突入
佐藤志郎は花橘家の地下シェルターを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
そこは、シェルターというよりは、普通に豪華な部屋があったのだ。
50畳はある広い室内には、カウンター式の台所があり、その隣には冷蔵庫と食器棚が見える。部屋の反対側にはテレビやソファーが並べられ、奥の壁際には2段ベッドが3つ並んでいた。
さっき楓から通信があったけど、すぐに向こうから強制切断された。あれは一体なんだったんだろう?
「シロくんは何があってもこの部屋から外に出ないでね!?」
そう言うと、楓の母は分厚い丸い扉を外から閉めようとする。
「ちょちょちょ、おばさんはどうするんですか?俺と一緒にここで隠れていましょうよ!?セキュリティは万全なんでしょう?」
志郎はそう言いながら花橘紅葉の袖を掴む。
紅葉は志郎の両肩に手を乗せると、言い聞かせるように話し始める。
「確かに敷地内のあらゆる場所に赤外線センサーが仕掛けてあり、賊の侵入をすぐに察知できます。しかも、セントリーガンも数基配備しているし、レーダー支援によるレーザー砲もこれ見よがしに設置してあるから、普通の賊は侵入前に諦めるはずです」
「だったら……」
「でも、それはこの前侵入してきたような賊に対しては、期待する効果があると思いますが、そうじゃなければ困った事になります」
志郎の言葉を遮り、紅葉は話を続ける。
「例えば、機械です。安価な工作機械やドローンといった遠隔操作による機械を大量に投入されると、敵にダメージを与えることなく、トラップやセンサーは破壊されていくでしょう。時間はかかりますが確実です……つまり、センサーやレーダーに頼ってばかりいては防ぎきれないのです。やはり、人の目で見て判断するという作業が必須となります」
「俺も手伝います!」
「ダメです。シロくんはここで待っていて下さい」
「で、でも……!」
「シーッ……」
紅葉は自分の人差し指を志郎の唇に押し当てて言葉を遮る。
思わず言葉を飲み込む志郎を見て、優しく微笑みながら志郎を抱き寄せた。
「シロくん……あなたは前に私の事を本当の母親と思っていると言ってくれましたね。私もあなたの事を本当の息子と思って接してきました……だったら、シロくん。息子は母親のいう事を聞かなきゃダメなのよ?」
「……!」
「さあ、中に入って。私がいいって言うまでは出てきちゃダメですよ?」
紅葉はそう言いながら、優しく志郎の背中に手を添えて部屋の中へ戻るよう促す。
こうなっては志郎も素直に従うしかなかった。
「わかりました……でも、無理はしないでよ?おばさんが俺の為に傷つくことなんてないんだから!」
シロの言葉にニコリと笑いながら、分厚い扉に手を掛ける紅葉。
「子供を守るのは親の務め。あなたは安心して待っていて下さい」
そう言うと、大きな音を立てて扉を閉める楓。
左側のレバーを引くと、空気が抜ける音が響きエアロックが作動する。
紅葉は階段を上って1Fに行くと、リビングを通り抜け上に行く階段の脇を通り奥の部屋に入る。
正面の壁には6台のモニターが2段になって並び、敷地内の監視カメラの映像が5秒置きに切り替わっていた。その前には木製の机と椅子があり、その机には1台のタッチ式モニターが置かれていた。部屋の左右には大型コンピューターが設置されており、緑色のランプが点灯してた。
そう、この部屋は全てのセキュリティシステムを統合管理している部屋なのだ。
「私の目が黒いうちは好き勝手させません」
紅葉は正面の椅子に座り、タッチ式モニターを操作して次々とセキュリティシステムをONにしていく。
これで敷地内のセントリーガンやレーザー砲がアクティブ状態となった。もちろん、平時はこのような物騒な物はOFFにしている。だが、相手が工作員や超能力者、更には機械だとしたら、これくらいの準備はしておく必要があるのだ。
紅葉はそこまでして、志郎を守るつもりなのだ。
