進軍
「第1特殊部隊5名とクローン部隊8体が本作戦に投入されます。クローン部隊の内訳は、001が3体、004が3体、005が2体の計8体となっています。尚、003は全ての機体を失ったため、開発中の試作機1体を使うべく同期作業を行っていますが、おそらくこの作戦には間に合わないと思われます……」
小野寺可憐の声が最前線に設置された仮設テント内に響いた。可憐はボディスーツを着用していたがヘルメットは取っていた。
テントのすぐ外は更地となった地面が延々と続いており、黒い粉塵のヴェールの中に目標地点である別館があるはずだった。
可憐はユニークスキル『浮遊』によって宙に浮かびながら、フル装備の超能力者達に向かって話を続けた。
「……では今後の作戦を通達します。自衛隊による砲撃を再開しますので、それを合図にクローン部隊はこのまま正面から別館へ突入して下さい。おそらく敵は短期決戦を望んでいるはずなので、こちらは長期戦を想定して、交代で常に敵を攻め立てることで敵が疲弊するのを待ちましょう。そして機を見て一気に落とします。それまでは敵が出てきたら退き、退いたら出て下さい。無理に戦う必要はありません。では、出陣の儀式を執り行います。全員テントを出て下さい」
可憐に言われるままテントを出る超能力者達。だが、儀式とは一体何のことだろうか?
外はまだ日が沈むには早い時間のはずだが、黒い粉塵のせいで夜のように暗い世界が広がっていた。ヘルメット無では、目を開けるのも、息をするのも辛い状況だ。
可憐はその中で一歩分ほど浮遊しながら前に出ると、目を閉じて精神を集中する。
何が起こるのかクローンのロボット達や第1特殊部隊のメンバーらは固唾を飲んで見守った。
可憐はゆっくりと大きく手を広げると「ハッ!」という気合と共に目を開いた。
すると、周囲に強風が巻き起こり、それは渦となって空へと向かった。
強烈な上昇気流は暗黒の世界を作っていた粉塵をどんどん巻き上げていき、遂には巨大な竜巻が別館がある場所で発生した。
別館で防御壁を形成していた真一は、突然の大規模な超能力攻撃に周囲の者を鼓舞しながらこれに耐えていた。
だが、相手はランクAの小野寺可憐だ。少しでも気を許すと一気に持って行かれるだろう。
そんな真一らの奮闘を屋上で一部始終を見ていた楓は、右手を天高く上げると、ほとんど精神を集中することもなく衝撃波を放った。
楓の衝撃波は巨大な竜巻をパッと四散させ、更には雲をも蹴散らした。
途端に、空には一片の雲さえもない、真っ赤に燃える夕日が色鮮やかに飛び込んできて、別館の長い影が荒野に伸びていた。
可憐はふぅーと息を吐くと、超能力者らに振り向いて言った。
「目前の邪気を払う出陣の儀式はこれにておしまいです。どうですか?私たちの目指すべき場所がはっきり見えるようになりましたでしょう?」
可憐はそう言って銀髪のツインテールを揺らしながらウインクをした。
ズキュウゥ──ン!
第1特殊部隊の男たちは完全にそのハートを撃ち抜かれた。
見た目といつもの毅然とした態度とのギャップ!それに加えてこんな緊迫した時に見せる愛らしさ!これこそが俺たちが命を懸けて守るべき人なのだっ!!
