表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
13/22

追撃

 白いワンボックス車にはレーザーガンやロケットランチャーの他に、襲撃してきた自衛隊の89式自動小銃も回収して積み込んでいた。千佳は別館が今後の拠点になるのであれば、それなりの備えも必要と考え、持ち出す武器は最小限に留めた。

 また、月光院尊人へ緊急通信を行い、すでに内調へ反逆の意があることが露見していると伝え、すぐに別館に帰還するよう求めた。

 「それにしてもコレ、どうする?」

 真一は千佳の隣に来ると、まだ地面に転がっている自衛隊員らを指さす。

 「このままにはしておけないな……よし、内調に回収依頼をしよう」

 千佳はそういうと、すぐに榊原へ直接通信を試みる。

 すると、まさかのワンコールで接続された。

 ──榊原は誰かからの通信を待っていた?誰の?おそらく別の特殊部隊……そうか、何かあったな!?

 千佳は一瞬の間に考えを巡らしたが、榊原の声がそれを遮った。

 『榊原だ。正直、そちらから連絡をしてくるとは思わなかったよ。第4特殊部隊隊長、佐藤千佳』

 「ああ、忙しいところすまない。要件は簡単さ。別館周辺で眠っている自衛隊を回収して欲しいが、何人かは003号とやらのロボットに踏みつけられて死亡者もいる。さすがに放置は出来ないだろ?」

 『なるほど、確かにそうだな。その気遣いには感謝するよ。すぐに回収部隊を向かわせよう……』

 「ちなみに、あたしら第4特殊部隊と主賓はここを出るから、別館への攻撃は止めて欲しい」

 『それは無理な相談だ。別館はお前たちの拠点となるのだろう?だったら先に潰すのが道理というものだ』

 「ああ、そうだな。言い方が悪かった。一般人……例えば今回のように自衛隊を派遣するのは止めて欲しい。無駄な血が流れるだけだからな」

 『うーむ……まぁ、それもそうか……今回のように後始末が面倒だからな。だが、本当に別館を出てもいいのか?お前たちには逃げ場は無いのだぞ?むしろ別館に留まり、月光院と合流した方が守りやすいのではないか?』

 「わっはは!あんたから見れば、反逆者達が一ヶ所に集まってくれた方が力押しし易いだろうが、さすがにそうはいかないよ?」

 『……ふん。まあいい。自衛隊の回収が終わり、周囲の住民の避難が完了次第、別館の攻撃を開始する。だが、それとは別に、第4特殊部隊には追っ手を差し向けるつもりだ』

 「ああ、そうかい。なんならあんたの周囲の人たちも避難させた方がいいんじゃない?」

 『減らず口を……まぁ、覚悟しておくのだな』

 「あんたもね」

 ……こうして、とりあえずは榊原に要件を伝える事はできた。

 千佳はふと東の空を眺めると、すでに白く染まり始めており、日の出が近いことを悟ると、こうしちゃいられないと急ぎ指示を出す。

 「先ずは館内にいる者たちをかき集めて、倒れている自衛官を歩道に運ばせてくれ!車両は敷地内に乗り入れて簡易バリケードとする!」

 千佳の指示で、館内の常駐職員やたまたま宿泊していた野良の超能力者たち総出で、自衛官を敷地の外の歩道へ運び、死体は毛布に包んで並べて置いた。また、輸送車や装甲車両等は正面玄関前に配置したが、内調の回収部隊の作業が簡単に終わらないように、車道に倒れている者たちはあえてそのままとした。

