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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
14/22

名家

 15時31分。東京──超能力研究施設別館 食堂。

 政府が住宅密集地で発生した『謎の大規模爆発』の対応に追われている間に、別館に終結した第3特殊部隊と第4特殊部隊は、それぞれ十分な休息を取ることが出来、現在は千佳の呼びかけに応じた野良組も含めて、食堂で全員が参会していた。

 別館の食堂はそれほど広くは無かったが、15名程度の人数であれば十分すぎるスペースがあった。

 今日は初めての食事となる者が多く、それぞれが自分の好きな食べ物をトレーに乗せて味わっていた。もちろん、志郎もこの超能力者の集まりに参加していて、千佳と楓の間に挟まれながらカレーライスを頬張っていた。

 頃合いを見て月光院尊人が立ち上がると、大型テレビの前に進み大きな声で話し始めた。

 「お早うございます。第3特殊部隊隊長月光院尊人です。皆さん、どうか食事を楽しみながらでも結構ですので、耳だけはこちらに傾けていただきたい……」

 尊人はそう言うと、一度ゆっくりと全員を見渡す。

 ガヤガヤしていた食堂は静まり、食器の音だけが小さくカチャカチャと聞こえていた。

 尊人は更に続ける。

 「……さて、我々はこうしてこの場に集った訳ですが、その目的を今一度、確認させていただきます。我々の目的、それは、今も尚、不当に超能力研究を続け、その力で世界を奪おうとする日本政府、もっと具体的に言うのであれば『内調の打倒』こそが我々の目的であります。これに賛同できない者はすぐにこの場から立ち去っていただきたい」

 尊人は再び食堂をゆっくりと見渡すが、席を立つ者は誰もいなかった。

 その結果に大きく頷くと、更に続けた。

 「ここにいる全員が同じ目的のため戦う同志であることを確認でき、本当に心強く感じております。そして、その強い気持ちを胸に、この場に集まっていただきまして、心から感謝いたします」

 そう言いながら頭を下げる尊人。

 その姿をみた者たちは、皆、食べるのを一時止めて、尊人に対して頭を下げて答えた。

 顔を上げた尊人は気を引き締めた表情に変わり口を開いた。

 「それでは現在の状況を簡単に説明させていただきます。まず、世界情勢からですが、昨晩、アメリカから日本に向けて核弾道ミサイルが発射されました。しかし、各特殊部隊と花橘楓さんの活躍により、この脅威をから日本を守ることに成功しました。しかし、日本政府は核弾頭を破壊するだけでは飽き足らず、そのうちの3発を中国と朝鮮に落下させ、何万人という尊い命を一瞬にして奪いました。アメリカの声明では、日本に向けて発射したミサイルが、何らかの外的要因で弾道が変わって大陸の主要都市に落下したのだと主張していますが、被害を受けた連合国はそれだけでは納得できず、そもそも独断で熱核兵器を使用したアメリカの責任について言及しているようです。おそらく、世界は日本に対抗できるだけの力もなく、今�

��の核被害の問題処理で手一杯のため、日本にかまっている暇はないと思われます。一方、日本国内に目を向けると、やはり政府の横暴が目につきます」

 榊原がそこまで言うと大型テレビの電源が入り、現在放送されているワイドショーが映し出された。

 そこでは、早朝に発生した『謎の大規模爆発』の被害報道が繰り返しされていた。

 「この事件は、日本政府が秘密裏に進めていた『超能力者のクローン研究』がもたらした人的災害です。現在の技術では、肉体の早期成長を促す高速培養は、通常の倍程度までしか出来ません。しかし、脳に限って言えば、通常人間の脳は約1年程度で成長が完成します。それを倍の速度で成長させ、超能力者の記憶をアップロードする事で、半年程度で一人前の超能力者を誕生させることに成功したのです。超能力を発揮するには肉体は不要で、脳みそさえあればいいという内調の考えは、倫理的、道徳的、人道的にとても看過できるものではありません。しかし、それを強引に推し進めた内調は、そのクローンを使って主賓、および第4特殊部隊を攻撃したため、今回の大規模爆発の被害が出るに至ったのであります」