これは楓に志郎の事を頼まれたからでもあるが、実の子である尊人や花子に寂しい思いをさせた事に対して、楓や志郎を可愛がることで無意識のうちに罪の意識を購おうとしていたのかもしれないし、月光院豪太へ二人の情報を流していたという後ろめたさもあっただろう。
だが、理由はどうであれ、志郎を守りたいと思う気持ちは本物なのだ。
紅葉は一人、6つの監視カメラの映像を見つめていた。
夜の路地を、黒田率いる第2特殊部隊4名は花橘家へ向かって車を走らせていた。
目的はもちろん、主賓を奪還する事だ。
花橘楓が反政府側についているという現状は極めて危険な状態だ。しかし、都合のいいことに、花橘楓は反政府側の超能力者と共に戦いに参加している。この隙に、主賓を確保することで花橘の自由を奪い、あわよくばこちら側に引き入れることも可能だろう。
だが、この作戦はかなりリスクが高い。
主賓確保の前にこの作戦が露見した場合、怒り狂った花橘楓は何をするかわかったものではない。だからこそ、これまで主賓に対しては細心の注意を払ってきたのだ。
小野寺可憐は独自で何かを画策しているようだが、こちらとしても何か手を打つ必要がある。それこそが、禁じ手とも言われる主賓の確保なのだ。
黒田は花橘家の正面門に堂々と車を乗りつけた。
大きく立派な門は固く閉ざされ門灯も消えていた。そこからは何人たりとも中には入れないという強い意思が感じられた。
先の『謎の大規模爆発』により周囲の民家は広範囲に渡って被害を受けていたが、壊れた民家はほとんどがそのままの状態となっており、少し離れた場所では反政府軍との戦闘中という事もあり、復旧の目処は立っていなかった。
黒田は花橘家の門を一目見て、対戦車ミサイルでも持って来なければ破壊不可能と悟った。
仕方なく、誰か一人が門の上に飛び乗って中の様子を見る事にした。
「赤松、頼む」
「えー……ちっ。嫌だけど仕方ねぇな……」
黒ずくめの特殊ボディスーツにヘルメット姿の第2特殊部隊だったが、このメンバーは偶然、全員苗字に何かしらの色が入っており、その色の一字をヘルメットに大きく書いていた。
黒田は黒、赤松は赤、青木は青、黄川田は黄、という具合だ。
赤松は面倒臭そうに車の屋根に飛び乗ると、門の上を見上げながら精神を集中する。
「ほい!」
何とも気が抜ける掛け声と共に大きくジャンプすると、門の屋根の上に飛び乗った。
すると、すぐ目の前に赤外線センサーの光が見え、慌ててその場に伏せて光をやり過ごす。
特殊部隊が装備しているヘルメットは、赤外線センサーやレーダー波の受信が出来るのはもちろんの事、設置してある武器類についても映像情報から識別可能なのだ。しかも、データリンクシステムによってチーム内でその情報を共有することもできる。
赤松に与えられたミッションは、敷地内の防衛システムをある程度暴くことで、具体的には隅々まで見渡して記録を取ることだ。
赤松は周囲をゆっくり見渡しながら映像データをリアルタイムでサーバへ送信する。
だが、監視カメラの映像で一部始終を見ていた紅葉は、それを黙って見逃す事は出来なかった。しかも相手はどう見ても普通の人間ではない。6メートルはある門の上にジャンプで飛び乗るなんてあり得ない。
「楓と同じ姿……超能力者……内調の追っ手!?」
紅葉はそう判断すると、躊躇することなくこの黒ずくめの男をロックオンし、レーザー砲の自動追尾システムによる射撃を許可した。
屋敷の瓦屋根の先端に、一見すると風見鶏かと思えるようなT字型の砲身が音も無く黒田の姿を補足すると、間髪入れずレーザーを発射した。
念のために防御壁を展開していた赤松だったが、レーザー砲を防御するにはかなりの防御能力が必要で、もちろんランクCの赤松にはそんなたいそうな能力は持ち合わせていなかったので、あっさりと防御壁は四散してレーザーが赤松の体を焼く。
「あっちぃい!!」
悲鳴を上げながら屋根から転げ落ちる赤松。