 千佳は館長に月光院が到着するまで耐えるように指示を出すと、野良にも声をかけて協力を要請した。

 「あたし達はすぐに出発するよ!」

 千佳の号令でワンボックス車は動きだす。正面玄関の輸送車と装甲車の間を抜けて道路に出ると、一路、花橘家に向かって走り出した。

 花橘家までは車であれば僅か10分ほどで到着する距離だったが、出発して3分ほどで例のロボットが、前方100メートルほど先の道路の真ん中に立ち、待ち伏せしていた。

 今回車を運転しているのは元工作員の佐藤剛であり、千佳は助手席に座り、真一は前列のシートの間から身を乗り出していた。

 「防御壁展開!そのまま突っ込め!」

 千佳の指示が飛ぶと、すぐに真一が防御壁を展開し、剛が覚悟を決めてアクセルを踏み込む。

 エンジンが唸りを上げると、加速しながら道路上のロボット目がけて突入する。

 凄まじい衝撃と眩い閃光が走ったが、さすがのロボットも防御壁を展開しつつ加速してくる車には勝てず、弾け飛んで道路上にごろごろと転がると、その脇をワンボックス車がすり抜けて行った。

 ロボットはすぐに立ち上がると、剛が運転する車を追う。そして同時に右胸に装備されている銃口を前方の車に向けると、躊躇せずに発砲したが、銃弾は全て真一の防御壁によって弾かれた。

 「あたしがやる!」

 千佳は助手席の窓を開けると、後ろ向きに身を乗り出しながら精神集中する。

 ロボットはそれをみて防御壁を展開しながら尚も追ってくる。

 千佳は右手のレーザーガンを発射すると同時に超能力でレーザーを増幅し、超高出力のレーザーをロボットに向けて放った。

 レーザーは基本的には無色透明だが、超能力で増幅されたレーザーは七色に輝いた極太の光線となってロボットに命中すると、防御壁の影響でレーザーはプラズマ化し減衰または回折し、一瞬、ロボットは無傷と思われたが、すぐに防御壁は破られ超高温極太レーザーがロボットを貫通した。

 ロボットの上半身は瞬時に蒸発し、下半身はその場にばたりと倒れこんだ。

 だが、それほど高出力のレーザーを至近距離で発射したのだから、ワンボックス車の車体も高熱によって左側面が熔解または蒸発した。

 「ぎゃあああ!!!熱っちいぃぃい!!!!」

 熱波を浴びて悲鳴を上げる月面は、自分の体よりノートPCをかばっていた。

 「みんな右側に寄って!」

 志郎がすぐに叫んだ。

 「おおいっ!!俺たちを殺す気かっ!?」

 真一は前のめりになり、目を充血させて千佳を怒鳴りつける。

 左側面の窓ガラスはすべて溶け落ち、車体もレーザーの形に変形して赤色化していた。

 「テヘペロ」

 千佳は舌を少し出して、自分で自分の頭を軽く小突くと可愛い仕草で誤魔化す。

 「そんなことで誤魔化し切れるかっ!!危なく俺たちが蒸発するところだったんだぞ!?もう少し周りの状況を考えて行動しろっ!!」

 真一に激しく叱責され、千佳はブチっと切れた。

 前に乗り出している真一の髪を鷲掴みにすると、顔を近づけて大声で怒鳴った。

 「クソ真一の分際で偉そうに!!無事だったんだからぐだぐだ言うんじゃねーよ!それでも男か!? ク ソ が っ !!!」

 完全に逆切れである。

 「お……お前なぁ……」

 「あ!?何だ!?まだガタガタ言う気か!?ランクBのくせによぉ!?あぁん!?」

 「……いいえ、すみませんでした……」

 完全に千佳の迫力の飲まれた真一は、被害者のはずだが何故か謝っていた。

 「わかりゃあいいんだよっ!」

 千佳はそう言いながら真一の髪から手を離すと、前を向いてドカッとシートに座った。

 それを見ていた元工作員の菊池右近が月面に小声で話しかけた。

 「い、いつもこうなんですか?」

 「まあ、比較的……でも、基本的には山本兄がタゲを取ってるから、俺たちが千佳さんの被害に遭う事はあまりないよ……たぶん……」

 「は、はあ……」

 菊池は震えながら答える月面を見ると、それしか返事が出来なかった。

 一方、佐藤剛も必至で車を運転していた。

 車体のダメージの影響で、ハンドルにバイブレーションが発生しており、真っ直ぐ走らせるのが困難な状況であったが、恐ろしい隊長が隣で目を光らせているので、それはもう死にもの狂いで運転していたのだ。