右手を胸に当てながら跪き、頭を垂れる第1特殊部隊の男たち。その振る舞いはまるで中世の騎士のようだったが、実際にはむさ苦しい男たちが顔を赤らめながら、膝をついてローアングルから宙に浮く幼女を見上げているのだった。
そんな恥ずかしい第1特殊部隊のメンバーの脇をすり抜けて、005が操るロボットの内の1体が前に出てきた。
先に千佳が戦ったロボットと同じく、両腕が無く小さいタイプのものだ。
「個人的には別館よりも佐藤千佳という女を仕留めたい所だが、まあいい。それよりも、もう日没も近い。戦闘は夜間となるだろう。我々は機械の目があるので問題ないが、生身の人間であるお前たち第1特殊部隊は夜でも大丈夫なのだろうな?」
「ふん。むしろ俺たちは夜型の部隊だ。いつも作戦を遂行するのは夜だ。心配は無用!」
斉藤が立ち上がって005を見下ろしながら言った。
「そうか。だったらいいが、俺たちの邪魔だけはしないでもらおう」
「そのつもりです。クローンの力、今こそ見せ付ける時です。奮戦を期待します」
可憐はそう答えると再び別館へ視線を移す。
「もうそろそろのはずです」
可憐の言葉に、遠くに小さく見える別館を全員が注目した。
すると大気が振動し鼓膜が痛くなると同時に別館の方向で爆発が起きた。
遅れて砲弾の落下音と爆発音が鳴り響いた。
これを合図に、次々と別館に砲弾が撃ち込まれる。
その全てが防御壁に防がれてはいるが、さすがは自衛隊、正確に別館へ砲弾を撃ち込んでいる。
可憐は右手を上げて大きな声叫んだ。
「クローン部隊前へ!」
この声に8体のクローンロボットが前に進み出て横一列に並んだ。
それを見てから更に可憐は続けた。
「先発隊、004、005、突撃!」
そう言いながら右手を振り下ろす。
004が操る3体と005が操る2体のロボット達は、一斉に荒野を走り始めた。
004は二足歩行ではなく四本の脚があり、一見すると首が無い馬のように見える。
胴体の左右側面には機関砲のようなものが装備され、前には丸く赤いカメラのレンズのようなものが埋め込まれ、胴体の上部中央付近にはドーム状の全方位カメラが設置されており、全体的にはメタリックな何かの金属素材で作られているように見える。
四本足は安定した走りを実現しており、3体が並んで土煙を上げながら爆走している。
005も小型・軽量で機動性に優れていたが、単に悪路を走るだけであれば004には遠く及ばなかった。
これを見た月光院尊人は、屋上にあるレーザー砲の発射を指示した。
望遠鏡のような丸い筒状の砲身を、管制レーダーの情報を元に目標の位置を割り出し、自動でロックオンすると超高温のレーザーを発射した。
横一列に展開していた3体の004の内、真ん中の1体にレーザーが直撃したようで、幾筋ものプラズマ光がロボットの後方へ受け流されていくが、004は何事もなく直進を続けた。
「あのボディはレーザー砲をも無効化するのですか!?」
麗子は信じられないという表情で叫んだ。
それもそのはず、このレーザー砲は10キロ先の飛行機やミサイルをも撃ち落とすことが出来る、最新型の高出力レーザー砲なのだ。
「さすがにあのボディだけでは私たちのレーザー砲を受け切る事は出来ません。しかし、防御壁も併用することでそれを実現したようですね……」
尊人は冷静に分析すると更に続けた。
「第3特殊部隊、出撃します!麗子はここで全体指示をお願いします」
「畏まりました。お兄様」
麗子の返答を背中で聞きながら、尊人は急いで外に出た。
天を見上げると、自衛隊の砲撃は止む気配は無く、依然として絶え間なく降り注いでいおり、上空で爆発が続いていた。
先ほどのように突然超能力攻撃があるかもしれないので、真一率いる野良メンバーを別館の防御から外すわけにはいかず、第3特殊部隊だけでどこまでクローン達に抗えるか……。
それとも、姫を頭から投入すべきか?
