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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
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接触

 哨戒ヘリコプターのベース基地としての役割を持つヘリコプター護衛艦は、各機から収集した情報をリアルタイムで処理し、ディッピングソナーによる敵潜水艦の捜索範囲を効率的に特定する事が出来た。

 捜索が完了した海域にはソノブイを並べて、あたかもバリアを張るがごとく海中からの敵の侵入を阻み、海上ではP3哨戒機や護衛艦が、潜望鏡を上げることを阻害することで敵潜水艦が簡単に作戦行動を取れないように目を光らせていた。

 

 「アメリカも撹乱目的で日本のEEZ内に多数の艦船を乗り入れて航行させていますが全く問題は無い、と連絡があったようです」

 「ほーい。了解!」

 報告に対して軽い返事で返す佐藤千佳。

 そんな千佳に対して親指を立ててニヤリとする小太りの男の名は田中天馬。『天馬』と書いて<かける>と読む。どうやら昔流行したキラキラネームとかいうものらしい。

 超能力者が戸籍を回復したのは一年前ほどであり、それまでは名前は無く、ほとんどの者がコードネームで呼ばれていた。

 以前は、2歳になると定期検診と称して全ての子供を対象に超能力因子の調査を行い、陽性だった子供は親から引き離され、研究所に強制収容されると共に戸籍を抹消されていたのだ。

 それが突然戸籍を復活され、一般人に戻れたとしても、生みの親の事は何も覚えていない超能力者にとって、親元に戻る者はほとんどいなかったし、親の方も受け入れを拒否するケースがほとんどだった。従って、超能力者には身内と呼べる存在もいなかった。

 だが、名前だけは親が役所に届け出たものを使っていたので、超能力者にとっても、そしてその親にとっても非常に複雑な思いがあった。そのため、希望があれば名前の変更を認められていたのだが、田中天馬は変更することなく親につけられた名前を使っていた。

 田中天馬はランクCの野良であり、一般社会にもある程度適合できたようで、コンビニでアルバイトをしていたところを千佳にスカウトされたらしい。黒縁のメガネにグレーのトレーナー、ノーブランドのジーパンに、これまたノーブランドの白いスニーカーを履いており、頬はニキビの跡が非常に目立つ。小太りで丸い顔ということもあり、千佳は田中の事を『月面』と呼んでいた。

 この月面こと田中天馬は、内調の専用回線をハッキングして情報を入手していたのだ。

 千佳たちは、新内閣府庁舎から少し離れた路上脇に停車している1台のワンボックスの中にいた。

 運転席には山本真一が座り、助手席には千佳がお菓子を食べながら、ホットパンツからすらりと伸びた足をダッシュボードに乗せてくつろいでいた。後部座席にはノートパソコンを操作している月面と、それを横目で見ている山本さゆりの姿があった。

 「千佳さん。こんな内調のすぐ目の前で何をしてるんですか?これじゃあ、見つけてくださいと言ってるようなものじゃないですか!?」

 さゆりはあからさまに不満そうな顔をしている。

 「うん!?いや、逆に見つけてくれって言ってるんだが?」

 千佳は後ろを振り向きもせず答えると、スナック菓子を口に運ぶ。

 さゆりは隣で汗をかきながらPCを操作する月面を見ながら続けた。

 「もう3時間以上もこんな感じじゃないですか………ただ内調の通信をハッキングするだけなら、あたし達兄妹はいらないじゃないですか!?」

 そう訴えながらも、月面側の窓ガラスが曇っていて外が良く見えないと考えていた。

 「山本妹、そうカリカリすんなよ。今は榊原にこちらの動向を気に留めてくれるようにしているだけだからな。あいつが何か企んでいるとしたら、あたしらが気になって簡単には動けないはずさ。所謂牽制ってやつだ」

 そう言いつつ、千佳は更にスナック菓子の袋に手を入れたが、すでに全部食べ尽くしたようだった。

 千佳は軽く舌打ちをすると、シフトノブに引っかけてあったビニール袋に、空となった時点でゴミと化したものを押し込み、代わりにお茶のペットボトルを手にしてゴクゴクと音を立てて飲んだ。