 このタイミングでテレビの電源はオフになり、画面はブラックアウトしたが、尊人の話はまだ続いた。

 「この事件の恐ろしいところは、クローン達は肉体を持たず、一度に複数のロボットを遠隔操作する事で実行された点です。このロボットをどんなに倒しても、それはクローンを倒した事にはならず、単にクローンが操る人形を壊したに過ぎないのです。もしも、このロボットが量産化され、クローン達に分け与えられたら、クローン達は内調本部にいながら世界に超能力を使うロボットの兵隊を送り込む事ができるのです。そして、内調は培養液に浸かり、様々なコードが繋がれている脳だけを管理すればいいのです。そしてもしも、意に反するクローンが出たら、脳が入ったカプセルの電源を落とせば簡単に殺すことができますので、内調としては超能力者を意のままに運用することが可能となるのです。そうなると、私たちのよう�

�自分の意思で動くことが出来る超能力者が邪魔になるのは当然とも言えるでしょう」

 尊人は両手を力強く握ってからバッと両手を広げた。

 「だが、我々はその前に政府の……内調の野望を打ち砕くのです!超能力者は戦争の道具ではありません。この地球に住む一般人と同じ人間なのです!やってやろうじゃありませんか!?私たちがクローンに劣る部分なんて何も無いのです!今こそ、内調を打倒し安寧の世界を取り戻そうじゃありませんかっ!?」

 そう言いながら右腕を高く振り上げる尊人。

 『おおーっ!!!』

 いつの間にか食事も忘れて尊人の話に聞き入っていた者たちは、一斉に立ち上がって右手を振り上げて大きな声で応えた。

 この様子を見ていた千佳は、隣の真一に向かって小さな声で話しかけた。

 「さすがは月光院。こういった演説をさせればあいつの右に出る者はいないな」

 「ああ、例のオーバーアクションも繰り出されたからな。かなりノっている証拠だ」

 真一も千佳に耳打ちする。

 「今後の作戦は追って通達します。今は一時の食事の時間をしっかり楽しんでください。有難うございました」

 そう言って締めくくった尊人に対して、割れんばかりの拍手喝采が送られ、それに右手を軽くあげて応える尊人。

 尊人の狙い通り、この演説で全員のモチベーションが一気に跳ね上がり、同時に盟主は自分であるという事も印象付ける事に成功したのだった。

 尊人は席に座ると入れ替わるように麗子が立ち上がる。

 「私は第3特殊部隊副隊長の月光院麗子です。これから名前を呼ばれた方は、今後の行動方針を打ち合わせしますので、この後会議室Aにお集まり下さい………月光院尊人、佐藤千佳、花橘楓、以上3名」

