旧館
佐藤千佳は遊撃隊として、別館を砲撃してくる自衛隊の一掃を思案していた。
だが、実は発射地点は複数に及んでいることが判明した。
ほんの2、3kmしか離れていない場所から迫撃砲による攻撃や、更には20kmくらい先だろうか?はるか彼方から自走榴弾砲による攻撃もあるようだったが、とにかくボディスーツとヘルメットを装備していないため、詳細情報を入手できないのだった。
特にヘルメットは情報端末機能もあるため、別館のコンピュータと接続し、データリンクシステムによって戦略支援を受けることも可能だったのだ。それに月面が加われば、衛星情報もハッキングできたかもしれない。
「やっぱり月光院に言われた時に装備しておけば良かったなぁ……」
などとボヤく千佳であったが、自衛隊よりもクローンの方が面倒な相手だと思い当たり、研究施設がある旧館の地下へ向かうことにした。
だが、この場所からではかなりの距離がある。また、移動するだけの為に超能力を多用したくない。
以上の理由から、車を物色していたのだが、外出禁止令が出ているのだろうか?辺りには全く車も人も見当たらない。
そこで、たまたま見つけた自衛隊車両……いわゆるジープというやつを拝借して、一般道を爆走した。
途中、道路封鎖のための警察やら、自衛隊やらがいたが、もちろん何事もなく強行突破した。
目指す旧館は現在の新館のすぐそばにある。
辺りはすでに暗くなっていたが、パトカーの赤色灯やサーチライトに照らし出された機動隊が、物々しい雰囲気で新館を取り巻いていた。
それを遠巻きに見ながら「一般人をそんなに大量に配置したところで、侵入したことを知らせるアラーム程度にしかならないはずだ。なのにどうしてあんな事をするんだろう?」などと考えながら通り過ぎ、旧館から少し離れた場所に車を止め、そこからは徒歩で近づくことにした。
街灯に照らし出された旧館の正面玄関の前に立つ千佳。
表面上、旧館は閉鎖されたことになっていて、すべて新館にその場所を移していた。
そのため、ここには警備を置いていないようで、建物の周辺からは人の気配は感じられなかった。
千佳は難なく建物に入れたが、中は電気がついていないため薄暗かった。千佳はそのまま歩を進め、ロビーを抜けて廊下の一番奥にある扉の前に立った。
「これが使えればいいんだけど……」
などと言いながらポケットから取り出したのは、自分のIDカードだった。
それを暗闇に浮かび上がるカードリーダーに読み込ませると、さらに自分の暗証番号を入力する。
ピー。
電子音に次いで開錠される音が廊下に響いた。
「おおっ!?まさか本当に開くとは!……やっぱり私はランクAだけあって、いろいろな研究施設には入れるようになっているのかねぇ?」
千佳自身も鍵が開いたことに驚きながらもドアノブに手をかけて扉を開ける。
すると目の前には非常口を示す案内板の明かりに照らされた、地下へ続く階段があった。
千佳は躊躇することなくドア側の壁にあるスイッチを押すと、階段内にLEDの突き刺さるような光が灯る。
足音を消す素振りもなく、千佳は階段を駆け下り始めた。
左回りのらせん状の階段を延々と降りていく。
──もうどれほど時間が経っただろうか?
さすがの千佳もうんざりし始めたその時、目の前にドアが現れ、そこで階段は終わっていた。
つまり、ここが最深部という事だ。
怠そうに千佳がドアの前に立つと、ドアの左側のパネルが点灯し、5桁の暗証番号入力待ちとなったようで、カーソルが点滅している。
「はぁ……」
ため息をつくと、超能力でドアを無理矢理こじ開ける。
バキイィィィーーーン!