 外はすでに暗くなり、新内閣府庁舎いわゆる『本館』の窓からは電気の明かりが漏れていた。

 真一は運転席に座りながら、ルームミラーやドアミラーに視線を移しつつ、周囲の警戒を怠らなかったが、さゆりはまだ納得できないようで千佳に食って掛かる。

 「……だとしたら、尚更あたし達は不要じゃないですか。しばらくは戦闘になる事はないですよね?」

 そう言いながら、さゆりも後部座席で周囲に目を配っていたが、後ろの窓はスモークガラスとなっているため、暗くて外の様子が見えにくい。しかも、月面側の窓は曇っていたので全く外の様子はわからない状態だった。

 「そんな事より、ちょっといいか?」

 これまで無言だった真一が横やりを入れてきた。

 「なぁに?」

 千佳が飲んでいたお茶のペットボトルをホルダーに放り込んでから隣の真一に視線を向けると、真一は目を伏せたまま口を開いた。

 「ト、トイレに行って来ても……いいか?」

 ゴツイ体の癖に少し恥ずかしそうに聞く姿がさゆりの癪に障った。

 「兄貴!今はあたしが……!」

 「ああ、もちろんいいよ」

 さゆりの言葉を遮るように千佳が答える。

 「……ついでにお菓子の補充もお願いね?」

 千佳はそう言うと真一にウインクをする。

 「りょ……了解!」

 顔を赤くしながら返事をすると、勢いよく車から飛び出して行く真一。

 それを見て千佳がケタケタと笑う。

 「いやぁ、ホントあんたの兄貴って扱い易くて好きだわー」

 横目でさゆりを見ながら笑うが、さゆりはむっとしたままの表情で口を開いた。

 「あんまり兄貴の心を弄ばないでよね?」

 「はあ?なんであんたが怒ってんの?っていうか、弄ぶだなんて、そんな事考えた事もねーし!」

 つまらなそうに手を振って前を見る千佳。

 そのまましばらくの間、目の前の新内閣府庁舎の窓から漏れる明かりを眺めていたが、突然、千佳は背筋が凍るような感覚に囚われ、脳裏に何かの映像が強制的に再生される。

 色がないその映像は、直後の出来事を暗示する危険なものであった。

 「全員、すぐに車から離れろ!急げ!」

 千佳は大声で叫びながらドアを開けて外へ飛び出した。

 後部座席の二人もすぐに反応してスライドドアを開けて外に転げ出る。

 その直後──。

 ワンボックス車は大きな音を立てて一瞬のうちにぺちゃんこに潰れた。それはまるでプレス機に掛けられたように、綺麗につぶれていた。

 さゆりは路上に倒れ込みながらその光景を見てぞっとした。もしも千佳が声を掛けてくれなければ、間違いなく即死していただろう。

 ふと視線を千佳の方へ向けると、結んでいた金髪が解けて風になびかせながら、両手を腰に当てて上空を見ていた。

 「油断していたとはいえ、やってくれるじゃないか!?もちろん車は弁償してくれるんだろうな!?」

 千佳は高層ビルの光が眩しい上空に向かって話しかけていた。

 「そういえば……!」

 さゆりは思い出したように突然周囲を見渡した。

 「無い……車も……人も……!」

 あるべきものが無い──そう、気付くとこの辺一帯だけ人払いをされたように誰もいなかった。おそらく、内調が働きかけて立ち入り禁止の規制をかけたのだろう。

 「どうしてこの事に気が付かなかったのよ!!」

 さゆりは自分自身に腹を立ててアスファルトを叩いて悔しがったが、月面の汗のせいで車内の窓ガラスが曇っていたから外の様子がわからなかったんじゃないかと思いながら、ふと我に返って千佳を見ると、相変わらず上空を見上げていた。

 ──上?……まさか……!

 さゆりはすぐに立ち上がると、精神を集中して防御壁を展開した。

 だが、自分の力ではこんな事をしても意味は無いと感じていた───そう、それは圧倒的な力の差なのだ。

 「………ユニークスキル『浮遊』使い……ランクA、小野寺可憐……!!」

 さゆりは無意識につぶやいていた。

 すると上空からすーっと一人の少女がツインテールの銀髪をなびかせながら降りてきた。

 上下とも小豆色のジャージを着たその娘は、胸の前で腕を組んだ姿勢で暗闇の上空から姿を現すと、地上3メートルほどの高さで停止した。

 少女は不敵な笑顔で千佳を見下ろしたまま口を開いた。

 「さすがはランクAだけの事はありますね、佐藤千佳さん。よく私の攻撃をかわしました───ですが、かわすことは予想していましたよ?だって貴方には『予知』能力がありますからね?」