 「もう追っては来ないか……」

 剛はバックミラーを見ながら独り言のように呟くと、何故か千佳がそれに反応してきた。

 「いや、003号は更に次のロボットを投入してくるはず……油断しないで!」

 「は、はい!」

 佐藤剛の返事は声が裏返っていたが、そんな事を気にしている余裕はなかった。

 元工作員の二人は、ランクAである佐藤千佳の恐ろしさを身に染みて実感したのだった。

 「その交差点を右に曲がると花橘家が見えてきます!」

 志郎が後部座席から大きな声で叫ぶ。

 「了解!」

 剛は返事をしながらハンドルを思いっきり右に切ると、内輪をリフトさせスキール音を響かせながら、まだ寝静まった住宅街の路地を右折する。

 すると、その先には、2体のロボットの姿があった。

 1体はこれまでと同じ003号のロボットで、道路の真ん中で中腰になり両手をこちらに突き出した状態だった。

 残るもう一体は、少し離れた花橘家の大きな門の前で佇んでいるが、003号とは少し形状が異なるように見える。

 それら2体のロボットを視認した瞬間、道路の真ん中にいたロボットの目の前で真っ赤な火球が路地の幅一杯の大きさまで膨れ上がると、左右のブロック塀を破壊しながらこちらに向かって飛んできた。

 「兄!!」

 「あいよ!」

 千佳と真一は短く会話すると、火球に対して防御壁を展開する。

 ワンボックス車の目前で防御壁に激突した火の玉は轟音と共に爆散し、周囲の家を巻き込んで大爆発した。

 千佳は前方がまだ炎と黒煙で見えない状態だったが、右手を前方に伸ばし衝撃波を放つと、瞬時にして目の前が開け、更には道路の真ん中にいた003号のロボットに衝撃波が襲ったが、ロボットは防御壁を展開しこれを受け流すと、後方のブロック塀と民家が崩壊した。

 「だめだ!ここでは一般人への被害が増すばかりだ!どこか広い場所は無いか!?」

 千佳が悲痛な叫び声を上げる。

 「花橘家の角を右に曲がり、しばらく進むと大きな公園があります!」

 志郎がすぐに答えた。

 「よし、その公園で迎え撃つ!」

 千佳はクローンの操り人形たちと戦う決心をした。

 ワンボックス車は防御壁を展開しつつ道路の真ん中にいる003号のロボットに突入する。

 003号は先ほどのこともあったので、無理にぶつからずに路地の左側へ寄って車をかわすと、車の右側面に至近距離から衝撃波を放った。

 だが、真一が展開する防御壁は強固で、ロボットの目前の地面が陥没するだけで車へのダメージは与えることが出来なかった。

 「002号、そっちに行ったぞ!?」

 003号はワンボックス車を後ろから追いかけながら叫んだ。

 「見ればわかるっての」

 そう言いながら、002号と呼ばれたロボットは花橘家の正面玄関の門から離れると右手を車に向けた。

 いや、正確には右手ではなく『右砲身』と言うべきか。

 右腕全てが大きく四角張った砲身となっており、見た目はかなりのいかり肩であるが、それほど砲身を伸ばす必要があったとも言えるだろう。発射口はそれほど大きくなく、大口径のハンドガン程度に見える。

 この時、千佳は背筋が凍りつくような感覚にとらわれた。

 ユニークスキル『予知』で未来を感知したのだ。

 確かに『予知』は便利かもしれない。これから起こるであろう事象に対して短い時間ながら対処する事ができるのだから。しかし、それが対処できない、不可避な事象だったらどうか?……その時は、他の人よりも絶望する時間が長くなるという事に他ならない。

 そして、今の千佳はまさにそれに近い感覚だったのだ。

 「だが、最悪なシナリオだけは回避してみせる!」

 千佳は瞬時にそう判断すると、車の助手席で精神集中に入った。

 002号は腰を落とし、左手を砲身を抑え込むように添えると射撃体勢への移行が完了した。

 車との距離は10メートルを切っている。

 「電磁加速砲<レールガン>発射!!」

 ローレンツ力により超高速で撃ち出される弾丸は、002号の超能力によりさらに加速されて発射された。

 ド ン ッ ! !

