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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
3/22

思惑

日本は超能力に関する全ての情報を最重要機密事項として国で厳しく管理し、特に他国への情報流出には気を配っていた。一方で、超能力者に人権を与えたことで、超能力者が簡単に一般人と交流することが出来、海外へも行くことが可能となったため、今までよりも情報が漏えいしやすい状況となった。

 そこで日本は出入国を厳しく規制し、一般人を含め海外との接触を断ちきった。

 これにより、現在日本で暮らしている者達は海外へ行くことが出来なくなるばかりか、輸出入に関しても規制が掛けられていたため、ほとんどの物を日本国内で賄う必要があった。

 しかし、今は大陸の主要国のほとんどが滅びた世界だ。こんな状況ではわざわざ海外に行く必要性もほとんど無く、日本周辺の海に眠る石油や天然ガスの開発によって、今や日本は世界有数のエネルギー大国であるため、基本的には輸入に頼らずに暮らすことができ、鎖国状態であっても全く問題が無かった。更には、現在は朝鮮半島と中国の領土も日本が管理しているため、国内で不足している物資は大陸から調達することも可能であった。

 だが、この状態が良いと思っているのは、当事国である日本だけであり、今や日本の周辺には敵しかいない状況であった。

 

 

 昼過ぎ──志郎は一週間の入院生活を終え、久しぶりに花橘家に帰ってきた。

 入院した時は上下ともスウェットを着ていたが、楓に着替えを持ってきてもらったので今はTシャツにジーンズ姿だった。

 花橘家の正面門はすでに復旧されており、お城の門のような威圧感たっぷりの門が志郎を出迎えてくれたが、実際に出入りするのは門の横にある通用口だ。

 隣にいる楓が通用口のドアを開けると、扉を押さえた状態で志郎を手招くので、志郎は通用口から門を通って正面玄関までのアプローチに出る。

 とてもここに自動車が突っ込んだとは思えないほど綺麗になっていた。っていうか、一週間前はこんな感じだったっけ?

 歩きながら首を傾げる志郎を見て、楓が口を開いた。

 「壊れた箇所を修繕するついでに全体的に改修工事をした」

 「だよな!?この玄関までのアプローチだって、以前はこんな大きな石がランダムに埋められた感じじゃなかったし、そもそも門だってかなり大きくなってないか!?いや、それよりもこれを一週間でやってのける日本ってスゴくね!?」

 「それだけじゃなくて、セキュリティも強化されている。特にシロに対してはかなりセキュリティレベルをアップした」

 抑揚が無い楓の話し方ではその凄さがイマイチ伝わりにくいが、おそらくかなり変わっているのだろう。

 ワクワクする気持ちを抑えてポーカーフェイスをきめていたが、体は自然と早足で自分の部屋に向かっていた。

 玄関からリビングを抜けてドタドタと階段を上がると、自室のドアの前に立つ志郎。今の段階では一週間前と何ら変わりなはいいつものドアだ。

 志郎は深呼吸してからドアを開けてみると………!!

 ──はっきり言おう。何も変わっていない。

 「おい、楓」

 「なに?」

 志郎の背後から返事をする楓。

 「これ、どこが変わったんだ?」

 「部屋の模様替えをしたとは言ってない。私は『セキュリティレベルをアップした』と言ったはずだ」

 おう、確かにそう言った。だけど、あんな事があった後だから、部屋もすごい事になってると思うだろ?普通。

 「あんだよ。期待して損したなぁ」

 志郎はそう言いながらうつ伏せでベッドに倒れ込んだ。すると、すぐ隣で楓もベッドに倒れ込む。

 何で楓まで俺のベッドに倒れ込むんだよ!?……と思いながらチラ見すると、すぐ目の前に楓の顔があって思わず飛び退く。

 「お、おい、楓!ベッドの上は俺の聖域だ!さっさと降りろ!」

 「何を今更照れている? 今後は風呂やトイレにも同行するというのに……」

 「た わ け が っ !」

 つい古風な言葉を使う志郎。

 「俺のプライベートタイムが無くなるじゃねーかよ!」

 これを聞いて楓はむくっと体を起こすと、そのままベッドの上で正座をする。

 「でも、さっき言ったはず」

 「あにを!?」

 「『シロに対してセキュリティレベルをアップした』って……」

 「………」

 志郎は楓本人による『セキュリティレベルのアップ』を真っ向から拒否すると、そのまま楓を部屋から追い出してベッドの上でひとりくつろいでいた。

 そして、病室で楓が言った事をもう一度考えてみる。

 『朝鮮が俺を拉致して超能力者のクローン化に成功した………その情報が他国に流れ、俺を狙う者が増える可能性がある』

 それが本当だとすると、のんきに学校になんて行ってられない。下手に表に出ると一般人を巻き込む可能性だってある。

 しばらくの間は家から出ない方がいいかも知れない。だが、そうなるとまた花橘家に迷惑がかかってしまう。いくら大金持ちだからって、他人である俺のせいで家がめちゃくちゃにされてはたまらないだろう。