 少女の姿には似合わない大人の色気がある声で千佳に話しかける可憐。

 「そうかい!?そんなことよりもどうなんだ!?車は弁償してくれるのか!?」

 千佳は『どうしていきなり攻撃してきたのか?』よりも、先ずは車の保障の方が優先順位は高いようだ。

 「面白い方ですね?………わかりました。内調に請求書を送っていただければ対応いたしましょう」

 「ちっ!壊しておいてなんて態度がデカいガキだ!………で!?あたし達に何の用だい?」

 千佳は吐き捨てると本題に入った。

 「いえいえ、今回はご挨拶に伺ったまで……今後あまりチョロチョロされては困りますので」

 「挨拶の度に車を壊されたんじゃあ、こっちはたまんねーんだよ。小野寺可憐!」

 「外見は子供でも実年齢は貴女よりも上です。言葉使いに気を付けていただきましょうか?」

 「だったら、もう少しお淑やかに登場してもらいたいものだな!?オ・バ・サ・ン!」

 ピクン!可憐の左の眉が跳ね上がった。

 「どうやらこの場で殺されたいようですね?佐藤千佳さん?」

 そう言いながら精神集中を開始する可憐。

 「ヤベ……調子に乗り過ぎたか……!?」

 千佳は振り返って味方を確認する。

 月面はノートPCを手にして歩道に座り込んでいて、さゆりは車道の真ん中で防御壁を展開している。そして千佳は潰れた車の前方で可憐と対峙しており、見事に三人ともバラバラに分断されていた。

 「おい!一ヶ所に固まって防御壁を展開しろ!」

 千佳の声に二人が駆け寄ってくるがもう遅い。

 野良は特殊部隊のようにチーム戦の訓練を受けた訳では無い。今回のような緊急事態が発生すると、どうしても個々で対処しようとしてしまう。

 千佳も防御壁を展開するが、可憐の方が先に精神集中に入っている分、向こうの方が有利であった。

 可憐の周囲にはまるで魔法陣のような紫色の光が浮かび上がっていた。

 「超ウケる!……あれじゃあ超能力者というよりも魔女の方がしっくりくるだろ……!」

 目を丸くして言う千佳のコメカミを一滴の汗が流れ落ちる。

 可憐を中心に円状に展開されるプラズマが時折バチバチと発光する。

 その瞬間、再び千佳の『予知』能力が発動し、強制的に予知映像が脳裏に再生される。

 「私と同じランクAの能力を持つ者、佐藤千佳。この攻撃を受けるがいい!」

 可憐の言葉と同時に、次々とプラズマの矢が3人に向かって降り注いだ。

 だが、千佳は微動だにしなかった。そして、改めて精神を集中する。

 可憐が次々と放ったプラズマの矢は3人の頭上で四散し、完全にブロックされていた。

 青白い光が空中で瞬き、その都度3人の影が地面に現れる。

 「な、何故……!?」

 可憐は驚きを隠せずにいた。確かに今の攻撃は全力ではない。だが、手を抜いたつもりもない。正真正銘、ランクAとしての本気の攻撃だった。それを、こうも完全にブロックされるとは思ってもいなかったのである。

