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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
15/22

遊撃

 『第4特殊部隊山本です。会議終わりましたか?』

 会議室Aのインターホンに話しかける真一。

 モニターに映る真一を見て、千佳は面倒臭そうに机にあるインターホンの通話ボタンを押した。

 「今終わったところだけど用事だったら食堂に戻ってからでいいだろ?」

 『それもそうなんだが、主賓がどうしても急げと言うもんで……』

 「はぁ……わかった、今開ける」

 そう言って別のボタンを押すと、会議室のドアが横にスライドし、廊下で突っ立っている山本真一の姿が現れた。

 「それでは、私はこれで失礼します……」

 月光院尊人は立ち上がって退出しようとするが、真一はそれを制止する。

 「いや、月光院隊長にもちょっと聞いて欲しいんだ。すぐに終わるから時間をくれないか?」

 真一が少し焦り気味だったので、急を要する出来事があったと察知した尊人は、再び席に座ると真一にも座るように促した。

 すると月面が右手を軽く上げながら真一に聞いた。

 「僕はここに居てもいいのですか?」

 「お前は居なくてもいい!」

 間髪入れずに真一は答えたが、千佳が同席を認めたので仕方なく真一も従った。

 そもそも月面は30歳で、真一よりもかなり年上だ。一般人から見れば真一の言動には眉をひそめるだろうが、超能力者の世界は実力社会であり他人の事を『配慮』するのは苦手であるため、両名ともそれほど気にはしていないのであった。

 「……で、用事とはなんだ?」

 千佳が腕を組んでふんぞり返りながら聞いた。

 「実は、迷彩服の男がいなくなったんだ」

 「迷彩服?確か、町田に付き添うように指示したはずだが?」

 「そう、それが町田が目覚めた時にはすでに姿はなかったらしい」

 「そうか。でもそんな超能力者でもない男がいなくなったとしても、戦力的にはあまり影響しないだろ?放っといてもいいんじゃね?」

 千佳は全く興味がないように軽くあしらう。

 「まあ、俺もそう思うんだが、主賓が『二重スパイ』の可能性があると……」

 「おい、シーッ!」

 千佳が慌てて人差し指を口に当てるが、対面に座る尊人はすぐにピンとくる。

 「なるほど、そういう事ですか……」

 「何の事かなー?」

 千佳は完全にしらを切るが、尊人は全て納得したようだった。

 「あの時……護衛艦内で初めて彼らに会った時、どうして一般人が第4特殊部隊に紛れているのかと思いましたが、私の思った通りどこかの国の工作員でしたか。そして、その内の一人が実は内調とも繋がっていた、という話ですね?」

 「チッ!お前はその妙に勘が鋭い所もキライなんだよ」

 千佳はそう言うとプイと横を向く。その先には真一の姿がありギロリと睨んだ。

 真一は思いもかけずに彼らの正体をバラしてしまいかなり動揺していた。

 「あわわ……どどどどうしよう……」

 「もういいから先に進めろ!で!?二重スパイがどうしたって!?」

 千佳がイライラしながら真一を怒鳴りつける。

 真一はしょんぼりしながら先を続けた。

 「えーと……そう、主賓が言うには、内調の動きがあまりにも先手を行き過ぎていると。連合軍の大陸進軍、原潜の侵攻、工作員への対応、更には第4特殊部隊への攻撃……すべての情報が筒抜けになっていると……」

 「なるほど、少なくとも第4特殊部隊への攻撃は実際に行動を共にしていないとわからないはずですからね……確かに内調と通じていたと考えるのが自然かもしれません。あの時私は彼らが工作員の可能性も考えて、護衛艦の中で『私たちを裏切ったら容赦しない』と脅しておいたのですが、まさか内調がバックにいるとは思いませんでした」

 尊人が首を横に振りながら言った。

 「いくらお前だって、あの時にそこまでわかる訳ないだろ!?……で、そいつがいなくなったからってどうなるって言うんだ?」

 千佳が面倒臭そうに言う。

 「そいつが居なくなったこと自体に意味があるんだ。考えても見ろよ?迷彩男が仮にスパイだとすると、情報を提供し続けるのが仕事のはずなのに、この場から消えたらそれが出来なくなるだろ?」