 「おい、花子」

 千佳が軽く右手をあげて麗子を呼ぶと、右の眉をピクピクさせ怒りを抑えながら麗子は口を開いた。

 「あ、貴女という人は……!何度このやり取りをしたらわかっていただけるのかしら!?私の名前は麗子!月光院麗子ですっ!」

 「もうわかったって!それよりも本題だが、その打ち合わせとやらにうちの月面……田中天馬も出席させたいのだがいいか!?」

 自分の主張があっさり聞き流され、両手を力一杯握りしめて肩を震わせながら怒りを抑える麗子だったが、何とか千佳の質問に対して口を開いた。

 「ど、どうして……その方を出席させたいのです……か……?」

 「月面は情報処理のエキスパートだ。いれば何かと役に立つはずだ」

 「お兄様……」

 麗子は座る尊人に小声でお伺いを立てる。

 「問題ありません」

 尊人が即座に返答する。

 「承知いたしました……佐藤千佳さん。貴女のご要望通り、げ、月面さん?……の参加を認めます」

 「サンキュー!」

 千佳は再度右手をあげて礼を言うと、自分の対面に座る月面に「頼んだぞ?」と声をかける。

 月面は「はい!」と大きな声で返事をすると、ノートPCを小脇に抱えて立ち上がった。

 真一はそれをあからさまに面白くない表情で眺めていた。

 千佳もゆっくり立ち上がると「ちょっくら行ってくるわ」と言いながら志郎の肩をポンと叩く。

 それに合わせて楓も立ち上がり、志郎に「すぐに戻るからここで待ってて」と耳打ちする。

 「いてら~」

 と軽く見送る志郎がふと横を見ると、不貞腐れて腕を組む真一の姿があった。

 志郎は何となく真一に話を振らなければと考えて話しかけた。

 「そういえばその義手、いつものごついタイプじゃないんですね?」

 「ん!?ああ、そうなんだ。早朝の戦いでお気に入りのやつが木端微塵になったんで、仕方なく地味なこいつで我慢してるんだ」

 そう言いながら真一は、自分の肌色とあまり変わらない、一見すると義手であることもわからないほど精巧にできている右手を握ったり、開いたりしていた。

 「でも、あんな服の袖も通らない金属の塊みたいなものよりも、そっちの方がいいと思いますよ?」

 「普段使いであれば断然こっちの方がいいんだが、戦闘となるとやはり向こうの方がいいんだ。だってパワーが段違いだからな」

 「さすがは脳筋……」

 ボソリと志郎は呟く。

 「ん!?お前、今……」

 「志郎!兄貴!」

 真一の言葉を遮るように二人を呼ぶ声が響いた。

 志郎と真一は同時に振り返ると、そこにはさゆりと町田の姿があった。

 「おお!?もう体は大丈夫なのか!?」

 「あったりまえじゃなの!点滴打って爆睡したら一発完治よ!」

 さゆりはそう言って志郎の背中を左手でバチンと叩いたが、顔は擦り傷だらけで左頬には大きな絆創膏が貼られ、脱臼した右肩はやはり動かないように固定されていた。

 見るからに痛々しい姿のさゆりは明らかに強がっていたのだが、志郎はあえてそれに乗っかる。

 「お前の事は心配してないって!」

 「あによ!」

 そんないつものやり取りをしてさゆりを元気づける志郎だったが、さゆりの隣に立つ町田亜季には真剣は表情で話しかけた。

 「……町田、俺をかばって酷い怪我をさせてしまって本当に悪かった」

 「私の怪我は表面的なもので、骨や神経、筋肉にはそれほどダメージが無いので問題ありません」

 そう言ってポニーテールを揺らし両手で軽くガッツポーズを作る町田はニコっと笑う。昨晩まで着ていた学校の制服はボロボロになったので、今はさゆりから借りた学校指定の紺色のジャージを着ていた。

 こうして見ると、町田亜季は本当にごく普通の地味な女子高生にしか見えなかったが、だからこそ工作員として都合が良かったのだろう。今は同じ工作員だった菊池らと無事を喜んでいた。

 すると、さゆりは少しバツが悪そうに志郎に話しかけた。

 「……志郎。花橘が来てるんでしょう?」

 「ああ、今は作戦会議だとかに呼ばれてて、この場にはいないがな」

 「そう……あたし、花橘に謝らなきゃ……」

 「何で?」

 志郎はきょとんとした顔をしていた。

 「当たり前でしょう!?今度こそあんたを守ると言っておきながら、結局最後まで守ることが出来なかったんだから……花橘に期待されて指名されたのに……!」

 「さゆり!」

 志郎はガタンと椅子から勢いよく立ち上がると、両手をそっとさゆりの肩に乗せる

 「し、志郎!?」

 突然の事でびっくりし、赤面するさゆり。

 志郎は、固められたさゆりの右肩を撫でながら優しい口調で言った。

 「右肩がこんな状態で精神集中もままならない中、本当にさゆりは頑張ったよ。ずっと一緒にいた俺にはよくわかる。だからあまり自分を責めるなよ……」

 「志郎……」

 さゆりは志郎から優しい声を掛けられ、胸がときめく気持ちだった……のだが!