 鼓膜を破るほどの爆音と共に、002号の前方20メートルの建物は衝撃波で一瞬にして灰塵と化し、更には空気との摩擦で超高温となった弾丸はプラズマ化し大爆発した。

 真一の防御壁はこの破壊力に耐えることが出来ず無残にも四散すると、ワンボックス車は瞬時にバラバラとなった。

 このレールガンの威力は凄まじく、5メートル幅で3キロ先の民家やビルは跡形もなく消し飛び、直撃を免れた建物は超高温の衝撃波によって爆発・倒壊、もしくは火災が発生したため、被害は広範囲に及んだ。

 だが、これほどのものを発射した002号もただでは済むはずもなく、砲身は熔解しプラズマがロボット本体に影響を与える可能性があるため、発射と同時に肩から切り離された。

 周囲は炎と黒煙に包まれ、まさに地獄絵図となっていた。

 「キャハハハ!どう!?あたしの力は!?」

 002号は高笑いしながら周囲の状況を確認していた。

 そこに003号のロボットがガクガクしながら何とか近づいてきた。どうやらボディが損傷しているようで、隙間から煙が出ている。

 それを見て002号は悪びれもせず言ってのけた。

 「あら!?あんたも巻き込まれちゃったの!?その様子ではかなりのダメージのようだね!?キャハハハ!」

 003号はプラズマの影響で電装系にかなりのダメージを負っているようだった。

 「ちっ……一撃必殺の……超兵器を最初……から使ってくるか……」

 「そんなの当たり前じゃない!?出し惜しみして負けちゃったら元も子もないからね!」

 そう言いながら002号は黒煙に包まれる周囲を見渡し、ターゲットの姿が無いか確認を急いだ。

 すると、約80メートルほど離れた場所から超能力反応を感知した。時速5キロほどの速度で遠ざかっている。

 「まさか、これほどの攻撃を受けて生き延びたというの!?」

 002号は信じられないというような声を上げた。

 「奴らは……あの超能力……戦争を……経験した者たちだ……侮るな……。追うぞ……!」

 003号はそう言うと、ガクガクしながら走り始めた。

 002号は舌打ちをして「あんたが言うんじゃないよ!」と吐き捨てると、片腕となった姿のまますぐにその後を追った。

 

 千佳はあの時、全力で防御壁を展開した。

 真一の防御壁が破られるのは『予知』でわかっていた。だが、そのおかげで部分的に破壊力はかなり減衰されていたのだ。

 しかし、問題は千佳は防御が苦手という点だった。

 そのため、全力で防御壁を展開しなければならず、結果的には全員をあの地獄から脱出させることが出来たのだが、千佳自身の消耗は著しかった。

 真一は右腕の義手で千佳を担ぎ上げながら、先導する志郎を追って公園を目指していた。

 月面はフラフラになりながらも閉じたノートPCを小脇に抱え、防御壁を展開しながら最後尾で敵を警戒していた。

 菊池右近と佐藤剛は、89式自動小銃を両肩からたすき掛けし、一丁は両手で持ち、もう一丁は背中に回して、二人並んで周囲を警戒しながら真一の後に続いていた。

 「見えました!あそこです!」

 志郎の声に真一は前を見ると、少し先に欅の木が密集している場所があるのが見えたが、周囲は火災の煙のせいで視界は悪く、ビニールやプラスチックが燃えているせいだろうか、鼻を突く刺激臭のせいで呼吸が苦しい。

 早朝という事でほとんど車は走っていなかったが、先ほどの騒ぎで家を飛び出した人たちが道路に出ていて、このまま戦いを続けると更に被害者が増えることは容易に想像できた。