──いや、小野寺可憐ほどの者が、何の策もなく突撃して来るわけがない。きっと何かあるはずだ。それを見極めるためにも、先ずは私たちの部隊が当たるべきか……。
尊人は瞬時に考えを巡らせたが、結局は自分達が出撃する道を選んだ。
白乳色のボディスーツに身を包んだ第3特殊部隊はフル装備ではあったが、レーザー砲さえも無効化する相手では、腰に下げたレーザーガンでは心許なかった。
「私が4本足をやります!他の者たちは協力して2本足に挑んでください!」
「「了解しました」」
3人は返事をすると、正面から接近する4本足を大きく迂回して、その後方から近づく2本足に向かった。
尊人はすぐにレーザーガンを抜くと、真ん中の4本足に向かって発射した。
同時に超能力でレーザーを増幅したため、超極太レーザーが7色に輝きながら3体の4本足を飲み込んだ。
レーザーは更に直進を続け、1キロ先の政府軍仮設テントに直撃した。
テントは第1特殊部隊のメンバーが防御壁を展開していたが、これほどの威力があるレーザーでは防御しきれなかっただろう。
しかし、テントの前で戦況を見ていた可憐が咄嗟に防御壁を展開したため事なきを得た。
「隊長、助かりました」
「はい、問題ありません……それにしてもこの威力、月光院尊人……さすがはランクAですね……」
可憐は素直に尊人の能力の高さを認めた。
「……ユニークスキルも無く、一見地味な印象を受けますが、確実に仕事をやり遂げるのが彼の真骨頂です」
そう言うと、再び遠くで行われている戦いに目を向けた。
一方、直撃した004も何とかしのぐことが出来たが、中央の1体だけは高出力レーザーを2度受けているためか、走る速度がかなり鈍っていた。
尊人はすぐに超能力でダッシュすると、中央のロボットの両側面にある砲身を少し折り曲げた。
ロボットはそのタイミングで機関砲を発射したため大爆発を引き起こし、その場に足を折って崩れた。
尊人はそれには見向きもせずに、左側から回り込んできた4本足に向かうと同じく砲身を少し折り曲げたが、さすがにこちらは撃っては来ず、超能力による衝撃波を放ってきた。
尊人はそれを大きくジャンプしてかわすと、爆発して動きが止まっている中央の4本足をサイコキネシスを使って弾き飛ばした。
凄まじい速度で吹き飛ばされてくるロボットを、左側のロボットは超能力で何とか後方へ受け流したが、その場で体制を崩し動きが止まった。
尊人はその間に右側の4本足に対して、地面を硬化させた岩の槍をロボットの真下から突き上げた。
完全に死角となる場所からの攻撃に、004は対処する間もなく岩の槍が直撃し、土煙を上げながら横倒しとなったが、装甲を貫くまでには至らなかった。
尊人はそれを見逃さず、横倒しとなっている地面から、次々と硬化した岩の槍を突き上げた。
直接触れている部分からの攻撃であるため、防御壁は効かず轟音を響かせ槍は全弾命中した。
それでも装甲は貫けなかったが、内部への衝撃は避けることは出来ず、白煙を上げて完全に沈黙した。
尊人は優雅に着地すると、残る左側のロボットに正対する。
「ば、馬鹿な……ランクS相当の私が操っている3体のロボットを、たった一人で相手をして残るは1体だけだと……!?」
「低ランクの者に対しては、同時に3体を操っても対処は可能でしょう。ですが、高ランクの者に対しては、その方法はお勧めできません。何故なら、折角の力が分散してしまい、1体1体の力が弱くなっているのです。その穴埋めを機械に求めているのでしょうが、機械は見えないと判断できませんからね。うまく死角を突くことで対処可能です」
尊人は歩きながらレーザーガンを向けると更に言った。
「さあ、1対1となりました。本当の力比べと行きますか?」
「望むところだっ!」
004が叫ぶのと同時に、尊人はレーザーを発射した。
004は増幅された超高出力レーザーを来ると考え、すぐに全力でプラズマフォースフィールドを展開したが、実際に尊人が撃ったのはただのレーザーガンであり、難なくそれを防ぐことができた。