 そう考えると、一番安全な場所は内調の研究所って事になるが、どうも内調という所は信用できない。

 実際、超能力戦争の時だって、内調に所属していた超能力者に何回も殺されそうになった。

 当時の内調はクーデターの犯人の根城だったという事もあるだろうけど、恐らくそれより以前から権力をかさに好き勝手していたに違いない。

 「あーあ、こんな訳のわからん事を考えてたら頭が変になるっての!」

 突然ベッドの上でガバッと起き上がると、おもむろにクローゼットからワンショルダーバッグを取り出し、そこへ財布とスマホを放り込んで背中に斜め掛けする。

 無言のまま玄関へ向かい、靴を履いて早足で門の通用口から外に出る。

 「シロ、どこに行くの?」

 「わあ!?」

 突然耳元で声がしたので驚いて振り向くと、そこには学生服姿の楓が立っていた。

 ちっ!気が付いたか………いや、待てよ!?

 ふと志郎は楓のしなやかで美しい脚を見る。

 「どこを眺めているの?シロ?」

 楓はそう言いながら志郎の後頭部に白のリングシューズで踵蹴りを食らわせたため、アスファルトに顔面から叩き付けられる志郎。

 「い、イテェ……」

 だが、間違いない。

 こいつ───リングシューズを履いて俺を外で待ち伏せしてやがった!

 楓は「ふん」と鼻を鳴らすと続けた。

 「シロ……あなたの考えは単純だから全てお見通し」

 跪く俺を、腕を組んで冷ややかな目で見下ろす楓。

 ドSの男であれば嬉しいシチュエーションかもしれんが、生憎俺はフルノーマルだ。

 志郎は立ち上がりながら口を開く。

 「部屋に引き籠っていたら体に悪いからな。ちょっと街に出て気晴らしでもと思ったんだよ」

 そう言いながら服に付いたホコリや汚れを手で払う。

 「そう思って待ち伏せしていた」

 「そうかよ」

 志郎は最寄りのバス停に向かって歩き始める。

 すると楓も志郎の右隣を一緒に歩く。

 『ぉぉーぃ…』

 「街に出ると言っても、駅前あたりをぶらぶらするだけだぞ?」

 志郎はやけにくっついてくる楓を引き離しながら言う。

 「たとえ駅前であっても一人で行動するのは危険」

 楓も頑として志郎の右腕を掴んだまま離さない。

 「ちょ……楓、歩きにくいんだよ」

 『ぉぉーぃ!』

 「でも、こうしないと危ないから」

 楓と志郎の右腕の取り合いが始まった。

 その時──。

 「!!!」

 楓が突然本気で力一杯腕を引いたので、楓に抱きつくように体制を崩す志郎。

 そのタイミングで衝撃波が直撃し、後ろに吹き飛ばされる志郎。

 「ぐはぁ!」

 歩道に転がる志郎に向かって「ちょっと……」と言いながら、セーラー服の少女が駆け寄る。

 「……花橘を狙ったのに、どうして庇うのよ!?」

 どうやらさゆりは超能力で衝撃波を放ってきたようだ。

 「ゲホ……庇ってねぇ……ゴホ……楓が俺を……盾に……」

 すると、楓が志郎を見下ろしながら言った。

 「私は志郎の護衛。わざとそんな事をする訳が無い」

 楓の抑揚が無い言い回しは、この時ばかりは嘘っぽく聞こえる。

 「どうであれ、さっきから呼んでるのに無視するから悪いのよ!」

 さゆりはそう言いながら右手を差し出す。

 「さ、早く立ちなさいよ。このままだとあたし達があんたをイジメてるみたいじゃない」

 「実際、そうだろ」

 志郎はさゆりの手を取って立ち上がる。

 「にしても、どうしてさゆりがここに?」

 そう言いながら、再び服のホコリや汚れを手で払う志郎。

 「どうしてって、退院したらすぐに学校に来るって言ってたじゃない………ってちょっと。志郎!」

 「ん!?」

 「ん、じゃないわよ!あんた私服って事は、全然登校する気が無かったんじゃないの!?」

 そう言いながら志郎の胸倉を締め上げるさゆり。

 「あんた、あたしに嘘ついて只で済むと思ってんの!?」

 「ちょ……」

 「そのへんにしておけ。山本さゆり」

 楓がさゆりと志郎の間に割って入る。こういう時、抑揚がない口調はとても怖く感じる。

 「ちっ。命拾いしたわね。志郎……」

 ……こいつ、殺す気だったのか?