 「どうやら間に合ったようだな!?」

 「!!!?」

 その場の者達が一斉に声の方を見ると、そこには左手にお菓子が詰まっているビニール袋を下げた真一の姿があった。

 真一はランクBながら、防御に特化した能力を持っており、その防御壁を破る事は至難の業と言われていた。だからこそ可憐は、真一がいなくなった隙を狙って襲撃したのだ。

 「残念だったな。俺の防御壁は誰にも破る事は出来ん!」

 そう豪語し防御壁を展開しながら3人に合流する真一。

 「何言ってんの兄貴!?一年前、花橘楓に右腕ごと防御壁を吹き飛ばされたじゃない!?」

 さゆりはそう言いながら真一の右腕の義手を人差し指で突く。

 「まあ、姫は別格だからな」

 真一はそのままさゆりの横を抜けて千佳の隣に並ぶと、すぐに千佳の心意を悟った。

 千佳は両手を勢いよく斜め上に向かって突き出した。

 それに合わせるように真一は防御壁を解除する。

 十分に精神集中した千佳から放たれた衝撃波は、周囲の空間を歪ませながら突き進む。

 咄嗟に防御壁を展開した可憐だったが、十分に精神集中できていなかった。

 「!!!」

 衝撃波は可憐の右半身を掠め、そのまま直進し高層ビルのすぐ横を通過し、上空の雲にぽっかりと大穴を空けていた。

 掠めただけと言ってもその威力は凄まじく、可憐は体ごと吹き飛ばされ、地面に叩き付けられてゴロゴロと転がっていた。

 「おーい。派手に墜落したみたいだけど大丈夫かー?」

 千佳は口に手を添えて倒れる可憐に声を掛ける。

 可憐はすぐに起き上がると、肩に掛かったツインテールを左手で後ろへ払って歩き出す。

 「ほー。無傷か……?」

 千佳は驚きの声を上げた。

 3メートルもの高さからアスファルトに叩き付けられたのだから、いくら可憐といえど、少しはダメージを負っていると考えていたのである。

 「佐藤千佳……わざと外すとは味な真似をしますわね……」

 可憐も歩きながら千佳の攻撃に舌を巻いていた。

 もしもあの攻撃が直撃していたら、さすがの可憐も只ではすまなかっただろう。だが、その衝撃波はそのまま高層ビルに直撃し、多くの人命が失われる事になっていたはずだ。佐藤千佳は、わざと外すことで高層ビルへの直撃を避けたのだ。

 「わははは。あたしは別にあんたと本気で戦争をしようとは思ってないんでね………それはあんたも同じだろ?」

 「ふっ………違いないわね」

 可憐は再び『浮遊』を使い地面から10センチほど浮き上がると、すーっと平行移動して来る。

 それを見てさゆりが真一の後ろから小声で話しかける。

 「ちょっと兄貴。アレ、どう見ても幽霊にしか見えないんですけど……?」

 「やめとけ。聞こえたら今度こそ殺されるぞ?そうしたらお前の方が本当の幽霊になるな?」

 真一の会心のジョークにさゆりは舌打ちで返すと、再び後ろに下がった。

 可憐は千佳の目の前でピタリと止まると口を開いた。

 「これから日本にとって大事な戦いが始まります。あなたたちは大人しく見ていて下さい。さすれば現在の生活と安全を約束しましょう」

 「だから、どうして上から目線で言って来るんだ?あたしの人生をあんたに約束されるいわれはない!それに今、日本に必要なのは戦いではなく協調だ!どうして榊原さんは世界と戦いたがっているんだ!?」

 「世界が日本に戦いを挑んでくるからです。日本は『神の鉄槌』の被害もなく、『超能力戦争』における問題も問われず、天然資源と超能力の強大な力を独占している状態です。世界各国から見れば、日本は脅威でしかないのです」

 「その通りだ。恐怖心は攻撃感情を生み、世界各国は日本へ憎悪を向けようとしている。それがわかっていてどうして戦いの道を選ぶんだよ?」

 「それは簡単な事……日本国内において、これまでも繰り返されてきたから貴女もわかるはず……」

 可憐は目を閉じると続けた。

 「……結局、人は超能力者を戦争の道具に使う事しか出来ないのよ。ロストテクノロジーという現状において、一番手っ取り早く他国より優位になれる……しかも、これまでの最新テクノロジーよりもランニングコストは驚くほどかからないはずです」

 この可憐の発言に、千佳は指を差して問う。

 「あんたは戦争の道具になっても良いというのか!?先の超能力戦争は、その思想を壊すために行われたものだったはずだ!そこを妥協したら超能力者に全うな人間になる事なんて夢物語になってしまうんだぞ!?」

 「しかし、現にほとんどの超能力者は一般生活に適応できずに苦しんでいるではないですか?……私たちが生み出された理由は、結局のところ『軍事兵器』にほかならないのです。そして、私たちの能力を一番発揮出来る場所……それもやはり軍事活動なのです。つまり、求めるものと求められるものの思惑が合致するのが超能力者の軍事利用なのです」

 「ふ ざ け ん な ! !」

 千佳が大声で怒鳴る。

 「じゃあ、あの超能力戦争は何だったんだ?あの時流された超能力者の血は何のためのものだったんだよ!?………生き残ったあたしらがあっさり諦めたんじゃ、死んで行った者達に合わせる顔がないじゃんかよ!?」