耳を劈く音と共にドアが凄まじい勢いで開くと、跳ね返ったドアがまたズガァンン!という音と共に閉まり、更にギギギィィィとゆっくり開いた。
自分でやっておいて大袈裟に耳を塞ぎ、耳鳴りが収まるのを待つ。
大音量を響かせた後なので、一応、周囲を気にしてからコホンと咳払いをして中に入ると、廊下の両側と正面にドアがあった。
千佳は迷わず右側のドアをゆっくりと開けて中に入る。
すると、正面はガラス張りとなっていてその手前にはコンソールと椅子が3つほど横並びに置いてあった。
ガラスの右手にはスライドドアがあり、ガラスの向こう側の部屋へ行けそうだった。
千佳はそのままスライドドアからガラスの向こう側の部屋へ入る。
「おお~!」
思わず声を上げたこの場所こそ、千佳が目指していた場所に間違いなかった。
室内はかなり広く、右側には大きな円筒状の実験カプセルが3つ並んでおり、それぞれに小型端末が設置されていた。
左側は巨大なコンピューターがあり、床からは約2メートルほどの透明な柱が何本も立っていた。柱の中は透明な液体で満たされて沢山のコードがその中で揺らめいていた。
千佳はそれに近づくとすぐに険しい表情となった。
「こ……こいつは……さすがのあたしも引くわ……」
千佳が目にしたものは、たくさんの脳だった。
透明の柱は培養液で満たされ、そこに脳が入れられ沢山のコードが繋がれていたのだ。
そう、ここは間違いなく、超能力者を生み出すクローン施設だった。
柱の数は40ほどあり、その内の20本くらいの柱に大小様々な脳が浮遊していた。
「これ全部がクローン……そして、もしこれが全て実戦投入されたら……」
その時、千佳を呼ぶ声が聞こえてきた。
『佐藤……千佳………そこにいるのは、佐藤千佳だな?』
「!!!」
千佳は反射的に振り返って身構えた。
だが、そこには誰もおらず、大きな円筒状の実験カプセルが30度ほどの角度で3つ設置されているだけだった。
千佳は首を捻ると、更に一歩踏み出した。
『佐藤千佳……私はここにいる……そう、お前の目の前だ……』
「!!!」
再び声が聞こえた。
間違いなく正面の……真ん中のカプセルから声が聞こえた。そして、その声には聞き覚えがあった……。
千佳は恐る恐る真ん中のカプセルに近づくと、カプセルにはプレートが貼ってあった。そこには──。
「0・9・0?」
千佳は書いてある通り声に出して読み上げた。
090……まさか!?
千佳はカプセルの脇に置かれた端末に駆け寄ると、モニターを覗き込んだ。
そこにはカプセル内の情報が詳しく映し出されており、様々な数値やグラフが所狭しと並んでいた。
千佳は絞り出すように声を出した。
「……く……倉本……隆夫……!」
『そうだ……佐藤千佳……私こそ……この世で最後のランクSの超能力者……コードネーム090……倉本だ……そして、そこに並ぶクローン達の生みの親でもある……』
倉本の声はこの端末から聞こえてきた。
という事は、倉本は今このカプセルの中に入っているという事なのだろうか?
「あ、あんた、このカプセルの中で何をやってるのよ!?」
『私は研究という名目で様々な解剖がなされ、今では……このカプセルの中でしか生きられないのだ………あの超能力戦争の後、私と弟はここのカプセルに入れられ、榊原の超能力研究のモルモットとして生かされているのだが、弟は元々体が弱かったため、実験に耐えられずに先に逝った……いや、そんな事よりも……私はお前とどうしても話がしたかったのだ』
「あたしと?どういう事?」
『これでもかつて私はランクSと呼ばれた男だ……今では見る影もないがな……。だが、人払いするぐらいなら……私にもできる』
「!!!」
千佳はハッとして周囲を見渡した。
『そうだ。私は今自分における最大の力を振り絞って……お前が来る前に、この研究施設にいた者どもを……片づけて置いたのだ』
「だから誰にも会わずにすんなりここまで来れたのか……」
何かおかしいとは思っていたが、まぁ、罠だとしても千佳には超能力があるので、あまり気にせずここまでやって来たのだった。
『ガラスの部屋の向こう側に、何人もの人間が山積みになっていたはずだが……まさか……気付かなかったのか?』
「え?……ああ……面目ない……」
千佳は何故かそれに気付かなかった自分が恥ずかしくなった。
『……まぁいい……人払いしたとしてもほんの一時だけだ。すぐに別の者達が駆けつけてくるだろう。だが、その前に、お前に頼みがあるのだ』