 「おう!さゆり、そんな事より検査結果を貰ったんだろ?俺にも見せてみろよ!?」

 野太い真一の声で現実世界に引き戻されるさゆり。

 志郎もすぐに手を離して自分の椅子に座ってしまった。

 「クッソ兄貴がぁ!!」

 さゆりは真一をすごい勢いで睨みながら吠えると「あたしも何か食べる!」と言って、カウンターの方へ行ってしまった。

 それを見ていた町田が「私も!」と言いながらさゆりの後を追った。

 菊池と剛は「本当に無事でよかった」と喜び、真一は「どうしてさゆりに怒られたんだろう?」と首を傾げている。

 「……!?」

 その光景を見ていた志郎は妙な違和感を感じた。

 「どうした主賓?」

 志郎の異変を察知して真一が声をかける。

 「ちょっと待って下さい。何かが……おかしい!?」

 志郎は眉間に手を当てて何かを考えていたが、不意に顔を上げると真一の右腕の袖を掴みながら慌てて言った。

 「もう一人……元工作員の男はもう一人いたはずです!彼は今どこに!?」

 真一は志郎の肩を掴んで先ずは落ち着くように言うと更に続けた。

 「……誰の事を言っているんだ?迷彩服を着た男の事か?」

 「そうです!彼は今どこにいるんでしょうか!?」

 「確か……町田って娘に付き添っていたはずだが……いないのか?」

 「はい、どこにも見当たらないんです」

 「あの娘に直接聞いてみればいいだろう。戻ったら聞いてみればいい」

 真一はそれほど気にしていないようだ。

 「そうですね……」

 だが、志郎は何とも言えない嫌な予感に襲われていた。

 

 ◆

 

 

 会議室Aは所謂『THE会議室』であった。

 部屋には一般的な事務机が長方形に並べられており、壁には60インチほどはあるマイクロLEDディスプレイが壁に埋め込まれていた。

 会議室のディスプレイに最新技術であるマイクロLEDを使用する必要性はあまりなく、一目見てそれだとわかる人もあまりいないと思われたが、月光院家としてはこの技術にかなり投資をしていたので、月光院家の息がかかる場所には、マイクロLEDディスプレイが置かれていたのだ。

 その自慢のディスプレイに映し出されていたのは、月面のノートPCの画面であり、クローンに関する情報が簡潔にまとめられていた。

 「現在映し出されているのは、内調の中央データサーバから抜き出した、クローンに関する情報を羅列したものです」

 月面が画面の説明をする。

 「クローン達は旧内閣府庁舎の地下にある、超能力研究施設にいると思われます。稼働しているクローンは5体でしたが、花橘楓がコードネーム002を倒しましたので、現状は4体のクローンが稼働しています。第4特殊部隊と直接戦闘を行った003のデータから超能力ランクを推測すると、ランクA相当という結果となりましたが、002はそれよりもランクが高かったと思われます。つまり、クローン達の実力には個体差があり、現状の技術ではまだ安定してSランクの超能力者を作り出すまでは至っていないと見るべきでしょう……」

 普段はあまりしゃべらない月面であったが、この時ばかりはマシンガンのようにしゃべっていた。

 「……クローンの手足となるロボットですが、1人のクローンが操作できるのは3~4体。しかしそれはあくまでも単純な動きに限られ、本格的に超能力を使った戦闘行為となると、同時に動かせるロボットはもっと少なくなると思われます。また、それらロボットにも個体差があり、開発にはクローン達の意向が反映されているようで、現在までに確認されているのはその中の2機種です。詳細は画面を確認下さい」

 ディスプレイには遭遇したロボット2体の構造図が表示されている。

 「来月には新たに10体のクローンがロールアウトする予定で、旧館地下研究所では着々と準備が進められています。これに合わせて一番データが取れている003が使用するロボットを汎用機として大量生産する予定です。本来であればこの分野に月光院家の力を借りたかったようですが、それが出来なくなりロボット生産はかなり遅れている模様。これらデータからも、内調を叩くには今が絶好のチャンスだと思われます」