 「だからどうなるんだって聞いてるんだ!」

 真一の説明が回りくどいのでイライラする千佳。もう完全に考えることをやめている。

 「迷彩服の男は、この場所に居続けるのは危険だと判断したんじゃないのか?命の危険がある……つまり……」

 「つまり、内調による大規模攻撃の可能性があるという事です」

 真一の言葉に続けて尊人がおいしい所を持っていく。

 「何だって!?」

 千佳が驚いて立ち上がる。

 「内調の奴らは『謎の大規模爆発』の対応に追われているんじゃなかったのか!?」

 「裏をかかれたのは私たちの方だった……という事になります……」

 尊人も茫然としていた。

 「月面!すぐに内調の動きを探れ!もしかすると極秘にサーバを立ち上げている可能性がある!」

 「了解!」

 月面はそう言うと、ノートPCのキーボードを激しく叩き始める。

 「全館非常警戒態勢に移行!防御壁の展開およびレーザー砲の準備を急いでください!」

 尊人がマイクに向かって叫ぶ。

 その時、地響きのような揺れと同時に爆発音が聞こえてきた。

 「くそっ!遅かったか!兄!防御を頼む!あたしは外に出て様子を見てくる!月面はそのまま調査を継続!」

 「「了解」」

 千佳は二人の返答を確認すると、すぐに会議室から飛び出した。慌てて真一もそれに続く。

 尊人も会議室を出ようとしてふと立ち止まり、振り返って月面に話しかけた。

 「私は指令室に移ります!月面さんも一緒に来てください!その方が情報の展開がし易くなります!」

 「は、はい!」

 月面はノートPCを開いた状態で両手で持ち、尊人の後に続いた。

 

 千佳は食堂に向かうと、そこに集まっていた超能力者達に敵の侵入に警戒するよう指示を出し、自らは正面玄関から外に飛び出した。

 すると辺りは黒煙で何も見えない状態だった。周囲から爆発音が連続して聞こえてくる。

 内調は離れた場所から砲撃を行っているようで、防御壁で防いではいるが爆発時の黒煙が視界を塞いでいた。

 「超能力戦争の時はさすがの政府も民家への被害を考慮して、思い切った攻撃は仕掛けることができなかったんだけど、その時の戦いを知っている榊原は躊躇することなく砲撃してきたか……」

 千佳はこれはマズイと思っていた。

 この別館は住宅地のど真ん中にあり、周囲の路地は狭くて戦車の類は通行できず、かなり離れた場所に高台があるが、長距離砲撃をするには周辺の民家への被害は避けられない。それを承知の上で強行した事を考えると、日本政府として断固たる信念のもとで別館にいる者たちを駆逐しようとしているのだ。

 「さすがに熱核攻撃は無いとしても、レールガンやレーザー砲による攻撃はあり得るか……もしもこのまま自衛隊による攻撃が続けば、どうしてもその防御に人を割かなければならない……そこにクローンロボットが雪崩れ込んで来たら……これは面倒だな……」

 千佳は独り言を言いながら、正面ゲートの代わりに置いてある装甲車と輸送用トラックの方へ歩いて行く。

 もしも防御壁を担当する者が倒されると、この施設は砲火にさらされる。もちろんクローンロボットも被害に遭うだろうが、こちらは生身の人間だ。ロボットと違って替えが利かない。

 千佳は左手の通信機で花橘楓に至急戻るように通信すると、今度は月光院尊人にこちらから先手を打つと連絡する。

 ──そういえば。と、千佳は思い出す。

 月光院からボディスーツとヘルメットを支給されるはずだったのに、このゴタゴタのせいで装備し損ねたじゃん!