「あんだい?」
気さくに答える千佳。
倉本は少し間を取ってからはっきりと言った。
『私とそこのクローン達を殺して欲しいのだ』
「!!!」
倉本の言葉に眉をひそめる千佳。
「……一応、理由を聞いてもいい?」
『勿論だ』
倉本はすぐに答えた。
『私はすでに自分では死ぬことが出来ない体なのだ。一般人であればちょっとした精神攻撃で気を失わせることが可能なので、今の私でもそれくらいの力ならまだ残っている。だが、自分自身を殺すとなるとそうもいかない。このまま死んだような状態で機械に強制的に生かされ、研究材料とされるくらいなら、いっそのこと、今、お前に殺して欲しいのだ』
「うーん……あんたは超能力戦争の主犯だし、このままあっさり死なせるのも癪なのよねぇ……」
『それもそうだろう……だが、考えてみろ。今ならそこの柱を壊すだけでクローン達も殺すことが出来るだろう。私とクローンを殺し、この施設のデータをデリートしてしまえば、当分の間はクローンによる脅威は去るはずだ』
「………なるほどね。確かに現状で一番の脅威を日本から排除できるのは魅力だわ」
『交渉成立だな。では派手に暴れてくれたまえ』
「あーちょっと待って。その前に……」
千佳はそう言うと、急いでガラスの向こう側の部屋に戻ると、コンソール上でいろいろ操作をする。
『何をしている!?時間が無いのだぞ!?』
「わーってるって!ちょい、ちょい、ちょいと……そしてついでにちょい、ちょいと!」
独り言をつぶやきながら物理キーボードを操作する千佳。
「今からデリート処理に入るけど、その前に全ての回線を切断した!これで外部からの操作は出来ないはず!でも、これだけの膨大なデータをデリートするにはかなりの時間が必要だから、全てを消去するのではなくて、データを取り出せなくする方法も併用するつもり!」
『そうか、佐藤千佳、お前に任せ……る……だが……気を……つけ……』
倉本の反応が消えた。
「端末との接続が切れたか……」
千佳はそう呟くと更に操作を続ける。
すると、突然凄まじい爆発音と共にドアが吹き飛び、千佳の目の前のガラスが全て砕け散った。
その衝撃で床に放り出される千佳。
「イタタタ……あたし以外でこんな無茶をする奴って一体……」
そう言いながら顔を上げると、そこにはこれまでに見た事が無い二足歩行のロボットが立っていた。
「ホント……どうしてあたしってば、こうもクローンロボット<こいつら>と縁があるのかねぇ……」
千佳はボヤキながら立ち上がると、目の前のロボットを見る。
そこにはほぼ人間と同じような姿……スキンヘッドでマッチョな肉体を持つ成人男性をモデリングしたロボットが仁王立ちしていた。
「今度は人間そっくりな姿で登場とはね……超ウケる」
何がウケるのかよくわからなかったのか、クローンは千佳の言葉を無視して話し始めた。
「まさか、お前から俺に会いにここまで来てくれるとはな、感謝するぞ?佐藤千佳」
「あんた誰?」
「俺は別館や花橘家の近くでお前らに倒された003だ。お前らのせいで、全ての機体を失ったが、その後、試作品であるこの機体を使うために、今までシンクロ作業を別室で行っていたのだ」
003というと、右胸に対戦車ライフルの砲身がある奴だ。確か初めて会ったクローンだったな……。そう考えると、今度は随分と立派な姿になったじゃん。
千佳はいきなり衝撃波を放つと、すぐにコンソールを踏み台にして、砕けたガラスの壁から隣の部屋に飛び込もうとする。
003はそれを読んでいたようで、防御壁で衝撃波を防ぎつつ前に突進し、空中で千佳の横っ腹にタックルを見舞った。
千佳は部屋の奥まで吹き飛ばされ、ロッカーに激突した。
「ぐぅ……」
呻きながら横を見ると、そこには白衣を着たここの研究員たちが意識を失った状態で重なるように倒れていた。
──ああ、これが倉本がやったっていう人たちか……。
などと考えていると、003が足から飛び込んできた。
千佳はそれを間一髪でかわすと、けたたましい音と共にロッカーはひしゃげ、003の足がめり込んだ。
「その破壊力……人間なのは見た目だけで、中身は機械じゃんよ!?」
そう言いながら003の背後に回り込む千佳。
「当然だ!」
003はバリバリと音を立ててロッカーから足を引き抜きながら、頭だけがくるりと真後ろを向く。
「気色悪っ!」
千佳は叫びながら超能力で増幅した右回し蹴りを003の頭部に見舞った。
ガキン!