それを青木と黄川田が超能力で受け止める。
最新の特殊ボディスーツは、防弾性能と耐光学兵器性能が上がっており、レーザー光であれば照射時間にして5秒までは耐えるようになっていた。だが、さすがに熱までは全てを防ぐのは不可能であるため、5秒照射で大やけどは免れなかった。
今回の赤松は1秒ほどの照射時間だったので、大した火傷ではないはずだったが、ヒリヒリする感覚は嫌なものだ。
「確実に心臓を狙ってやがる……」
赤松の左胸は黒いボディスーツのはずが、熱で変色して白っぽくなっている。
「……おい、黒田。正面玄関の先にもレーザー砲が設置されていたぞ。俺はてっきりそいつが下から狙って来るかと思っていたが、まさか屋根の上からとは油断した……」
赤松は左胸を押さえながら言った。
黒田は頷くと、黄川田に視線を移して話しかけた。
「お前の防御壁でどれくらい耐えられる?」
「そうだなぁ……屋根の上のレーザー砲だったら、それほど高出力ではなさそうだから3秒は行けるだろうが、下のレーザー砲、あれはヤバイ。撃たれた瞬間に蒸発するぞ!?」
黄川田はそういうと肩をすぼめた。
通常、特殊部隊が装備しているレーザーガンは、基本的には対人兵器であるため、二次被害を出さないためにも出力を落とし、連続照射も出来ないようになっている。
だが、レーザー砲は連続照射による、目標物の熔解・発火・爆発を目的としている。
例えばミサイルを迎撃する場合は、燃料を狙ってレーザーを照射し、超高温によって外壁を熔解させ燃料に引火、爆発させてミサイルを撃ち落とす。
よって、レーザーガンとは性質が異なるこのレーザー砲を防御壁で減衰、拡散、反射するにはかなりの防御能力が必要なのだ。
黒田は頷くと独り言のように言った。
「サーバの解析結果を全員に共有」
黒田の音声入力によりサーバに対する要求が通ったため、全メンバーに赤松が撮影した映像の解析結果がヘルメットのバイザーに表示された。
「おいおい……冗談じゃねぇぞ!?これじゃあ、蠅だって中に入れないだろ!?」
青木が苦笑しながら少し大袈裟に言う。
だが、黒田もそう思っていた。さすがに花橘家が総力を挙げて構築した防御システムだけあって、全く隙がない配置だ。
「こうなったら全部の塀をぶっ壊してやろうか!?」
「アホか!?そんなことをしたら、俺たちが隠れる場所も無くなるじゃねぇか!」
赤松の言葉に青木がすかさず突っ込みを入れる。
黒田は黙って周囲を見渡すと、侵入経路を決めたようだった。
「正直、この防御システムを普通に突破していたんじゃあ、時間がかかってしまう。だから、この防御システムは無視する事にする」
「???」
黒田の発言に全員が首を捻った。
「説明しよう……」
黒田は仕方なく全員にわかりやすく一から説明を始める。
「……この屋敷の敷地が道路に面しているのは南側……つまり俺たちが今いる所と東側になるが、どちらも門や塀の上は監視が行き届いている。また、西側と北側の隣家から乗り移るにしても、建物の位置が離れすぎていてそれも難しい……」
全員のバイザーに上空からの俯瞰地図を映し説明を続ける黒田。
「……仮に何とか塀を乗り越えたとしても、無事に花橘家の建物に辿りつくのは至難の業だ。そこで、塀の位置から建物までの距離が比較的近い東側から侵入しようと思う」
「で?方法は?」
黒田の言葉に赤松が疑問を呈する。
「落ち着け。今からそれを話す……」
黒田は苦笑しながら先を続けた。
「まず、南側の建物と塀の間には、立派な日本庭園のような庭があり、それが東側まで回り込んでいる。しかし、塀から建物までの距離はそれほど離れてはいない。そこで、東側の電柱に登り、そこから敷地内に配置された防御システムを一気に飛び越え、直接建物の屋根に飛び移る。その後は速やかに中へと侵入し主賓を確保する。主賓の部屋は2Fの南側に面する、一番西側の部屋だ。そこに居なかった場合は手分けして捜索する。何か質問はあるか?」
「………」