 千佳は再び月光院尊人に連絡を入れる。

 「全員に交代でボディスーツとヘルメットを着用させて!貴重な戦力を失う訳にはいかないから!」

 『もう指示しています。佐藤千佳さんも急いで着用してください』

 「あたしは後でいい!」

 千佳はそう言うと一方的通信を切る。

 ──我ながら──と、千佳は呆れながら呟く。

 第4特殊部隊の隊長だと言うのに、隊長らしいことは何一つやらずに単騎で敵を探して回るとか、アホにもほどがあるわ……。

 だが、誰かが遊撃隊として政府軍をかく乱する必要がある。別館の外にも敵がいることを認識させるだけでも、政府軍の判断を遅らせたり、作戦方針を変更させたり出来るのだ。

 千佳は一人別館周辺の路地を見て回っていた。

 敵はおろか、一般人の姿も見当たらない。

 榊原と通信で話をしたときに、別館の周辺住民を避難させたら攻撃を開始すると言っていたが、どうやら避難は完了しているようだ。

 民家と民家の間から、別館の上空で継続的に爆発が続いているのが見える。だが、山本兄がいれば、そう簡単には防御壁を破られることはないだろう。

 踵を返し別館に背を向けると、狭い路地を進む。

 すると、民家の屋根から超能力者の反応を感じ、反射的に横っ飛びで回避行動を取る。

 途端に千佳がいた場所が光り輝き、超能力で増幅されたレーザーがアスファルトを焼き、すぐにドロドロに溶けだした。

 「こんな所にまで虫が現れたか」

 声の主は瓦屋根から地面に飛び降りると、明らかに機械的な音が鳴り響いた。

 「あたしが虫だったら、お前はガラクタか?」

 千佳は立ち上がりながら服の汚れを手で払う。

 ガラクタと呼んだロボットは初めて見るタイプだった。

 艶消し黒で塗装されたボディの中央にカメラの望遠レンズの様なものが見える。恐らくあれが先ほどのレーザー砲だろう。他のロボットと同じく頭部は無く、代わりにドーム型の全方位カメラが設置されている。両手は無く、ロケットのバーニアのような吹き出し口が肩のあたりに装備されている。全高は1.3メートルほどしかなく、見た目はこれまでのロボットよりもシンプルだが、軽量で機動力はありそうだ。

 千佳は一瞬で分析すると、すぐに精神集中に入った。

 「おやおや、挨拶もなしにいきなり攻撃しようというのですか?これだから虫けらは……」

 ロボットはそう言いつつ両足に均等に自重を乗せて身構える。

 「避けれるもんなら避けてみやがれ!」

 千佳は挨拶代わりとなる衝撃波を放った。

 だが、ほぼ同時にロボットは地面を蹴ると、肩の噴射口から何かを噴射し、目にも止まらないスピードで高々とジャンプした。

 空を切った衝撃波はそのままブロック塀を吹き飛ばし、民家に直撃して半壊させた。

 ロボットはそのまま元の場所に着地すると、千佳に話しかける。

 「ふふふ……あんたはこれをガラクタと言ったが、ある程度の動作をハードに任せる事で、操作する側は超能力に集中する事が出来る……今のが良い例だ。あんたの超能力は発動と同時にロボット側で種類や威力、範囲、速度等を割り出し、それに合わせた最良の回避行動をロボットが自ら選択する。これにより、操作する側の私は集中を切らすことなく攻撃に専念することが可能になるのだ……」

 ロボットはスタンスを広げ、少し重心を低くしつつ話を続けた。

 「……私はコード005。一番仲が良かった002の弔いにやってきた。簡単には殺さないから覚悟しろ。虫けら」

 005はそう言うと、予備動作なく胸部のレーザー砲を発射した。

 ──そもそも002を葬ったのはあたしじゃなくて花橘楓だろうが!

 千佳はそう答える暇もなくレーザーを撃たれたのだが、予めレーザー対策としてプラズマフォースフィールドを展開していたので、005のレーザーは千佳の目前でプラズマ化し、減衰、屈折した。

 通常のレーザー兵器は無音、無色、無反動であり、しかも光速であるため、基本的には実際にレーザーを浴びてから初めて撃たれた事に気づく。従って、予めレーザー対策をしておかなければ回避はほぼ不可能なのだ。そのようなレーザーにも弱点がある。一つは、射程距離が短いことだ。

 レーザーはそもそも光であるため、空気中では拡散、減衰が激しく、大型なレーザー砲であっても5キロ程度の射程しかないのだ。

 もしも出力を上げれば、超高温となり空気摩擦や水蒸気等の影響でプラズマ化し大爆発する危険があり逆効果となる。

 現在は、先に低出力レーザーを発射し、トンネル効果を利用して高出力を維持する方法を取られているが、まだ期待するほどの効果は上がっていなかった。

 もう一つの弱点は、レーザー自体は単なる高温の光であることだ。

 例えば、レーザーを地球に落ちてくる隕石に向かって発射したところで、単に隕石を超高温で焼くだけしかできず、隕石は何事もなく地上に落下するだろう。専門用語で言えばストッピングパワーが無いのだ。