鈍い音と共に蹴りはクリーンヒットし、003の首が直角に折れ曲がり頭部が右肩の上に横向きに無表情のまま乗っかった。
──どうだ!?
と、一瞬期待を持たせる間があったが、003は横倒しとなった頭を軸として体がくるりと反転してこちらを向く……と同時に裏拳<バックハンドブロー>を打ち込んできた。
千佳は、唸りを上げて旋回してくる拳を上体を反らしてかわしたが、その威力は凄まじく、衝撃波によって後方に吹き飛ばされた。
だが、防御壁でカバーしていたため大事には至らず、くるりと空中で身を翻すと足から着地した。
千佳はコンソールのモニターに映し出されているステータスバーをちら見すると、進捗率は70%ほどであった。
──まだ処理が完了していない……今このコンピューターを破壊されても困るし、この狭い部屋では戦いにくい。
千佳は再びジャンプの姿勢を取る。
それを見た003はタックルをするために身構える。
千佳は構わず隣の部屋に向かってジャンプした。
「同じことを……!」
003はそう叫びながら千佳の横っ腹にタックルするために頭から飛びかかった。
「!?」
003は千佳がコンソールを踏み台にすると体の向きを変え、こちらに向かって飛び膝蹴りをしてくるのが見えた。
千佳は体を捻りながら右膝を前に出し、更に超能力をそこに乗せる。
ズガァアアン!!
カウンターで千佳の膝が003の顔面を捉えると、そのまま頭部が後方に吹き飛ぶ。
千佳はコンソールの上に左肩から落下し、バウンドして床に落ちた。
003は頭部を失いながら前のめりで床に倒れ込む。
千佳は左肩を押さえながら003を見る。
「み、見たか!これこそ、昔、ある日本のプロレスラーが使っていた必殺技、『シャイニング・ウィザード』だ!」
楓であればいざ知らず、どうして千佳がこんなプロレス技を知っていたのかはわからないが、とにかく電光石火の飛び膝蹴りが炸裂し、003の頭部を粉砕したのだった。
003はよろよろと立ち上がると、突然、なんの予備動作もなく超能力で千佳の頭上から圧縮した空気の塊をぶつけてきた。
「うわっ!」
千佳は辛うじて防御壁を展開したが、全ての衝撃を防ぐことが出来ず、床に激しく叩きつけられた。
しかし、すぐに体を起こすと素早くジャンプした。
すると千佳がいた場所に衝撃波が撃ち込まれ、床に大きな穴が開いた。
埃が舞い上がる中、千佳はそのまま天井に左手を突くと、右手を前方に伸ばして超能力を発動した。
途端に003の頭上の天井が崩落し、003目がけて巨大なコンクリートの塊が落下してくる。
003は超能力で吹き飛ばそうとしたが、ここは地下数階分もある場所だ。
目の前のコンクリートに穴が開いても、さらに次々と岩盤が崩れてきて003を襲った。
003は超能力で天井から落ちてくる岩盤を破壊し続けるが、その穴を埋めようと更に岩盤が崩落し、ついに003を押しつぶした。
だが、崩落は収まらず、まだガラガラと大きな音を立てて岩盤や土砂が流れ落ちてくる。
部屋の明かりがチカチカと点灯と消灯を繰り返す。
「やべぇ!」