「……よし、何もないな?それじゃ……」
「そうじぇねぇ」
黒田が話を打ち切ろうとした所で青木が口を挟んだ。
「……質問がない訳じゃなくて、お前の作戦があまりにも単純だったから、みんな呆気にとられてたんだ。じゃあ、俺から質問だ」
「何だ?」
「この作戦は、花橘家の防御システムは上空にまでは及んでいないという事が前提のようだが、本当にこれは大丈夫なのか?」
青木のこの発言に赤松と黄川田も頷いた。
「そうだな。正直、やってみないとわからん。もしも一人目が撃ち落とされたら二人目は別の作戦に変更すればいい。一人目が成功すれば、それ以降の者達は速やかに飛び移ってくれ………安心しろ。一人目は俺がやる」
「そうか、だったらいいんだが」
青木は一番目にはなりたくなかったので一安心した。
「俺からも質問だ」
続いて黄川田が口を開いた。
「建物の中にもセンサー類があると考えた方がいいんじゃないか?」
「確かにそうだな。だが、でかい屋敷とはいえ、完全に自動モードでの運用は中の人間にも危害が及ぶ可能性があるから、まずあり得ないだろう。人間の目で見て判断するのであれば、超能力を使える俺たちの方に分があるはずだ」
「ふむ、なるほど」
黄川田も納得した様子だ。
すると今度は全員が赤松の方を見て何かを待っていた。
「な、なんだよ!?どうして俺を見るんだよ!?」
全員の視線に晒されて少し動揺する赤松。
「……いや、青木、黄川田と質問が続いたから、今度は赤松から質問があると思ったんだ」
「何だよ!そんな法則を作った覚えはないぞ!?俺は特に質問なんてねーよ!」
黒田の言葉に前のめりになって反論する赤松。
「だったらいいんだ。じゃあ、時間が無い。早速行動するぞ?」
黒田はそう言うと、東側の通りに向かって歩き出したので、3人もそれに続く。
東側の通りに出て塀沿いに歩くと電柱があった。
この電柱は道路標識の他に、街灯や変圧器が設置されており、しかもかなりの本数の電線が並行して通っていて、その頂上に降り立つのはかなり難しそうに見える。
「なあ……あのごちゃごちゃした所のてっぺんにジャンプするのか?」
赤松が自信がなさそうに呟いた。
「そうなんだが……下からだと難しそうだな……対面のブロック塀から電柱のてっぺんを蹴って花橘家に飛び移ろうか?」
「そうだな。真下からジャンプするよりはマシだな。勢いも出るし飛び移りやすいだろう」
黒田の提案に青木が賛同する。
「よし、それじゃあ先ずはそこのブロック塀に登るとしよう」
そう言いながら黒田は超能力を使ってブロック塀の上に降り立つ。それを見て3人も後に続いた。
「さて、ここからが本番だ。若干、電柱のてっぺんが近くなったから、真下から見上げるよりは状況が見えるようになっただろ?」
「まあな。よく見えるからこそ、とても難しい方法だという事も良くわかったよ」
黒田の言葉に赤松が皮肉で返す。
黒田はそんな言葉には反応せずに自分のバックパックから小さな黒い塊を取り出すと、パタパタと組み立て始めた。
「ん?それは!?………ドローンか?」
「そうだ」
黄川田の問いに短く答える黒田。その間も手は止めずに動作確認をしている。
「なるほど。ドローンに目が行っている隙に乗り込むって寸法か」
黄川田は勝手に納得したが、まさにその通りだった。
「ただし、気休め程度と考えてくれ。一応、俺が超能力で遠隔操作でなるべく持たせようとは思っているがな」
黒田はそう言いながら組み立て終わったドローンを右手に持ち、高く上げた。
黒色のドローンは3つのローターがすでに回転を始めており、小さなモーター音が鳴っていた。
「よし。じゃあ行くぞ!ドローンを投入したら乗り移る!俺に続けよ!?」
「「了解」」
黒田はドローンをサイコキネシスで操作し、花橘家の南側へ迂回させると、一気に塀を飛び越えて敷地内へ侵入させた。
それと同時に黒田は、ブロック塀の上から電線の隙間を通って電柱へ飛び移ると、右足で蹴って一気に花橘家の屋敷へ飛び移る。