 月面はひとしきり話し終わると軽く一礼して着席した。

 「月面さん、でよろしいですか?……ありがとうございました」

 尊人はそう言うと、座ったまま全員に話しかける。

 「さて、旧館地下研究所を攻撃する必要があることはわかったと思います。では、それに向けた話をしたいのですが、何か意見や先に言っておきたい事はありませんか?」

 「ああ、だったら一ついいか?」

 千佳が頬杖をつきながら軽く手を上げるので、尊人は「どうぞ」と短く答えた。

 「第4特殊部隊と花橘楓は攻撃部隊、バックアップおよび作戦指示を第3特殊部隊という事でどうだ?ちなみに野良のやつらは第4特殊部隊としてカウントしている」

 千佳の案に尊人は顎に手を当てて考え込む。

 「……大筋では私も同じ考えですが、野良の皆さんを少しこちらにも回して欲しいのですがよろしいですか?」

 「それは構わない。……ところで、あたし達にまともな装備は用意できるか?」

 「月光院家で量産化を目指して開発している特殊ボディスーツ一式を用意しましよう。しかし、オリジナルはオーダーメイドの装備なので、こちらは若干性能が落ちてしまいます。あまりボディスーツを過信しないようにして下さい」

 「ああ、それでも助かる。こんなホットパンツ姿よりは全然マシさ」

 千佳はそう言いながら足を持ち上げて全員に生足を見せる。

 尊人は焦って視線を外し、月面は身を乗り出して見つめ、楓は冷ややかな目で見ていた。

 「……で、では、一時間後に作戦を開始するという事でよろしいですか?」

 尊人が全員を見渡して確認する。

 「ああ、問題ない」

 千佳が返答し。月面も頷いた。

 「それについては問題ない。だが、一つ懸念がある」

 今まで黙っていた楓が口を開いた。

 尊人は目を閉じ息を吐くと「主賓ですね?」と聞いた。

 楓はコクッと頷くと更に続けた。

 「シロは一般人。従って安全な場所を確保した上で護衛をつけて欲しい。そうじゃなければ私がシロの護衛をする必要がある」

 「そうだろうと思っていました……」

 尊人は静かに答える。

 「この別館はまだ前線で戦うのは難しい山本さゆりさんと私の妹である花……ゴホン、麗子で守ってもらうつもりです。主賓はこの別館にいれば比較的安全だと思われますがどうでしょうか?」

 楓は尊人の提案に首を振った。

 「シロについて私に考えがある。好きにさせてもらう」

 そういうと立ち上がる楓。

 「花橘楓さん、どこに行くかはあえて聞きませんが、必ず一時間後の作戦開始前には戻ってきて下さい」

 「わかった」

 楓は短く答えると会議室を後にした。

 

 

 志郎は町田に迷彩服の男が今どこにいるのか尋ねたが、答えは「しらない」だった。処置が終わりベッドの上で目覚めた時には姿が無かったらしい。どうやら、菊池と剛の二人と合流しているものだと思っていたようだ。

 志郎は迷彩男が『二重スパイ』だった可能性について真一に相談した。

 「内調がやけにアメリカに関する情報を掴むのがが早かったのは、迷彩男のような二重スパイから情報を得ていたからだと思うんです」

 「うーん……確かに大陸から連合軍が攻めてきた時は、その前に法人を帰国させて大陸の放棄を決定したり、アメリカの原潜のターゲット情報もいち早く掴んでいたようだし……そういえば日本に潜り込んでいた工作員の情報も簡単に入手していたな……」