だが、尊人の狙いは別にあった。
地面を硬化した無数の槍が004の真下から突き上げたのだ。
防御壁は対レーザー用に展開していたため、物理攻撃には全く効果が無かった。
ほぼノーガードで食らった004は地面に横倒しとなった。
そこに音もなく尊人が現れると、004の全方位カメラに右足を乗せた。
「チェックメイトです」
尊人はそう言うと、ドーム状の全方位カメラを超能力を使って踏み潰すべく力を込めた。
「ど、どうして!?俺の方がランクが上のはずなのに……どうしてっ!?」
歩くこともままならい状態の004は、今まさに視覚まで奪われようとしていたが、どうしても負けた理由が知りたかった。
「どうして貴方が負けたのか……それは貴方が生まれたばかりの子供だからですよ」
「な、なんだと!?俺はランクSである倉本の記憶を移植しているんだぞ!?」
「それは単に超能力を目覚めさせる為のトリガーにすぎません。どんなに他人の記憶を植え付けられたとしても、実際に体験したり修練しなければ、実戦では何の意味もないのです。例えるなら、ヒーロー物の映画をどんなに見たところで、実際のヒーローにはなれないのと同じです」
「くそっ!!」
004は超能力で地面を硬化させて作った槍を突き上げた。先ほどの尊人の攻撃を真似たのだ。
しかし、尊人はその槍に逆らわず、槍の先端に足を乗せたまま上空に押し上げられ宙に舞い上がった。そしてそのまま空中で前方宙返りをすると、加速しながら落下し004へ蹴りをお見舞いした。
だが、さすがにレーザーの直撃にも耐えるボディだけあって、ほとんどダメージを与えることは出来なかったが、まだ立ち上がることはできない。
尊人はそろそろ終わりにすべく、精神集中に入ろうとしたその時──。
『お兄様!避けて!!』
ヘルメットに麗子からの通信の声が響いた。
尊人は反射的に大きくジャンプすると宙返りした。
その足をかすめるように熱波が通り過ぎた。
ボディスーツ越しでもその熱を感じることが出来た……間違いない、レーザー砲だ。
尊人はふと見ると、そこには別の姿をしたロボットが立っていた。それは明らかに005の姿であり、自分の部下たちが相手をしていたはずであった。
「まさか、私の部下たちは……!?」
『お兄様……』
その時、麗子から震える声が聞こえてきた。
『……第3特殊部隊は……お兄様以外……全滅しました……!』
「!!!」
尊人は周囲を見渡すと、すでに薄暗くなっていた広い荒野に、1体の破壊されたロボットと、3つの白乳色の人間が倒れているのが見えた。
「相手はロボット……こちらは生身の人間……これでは割が合わないじゃないですか!」
尊人は涙ながらに叫んだ。
第3特殊部隊のメンバーとはもう何年も苦楽を共にした仲間だった。
あの超能力戦争の時も、共に戦い、生き抜いてきた戦友でもある。
そんな大切な命が、単なるロボットのために散らすことになろうとは……!!
「絶対に許さない!!」
尊人は生まれて初めて我を忘れ、怒りに任せて005に向かって飛び込んで行った。
005は直線的に向かってくる尊人に対して胸のレーザー砲を発射した。
尊人はそれを超人的な反射神経で横にかわすと、衝撃波を放つべく右手を突きだした。
だが、それよりも早く005の衝撃波が上空から尊人を襲い、地面に叩きつけられた尊人の周囲、半径2メートルほどの地面が陥没した。
「ぐはっ!!」
尊人はうつ伏せで倒れたまま動けなかった。
『お兄様──っ!!』
映像を見ていた麗子が悲鳴を上げる。
尊人は苦痛の中、何とか頭をもたげると、004と起き上った005の姿があった。
「私らしくもない……」
尊人は思った。
──常に沈着冷静が信条だったはずなのに、怒りに支配され取り乱した挙句、敵の攻撃も見えなくなっていたとは……。
「……みんな……すまなかった……」
尊人はそう呟くと死を覚悟した。その時──。
『勝手に死ぬな……』
突然通信で声が聞こえてきた。
この抑揚も感情もない声は……!!!
