺のスラックス、短めに刈られた髪はヘアワックスで立ち上げられたビジネスマン風の男が廊下までやって来る。

 「俺が責任者の岸本だ。この施設の保安課長をやっている……あんたが姫か?本部からは話を聞いている」

 そう言いながら手を差し出す岸本だったが、楓はそれを無視して質問する。

 「現状わかっている事を教えて欲しい」

 「あ、ああ、えーと……」

 岸本は出した手を気まずい表情で引っ込めると、持っていたタブレットを操作し始める。

 「……本日深夜2時23分、山本さゆりの自室より出火。同2時36分、駆けつけた職員により鎮火。出火時、ドアは施錠され、室内は無人。窓も施錠された状態だった。延焼範囲は玄関付近の床と壁、一部天井のみであり、特に床が激しく燃えた形跡がある事から出火元と断定。出火原因については調査中……」

 「消化したのは誰だ?」

 「私です」

 ドア付近に立っていた薄いグレーのつなぎを着た別の男が軽く右手を上げて応えた。

 先ほどの規制テープの男と同じ服……つまり、この男も施設の保守をしている者か。

 楓はつなぎを着た男に視線を向けると話しかける。

 「あなたは施錠されたドアをどうやって開けた?」

 「私は当直だったので、施設のコントロール室に詰めていました。警報と同時に出火場所が特定されるので、すぐに非常開錠ボタンを作動させました」

 非常開錠ボタンとは、火災や地震等の非常時に、室内に閉じ込められるのを防ぐため、全館の施錠状態を強制開錠するボタンである。

 「その後、あなたは山本さゆりの部屋に行き、ドアを開けた……」

 「はい。私が到着した時には、ドアの隙間から煙が廊下に流れ出していましたので、バックドラフトの可能性も考慮し、防御壁を展開しながらドアを開けましたが、幸い、炎はそれほど燃え広がっていませんでしたので、超能力で消化しました。」

 「その時見た炎の色は覚えているか?」

 「炎の色……ですか……?」

 楓の質問に考え込む男。どうやら当時の記憶を必死に思い出しているようだ。

 「確かに、言われてみれば普通の炎の色とは違ったような気がしますが……何色だったかと聞かれたら、ちょっと答えるのは難しいですね……」

 「……」

 楓はうつむくと無言で考え込んだ。

 そこに先ほどの岸本が口を挟む。

 「実は俺たちも姫と同じ事を考えている」

 「!?」

 楓は驚いて岸本を見上げた。

 「炎の色……つまり、何かしらの薬品もしくはそれに準じたものを使った化学反応による出火……おそらく姫はそう考えているのだろう?」

 「その通りだ。炎の色から使用された薬品の種類をある程度絞り込めないかと」

 「であれば、姫。貴女が一番疑われる立場である事も十分承知しているのでしょうな?」

 岸本の目が細くなる。

 だが、楓は顔色一つ変えずに淡々と語り始めた。

 「勿論だ。山本さゆりの部屋を訪れたのは私だけであり、その時に持っていたプリント用紙を室内に滑り込ませ帰宅。その後、玄関付近から出火、出火原因は科学反応によるものの可能性が高い……となればプリント用紙に細工があったと考えるのが妥当だろう」

 楓の言葉に大きく頷く岸本。

 「そこまでわかっているのであれば、この場ではこれ以上何も言うことは無い………姫、事務所まで同行願おう」

 「断れば?」

 「更に状況は不利になる」

 「……」

 楓は横目でちらりと志郎を見る。

 それに応えるように、志郎は咄嗟に口を開いた。

 「ちょ、ちょっと待って下さい!楓は犯人じゃありません!……あのプリントは最初、俺が持っていたんです。だけど、さゆりが留守だと聞き、楓が俺の代わりにさゆりの部屋へ届けに行ったんです。嘘だと思うなら、一連のやり取りがロビーの監視カメラに写っているはずなので調べてみて下さい。俺たちがここに来た時間はすでに把握しているはずですよね!?」

 志郎の訴えに岸本は近くにいた別の男を呼び、どこかへ向かわせた。おそらく監視カメラの確認に向かったのだろう。

 岸本は志郎に正対すると口を開いた。

 「君は主賓だな?……わかっているのか?これが証明されれば、犯人は君の可能性が高くなるのだぞ?」

 「わかっています。だけど、俺も犯人じゃありませんし、そもそも動機がありません。それにこれでも超能力者のことは良く知っているつもりです。こんな子供騙しの手口でランクBのさゆりをどうこう出来るはずが無いじゃないですか!?」

 「まぁ、それはそうだが……」

 岸本も腕を組んで少し考え込んだが、すぐに口を開いた。

 「よし、主賓も別室で事情を聴かせてもらおう……いいな?」

 「わかりました」

 志郎は返事をすると楓に視線を向ける。

 お互いに目と目が合い、軽く頷きあう。

 楓は志郎と離れ離れになる事が一番の不安要素だったが、志郎も同じ建物内で事情を聴かれる事になり、一先ず安心するのだった。

 「二人を拘束しますか?」

 一人の男が岸本に聞く。

 「その必要はない。もしも本気で姫が逃げるつもりだったら、とっくにこの施設は灰塵と化しているはずだ。さあ、行こう」

 楓と岸本は歩き始める。

 それを見ながら志郎は思った。

 ──犯人はどうしてこんな事をしたんだろう……。

 

 

 それから4時間後──。

 すでに太陽は昇り、出勤や通学の人々が道を往来している。

 「ふぁ~あ、くっそ眠い……」

 志郎は超能力施設別館の裏口から外に出ると、伸びをしながら大きなあくびをした。

 右隣りには制服姿の楓が何食わぬ顔で、肩に掛かった黒髪を右手で払っていた。

 「おい、楓」

 「何?」

 「お前……特殊ボディスーツはどうした?……と言うよりも、どうして制服を着ている?」

 「これ」

 楓はそう言いながら自ら背負っているバックパックを指さした。

 「ああ、なるほど」

 楓の背中を見た志郎は妙に納得した。

 バックパックにはカラビナのような金具でヘルメットが固定されていた。おそらく、特殊ボディスーツはバックパックの中だろう。

 用意周到な楓に舌打ちをする志郎。

 そこに黒色の大型セダンが目の前にやって来る。運転しているのは岸本だ。

 楓はバックパックを背中から降ろすと、後部座席のドアを開けて乗り込んでいく。

 そう、楓と志郎は急遽、内調……正確には榊原に呼ばれたため、本部へ向かう事になったのだ。

 志郎は改めて自分の姿を見る。

 ──Tシャツにスウェット。

 最近、内調に行くときはスウェット姿の時が多い気がする……。

 志郎はがっくりと肩を落とすと、楓に続いて後部座席に乗り込みドアを閉める。

 それを確認した岸本は、ゆっくりと車を走らせた。




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