 「それらの情報は協力者がいなければ簡単には入手できない情報のはずですよね?」

 「それはそうだが……じゃあ、千佳さんに相談してみよう。会議もそろそろ終わる頃だろう」

 真一はそう言うと立ち上がったので、志郎も同行しようと一緒に立ち上がった。

 そこへ志郎を引き留める声があった。

 「シロ。ちょっと待って」

 振り返ると楓が立っていた。

 制服姿なのは変わりないが、バックパックを背負い、そのフックにヘルメットをぶら下げていた。

 「これから私と一緒に来て」

 そう言いながら腕を掴む楓。

 「ちょ、ちょっと待て。楓がここにいるという事は、もう会議が終わったんだな?これから千佳さんの所へ行って話さなきゃならない事があるんだが……」

 「そんな事よりも急いで」

 楓は志郎の意思に反して、引きずるように志郎をグイグイ引っ張っていく。

 見かねた真一が志郎に声をかける。

 「今の話は俺からちゃんと千佳さんに伝えとくから心配するな」

 志郎は真一の言葉に観念したように力を抜いた。

 「そうですか……じゃあ、お願いします。必ず伝えてください。今後の事はそれから考えるべきだと……!」

 「わかってるって。そんじゃちょっくら行ってくるわ!」

 真一は軽く左手を上げると、スタスタと会議室の方へ向かった。

 志郎は一つため息をつくと、楓に連れられてそのまま外に出る。

 「で?これからどこに行くんだ?」

 「内緒」

 そう言いながら、楓は志郎に抱きついてきた。力一杯。

 「なっ……!?」

 次の瞬間、激しい頭痛とめまいが志郎を襲った。

 景色がぐにゃりと歪み、立っていられなくなる。

 意識が薄らいでいく───!!!

 「大丈夫?シロ?」

 楓の言葉に何とか意識を繋ぎ止める志郎。

 重い頭を巡らして周囲を確認すると、見慣れた食卓テーブルと椅子があった。

 楓に支えられ、その椅子にゆっくりと座らされる志郎。

 「楓……お前……またテレポートを……?」

 志郎はそう言いながら顔を上げると、目の前に楓の顔があり、その奥には水が入ったグラスを持つ和服を着た熟年女性の姿があった。

 「お、おばさん……」

 「はい。お水」

 おばさんからグラスを渡され、一気に飲み干す志郎。

 「プハー!」

 グラスをトンとテーブルの上に置く。

 「どう?落ち着きましたか?」

 楓の育ての親であり、花橘家の女当主である花橘紅葉<はなたちばなもみじ>が優しく微笑む。

 「はい。ありがとうございます……」

 志郎は一息ついてから楓を見る。

 「……で、どうしてユニークスキルを使ってまで自宅に帰ってきたんだ?」

 「それは私が楓にお願いしていたのよ」

 「え!?おばさんが?」

 紅葉の言葉に志郎が驚いて聞き返した。

 「そう。前に話があるから来て頂戴と言っていたと思うけど?」

 「ああ、確かに……来ようと思ったら世間で言う『謎の大規模爆発』に巻き込まれて……」

 そこまで言って、やっと楓がテレポートを使った理由を理解する志郎。

 「……そうか、だからテレポートを使ったのか?」

 「そう。家の周辺は今現在も自衛隊や消防、警察が作業していて、とてもここまで来れそうもなかったから」

 楓はそう言いながら背負っていたバックパックを床に下す。

 志郎はハッとして紅葉に向き直る。

 「おばさん、ライフラインは大丈夫?生活に支障はない?」

 「ふふふ。心配いらないわ。ガスと水道は止まっているけど、電気は自家発電で賄っています。でも水道は今日中に復旧するらしわね……それよりも私からの話を聞いてもらいたいのだけど、楓も少しなら時間あるでしょう?」