 そう言った意味では、レーザーはかなり限定的な使い方しかできないのだが、使い方によっては非常に恐ろしい兵器と化す。

 特に対人には特効である。

 千佳は低い姿勢で前方へダッシュしながら衝撃波を放った。

 005は横にステップしながら体を翻してこれをかわすと、同時に上空から圧縮した空気の塊を落としてきた。

 千佳は防御壁で受け止めるが、前方への推進力は失われ、一瞬その場で立ち止まった。

 そこへ005はレーザーを発射した。

 千佳はこれも何とか受け切ったが、このままではどう考えても千佳の方が不利だった。千佳にしてみれば、005とロボットの2体を相手にしているようなものだ。

 「ちっ!時間が経てば経つほどこちらが不利になる。何とか早く勝負をつけたいが……!」

 ズバッ!!!

 再び005からレーザー攻撃を受け、プラズマが千佳の後方へ流れていく。

 ──そうかい!考える余裕さえ与えないつもりかい!?だったら!

 千佳は再び走り始めると、直接005へ向かうのではなく、円を描くように大きく迂回しながら走る。

 「せめてあのレーザーの射線を外すように動かないと面倒だからな!」

 千佳は超能力を使って一気に加速する。

 005も千佳の動きに合わせて、体を正対しようと体の向きを変える。

 千佳は動きを読まれないように、突然立ち止まったり、向きを変えたりするが、ホットパンツ姿の千佳は、筋肉の動きで次の行動が読まれやすく、機械から見ればあまりにも分析しやすい恰好なのだ。

 005は的確に千佳へレーザーをヒットさせ、その都度、バリバリと音を立ててレーザーがプラズマ化する。だが、千佳は動きを止めず、尚も走り続け、005もレーザーを発射し続ける。

 千佳は何とかレーザーを防御しているが、超能力を移動と防御の両方に使用しているため、精神的にも体力的にも限界が近づいていた。

 すると005のレーザー発射口が橙色に光っただけで、レーザーは発射されなかった。

 「やっと来た!!」

 千佳は叫びつつこれまでとは近い、直線的に一気に005へ向かう。

 005はこれを迎え撃とうと、再びレーザーの発射を試みるが、今度はチカッと一瞬光っただけだった。

 ロボットは慌てて移動するが、目に見えてその動きが遅くなっているのがわかる。

 千佳はそれを見逃さず、レーザー発射口へ右ストレートを繰り出しながら衝撃波を放った。

 005の体は大きな穴が開いたかと思うと、上半身が地面に落下し、下半身は後方へ倒れ文字通り真っ二つとなった。

 「……な……な……どどど………」

 005は言葉にならない言葉を発している。

 千佳は腰に手を当てて005を見下ろすと、フーッとため息をついてから口を開いた。

 「005。お前はあまりにもロボットを酷使し過ぎた。レーザーには電力と冷却が必要だ。それなのにお前は、冷却時間もほとんど与えず、レーザーを撃ち続けたため、レーザーの触媒が高熱に耐えきれずに壊れたのだ。しかも、ロボットは自身が動くための電力すらもう底をついているような状態だった」

 千佳はそういいながら超能力を足に込めて、ドーム状の005の全方位カメラを踏みつけた。

 ガシャッ!という音と共にカメラは砕け散り、ロボットからは何の反応も無くなった。

 千佳はすぐにこの場から立ち去るが、超能力を使えば探知されやすくなるため、自分の足だけで走るしかなかった。

 その時、花橘楓から通信が入った。

 「こちら花橘楓。これから別館の周囲1キロに渡って更地にする。佐藤千佳。もしもこの範囲にいるのなら、急いで退避するか防御壁を展開して」

 「花橘!来てくれたのか!?……って、おい!それってどーゆー意味……」

 と千佳が質問しようとしてふと振り返ると、腹に突き上げるような地響きと共に、別館を中心として同心円状に民家が粉々になって、次々と上空に塵が巻き上げられていくのが見えた。