 さゆりは腰に両手を当てる。

 「……学校に来ないなら来ないで、連絡くらいくれても良かったんじゃない?これでもあたしは二人の監視役なのよ?」

 「ああ、そうだな。悪かった」

 志郎は服を整えながら楓のように抑揚がない口調で死んだ目をしながら言う。

 「それじゃあ、改めて……」

 さゆりはそう言いながら志郎の左腕に自らの腕を絡める。

 「これからどこに行くの?」

 「………」

 志郎にとっては全然気晴らしにならない時間が訪れるのだった。

 

 

 「あいつ生意気にも悩んでるみたいなのよねー」

 ここは旧総合病院で元反政府同盟の本部、今は内調管轄の超能力者用の施設として運用されている通称『別館』と呼ばれる建物で、その中にある山本さゆりの部屋だ。

 基本的には第3、第4特殊部隊および野良のための施設であるが、第3特殊部隊は月光院家が用意した別の施設に常駐しており、第4特殊部隊はまだ結成されていないので、広い館内は閑散とした状態であった。

 従って、前々からこの施設を閉鎖して民間へ売却するという話があったが、月光院家が改修費用を全額負担して綺麗にした施設であるため、内調の独断で売却することが出来ない状態だった。

 もともと病院だったこともあり、生活する上では結構快適である。ちょっと夜になると不気味なのだが……。

 かなり広いさゆりの部屋には自分の物がほとんど無く、がらんとした部屋にベッドが一つ置いてあるだけだった。

 ベッドの脇には縦長の棚が置いてあり、下の段には小さな冷蔵、上の段には鍵付きの引き出しにライティングデスク、さらに可動式の液晶テレビが取り付けられており、これらの設備は元々この病室にあったものをそのまま使っていた。

 さゆりはTシャツにパンツ1枚というあられもない姿でベッドに寝そべりながら、兄の真一と電話していた。

 「誰って、志郎に決まってるじゃない」

 超能力者は基本的にはいつも一人だ。

 物心ついた時から検査が終わると、狭く何もない一人部屋に入れられる。検査の時以外は部屋から出ることはできなかった。『友達』というものは概念として理解しているだけで、特に必要な環境では無かった。

 そんな超能力者であるさゆりが、別の誰かとおしゃべりする相手と言ったら兄しかいないのだ。

 いや、もう一人いる………今、話題に上がっている志郎だ。

 先の超能力戦争の時、楓に代わって志郎を敵の魔の手から守ったあの時………最初は心を閉ざしていたさゆりだったが、一緒にいる時間が長くなるにつれ、志郎に対して徐々に打ち解けて行ったのだった。

 「今日二人でデートしたんだけど、そん時に悩みを打ち明けられちゃってさぁ……え?学校?そんな所に行かなくたってあたし頭いいから大丈夫!それよりもさぁ、志郎の悩みの話なんだけど……何よ。人の悩み事を勝手に兄貴に話してもいいのかって!?うーん………確かに、私に相談してくれたことを言いふらすようなマネは良くないか……」

 人差し指で頭をぽりぽり掻くさゆり。

 「でもその場には花橘もいたから秘密って訳ではないのかも………は?……花橘がいたなら二人でデートした訳では無いだろうだって?……兄貴は女心ってのがわかってないし、さっきから全っっ然、話が進まない!もういい!」

 スマホに向かって怒鳴り散らすと電話を切るさゆり。

 両手を頭の後ろに回して天井を見上げる。

 「あいつ……学校にはもう行かないって、本気で言ってんのかな?………あいつがもしも内調に保護を要請したら、もう監視という名目であいつと会う事も出来なくなる……」

 この施設から花橘の家までは超能力を使えば10分ほどで着く距離だ。

 だが、今はそれ以上に志郎が遠く感じられた。

 「何とか思い留まってくれたとしても、また花橘家を含めて一般人に被害が出たら意味は無い……か………」

 さゆりはゴロンと横になるとため息をつく。

 「あいつのせいで、どうしてあたしまで悩まなきゃならないのよっ!?」

 