 「はい」

 楓は短く答えると、志郎の隣の椅子に腰かけた。

 紅葉は頷くと「ちょっと待って。その前に……」そう言いながら志郎の足元を指さした。

 「?」

 志郎もそれにつられて視線を辿ると、やっと自分が土足であることに気が付いた。

 「ああ!?すみません!すぐに靴を脱いで玄関に置いてきます!!」

 志郎は慌てて靴を脱ぐと玄関へダッシュし、すぐにダイニングに戻って来た。

 息を切らしながら楓を見ると、何食わぬ顔で座っていたのでカチンとくる。

 「おい、楓。何をしている?」

 「何って、シロを待っていた」

 「そうじゃなくて!どうしてお前は靴を脱がないんだと聞いているんだ!」

 「私は大丈夫。このタイプのリングシューズは脱ぐのが大変だし、この場から動かずにテレポートで戻るから」

 「そんな事じゃなくてだな……!」

 尚も志郎は楓の考えを正そうとしたが、紅葉がそれを遮った。

 「はいはい。時間が無いから本題に入りますよ?」

 この一声で志郎と楓は真面目な顔となり、対面に座る紅葉に視線を送る。

 「先ず、私は第12代花橘家の当主です。しかし、実は一時、月光院家に嫁いでいた事があり、その間はお家が断絶していました」

 「嫁ぐって……まさかあの月光院豪太氏ですか!?」

 話が始まっていきなりのカミングアウトに志郎は戸惑っていた。

 「そうです、名家同士の政略結婚でした。ですが、私が嫁いでしばらくすると11代当主である父が急逝したため、花橘家は月光院家に吸収されようとしていました。しかし、私はどうしてもこの家を潰したくはなかった。そこで豪太氏に無理を言って離婚し、再び花橘へ戻ったのです。その時、豪太氏との間に二人の子供がいました。私は花橘家の次期当主をその子供の内、どちらかに継がせたいと考えましたが、豪太氏はそれを許してはくれませんでした」

 「ま、まさか!その二人の子供は……月光院尊人と麗子ですか!?」

 志郎の問いに軽く頷く紅葉。

 正直、志郎は話の展開が急すぎてついて行くのがやっとの状態だった。

 「……私は家督を継ぎはしましたが、結局は若干延命したに過ぎず、後継者がいないまま花橘家は滅びゆく運命にありました。そんなある日、我が家に楓がやって来たのです。身寄りがなく、名前も感情も無いこの少女を、私は養子として迎え入れる事にしました……だけど、実は楓が超能力者であることは、その筋の情報に詳しい豪太氏から聞かされていました。……が、だからと言って今更、まだ幼い少女を見捨てることなど私にはできませんでした。豪太氏からは、どんなに育ててもその子には家督を継がせる事は出来ないのだぞ、と言われていましたが、そんな事は抜きにして私は実の子だと思って楓を育てて来たつもりです……」

 紅葉はそう言うと優しい目で楓を見つめた。

 普段は無感情であるはずの楓が少し微笑み返し軽く頷くと、身を乗り出して紅葉の手を両手で握った。

 紅葉も嬉しそうに両手で握り返すと、ふと目を伏せて息を吐くと、意を決したように顔をあげて話を続けた。

 「実は、二人には謝らなければならない事があります」

 「な、なんですか?むしろ、いつも迷惑をかけている俺の方が謝らなきゃならないですが……」

 「いいえ、シロ君は謝る必要はありません。何故なら、それは私が招いたことだからです」

 「それはどういう……」

 志郎は紅葉の真意がつかめなかった。自分はいつも花橘家のお世話になり、本当に申し訳なく思っているし感謝していた。それなのに、逆におばさんから謝られる事なんて何一つありはしないのだ。

 「この家はつい先日、賊に侵入され一部改修の必要ありましたので、これを機に最新防衛設備を導入しました」

 「知ってます。俺がここでお世話になっていたからこの家が狙われたんです……俺のせいで……!」

 「いいえ、そうではありません!」

 「!?」

 珍しく紅葉が強い口調で反論したので、志郎は驚いて口をつぐんだ。

 紅葉は少し間をおいてから口を開いた。

 「私はあなた達二人の情報を豪太氏に流していました。それはあなた達が幼馴染として一緒に遊び始めた頃まで遡ります。本当に長い間、私はあなた達を見守り続け、そして情報を提供していたのです」

 「俺たちの情報って言っても、これと言って何も無いはずですよ?」

 「強力な超能力を失った子と、強力な超能力を得た子……私はただその動向、成長過程を報告していただけです。その情報をどう使うのかは、報告を受けた側次第です。私も、こんな報告が何のためになるのかは見当もつきませんでした。しかし『超能力戦争』が始まり、実は楓が幼いころから命がけでシロ君を守っていた事を知り、もしかすると私の情報のせいでシロ君が襲われたんじゃないかと思うようになりました。そして我が家にまで賊が侵入するに至り、更には『謎の大規模爆発』まで……これが全て私が豪太氏に情報を提供したせいだとしたらと考えると、本当に怖くなってきて……!」