 「諦めてはいません」

 「な……に……!?」

 可憐の意外な返答に戸惑う千佳。

 「諦めてはいませんと言ったのです……」

 可憐は表情を変えずに繰り返し言うと、更に続けた。

 「私は榊原さんの本心まで読むことは出来ません。ですが、恐らく榊原さんは『超能力者による世界統治』を目指しているのだと思います」

 「世界統治だと!?それは『世界征服』ってことだろ!?いいか?人間がいなければあたし達は生きて行けないんだぞ!?今ある世界は人間の世界だ。人間があってこそ成立する世界なんだ!」

 「だからこそ、超能力者が新たな世界を再構築するのです。超能力者と人間が共存できる世界を……」

 「そのために戦争をするというのか!?」

 「今の世界には超能力者が住める場所はありません」

 「それが榊原の考えなのか?」

 「……はい」

 それを聞いて千佳は一歩前に出て叫んだ。

 「じゃあ、あんたはどう考えているんだ!?本当にそれでいいと思っているのか!?小野寺可憐!」

 可憐は目を開けると寂しそうに千佳を見つめた。

 「私は榊原さんについて行きます。そのためであれば、何でもする覚悟です」

 「ちっ!話は決裂のようだな。もう戻れ、小野寺可憐。だが、忘れるな………超能力者ありきの世界を造るという事は、これからも非人道的な超能力研究が継続されるという事なんだからな!?そんな事が許されてたまるか!」

 「………」

 可憐は無言のまま上昇して行くと、暗闇の中に消えて行った。

 「あいつ……全てを理解した上で榊原を助けるというのか………」

 千佳は空を見上げ、可憐の寂しそうであり苦しそうだった表情を思い出しながら呟いた。

 「これは貧乏くじを引いたかな……?」

 頭をポリポリ掻く千佳のもとに、3人のメンバーが集まってくる。

 千佳は全員の顔を見渡すと、口を開いた。

 「さて……車があんな事になった訳だけど……」

 そういうと、涙目で叫んだ。

 「どうやってここから家に帰ればいいのよぉおおお!!!」

 千佳の声は暗闇の中、むなしくこだました……。

 

 ◆

 

 

 小野寺可憐は、自販機コーナーに設置された椅子に腰かけ、缶コーヒーを飲むとやっと一息つくことが出来た。同程度のランカーと対峙するのは久しぶりであり、しかも相手は『予知』能力を持つ佐藤千佳だ。さすがに可憐と言えども、知らずと緊張していたのだろう。その幼い容姿とは不釣り合いなブラックコーヒーを一口飲むと、ふーっと息を吐いたのだった。

 「どうでした?第4部隊の皆さんは?」

 突然声を掛けられたが、可憐は特に驚く事も無く横目で声の主を見ると、そこには榊原が立っていた。

 可憐は今度は驚いて椅子から飛び降りると頭を下げた。

 「す、すみません!少し考え事をしておりました!」

 「いや、別にいいのです。休んでいる所を声を掛けてしまって逆にすみませんでした」

 榊原はそう言いながら自販機にお金を入れると、カフェオレのボタンを押す。

 ガシャと缶コーヒーが落下する音が響く。

 「……で、第4部隊の様子はどうでしたか?」

 缶コーヒーを取り出すと、可憐の隣に座る榊原。

 「佐藤千佳はさすがに手強いです。一筋縄ではいかないでしょう。そして、先の超能力戦争でも活躍した山本兄妹……あの二人もかなりのものです」

 「でも、ちゃんと忠告はしてきたのでしょう?」

 缶をよく振ってからプシュという音を響かせて蓋を開ける榊原。

 「勿論です……しかし、もしも第4部隊と戦うことになった場合、苦戦は免れないと思います」

 「ふむ……」

 榊原はコーヒーを一口飲むと続けた。

 「消耗戦は避けたいですね。我々の敵は第4部隊じゃない……」

 「ですが、必ず我々の前に現れると思われます………第3部隊はどうでしょうか?」

 「月光院ですか?……今は月光院家当主、豪太氏の回答がはっきり出る前のドサクサに紛れて出撃してもらっていますが、相手が第4部隊となると、戦う理由が無いので拒否される可能性があります」