すると目の前に黒い影が現れた。これは……黒いボディスーツ……。
「遅れてすまない。後は私に任せて後ろに退け」
「は、花橘……楓……!」
「月光院尊人。貴重な戦闘データ、有効に使わせてもらう」
楓はそう言うと、大きくジャンプして陥没地帯から抜け出すと、クローンロボット達の背後に着地した。
ロボットらは楓の方へ体を向ける。
全方位カメラを搭載しているロボットは、それを操作するクローンとしては体の向きはほとんど関係なかった。超能力を行使するにはリアルタイムでその状況が見えていればいいのだ。だが、ロボットはAIによって行動がある程度自動制御されている。内蔵する武器を使用するにも、敵の攻撃を避けるにも、やはり正対して体勢を整える方が都合が良く、そのようにプログラミングされているのだ。
少なくとも、これでロボットからの攻撃の心配が無くなった尊人は、隙を見て戦線を離脱出来るだろう。
楓は予備動作なく004との距離を一気にゼロまで詰めると、低い体勢でその勢いのまま右手を開いたまま突き出した。
──掌底打ち。楓が最も得意とする打撃技である。
004は一瞬ビクッと体が震えると、そのままゆっくりと地面に倒れた。
掌底による衝撃は見た目ではわからないが、内部へのダメージは深刻なものとなる。それは人間でも機械でも同じことだ。しかも、実際に相手と接触しているので防御壁も効かないのだ。
あらゆる体術をマスターしていると言われる楓は、そこに超能力を効率よく上乗せしているので無駄が無く、隙も無いのだ。
楓はゆっくり振り返ると、今度は005を見る。
『もう結構です。005は撤退して下さい』
突然、005に可憐からの命令が入る。
「何だと!?相手はたった一人だ。ここは……」
『いいから命令に従ってください!』
いつになく厳しい口調の可憐。さすがの005もここは大人しく引いた方が良いと判断し、大きくジャンプして戦線を離脱する。
……だが、その隣には……。
「い、いつの間に!?」
005の隣にぴったりと寄り添うように、一緒にジャンプしていた楓。005が楓の姿を認識した時にはもう手遅れだった。
掌底を楓に叩きつけられ、真っ直ぐに地面に激突する005。
地響きと共にクレーターのような大穴が地面に形成され、土煙が立ち昇った。
楓はそのまま空中で向きを変えると落下しながら精神を集中し、今度は政府軍の仮設テント目がけて衝撃波を放った。
「!!!!」
可憐は強力な超能力を察知しすぐに防御壁を展開したが、その直後に凄まじい威力の衝撃波をまともに受け、まるで濁流の中の岩のように必死に飲み込まれまいと耐えていた。
だが、防御壁は遂に四散し、第1特殊部隊とクローンロボット001は仮設テントと共に吹き飛ばされた。
衝撃で50メートルほど塀や民家が崩れ、瓦礫もろとも可憐も飛ばされ、ブロック塀に激突してやっと止まった。
薄暗くなった周囲からは埃が舞い上がっていた。
「全員大丈夫ですか!?」
可憐は何とか体を起こすと通信で必死に呼びかけた。
しばらくすると、ぽつぽつと人影が見え始め、可憐の周囲に集まりだした。
「隊長……全員無事です!」
斉藤がヘルメットのバイザーを上げて報告する。
「そうですか……よかった……」
可憐はそう言って『浮遊』を使って空中に浮くと、全員に向かって言った。
「もう少し時間を稼げる予定でしたが、こうなっては仕方ありません。一時退いて体勢を立て直します。再攻撃は3時間後とし、それまでにもう少し頑丈な指揮所を作らせます。皆さんは後方で休んでいてください」
「「了解!」」
第一特殊部隊のメンバーは後方にある市役所……現在は仮の司令本部兼軍病院となっているのだが、そこまで退いて夕飯を食べたり、傷の手当や仮眠を取って体を休めた。
だが、クローンはロボットなのでそこまでは退かずに、自衛隊の電源車から充電をする程度で良く、交代で別館を見張っていたのだが、実は可憐の言動がどうしても気になり、独自の判断で可憐も監視対象としていた。