途中、赤外線センサーに反応してしまい、セントリーガンが起動したが、発射する前に屋根に到達したため事なきを得た。
「よし、取りついた!次、全員一気に乗り移ってこい!」
「へーい」
赤松は気が抜けた返事と共にブロック塀を蹴ると、間髪入れずに青木と黄川田も続いた。
すでに黒田が通ったルートがバイザーに表示されているので、そこをトレースすれば辿りつけるはずだ。
赤松が電柱を蹴ったその時、庭の方で小さな爆発音が聞こえ、少し炎が見えた。
「悪い。ドローンが撃墜された」
「「はえーよっ!」」
3人はすでに行動に移っていたので、もう行くしかなかった。
赤松は何とか屋敷へ飛び移る事に成功し、青木もセントリーガンの攻撃を受けたが命中はしなかった。だが、黄川田が電柱を蹴った時には、全ての防衛システムが黄川田に向いていたので、黄川田は集中砲火を浴びる事となった。
だが、すでに飛び移っていた3人が黄川田に防御壁を展開していたため無事乗り移る事が出来た。
「よし、すぐに内部に侵入し主賓を確保するぞ」
黒田は屋根をぶち抜いて2階へ降りと、すぐに3人がこれに続き、赤松と黄川田は階段から1階へ降りた。
二人一組となって1階と2階の捜索を開始する第2特殊部隊。
だが、やはり主賓は簡単には見つからない。
黒田と青木は2階の捜索を終え、1階へ降りようとした時だった。
「女性一人を確保。リビングに来てくれ」
黄川田からの通信に黒田と青木は急いで下へ降りる。
黒田がリビングへ行くと、そこには和服を着た女性がソファに座らされ、赤松と黄川田がその前に立って女性を見張っていた。
「階段の奥にシステムを管理する部屋があって、そこにこの女性が一人でいた。誰か、その部屋を調べてきてくれ」
「俺が行こう」
赤松の言葉に青木が答えると、すぐにリビングを出て行った。
黒田は女性の対面にある二人掛けのソファにゆっくりと腰を掛けると、黄川田がレーザーガンを構えながらその隣で立ち、赤松は女性の後ろに回った。
黒田はヘルメットのバイザーを上げると、女性に向かって話しかけた。
「私は第2特殊部隊隊長の黒田と申します。無断で屋敷に侵入し申し訳ありませんが、貴女はどなたでしょうか?」
女性は苦笑すると真正面から黒田を見て話した。
「不法侵入者が『どなた』とは笑止千万。この家の者に決まっているでしょう?……私はこの家の主、花橘紅葉です。突然の暴挙、警察に連絡しますよ?」
「その前に一つ質問させてもらいます……ズバリ、佐藤志郎君はどこにいますか?俺……私達はその少年を探しています。教えていただければすぐに帰ります」
「シロくんを連れ去ってどうするつもりですか?誘拐……身代金を要求する気ですか?」
「私達はそんな賊とは違います。私たちは日本国政府の内調に身を置く特殊部隊です。志郎君は内調が責任を持って預からせていただきます。また、この屋敷の修繕費につきましても、内調から出させていただきますので、志郎君がどこにいるのか教えて下さい」
「お断りします。帰って下さい」
紅葉はピシャリと答える。
すると黒川が赤松に指示を出す。
「屋敷の捜索を継続してくれ」
「へーい」
相変わらずの返事をすると、リビングを後にする赤松。
紅葉は
「あなた達は捜査令状も無いまま私有地に不法侵入した挙句、器物損壊ならびに恐喝、集団暴行と罪を重ねています。私は帰るようにお伝えしましたが、あなた達はそれを受け入れず、更に屋敷内を不当に荒らしまわっています。このままでは私個人および私の財産、更にあなた達が探しているシロくんの命が危ういと判断し、状況的に切迫しているため、やむを得ず正当防衛の処置を取ることになります。よろしいですか?」
「我々は日本国政府よりその行動を認められています。いわばこれは公務であり、それを妨害しようとする場合、公務執行妨害が適用となります」
黒田が負けじと言うが、紅葉は意に介さず口を開いた。