 

 金髪をアップにし、メガネをかけ、紺のスーツを着たインテリ風の女性が、タブレットの画面を操作しながら口を開いた。

 「ジャパンに潜入した工作員は作戦開始から5分も経たずに全滅しました。ターゲットは超能力者によって守られている模様です」

 壁のスクリーンには花橘家を衛星から撮影した俯瞰画像が映し出されている。

 「やはり超能力者が相手では、いかに凄腕の工作員といえども荷が重すぎたか……」

 革張りの大きな椅子に体を埋めて首を振る大統領。

 「……ジャパンにいる工作員はあと何人だ?」

 大統領に問われて素早くタブレットを操作する女性。

 「スパイは様々な関係機関に50名以上潜り込んでいますが、戦闘をこなせる工作員となりますと5名が該当します」

 女性がそう言うのと同時に、スクリーンには5名の顔写真、名前、現在の居場所が一覧形式で表示される。

 「5名と言っても、結局頼りになるのはこの中の1人だけか……」

 「はい……貴重な駒ですので、慎重にお使いください」

 「わかっている……」

 そう言いながら無意識でシガーケースに手を伸ばす大統領。

 それをメガネの奥から鋭い眼光で睨み付ける女性。

 大統領はその強烈な視線に気づいて、慌てて手を引っ込めると取り繕うように口を開いた。

 「まあ、アレだ……今はターゲットの守りを強化しているはずだから、行動を起こすのはしばらく待った方がいいだろう……ところで東南アジアの切り崩しはどうなっている?」

 「オーストラリアは首相自ら足を運んで精力的にやっているようですが………やはり決定打に欠けるようです」

 スクリーンには日本を中心にした世界地図が表示され、日本と友好関係にある国はオレンジ色となっているが、東南アジアは特にオレンジ色の国が多かった。

 「そうだろうな……名実ともに世界ナンバーワンの国だからな。我々に寝返るには説得力があまりにも無さすぎる……少なくとも、今後は我々がスタンダードになって行くというマイルストーンが必要だな……それも、誰の目から見てもわかるようなものが……!」

 「しかも早急に」

 そう言いながら女性は大統領をチラッと見る。だが、大統領はまだ決めあぐねているようだ。

 それもそうだろう。先の超能力戦争で虎の子とも言える太平洋艦隊が全滅したのだ。今度失敗すれば、もうアメリカには他国と戦えるだけの戦力はゼロとなる。

 16年前の『神の鉄槌』で、大陸のほとんどの技術者は一瞬で死んでしまったため、当時の技術を引き継げる者が不足しており、現存する様々なテクノロジーが壊れた場合、それを修復する手段がないのだ。従って、現行モデルをいかに延命させることが出来るかが、大陸の国々が抱える問題点であった。

 そういった背景があるアメリカにとっては、作戦の失敗は絶対に許されない状況なのだ。

 しかも、今回の作戦の中核をなすのが、当時の技術の粋を集めて作られた原子力潜水艦であり、おそらくこれが沈められたら、あと30年は製造出来ないだろうと言われていた。

 女性は再びタブレットを操作すると、壁のスクリーンに潜水艦のアイコンが表示された。

 この表示は現在の米国が展開する潜水艦の位置を示しており、日本の周囲を囲うように配置されていたが、特に太平洋から南シナ海にかけて展開されているようだった。

 「自衛隊の潜水艦索敵能力は世界一と言われていますが、我が国だけでも攻撃型原潜10隻、戦略型原潜5隻を投入しており、まさに国一つを滅ぼすには十分すぎる戦力に対して、生身の人間である超能力者がどれほど抵抗できると言うのですか?一度発射したミサイルはどうにもならないのです」

 女性はメガネをかけ直しながら言った。

 「補佐官!き、君は、核を使えというのかね!?」

 大統領は驚きの表情で大統領補佐官である女性を見つめる。

 「私はそこまでは言っておりません。ですが、合衆国にあってジャパンに無いもの……それこそが我らの切り札となります。その切り札は使うタイミングを誤らないようご注意くださいませ………大統領」