千佳はスライドドアから隣の部屋へ飛び込むと、天井から次々と岩盤が崩落し、遂には部屋のほとんどを埋め尽くし、コンソールを乗り越えた石が研究室側に転げ落ちてきた。
更には土煙が大挙して実験室に流れ込んでくる。
地鳴りのような音は次第に静まり崩落は沈静化したようだが、もうこの地下室は危なくて使えないだろう。
実験室内は赤色灯に切り替わっており、壁の通知用ディスプレイには非常用電源に切り替わった事と、緊急バックアップ処理がエラーのため実行できない表示が交互に映し出されており、その下には完全シャットダウンまでの残り時間が表示されていた。
「何だよ。もう30分しか猶予がないじゃん!」
千佳は自分が招いた事態であることを忘れて呟くと、割れたガラスからコンソールの上に飛び乗ると、瓦礫や砂を手で払いモニターを覗いてみる。
ヒビ割れた画面から辛うじて『COMPLETED』の表示が読み取れた。
千佳はほっとした表情でコンソールに刺さっている小さなカードを抜き取ると再び実験室に戻る。
一番手前にある実験カプセルの前に立つと、『113』と記されたプレートの隣にある四角い箱を確認する。
そこには『EMS』の表記があった。EMSとは『Emergency stop』の略で非常停止という意味だ。
千佳はその箱を力づくで開けると、中には赤いレバーがあり、それを躊躇することなく引き下げる。
ドゥゥーーーーン……
低い音が響きカプセルの隣にある端末のモニターもブラックアウトする。
千佳はこの作業を全てのカプセルで行った。
すると、今度はそれらカプセルが繋がっている大型コンピュータ群の前に立ち、超能力で次々と破壊していく。
壊れた機械は、最初は火花を散らしたり、白煙が上がったりしていたが、すぐにそれも収まり完全に沈黙した。
おそらくこれで倉本は完全に死ぬことができたはずだ。
千佳は「はぁ」とため息をついて、首を横に振った。
──何とも嫌な役をやるハメになった……。
千佳は再び意を決して顔を上げると、沢山の透明な柱を見やった。
そこには赤色灯によって不気味に浮かび上がるクローン達の脳があった。
「これ、全部壊さなきゃダメなのかな……?」
さすがの千佳もあまりのグロテスクさに気後れする。
試しに一本の柱に衝撃波を当ててみる。
すると、柱は呆気なく砕け、中の培養液が一気に床へ流れ落ちた。それと同時に浮遊していた脳も、接続されたコードと一緒に床にベチャリと落ちた。
「~~~~~!!!」
千佳は体中がザワザワするのを必死に耐えながら次々と柱を壊して行った。
『ち ょ っ と 待 て !』
突然部屋に機械の声が響き渡った。
「ぎゃああああ!」
千佳は予期せぬ声に悲鳴を上げて驚き、その場に尻餅をついた。
すると隣の部屋で、ガラガラと音を立てて瓦礫が盛り上がり、せっかく落ち着いた土煙が再びモクモクと立ち昇る。
「おいおい、ウソだろぉ!?」
千佳はすぐに立ち上がると防御壁を展開した。
そこへ超高速で千佳を目がけて瓦礫が飛んでくる。
それを右手を前に出して防御壁で受け止める千佳。
ドサッ!