 「生身の人間は大変そうですねぇ」

 「!!!!」

 志郎のすぐ隣には002号のロボットの姿があった。

 「いつの間に!?」

 真一は驚きの声を上げると、後ろから月面の声が響いた。

 「こいつら自体はロボットなので、超能力者警戒網の探知には引っかからないのです!」

 「ちっ!」

 真一は舌打ちと同時に精神集中に入ったが、それはあまりにも遅かった。

 月面が展開する防御壁はいとも簡単に破られると、002号は左手で志郎の胸倉を掴み上げて自分の後方へ放り飛ばした。

 志郎はカードレールに背中から激突すると激しく咳き込んだ。

 「主賓!」

 真一が大声で叫ぶが、志郎はそれには反応できず、涙とヨダレを流しながらアスファルトの地面に両手をついて呻き苦しんでいた。

 そこへ遅れて003号がやってきて、志郎の頭をボールを握るように右手で鷲掴みにすると、そのまま高々と持ち上げた。

 「電装系の……調子が悪いから……手加減が……難しいのだ……」

 003号はそう言いながら、志郎の頭を握り潰す勢いで右手に力を込める。

 「……あ……うぅ……」

 志郎は両手で何とか003の手を外そうとするが、機械が相手ではどうする事もできず、遂には呻くことしか出来なくなった。その口元と頭からは血が流れている。

 「くそ……志郎を……助けなきゃ……!」

 千佳は真一の手を振りほどくと、真一の肩から飛び降りて地面に片膝をついた。

 「千佳さん!その体では無理だ!」

 真一はそう言いながら003号に向かって突撃する。

 だが、002号がすぐに間に割って入り、真一に左ストレートを放った。

 それを真一は右手の義手でガードすると金属同士がぶつかり、激しく火花が散ったが、パワーで上回る002号のパンチを受た真一は3メートルほど押し戻された。

 更に元工作員の二人が89式自動小銃を003号に向けて3点バーストモードで発射したが、弾丸は全て弾かれてしまった。

 「……打つ手……ナシ……か……?」

 千佳が涙を浮かべて呟いた。

 それを背中越しに聞いていた真一は大きな声で吠えながら右手を前に出すと、全身全霊の衝撃波を目の前の002号に向かって放った。

 002号も左手から衝撃波を放って真っ向から力勝負に出た。

 その時千佳は、二人の力が拮抗すれば自分の力を真一の力に上乗せする事で、勝てるかもしれないと考えた。

 だが、その考えは一瞬にして砕け散った──真一の腕とともに。

 真一の右手の義手は002号の衝撃波によって砕け散り、自身も錐揉みしながら吹き飛ばされて路上に転がった。

 「くそっ!」

 千佳は膝に手をついて震えながら立ち上がった。

 「……主賓は……志郎は一般人なんだぞっ!!」

 そう言いながら残る力を解放して003号へ超能力攻撃を仕掛ける。

 ……だが、防御壁に防がれてそれは空しくかき消される。

 「残念……だったな……主賓を……確保した……私の勝ちだ……」

 003号はそう言うと、志郎の頭を握ったまま撤退しようとする。

 「そして第4特殊部隊隊長、佐藤千佳。あんたにはここで死んでもらう」

 002号がそう言いながら千佳の前まで進むと、左手を高く振りかぶる。


 誰もがもうダメだと思った──。


 ──その時。

 

 003号の右腕は肩口から刃物で切られたようにスパッと胴体から切り離された。

 支えが無くなった志郎は落下しアスファルトに激突………する直前にフワリと浮き上がったかと思うと、ゆっくりと歩道に横たわった。

 「!?」

 訳も分からず戸惑う003号にバリバリという音と共に雷が落ちたかと思うと、瞬時にその特殊合金の体が真っ二つに分かれて左右にズシンと倒れ動かなくなった。

 そこには制服を着て片膝をついた花橘楓の姿があった。

 だが、ストレートの黒髪は逆立ち、両肩は震え、楓の周囲の空気はビリビリと振動し、時折プラズマが発生してバチバチと音を立てて光っていた。

 楓は完全に怒っていた。

 米国の弾道ミサイルを迎撃した楓は、一方的に帰宅する事を榊原に告げて戦線を離脱すると、ボディスーツから制服に着替えて久しぶりに志郎の様子を探るためにテレパシーを使ってみると、クローンに襲われて絶体絶命の状態であることを知り、すぐにテレポートで駆けつけたのだった。