 「くっ!!」

 どっと汗が噴き出す大統領。

 胸ポケットからハンカチを取り出すと額や首の汗を拭う。

 反日連合の目的は、大陸の日本管轄領を制圧し日本の力が及ぶ範囲を本土内に封じ込めた上で、有利な条件を提示してそれを受諾させることにある。

 現状では日本本土を焦土化する作戦は考えていない。だが───今後の状況次第では強行策も視野に入れる必要はあるだろう。その場合、国際法を無視して大量虐殺を行った大統領、という汚名を背負う覚悟が必要だが、今の大統領にはまだそのような覚悟は無いのだった。

 「一先ずは当初の予定通り、ジャパン包囲作戦の第一段階を決行する。各国の陸戦部隊の展開を急がせろ」

 「かしこまりました」

 補佐官は返答するとタブレットを小脇に抱えて退室して行った。

 

 ◆

 

 

 「ぐほぉっ!」

 志郎は腹部に強烈な衝撃を受け飛び起き……ようとしたが、実際には動けなかった。

 目を開けると、セーラー服の美少女が志郎の腹に跨って座っていた。

 わざわざ掛け布団を剥ぎ取ってから飛び乗ったようで、さゆりの体温が直に伝わってくる。

 「……おい、さゆり。お前そこで何をしている!?」

 「何って、あんたを起こしてあげてるんじゃない」

 「誰も頼んでねぇよ!重いからどけ!」

 「はあ!?重くないから!あんた年頃の女性に向かってなんて事言うのよ!?」

 さゆりは馬乗りの状態で志郎の胸倉を掴みあげる。

 志郎はそれを払いのけて上半身を強引に起こすと、さゆりは足元の方へ転がって行った。

 スカートが捲れ上がり、慌ててそれを手で押さえるさゆり。

 「今見たでしょう!?そのイヤラシイ目であたしのスカートの中を見たでしょう!?」

 顔を赤らめて抗議するさゆり。

 「お前が悪いんだろう……が は っ !」

 さゆりに向かって叫んでいた志郎は、突然脳天に凄まじい衝撃を受けて苦痛の声を上げた。

 ふと横を見ると、自分に向かって踵を振り下ろした楓の姿があった。

 「……おい、楓」

 「何?」

 「ミニスカートなのに、足を振り上げるな」

 「そう……そんな事よりも……」

 楓は何も悪びれず、別に恥ずかしがる訳でもなく、綺麗な脚をすっと床に降ろすと話を続けた。

 「……山本さゆりにイヤラシイ事をしたと思ったんだけど、違ったの?」

 「アホか!」

 「アホはあんたよ!」

 さゆりがビシッと志郎を指さして更に続けた。

 「あんたは普通の高校生活を送りたかったんじゃないの?それがあんたの願いだったんじゃなかったの!?」

 そう言いながらベッドの上をにじり寄って来るさゆり。

 「え?そ、それはそうだが?」

 突然話の展開が変わり戸惑う志郎。

 「だったらもう高校に行かないとか言わないで頂戴!!少なくともちゃんと高校くらい卒業しなさいよ!あたし達はあんたが普通の生活を送れるように日々頑張っている事を忘れないで欲しいわ!」

 「そうなの?」

 志郎は楓に向かって小声で訊く。

 「シロは一般人。普通の生活を送るのは当然の権利。私はそれを守るために生きている」

 「お前は自分の為に生きろよ……ったく」

 楓の発言に頭を掻きながら首を振る志郎。

 「あんた美少女二人にこんなに心配してもってるんだから有難いと思いなさいよね!?」

 「自分で言うか?………ホント、超能力者は思った事をすぐ口にするな!?」

 志郎は苦笑しながら両手で自らの頬をパンと叩くと、吹っ切れたような表情で口を開いた。

 「そうだな。超能力戦争が終わって、やっと取り戻した日常だもんな。簡単に手放してらんねぇよな!」

 「「うん!」」

 志郎の言葉に力強く頷く美少女二人。

 「じゃあ、支度をするから部屋から出て行ってくれ」

 そう言いながら美少女二人を廊下につまみ出して扉を閉める志郎。

 その扉の前で、楓とさゆりはお互い見つめ合うとハイタッチをした。

 

 