コンソールの上から頭と右腕を失った人型ロボットが実験室の部屋へ落ちてきた。
頭もないのに、このロボットはどこから声を出しているのか疑問に感じた千佳だったが、とりあえずこのしつこい奴を排除するのが先だ。
千佳が攻撃のため精神集中しようとしたその時、研究室内が歪んだ。
「!!!!」
千佳は003の衝撃波を防御壁で受け止めたにも関わらず後ろに吹き飛ぶと、先ほど自分で破壊した大型コンピューターに激突した。
さらに隣の部屋の瓦礫が無数に宙に浮くと、千佳に向かって超高速で飛んで行った。
辺りは破片が飛び散り土煙が舞い、あたかも機関銃で撃たれているように次々と瓦礫が一般人には見えない速度で飛んで行く。
そこへ千佳が激突した大型コンピューターが突然大きな音と共に前に倒れ、煙が立ち込める。
003はそのコンピューターの上から、留めとばかりに圧縮空気の塊を落とした。
大型コンピューターの背面は丸い形で穴が開き、それは床まで貫通していた。
003の連続攻撃は凄まじく、衝撃で何本かのガラスの柱が割れて崩れるほどだった。
埃、砂、土が混ざった煙が研究室に充満し視界がかなり悪く、おそらく息をするのも辛いだろう。
「ゴホゴホゴホゴホゴ!……超能力で死ぬ前に、苦しくて死ぬっつーの!」
千佳は一番奥の実験用カプセルの上に立っていた。
埃が酷いためか、着ているドクロ柄のTシャツを捲り上げ、へそを丸出しにしながら口元を押さえ、涙を流しながら咳をしている。
003は間髪入れずに衝撃波を放つと、千佳はそれをジャンプでかわして反対側の脳が入っている柱の前に降り立った。
だが、足元が覚束ないのか、片膝を床につくと、また咳をする。
「……ガハッ、ゴフッ!……あー……しんど……」
涙が止まらず前が良く見えない千佳であったが、すでに勝ちは確信していた。
「……攻撃できないだろ?そうだよな?003!……ゴホゴホ……だって、あたしのすぐ後ろには、お前の脳があるんだからな!?」
『………』
003からは何の反応も無かったが、千佳は構わず話し続けた。
「お前らクローン達にはここで死んでもらう……だが、お前たちには同情するよ……ゴホゴホ……生まれながらにして体を与えられず、完全なる兵器として生きる運命だったんだからな……しかも、それは同じ超能力者によるエゴが作り出したんだ……」
千佳はそう言いながら片膝をついたまま、ゆっくり右手を上げる。
「そんなお前たちを、今、あたしが自由にしてやるよ……」
千佳の右手が輝き始める。
「じゃあな。礼には及ばんよ……」
千佳の右手から上に向かって放たれた丸い光は、ゆっくりと天井付近まで登って行くと、眩い輝きと共に何本ものプラズマに分かれて一瞬にして全ての柱に直撃した。
柱はスローモーションのようにゆっくりと一斉に割れると、内容物が輝きながら飛び出した。
千佳は床を蹴って柱群から抜け出すと、090のプレートがあるカプセルの前まで転がり後ろを振り返った。
全ての柱は壊れ、床は直視できない状態となっていた。
次に003のロボットに視線を移すが、倒れたまま全く反応は無かった。
千佳は再びTシャツで口と鼻を覆いながらふらふらと立ち上がった。
──これで、本当にクローンは全滅したのか?
今の状況ではそれを確かめる術はなかったが、自分がやったことが少しでも別館の仲間の手助けになったと信じるしかない。
「……先ずはここから出よう」
千佳は力なく呟くと、瓦礫の山まで歩いて行く。
今日だけで何人の超能力者を殺したのだろう?
元ランクSの倉本を始めとして、超能力者である自分が同じ超能力者を手に掛けるのは、運命だったとしか言いようがない。
この場所に来たのは単なる偶然だったが、こうなってくると偶然ではなく必然だったと思えてくる。そして、これからの自分が取るべき行動も自ずと見えてくる。
そんなことを考えていると、いつの間にか埃がかなり落ち着いていて、視界が利くようになっていた。
改めて自分の目の前の崩落した天井を見つめる。
「……で?」
千佳が呟く。
「……唯一の出入口が瓦礫で塞がれたわけだが、あたしはどうやって地上へ脱出するんだ?」
天井に穴を開けようかと思ったが、この部屋がそんな衝撃に耐えられる状態ではないと考え、強行手段は取りやめた。
気のせいかちょっと息苦しい。
──ん!?ちょっと待て。さっき全てのコンピューターを破壊した訳だが、ここの空調まで壊れたと考えた方がいいのか?だとしたら、このままここにいたら、その内空気が無くなるんじゃないのか?
あまり振動や衝撃を与えずに、ここから脱出するには……!