 「おばさん!」

 涙を浮かべて話す紅葉を志郎の言葉が遮った。

 「……俺たちはおばさんには感謝の言葉しか無いよ。おばさんはいつも俺を気にかけてくれたし、楓だって感情が無くいつもぶっきらぼうな態度なのに自分の子供のように可愛がった。だからこそ俺たちはこうやって元気に育つ事ができたんだ。おばさんは、俺にとっても本当の母親のような存在なんだよ?」

 「シロくん……ううっ……」

 紅葉は遂に涙を流し泣き出した。

 すると、今まで黙っていた楓が口を開いた。

 「お母さん、シロを守るのは私がしたくてやってきた事。お母さんが気に病む必要はない。それに『超能力戦争』や『謎の大規模爆発』は内調が調子に乗ってやったこと。おそらく月光院豪太が私たちの情報を他に流す事はしなかったと思う」

 「楓にどうしてそんな事がわかるの?」

 涙を流しながら楓をみる紅葉。

 楓は顔色を変えず淡々と話しだす。

 「では、今までこの家に援助してくれていたのは誰?例えば先日、最新防衛設備を導入するために尽力してくれたのは誰?……その筋の情報に詳しい人物、おそらく月光院豪太のはず。本当に豪太氏が私たちの情報を横流ししていたのであれば、最初の賊の襲撃だって成功していたはずだし、わざわざ最新防衛設備の導入に尽力しないはず……」

 「………」

 紅葉は黙って聞いていた。聞くしかできなかった。

 楓は尚も抑揚がないしゃべり方で続ける。

 「……豪太氏は花橘家へ二人の子供のどちらも出すことを拒否した。だから花橘家が断絶することへの償いをしたかったんだと思う。でも、離婚した相手をいつまでも気にかけるのは体裁的にも問題がある。そこで『情報と引き換えに援助する』という形で花橘家を守ってくれていたんだと思う。豪太氏にとって、情報なんて何でも良かったはずで、お母さんを助けるための口実に過ぎない」

 「ま、まさか……そんな……」

 「だから──」

 楓は自然と表情がやわらかくなり、キラキラと輝く瞳で自分の母を見つめて続けた。

 「──お母さんは何も気に病むことは無いし、今まで通りがいい。私はそれが一番嬉しい」

 「楓……!!」

 紅葉は食卓テーブルに泣き崩れた。

 楓は母親の元までキュッキュツと音を立ててフローリングの上を歩くと、そっと肩を抱きしめた。

 二人はしばらくそのまま抱き合っていた。

 「ぐぬぬぬぅ……!」

 志郎はそんな感動の場面を目の前で見ていたのだが、楓が土足で床を歩いたのがどうしても気になって感動しきれいない状態だった。

 その時、部屋に緊急通信のアラームが鳴り響いた。

 楓は身を起こすと左手首の通信機のボタンを押した。

 すると通信機からは千佳の叫び声が聞こえてきた。

 『姫!完全にやられた……!すぐに戻ってこい!現在政府軍の攻撃を受けている……』

 千佳の声が終わる前にバックパックを手に取り、リビングに行き窓から外を見ると、遠くで火柱が上がるのが見えた。

 ここからでは塀が邪魔で良く見えないが、間違いなく別館がある方向だ。

 志郎や紅葉もベランダにやってきて楓が見ている方向に目をやる。

 楓は手にしたバックパックを背負うと二人を見る。

 「私は別館に戻る。シロはここにいて。お母さん、シロをお願い」

 俺も一緒に行く!──とは言えなかった。自分が行っても足手まといになるだけだ。あそこは一般人が居てはいけない場所なのだ。

 「私に任せておきなさい」

 母はそう言って楓の肩をポンと叩くと、志郎の腕を掴んで数歩ほど後ろに下がった。

 「いってらっしゃい楓」

 「お母さん、シロ……行ってきます!」

 楓は決意も新たに顔を上げると、一瞬にしてその場から姿を消した。







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