 その速度は凄まじく、周囲約1キロの民家やビル等を全て粉微塵とし、草木や電柱さえも無い、完全なる更地と化すのにほんの2、3秒だった。

 そこに存在する生物、植物、建物……全ての物が瞬時にして消滅したのだ。後に残ったのは平らな地面と、建物を支えていたであろうコンクリートの基礎部分が広大な範囲で広がっていた。

 この光景を上空からみると、まるで巨大なUFOが町のど真ん中に着陸したかのように、綺麗な円形となっているだろう。

 だが、辺りは粉塵が舞い、別館は真っ黒い霧に覆われたようになっていて、視界は極めて悪い状態だった。

 

 千佳はギリギリ範囲外ではあったが、その衝撃で吹き飛ばされそうになるのを防御壁を展開し九死に一生を得た。

 「ゴホゴホ!……お前はなんてことをするんだよ!?」

 再び通信機に向かって叫ぶ千佳。

 「無事だったか。だが、これは戦略上かなり有効だ。敵がここを襲撃するには合、隠れる所が一切ない状態で1キロも進んでこなければならないのだからな。こちらからは丸見えなので、狙い撃ちして下さいと言っているようなものだ」

 「そ、それはそうかもしれないが、ゴホ……向こうからも別館が丸見えなんだぞ!?しかも、衛星からの映像で……ゴホゴホ……別館の配置もある程度把握しているはずだ」

 「まぁその通りだが、済んだ事をとやかく言われてもどうする事も出来ない。以上」

 楓はそう言うと通信を切ってしまった。

 「あ、あの野郎……」

 千佳は苦笑するしかない。

 確かに住民は避難済で一般人の被害は無いはずだが、これは明らかにやり過ぎだ。しかし、政府軍が先に一般家屋への被害を顧みずに攻撃を仕掛けてきたのだから、自業自得とも言えなくもない。家が無くなった人たちには同情するが、この戦いが終わったら政府からたっぷり金を貰えばいい。

 それよりもこんな事を簡単にやってのける花橘楓の力がとんでもないのだ。

 もしかすると、自衛隊の装甲車やクローンのロボットもこの範囲に居たかもしれない。だが、おそらくそれらも含めて塵と化したはずだ。

 その桁違いの能力差に味方ながら恐怖を感じる千佳であった。

 この黒い霧の中心に立ち、一人、別館の屋上で空を見上げながら楓は呟いた。

 「ただ普通の生活を望み、それさえも叶わない世界なら………この私が終わらせる」

 

 

 この現実とは思えないような光景を見て、愕然とする者が政府内にもいた。

 榊原内閣情報官である。

 もちろん榊原が愕然とする理由は、町が塵と化したことではない。

 粉塵の影響で衛星からの映像は不明瞭であったが画像解析の結果、別館の屋上に制服姿の花橘楓がいるのを確認できた。つまり、町が灰塵と化したこの現象は、状況的に考えても花橘楓の仕業としか考えられなかった。

 朝方、002を倒したのは花橘楓であることは、当時の戦闘記録からも判明していた。だが、榊原はそれは主賓を守るための自衛的行為だと考えていた。

 花橘楓の行動理念は『主賓第一主義』である。

 そのため、一時的にクローンらと戦闘があったとしても、その後、直接的に主賓に危険が及ばず、いままでの生活を約束さえすれば、敵対することは無いと思っていたのだ。

 しかし、今回の別館の半径1キロメートルにも及ぶ広範囲の破壊行為は、主賓とは関係なく行動したとしか思えなかった。つまり、花橘楓は自らの意思で政府に反旗を翻したのだ。

 榊原はこうなるのを最も恐れていた。だから志郎をいち早く内調で保護することで、楓を味方にする作戦だったのだが、思いのほか第4特殊部隊が健闘したため、このような状況になってしまったのだ。