 「シロにこんなに酷い事をした奴らは………」

 楓はうつむきながら立ち上がると、002号に向かってゆっくりと歩き始めた。

 「キャハハハ!あんたが花橘楓かい!?あたしが相手になってあげるよ!」

 002号も楓に向かって突進を始めた。

 「……私が絶対に許さない!」

 楓はそう言いながらキッと002号を睨むと、002号の動きがその場でピタっと止まった。

 千佳や真一は何が起こったのか理解できなかった。

 だが、一呼吸してから絶叫がこだました。

 「うぎゃああああ!!!!」

 002号から発せられた悲鳴はすぐに収まると、ロボットはその状態のまま活動を停止した。

 楓はゆっくりと002号のロボットの前まで進むと、左手でパチンと指を鳴らした。

 すると目の前のロボットがその場にバラバラとなって崩れ落ち、そこにはただの鉄くずだけが残った。

 千佳は言葉が出なかった。

 あれほど自分達が苦戦した敵が、楓の前では虫けらのように何の抵抗も出来ずに敗れ去ったのだ。

 ──これが花橘楓の力……。

 おそらく、志郎が危険に晒されたことで、花橘の力は更に増幅したと思われた。

 楓は無表情のまま踵を返すと、すぐに志郎の元に飛んで行き、口から滴る血をそっと指で拭った。そして、精神を最大限にまで集中すると、志郎の頬を両手で優しく包み込む。

 すぐにその両手が真っ白に輝き始め、それが徐々に志郎の全身を包んで傷を癒し始める。

 「こ、これが姫固有のユニークスキル、創傷治癒<ワウンドヒーリング>なのか……!?」

 噂では聞いていたが、千佳自身は初めて見る光景だった。

 「そうだ……そして唯一、主賓に対してのみ発動できるスキルだ」

 真一はそう言いながら二人の姿を見ていた。真一は超能力戦争の時にこの光景を一度見たことはあったが、こうして間近で見ると本当に現実世界で起こっている事なのか疑いたくなる。