そうとは知らない可憐は時計を見ると、人気が無い路地に入り、再びどこかに電話をするのだった。
楓は殺意を以って仮設テントを攻撃した訳ではなかった。
月光院尊人や、別館を守り続けている真一と野良の超能力者達の体力を考えると、少しの間、お互いに休む時間が取れるような状況を作りたかったのだ。
楓はしばらくの間、仮設テントがあった方を監視していたが、狙い通り、しばらくの間退かせることができたと判断し別館に帰還した。
楓はすぐに麗子に交代で休息を取るように指示を出させると、自らも食堂へ行きヘルメットをテーブルの上に置いて軽く食事を取り始めた。
食欲は全く無かったが、こんな時だからこそ無理にでも食べて体力をつける必要があるのだ。そして、食べながら左手の通信機で自宅で待っている志郎へ連絡を取る。
志郎曰く、
『外はドンパチうるさいようだし、振動も酷いけど今のところ特に何も心配はない。それにしても、この家の地下って初めて入ったけど、マジですげぇな!大体さ……』
「無事ならいい」
志郎がまだ話している最中だったが、空気を読まずに話し始める志郎には付き合っていられないので、さくっと回線を切る楓。
そして考え始める。
この戦いを一刻も早く終わらせるにはどうすれば良いかを──。
しかし、その思考を遮る者が楓の前に現れる。
「花橘楓さん……」
そこには月光院花子……改め、麗子が立っていた。
「お兄様を救っていただき、ありがとうございました……お陰様で大した怪我ではないそうです………しかし……その他の……大事なメンバーが……」
麗子は涙を浮かべ、両手を握りしめていた。
「……もう少しだけ………もう少しだけ、貴女が来るのが早かったら……っ!!」
麗子はそこまで言ってハッとして顔を上げた。
「す、すみません!私ったら……貴女が悪いわけでは無いのに!……それは分かっているつもりです………でも……!」
麗子は意を決したように楓に言った。
「貴女ほどの力があれば、政府軍なんて簡単にひねり潰せるはずです!なのに、どうしてそれを……!」
やらないのですか!?とは聞けなかった。麗子だってわかっているのだ。
……それは単なる大量虐殺<ジェノサイド>であることを。
強者が弱者を自分の都合だけで殺して良いはずがない。そんな事は世間に疎い超能力者でもわかる事だ。
しかし、兄の我を忘れるほどの怒り、そして悲しみを考えると、麗子も胸が張り裂ける思いだった。
「すまない……」
楓は抑揚がない口調ではあったが、謝罪の言葉を口にした。
「……私は志郎に対する感情以外は捨てた身だが、愛する者を失う辛さは私にも理解できる……」
「───!」
涙を散らしながら必死に首を横に振る麗子だったが、言葉が出て来なかった。
麗子は楓に謝らせるためにここに来たんじゃない。本当に兄を助けてくれたお礼を言いに来ただけなのだ。
だが、楓は尚も続けた。
「確かに私もこの戦いを早く終わらせるにはどうすべきかを考えていた。しかし、それが政府の人たちを全員葬る事が正解だとは思わない。……だが、誰も傷つかず全く血を流さずに済む方法を願うほど、私は浮世離れした考えを持っていない。つまり、最小限の被害で最短の解決策を模索している。そのためには榊原を打倒するのが一番の近道だと考えている……」
「………」
麗子は無言で聞いていたが、ふと楓の後ろを見ると、そこには治療を終えた尊人の姿があった。
上半身は包帯でぐるぐる巻きにされ、肩から白っぽいカーディガンを羽織っている。
尊人は人差し指を唇に当て、気づかないフリをするように合図を送る。
「……だが、単に榊原を打倒すれば、本当に終わりになるだろうか?超能力戦争の時に倉本を倒してもすぐに榊原が台頭した。同じように榊原を倒しても次の超能力者が台頭するのでは無いか?……そう考えると、この世から超能力者が全員いなくなるしかないと考えるようになった」