 「日本を核攻撃の脅威から救うためとはいえ、主賓を第4特殊部隊に渡したのは今になってみると失敗だったと言わざるを得ないか……」

 今更悔いても始まらないことは百も承知しているが、バケモノである花橘楓との戦いを前に、気持ちが後ろ向きになるのも仕方ないだろう。

 榊原は意識的に気持ちを切り替えて顔を上げると、全てのクローンを別館に集結させると共に、第1特殊部隊隊長、小野寺可憐を呼んだ。

 小野寺可憐率いる第1特殊部隊と、黒田信介率いる第2特殊部隊は、核ミサイルからの本土防衛直後、すぐに東京へ移動していた。

 執務室に姿を現した可憐は、いつものように小豆色のジャージを着て部屋に入った所で直立していた。

 「可憐さんすみません。ほとんど休む間もなく今度の相手は第3、第4特殊部隊です」

 「榊原さんが謝る事はありません。私は貴方の命令であれば何処へでも喜んで参りましょう」

 「ありがとう、可憐さん。おそらく第4特殊部隊はほとんど戦力とはならないはずですので、相手は第3特殊部隊の月光院と……」

 「花橘楓さんですね?」

 榊原が少し言いにくそうだったのを察して、可憐が代わりに言った。

 「はい……その通りです……」

 「ふふふ……」

 可憐は苦笑するしか無かった。

 花橘楓は誰もが知る強大な力を持つ超能力者だ。可憐ほどの能力者であっても、まともに戦えば勝算の見込みなど皆無だった。

 だが、実戦では何が起こってもおかしくは無い。それは可憐自身が経験している事だった。

 超能力戦争の時──可憐は政府軍として反政府軍の榊原と戦った。

 ランクAの可憐としては、ランクCにも満たない榊原など眼中にない存在だった。しかし、実際に戦ってみると、榊原は可憐をあと一歩の所まで追い詰めたのだ。

 実戦では何が起こってもおかしくは無い。

 「榊原さん……第1特殊部隊の力、そして私の力……存分にお見せしますわ」

 「期待していますが、無理だけは絶対にしないでください。私の将来像には可憐さんの力が必要不可欠です。だから、必ず生きて帰ってきてもらわないと、私が困ります!」

 「榊原さん……」

 可憐は榊原の言葉が嬉しくて、涙がこぼれそうになるのを堪えながら言った。

 「わかりました……必ずや反政府軍を撃破し、またお会いする事を約束します」

 可憐はそう言うと軽く会釈して退出した。そしてすぐに部下の斉藤を通信で呼んだ。

 斉藤の髪の毛は剛毛で直毛であるため、いつもハリネズミのように髪の毛が尖っていた。タイプとしては真一と同じく筋肉系だが、こちらはしっかりと隊長を補佐する面倒見が良い感じだ。本人は幼女好きではないと言っているが、成長前の子供にしかみえない可憐に対する態度は、どう見ても普通とは違うように感じる。

 今でこそ斉藤を始めとして、第1特殊部隊のメンバーは可憐を隊長として慕っているが、元々は第1特殊部隊の隊長は別の者だった。しかし、先の超能力戦争で戦死し、その後釜に可憐が隊長として抜擢されたためメンバー全員がそれに反発した。

 可憐は元々は敵方であり、しかも見た目が幼女なのでとても自分達の隊長には相応しくないというのが理由だった。

 そのような中、可憐は一切の文句を言わず、淡々と作戦を遂行しメンバーのために率先して働いた。斉藤らはその姿を見て、この幼気な女の子を守るのは自分しかいないと考えるようになり、更に可憐のその容姿からは考えられないほどの圧倒的な強さを見せられ、遂に隊長として認めるようになったのだった。

 「何ですか?隊長?」

 斉藤がすぐに通信に出る。

 「反政府軍を叩き潰します。全員に出撃準備をするように伝えて下さい」

 普段よりも言葉が荒い……これはかなりヤバくなりそうだな……。

 僅かな違いを斉藤はすぐに直感すると「わかりました!」といつも以上に元気に答え通信を切った。

 そんな斉藤の心遣いを嬉しく思い、つい頬が緩む可憐だったが、すぐに前を見て気持ちを引き締める。

 可憐は楓との戦いを前に、自分の部下達のためにも、勝つためには手段を選んでいる場合ではないと言い聞かせた。

 小さな胸を手で押さえ、息を整えて冷静さを保つ努力をする。

 すると、可憐はおもむろにどこかに電話を掛け始めた。

 「すみません。どうしても取り次いでいただきたいのですが………」

 

 可憐は勝つためのカードを切るのだった。





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