 二人を包む光は神々しく、温かみがあり、まるでロウソクの光のようだった。

 楓の表情は普段の無表情とは違い、少し微笑みを浮かべたような優しい表情で志郎を見つめている。

 このスキルは楓が愛する志郎が命の危機に直面した時のみ発動するのだが、この光を見た者は不思議と志郎と同じく癒されたような感覚となっていた。

 やがて楓の両手からは光が失われていくと、志郎の頭を自分の胸にそっと抱きしめた。

 志郎は楓のふくよかな胸の中で目覚めると、一瞬何が起きているのかわからなかったが、自分の顔を挟み込んでいるのが楓の胸だと理解すると、慌てて体を引き離した。

 「シロ……大丈夫?」

 赤面する志郎に向かって声をかける楓。

 「ああ……」

 志郎はそう言いながら周囲を見渡すと、ほぼ状況を把握することが出来た。

 「……どうやらまたお前に助けられたようだな?……本当に有難うなっ!!?」

 「シロ!」

 礼を言われて嬉しかったのか、言葉が終わらぬ間にまた志郎の頭を自分の胸に抱きよせる楓。

 「お取込みの所悪いが、花橘楓。あたしからも礼を言わせてもらうよ……本当に助かった」

 「そうだな、姫が来なかったらマジでヤバかったもんな。サンキューな!」

 千佳と真一が二人揃って楓の元までやってきて礼を言うと、その後ろで月面と元工作員の二人が涙ながらにペコペコ頭を下げていた。

 「そうか。それは良かったな」

 楓は無表情で振り返ると、志郎を抱きしめたまま抑揚がない言葉で返した。

 「お前はホント、志郎と他の人では接し方に歴然と差を設けるな!?」

 千佳はそう言うとガハハといつものように笑った。

 だが、すぐに真面目な顔に戻ると楓に質問した。

 「……ところで、さっき倒した右腕が無い方のクローンロボットだが……あの時お前は一体、何をしたんだ!?」

 「?」

 楓はジタバタする志郎を抱きしめたまま表情を変えずに千佳を見つめていた。

 千佳は楓が質問の意味を理解していないとすぐに悟ると、更に詳しく話し始めた。

 「あのロボット……突然動きを止めて、絶叫したかと思うと活動を停止したように見えた。お前はあの時、どうやってロボットの動きをとめたのだ?」

 「ああ、簡単なことだ。ロボットを遠隔操作している超能力者の意識をトレースして、本体であるクローン自身に精神攻撃を試みた。恐らく、ロボットの操作に意識を集中するあまり、己の防御は全くしていなかったようで超能力者の自意識を崩壊させるのは容易かった」

 窒息しそうになる志郎を一度引き離し、呼吸を整えさせてからまた自分の胸に抱きしめながら無表情で答える楓。

 「なるほどな!さすがは姫。瞬時にしてそれをやってのけるとは……」

 千佳は感嘆するしかなかった。

 楓が使ったこの方法は、超能力戦争の時に戦死した鈴木 健太<すずき けんた>のユニークスキル『千里眼』に対抗した処置と同じであったのだが、それを今回のケースでも応用できると瞬時に判断し実行した楓に千佳は驚いたのだ。

 「怒りの中でも冷静に判断し実行する……か。花橘楓、また強くなったな」

 「私はシロを守るために日々強くなる必要がある。ただそれだけ」

 千佳の言葉に無表情で答える楓。

 その楓の胸から何とか逃げ出した志郎はすっと立ち上がると、周囲を見渡して口を開いた。

 「それはそうと、町はかなりの被害が出た。俺たちに出来ることは無いだろうか?」

 「残念だが主賓、見ての通り我々もボロボロで被害者の一般人となんら変わらない状態だ。今はどうする事もできない……」

 真一は右肩を押さえながら答えた。

 「そうだな……これじゃあとても内調へ乗り込むことなんて出来ないな……」

 千佳はそういうと周囲を見渡して更に続けた。

 「一度、別館へ引き返して再起を図る。町にこれほどの被害が出たんだ。政府も対応に追われてあたしらの討伐どころじゃないはずだ」

 「また別館に戻る?……本当に大丈夫ですか?」

 千佳の言葉に志郎が疑問を呈する。

 「姫がここにいるって事は、じきに月光院率いる第3特殊部隊も別館に到着するだろうから、合流して今後について検討しよう」

 「私も行こう」

 千佳の言葉に楓が立ち上がって答えた。

 「姫!?お前も一緒に来てくれるのか!?」

 「シロも行くのだろう?であれば、私も行かなければならない。別館までの道中の守りは私に任せておけ」

 「姫!花橘楓!本当に助かる!」

 千佳は楓の手を両手で握りながら礼を述べたが、その表情は非常に明るいものだった。

 それほどまでに楓の力は突出したもので、楓を味方にすることが戦争に勝つための近道と言われるほど特別な存在なのだ。

 第4特殊部隊は楓に守られながら別館への帰路に就いた。



 すでに太陽はかなり高い位置まで昇っていたが、町中にはまだ黒煙が立ち昇る所もあり、事態の収取にはまだ時間を要すると思われた。

 被害者の数はまだ正式に発表されていないが、死者・行方不明者は1000人以上、重軽傷者はその10倍と噂されており、事実、近くの病院は被害者で溢れかえり、さながら野戦病院と化していた。

 しかし、原因についてはまだ報道されず、ガス管の老朽化による爆発ではないか?との憶測が飛んでいた。

 榊原にしてみれば、別館の反抗勢力を攻撃する機会を失ってしまったが、逆に言えば、自衛隊の一個大隊を独断で動かし、死者まで出す不始末を隠ぺいするには絶好の機会だった。

 榊原はこの混乱に乗じて、別館周辺の自衛隊を撤収させると、謎の爆発事件と関連した事件として処理したのだった。

 この時、榊原はまだ知らなかった。

 花橘楓が別館にいることを。そして、クローン002号の自意識がすでに崩壊している事を……。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