 「………」

 可憐は黙ったまま缶コーヒーを両手で握っていた。

 榊原は、可憐が第4部隊を危惧する気持ちは良くわかっていた。佐藤千佳が強いのは当然として、恐らく山本兄妹の存在が可憐を不安にさせているはずだった。

 山本兄妹は先の超能力戦争の時に、朝鮮の超能力軍をたった二人で撃破し、あの花橘楓と二度に渡って戦い、何であれ無事生還したのだ。それ以外にも、幾多の戦場を経験する事でランクだけでは測ることが出来ない戦闘スキルを持っているのだ。

 ───だが、そんな存在など、まるで無意味と言わんばかりの最強の超能力者がいる。

 「花橘楓……」

 可憐は無意識でつい口に出していた。

 「可憐さん……その名前は……」

 「すみません!何でもありません!気になさらないで下さい!」

 ハッと我に返った可憐は、椅子から飛び降りると何度も頭を下げた。

 「いえ、そんなに謝らないで下さい。別に悪い事を言ったわけじゃないのですから」

 榊原は可憐の両肩に手を乗せる。可憐はそーっと顔を上げると、無精髭の男がニヤリとしていた。可憐もニコリと笑うと再び椅子に飛び乗った。

 「──にしても花橘楓に手を出すのは危険です……」

 榊原は可憐が椅子に座ってこちらを見たのを見計らって口を開いた。

 「……もしも主賓……佐藤志郎から無理に引き離して、或いは主賓を人質にして我々の陣営に組み入れると、花橘楓は能力を暴走させる可能性があります。あの二人の望みはただ一つ、『普通の暮らし』です。なるべくそっとしておくのが良いでしょう」

 榊原としても楓の恐ろしさは嫌と言うほど理解しており、出来れば関わり合いたく無いのだ。

 「おしゃる通りだと思います。───ただ、あの力を我々以外の者の手に落ちる事だけは避けなければなりません。実際、主賓は米国の諜報員に狙われたのですから……」

 「いや、まあ、そうですけど、あの花橘楓に勝てる者などこの世にいませんよ。それが誰であれ、主賓に手を出した時点でその者には死が待ってますからね。主賓を人質にして花橘を手籠めにするなんて、あまりにも軽率な行動と言わざるを得ません。少なくとも現時点ではね」

 「それはそうなのですが……」

 どうも可憐は何かを心配しているようだったが、本人もまだ漠然としたものであって、その理由がはっきりしていないようだった。

 「ふむ……では、何か懸念事項があったらその時点で私に知らせて下さい。それでいいですか?可憐さん?」

 「は、はい。そうさせていただきます」

 可憐の言葉に榊原は頷くと、持っていた缶コーヒーを一気に飲み干してゴミ箱に入れた。

 「それでは私はこれで失礼しますよ」

 榊原はそう言って軽く手を上げると、すでに省エネ対策で電気が消された暗い廊下を歩いて行った。

 可憐はその後ろ姿をいつまでも眺めていたが、頭の中は志郎と楓の事で一杯になっていた。

 ──主賓や姫に直接手を出すのは無理だ。では、姫に手助けしてもらうように頼むのはどうか?……これも無理だ。主賓の生活を守る事を最優先に行動している姫にとって、それを阻害するような要請は全て却下されるだろう。

 では、主賓に頼むのはどうだろう?……いや、それもかなり難しいだろう。

 頼みごとはどうしても主賓の『普通の生活』を阻害する内容となるので、主賓の意向に反するし、姫も了承しないだろう。

 やはり、二人の心配をするのは杞憂なのだろうか?

 それでも可憐の心配は払拭されずモヤモヤした気持ちのままであったが、すぐに本来の持ち場である東京湾沖に向けて出発する必要があった。

 可憐は缶コーヒーを持ったまま『浮遊』によって床から10センチほど浮き上がると、すーっと滑るように廊下を移動するとエレベーターに乗った。最上階までこのままエレベーターで上がり、屋上で待機しているヘリコプターで現場まで移動する手筈となっている。

 「佐藤千佳はしばらくの間動けないはず……ならば、今は目の前の作戦に集中すべき……」

 可憐は自分に言い聞かせるように呟くと、きっと前だけを見つめた。

 

 