 藤色の和服姿の女性が、窓の外を眺めながら電話をしていた。

 その目には、三人の高校生が男女とも楽しそうに玄関を出て行くのが見えていた。

 「どうやら楓さんもシロ君も普通に登校するようです。そして今日はさゆりさんも一緒のようですわね」

 表情は笑顔であるが、口調はどこか他人行儀のようだった。

 レトロ感溢れる黒電話の受話器を左手で持ち、右手をそっと添えながら話している。

 「何れにしても、しばらくはこのままの状態が続くと思いますので、現段階ではどこの部隊にも所属する事はないはずです」

 『今後も、このままこちらには関わって欲しくは無いのだがな?』

 受話器からは低く迫力がある声が聞こえてくる。

 「それは私に言われてもどうすることも出来ませんわ。私はただ見守るだけの女……」

 『ふん……だったらこちらのやり方には口を挟まないことだ』

 「勘違いなさらないで。私は憂慮しているのです。先日、何者かが屋敷を襲撃してシロ君を拉致しようとしましたが、楓の活躍で未遂に終わりました。この一件で屋敷にもかなりの被害が出ましたが、一番の問題はシロ君が狙われた事なのです」

 女性は受話器に添えていた右手を、螺旋状の電話のコードに移すとぎゅっと握りしめた。

 『その話は私も聞いている。今の内調がわざわざ腫れ物に触るようなマネはしないはずだ。恐らくは他国の仕業だろう。内調め……情報を盗まれたな?……いや、まさか、ワザとリークしたか……?』

 「何れにしましても、シロ君を刺激するのはよろしくありません。下手をすると……」

 『わかっている。私もそれを懸念しているからこそ、お前に協力しているのだ』

 「──情報と引き換えに……ですわね?」

 『勿論だ。何事もタダとはいかんのだよ。それが例え私たちのような間柄であってもな?』

 「心得ております」

 『では、また連絡する』

 「はい。豪太さま」

 和服の女性は相手が電話を切った事を確認すると、そっと受話器を置いた。

 

 

 原子力潜水艦。世界でも保有している国はわずかに6か国しかない。

 水に覆われた地球にとって、これほど恐ろしい兵器は存在しないだろう。

 敵に察知されることなく大海原を自由に動き回り、一度命令が下されると姿を見せずに近づいて、確実にミサイルの雨を降らせる……戦略原潜は一隻で国を一つ滅亡させるほどの核ミサイルを発射可能なのだ。

 そして、再び深海へ消えてゆく。

 原潜は一度潜ると、基本的には何ヶ月も浮上する事無く潜っていられる。原子炉により無尽蔵にエネルギーがあるので、酸素や水は海水を利用して作り出すことができるからだ。

 唯一の弱点は一般的なディーゼル潜水艦よりも騒音が大きいことくらいだ。

 日本の主力であるディーゼル潜水艦は、潜水行動時にはバッテリーを使用するため音が静かで探知されにくいのだが、原子力潜水艦の心臓である原子炉は、一度火を入れると基本的には止めることはしない。

 従って、潜水行動時もガンガン原子炉は動いているのでディーゼル型に比べてうるさいのだが、そのような欠点を補って余りあるほどの速力と潜航能力があり、圧倒的な攻撃力を有しているのである。

 このような原潜ではあるが『神の鉄槌』以降、実運用している国はアメリカとロシアくらいで、他の国は原潜どころではなく、先ずは国の再建に注力していた。

 今回のジャパン包囲作戦の第一段階は、大陸の奪還である。

 陸上部隊の支援攻撃として、潜水艦から巡航ミサイル<トマホーク>を一斉発射し、大陸に点在する軍施設や兵器、軍艦など1000ヶ所以上のターゲットをピンポイントで攻撃するのである。その後、陸上部隊により各都市の制圧作戦に移行し、約一週間で作戦を完了する予定であった。

 それと同時に、日本の油田やガス田に対しても攻撃して資源を窮乏させ、ジリ貧状態にすることで反日国にとって有利な条件で交渉の場をセッティングする事を目的としていた。

 もしも日本が交渉に応じない場合は、第二段階である日本本土を攻撃する計画だ。

 原潜は目標地点に向かって慎重に進む。

 深度400メートルは光が届ない暗闇の世界で、外との通信手段もないため、潜水艦乗りは敵との戦いの前に、ある意味自分との戦いに勝つ必要があった。

 完全に閉鎖された決して広いとは言えない空間で、昼も夜もわからなくなる状況を何日も耐えなければならないのだ。

 しかも、何かトラブルがあった場合は、死に直結する。これほどの深海では外部からの救助活動はほぼ出来ないのだ。従って、深海航行時は低速で慎重にすすむ必要がある。。

 絶対に発見されてはならない。

 それこそが原潜に託された最大のミッションなのだ。

 

 

 

 

 


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