「……姫は次に台頭する者は誰だと思いますか?」
ふいに楓の背後から質問を投げかける尊人。話しながら近づいてくる。
「貴女の考えを正直に話していただいて構いません」
そう言いながら、楓の隣の席に座る。
「月光院尊人だ」
楓は躊躇することなく答え、隣の尊人を見た。
「ふっ……まぁ、そうなるでしょうね……」
尊人は苦笑しながら答え右手で前髪を軽く払った。
「……次に、小野寺可憐、更に黒田信介も可能性がある」
「なるほど……つまり姫は、榊原さんを倒しても負の連鎖は続くと考えており、連鎖そのものを止める方法を模索している、という事ですか?」
「その通りだ」
楓はぶっきらぼうに答えた。
尊人は「ありがとうございます」と言って大きく頷いた。
楓は負の連鎖を止めるためには、超能力者をこの世から全員消すしかないと考えており、それが出来るのは自分しかいないと思っている。そして、その考えは大筋で正しいとも言える……。
尊人は自分が主導者となって世界を変革しようとは考えた事はなかった。
単に榊原の行いには強い憤りを感じ、自分が中心となって反政府軍を組織して榊原の野望を打ち砕き、誰もが住みよい世界を取り戻したいと考えていただけなのだが───その延長線上に『主導者』というものがあるのなら、まさに自分は第二の榊原と言えるのではないか?
『誰もが住みよい世界』
簡単に言えば、一般人と超能力者の共存だ。
そして、榊原の理想もまさにこれなのだ。
一般人と超能力者が共存できる世界───だが、それは超能力者が望む世界であり、一般人は超能力者がいる限り虐げられる存在でしかなく、一般人が望むのはこれまで通り『一般人だけの世界』なのだ。
尊人は目を閉じて少しの間考え込むと、目を開けて楓を見る。
その目には迷いは無いように見えた。
「花橘楓さん。貴女の言うとおり、このまま進めば反政府軍のリーダーである私が第二の榊原氏になる可能性があります。それは私が望む、望まないに関わらず、時代の流れがそうさせる可能性が高いという事です。超能力者はほとんどの者が社会に適合できない現状において、それらの者たちを統括するリーダー的な存在は不可欠であり、必然と私がその役を担うことになるでしょう……そして、その者達のために事をなそうとすれば、第二の榊原氏になりかねないのです……」
「お兄様……」
麗子が両手を胸の前で組んで心配そうに兄を見る。
尊人は麗子を見て軽く頷くと、視線を楓に戻して更に続けた。
「そういった意味では、貴女の考えは大筋で合っているといえます。しかし、榊原氏は自分の理想の為には手段を選ばず、放置すれば更なる犠牲者が増えるでしょう………つまり、優先順位としては、先ずは榊原氏の打倒。次いで我々超能力者のあり方を考えるべきです」
尊人の考えには一切の私情は見えず、心の声であることは楓も理解した。
その上で楓が話し始めた。
「基本はそうするしかない。だが、自分達が命を懸けてまで信じてきた者が倒された時、残された者達はどうなる?」
「………」
楓の問いに尊人は即答できなかった。
何故なら、先ほどの戦いで自分を信じてついてきた仲間が倒れたと知った時、自分は自分で無くなったのだ。
『先ずは榊原氏の打倒。次いで我々超能力者のあり方を考える』
尊人はそんなに簡単な話では無いことを悟った。
だからこそ楓は、この世界から超能力者を消し去るという最終手段を口にしたのだろう。
悲痛な表情で押し黙る尊人を見て、楓はすっと立ち上がると、食べ終えた食器が乗るトレーを手に取って話しかけた。
「先ずは榊原の打倒。それは変わらない。そのあと、お前や小野寺可憐らが台頭しようとしたら、私がそれを止めてやろう」
楓は無表情でそう言うと、背を向けて食器返却口へ向かう。
その背中に「ああ、頼む」という尊人の言葉が投げかけられた。
戦いとはどう進むにしろ楽な道は無い。だが、今やらなければならない戦いもある。
尊人はとにかくそれだけを考えて進む決心をしたのだった。