 一方、佐藤千佳は可憐の読み通り動けなかった。

 「あたしのバッグ、この鉄塊の中なんですけど……」

 無残にも潰れた車の前で途方に暮れる千佳。

 その隣で跪いて涙目のさゆりが震える声で呟いた。

 「あ……あたしも……この中にバッグが……」

 そう言いながら、鉄塊と化した車に手を伸ばす。

 真一は二人の様子を見ながらため息をつくと口を開いた。

 「二人とも離れて。車を引き伸ばしてみる」

 そう言うと精神集中に入った。

 「どうせ、タブレットやカード類は使い物にならないわよ」

 千佳が右手を振りながら吐き捨てるように言うと、さゆりがその腕をガシっと掴んで叫ぶ。

 「で、でも……現金!……現金だけは無事じゃないですか!?」

 必死の形相のさゆりを見て、千佳も頷く。

 「た、たしかに、硬貨はさておき紙幣であれば無事の可能性は高いかも……!」

 ベキベキベキッ!

 真一の超能力によって、強引に鉄塊が引き伸ばされ、屋根と思われる部分がゆっくりと持ち上がって行く。

 塗装が剥がれて周囲に弾け飛び、割れたガラスがバラバラとアスファルトに落下する。ガソリンやオイル等の液体がダラダラと流れ出る。

 千佳が遠巻きに完全に潰れた自分のバッグを発見し、超能力で自分の手元までバッグを移動させると、早速中身を確認しようとする……が、革製のバッグは潰れたままの形で固まっておりビクともしない。

 仕方なく超能力でバッグを引き裂いて中身を強引にほじくり出したが、予想通り紙幣以外の物は使い物にならない状態だった……いや、その紙幣でさえ、何かの液体が付着したらしく、ベトベトのドロドロ状態でこのままでは使う事は出来なかった。

 千佳はガクリとうな垂れながら視線を隣に動かすと、同じくうな垂れるさゆりが視界に入った。

 「へ、部屋の鍵が……これじゃあ、帰っても部屋に入れない……」

 どうやらさゆりは部屋の鍵をバッグに入れていたらしく、おかしな方向に曲がっていた。そんなさゆりの姿を見て、千佳は慌てて自分のホットパンツのポケットに手を入れると、手にはいつもの自宅の鍵の感触が伝わってきた。

 「ほっ……あたしは大丈夫だ……」

 うっかり声に出した千佳に対して、さゆりは鋭い眼光を向けた。

 「やべ……!」

 千佳はすぐに口を押えたがもう遅い。さゆりは不気味な笑みを浮かべてふらふらと千佳に近づく。

 「あたし……これからどうすればいいの……?千佳さぁん……教えてよぉ……」

 「ひっ……!」

 千佳はすぐに後ろに飛び退けると、右腕を上げて叫んだ。

 「はい!それでは第4特殊部隊、今日はここで解散!また連絡するのでその時はよろしく!では!」

 そう言うと、凄まじいスピードで走り去った。おそらく超能力を使ったと思われる。

 「それじゃあ僕も帰ります。お疲れ様でした」

 月面はペコリと頭を下げると、ノートPCを小脇に抱えテクテクと駅に向かって歩き出した。その背中にはリュックが背負われていた。

 「そういえばあいつ……車内でもずっと背負っていた……」

 さゆりはそう呟きながら月面の背中を睨み付けていたが、すぐにガクリと首を垂れた。

 そこに真一がやって来ると右手でさゆりの肩をポンと叩く。

 今回は作戦行動という事もあり、真一の義手は特殊合金でできたものだったので、ポンと叩かれたさゆりは肩を脱臼しそうになるくらいの衝撃が襲った。

 悲鳴を上げてその場にうずくまるさゆり。

 「あ、忘れてた」

 「忘れてたじゃないわよ!バカ兄貴!」

 猛然と立ち上がると、真一の胸倉を掴みあげるさゆり。

 「もう少しであたしも義手になる所だったじゃないのよ!」

 「悪かった。そんなに怒んなよ。さあ、俺たちも帰ろうぜ?」

 「でも、あたし部屋の鍵が……」

 胸倉を掴んだ手を緩めて真一を見るさゆり。

 「旧同盟本部には空き部屋がたくさんあるから、どうにでもなるだろ。帰りの交通費は俺が出してやるよ」

 「兄貴……」

 「ついでに久しぶりにどっかで飯でも食って帰ろうぜ」

 そう言いながら山本兄妹は駅に向かうのだった。






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