「この暴挙が公務と言うのならそれを証明するものを明示すべきであり、あなた達の身元についてもそれを証明するものを提示すべきです。それが出来ない以上、あなた達が何を言おうと正当性はありません。それではこれより自分の命を守るために行動させていただきます」
紅葉がそう言うのと同時に、黄川田は右太ももに激痛が走った。
「ぐわっ!」
黄川田は悲鳴をあげてその場にうずくまった。
黒田はすぐにバイザーを下すと、室内を見渡し熱源を探知する。
すると、リビングの壁にある柱時計の文字盤と振り子の間に銃口のようなものがあり、そこがかなりの高温となっていた。
黒田はすぐに超能力でその時計を攻撃すると、木製の時計は木端微塵となった。
黄川田は「くそ!」と吐き捨てて、太ももを押さえながら立ち上がると、乱暴に紅葉の襟元を掴み自分のレーザーガンを額に押し当てた。
「こっちが大人しくしていたらいい気になりやがって!別にあんたをここで殺したって俺は構わないんだぞ!?」
「黄川田!やめろっ!」
黒田がすぐに黄川田の肩を掴んで紅葉から引き離す。
「この人は月光院家と繋がりがあり、政界にもそれなりの影響力がある。それに花橘楓の母親だ……この人に何かあればすぐに姫が駆けつけるだろう……」
「俺は撃たれているんだぞ!?」
「だが特殊ボディスーツのおかげで無事だっただろう!お前のせいでこの作戦を失敗する訳にはいかないんだ!」
黒田はそう言うと、黄川田に対して精神集中を開始する。
それを見て黄川田はふぅと息を吐いて、自分を落ち着かせる。
「黒田、わかったよ。ここは俺が引こう」
黄川田の言葉に黒田は頷くと、紅葉に視線を戻す。
「うちの隊員が手荒なことをして申し訳ない……」
そう言いながらソファに腰を掛けると、黒田は更に続けた。
「だが、我々にも時間がありません。協力してくれとは言いませんので、せめて大人しくして下さい。そうすれば危害を加えることはありません」
「………」
紅葉は黒田の言葉には反応せずに、乱れた着物を整えた。
そこへ青木がやってくる。
「とりあえず外の防衛システムは切っておいた。だが、それとは別のシステムがあるようだが、俺にはわからなかった」
「防衛システムを切ってくれただけでも助かる。そのまま赤松と一緒に主賓を探してくれ」
「了解」
青木が返事をして玄関へ向かおうとした時に、その玄関から赤松が現れた。
「地下へ続く階段を見つけたんだが、その先に頑丈そうな扉があって開けることができない。そのご婦人に開けてもらいたいんだが」
「よし、行こう。黄川田、その方を連れてこい」
黒田の命令で黄川田は紅葉の腕を掴んで立たせると、そのまま黒田の後に続いた。
階段を下りると、確かに丸い頑丈総な扉があり、壁にはレバーと操作パネルがあった。
「ここだな……」
黒田の呟きに残る3人が頷く。
「ご婦人。できればここを開けて欲しいのですが……?」
「お断りします」
紅葉は即答する。
「……でしょうね。では強行させていただきます。青木」
黒田は苦笑しながら青木を見る。
だが、青木はあまり乗り気じゃない。
「この扉……おそらく熱核攻撃にも耐えられる作りだろう……正直、俺たちランクCではかなり厳しいぞ?」
「ふむ……わかった、俺がやってみよう。ちょっと下がっていてくれ。黄川田は念の為、防御壁の展開を忘れずに」
黒田はそう言うと、扉の前に出る。
目を閉じて精神を集中する。
ランクBの黒田は攻撃型の能力であるため、本気を出せば扉を破る事は可能だろう。だが、屋敷の被害を最小限に抑えながらとなると話は変わってくる。
黒田は目を開けると、超能力を解放すると、爆音と共に衝撃波が扉に直撃した。周囲の壁はひび割れ、照明が全て割れた。
その衝撃波は扉に反射して5人を襲ったが、黄川田の防御壁によって難を逃れた。
だが、この衝撃で天井や壁は崩れかけており、コンクリートの階段もひび割れ、ライトをつけても埃で周囲が見えない状態だった。
「ごほごほごほ……」
紅葉はハンカチで口元を押さえ、涙を流しながら咳をしていた。