千佳はせっせと出入口までの通路を確保すべく、天井が崩れないように慎重に超能力で瓦礫を実験室側へ移動する。
かなり時間がかかるが、背に腹は代えられない。
そう思って、この途方もない作業をちまちまやっていたのだが、さすがに千佳はそこまで我慢強くはない。
「だあぁぁ!やってられるかっ!」
千佳は吠えると、途中まで作った道で精神を集中すると一気に解放した。
衝撃波は瓦礫を吹き飛ばし、出入口のドアも突き破り、廊下も貫通した。
同時に地響きと共に天井が再び崩れ出す。
千佳は急いで超能力を使ってダッシュすると、廊下に出て階段を駆け上る。
その間も地響きが続き、階段にヒビが入ってコンクリートが崩れ始める。
「ひぃぃいい!ちょっと待って!!」
千佳は必至に長い階段を地上目指して上って行く。そのすぐ後ろを土煙が追いかけてくる。
真っ暗な中を、降りて行った時の感覚を頼りに階段を駆け上がる千佳。
すると、突然階段が無くなり前方に転げるが、すぐに立ち上がって超能力でドアをぶち破るとそこに頭から飛び込んだ。
土煙と一緒に1階の廊下に転げ出た千佳は、そのまま床を這ってロビーに出る。
「た、助かった……」
埃まみれでロビーの中央で大の字になる千佳だったが、突然、足音と共にLEDライトの光を浴び目を背ける。光源は複数あり、その内の一つが千佳を照らしていた。
すると、予期せぬ声に名前を呼ばれる。
「佐藤千佳……か!?……どうしてここにいる!?」
嫌な予感がして手をかざしながら薄目を開けると、人の姿が見える。が、逆光のため誰なのかよくわからなかった。
しかし、千佳は声だけでそれが誰なのかわかっていた。
「……この煙と振動……佐藤千佳、下で何があったのか教えてもらおう」
声の主はそう言うと、ライトの向きを千佳から外す。これで眩しさから解放された千佳は周囲が見えるようになった。
千佳がのそりと体を起こすと、目の前にしゃがみヘルメットのバイザーを上げてこちらを見ていた顔は、千佳の予想通りの人物だった。
「第2特殊部隊隊長……黒田信介……」
やっとの思いで脱出してきたと言うのに、どうしてここに第2特殊部隊がいるんだ!?
「地下で何かあったようだな……階段の方から土だか砂だかが舞い上がってくるぞ!?」
赤い文字で『赤』と大きく書かれたヘルメット被る者が、地下の階段の方へライトを向けながら言った。
「やばいな……これでは研究室に行けないぞ?……どうする?黒田?」
そう黒田に聞いたのは青い文字で『青』と大きく書かれたヘルメットを被っていた。
隊長の黒田だけがバイザーを上げて、素顔を晒して千佳の目の前でしゃがんでいる。そのヘルメットは白抜きで『黒』と書かれていた。
「おい、黒田隊長さんよ……あんた、まさかあたしとやり合おうって言うんじゃないよな?」
千佳は掠れた声でそう言うと黒田を睨む。
第2特殊部隊は隊長の黒田がランクBで、それ以外のメンバー3人は全員がランクCだった。
そのため、ランクAの千佳が本気を出せばこの場を制圧できる可能性はあったが、第2特殊部隊の連携は目を見張るものがあり、先の超能力戦争の時は、千佳が率いる部隊と真っ向から激突したことがあったが、完全に痛み分けとなった事があった。
「千佳さん!千佳さんじゃないですか!?」
「!?」
自分を呼ぶこの声を聞いて、千佳は愕然とした。
「……そ、そんな……どうして……?」
かすれる声でそう言いながら千佳は声の方へゆっくりと視線を向ける。
「……どうして……お前がここにいる……?」
視線の先には、『黄』と記されたヘルメットを被る者に連行されている上下グレーのスウェット姿の少年がそこにいた。
千佳は震える唇でもう一度言った。
「どうしてお前がここにいるんだよ!?……志郎っ!!」
旧館のロビーに千佳の悲痛な叫び声が響き渡ったのだった………。