「……おい、扉よりも前に、この建物が持たないぞ?」
黄川田が苦しむ紅葉の腕を掴みながら黒田に言った。
黒田も頷いてそれに答える。
「そうだな……この屋敷もかなり古そうだし、これ以上のパワーを使うと扉を開けれたとしても、屋敷も無事ではすまないだろう。だが、俺たちもやらねばならん……今度はフルパワーだ!」
『待って!』
突然、聞き覚えがある声が聞こえた。
『待って下さい。今扉を開けます』
声は扉の横にある操作パネルから聞こえる。
「ダメよ!シロくん!こちらの事は心配しないで……!」
紅葉が叫ぶので黄川田だそれを抑え込む。
「佐藤志郎君、第2特殊部隊黒田だ!ここを開けてくれ!そうすれば誰も傷つかずに済む!」
黒田の声と同時に、暗闇の中で激しく空気が流れる音が響き渡ると、ガコンと金属の音が聞こえた。
ゴゴゴ
ゆっくりと金属を引きずるような音と共に明かりが漏れ始め、黒田達を照らし出した。
黒田は暗視モードを解除すると前に進む。
扉はゆっくりと開くとそこにはスウェット姿の主賓が立っていた。
「壁にあるカメラで外の様子はわかっていました。俺のせいでこれ以上、この家に迷惑はかけられません」
「良い判断だ、佐藤志郎君。我々と共に来てもらおう」
黒田はそう言うと右手を伸ばした。
すると、紅葉は志郎に向かって叫んだ。
「シロくん!私やこの屋敷の事は気にしなくてもいいの!あなたは自分の事をだけを考えていればいいのよ!」
「おばさん……人を犠牲にして自分だけ助かるなんて、そんな事は俺にはできません」
「シロくん、あなたは楓の……いえ、日本にとっても重要な人なの!絶対に榊原の元に行ってはダメ……!」
「いい加減にしろ!」
黄川田は手にしたレーザーガンの台尻で紅葉の後頭部を殴りつけた。
紅葉は呻き声と共にその場に倒れた。
「おばさん!」
志郎は慌てて紅葉の元へ駆け寄る。
「おばさん!大丈夫!?おばさん!」
そこへ黒田が割って入ると、ゆっくりと抱え上げた。
「気を失っているだけで命に別状はない……だが、頭部を強打したのは事実だから、あまり衝撃を与えないようにリビングのソファまで運ぼう」
そう言って黒田は紅葉を抱えて階段を上って行く。
その後に志郎が続き、青木がその後を追った。
赤松は黄川田の前を通り過ぎる時にその頭を軽く小突いてから階段を上った。
黄川田はヘルメットの上から頭を掻くと、ため息をついてからその後に続いた。
古い屋敷とはいえ、さすがは花橘家の屋敷だけある。地下であれほどの衝撃があったのに、地上の屋敷には全く損傷が見られない。
紅葉は黒田によって、リビングの3人掛けのソファに寝かされた。
志郎はタオルを濡らしてその額に置いて心配そうに紅葉の顔を見つめていた。
「さあ、志郎君、そろそろ行こう。俺たちも時間が無いんでね」
黒田がそう切り出すと、志郎は跪いて紅葉の手を両手で握ったまま振り向くと口を開いた。
「超能力戦争の時、俺は朝鮮に拉致された……そして俺を助けてくれたのが今の第2特殊部隊だった………それが、今度は俺を拉致する側になり果てたとは、何の因果だろうね……?」
皮肉たっぷりで睨む志郎だったが、黒田は冷静にそれを受け止めた。
「君の立場には同情する。だが、我々も必死なのだ」
「クローンを使ってまで超能力に依存した国家体制を作ろうとするあんた達を、誰が支持すると思う!?」
「それは俺たちが判断する事ではない。……主賓、俺たちが大人しくて融通が利くタイプではない事は知っているはずだ。悪いが本当に急いでいる」
黒田はそう言うと右手を差し出した。
志郎はそれを見て一度紅葉の顔を見てから握っていた紅葉の手を胸元に置いて手を放すと、黒田の手を無視して自分の力だけで立ち上がった。
「わかりました。この呪われた運命、今回で終わりにしましょう」
志郎はそう言うと、黒田を真っ直ぐに見た。
黒田も志郎の決意を理解すると強く頷く。
「それでは行こう……行き先は、旧館の地下だ」




