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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
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 特殊部隊の活躍により、日本は核ミサイルからの危機を脱すると、一夜にして事実上の世界の覇者となった。

 世界は知った。

 日本には核ミサイルなど全く意味をなさず、むしろそれを逆手に取られて自国の被害が増大する結果が待っているという事を。そして、超能力者がいる限り、日本には手出しをすべきではないという事を。

この夜明けは、日本が世界を支配する幕開けを告げるものなのだ。


 ───その数時間前。

 深夜の東京。


 千佳は黒煙を上げたオスプレイを別館の駐車場に着陸させると、全員に脱出の指示を出す。

 全員がコックピット横のドアから外に出るのと同時に、機体の左側から炎が上がった。

 そこへ保安課長の岸本以下、グレーのつなぎを着た施設の保守メンバー数名がやってくる。

 「なんてもんを持ち込むんだ!?」

 保守メンバーは超能力を使って消化を開始する。

 岸本は千佳の前まで来ると、短く刈られた頭を掻きながら言った。

 「本部からあんた達を施設外に出すなと命令があったんだが、これはどういう事か説明してくれないか?」

 「これとは、この燃えているやつのことかい?見ての通り、オスプレイだが?」

 千佳がとぼけるように答える。

 「それは俺も見てわかる。そうじゃなくて、どうしてあんた達は本部から追われているんだ?第4特殊部隊に拘束命令が出ているぞ?」

 「そうか……いや、ちょっと内調と戦争しようかと思っててさ。そしたら向こうさんに先制されてこのザマさ」

 「なるほどな……」

 岸本は意外にも冷静に頷いた。

 「ほお、あんた驚かないんだな?」

 「まあな………で、どうなんだ?」

 「何が?」

 千佳は首を捻る。

 岸本は両手を腰に当て、少しじれったそうに口を開いた。

 「だから、内調と戦争するんだろ!?まだその気持ちは変わってないのかと聞いているのだ!」

 「当たり前だ。これから本部に乗り込んで来てやんよ!」

 千佳が両手を胸の前で組むと、ふんぞり返って言った。

 すると岸本はニヤリと笑いながら「よーし……」と言うと、更に続けた。

 「……あんた、この別館は誰の持ち物か知っているか?」

 突然話が変わり戸惑う千佳。

 「ん?ああ……月光院家が全面改修の費用を全て出し、表面上は内調の管轄下になっているが、利用者も少なく費用がかさむため競売にかけるという話があったな。現在は月光院家が私財を投入して存続できていると聞いたが……」

 そこで千佳は一瞬、嫌な予感がした。

 尊人は共闘すると約束したにも関わらず、自分達を攻撃してきた。ここはそんな月光院の息がかかった施設という事は、この岸本や消化作業中の保守メンバー達も敵の可能性がある……。

 千佳は警戒のため周囲を見渡したが、岸本は顔色一つ変えずに口を開いた。

 「そう、ここは月光院家の物だ……そこで、尊人様より伝言が入っている」

 「伝言?」

 「ああ。尊人様はあんた達が間違いなくここに現れると考え、私に伝言を託されたのだ。いいか?よく聞くがいい……」

 岸本はそう言いながら、左腕の通信機のボタンを押すと、尊人の音声データが再生された。

 『第4特殊部隊の皆さん、ご苦労様です。月光院尊人です。これを聞いているという事は、私の攻撃から逃れることが出来たという事ですね。私も内調から監視される身。今はまだ皆さんと繋がっている事を内調に知られる訳にはいかず仕方なく攻撃したのです。そのお詫びと言ってはなんですが、別館の施設は自由に使ってもらって構いません。私が動く時は、この施設が我々の砦となる予定です。従って、ここで働く者も我々の味方であると考えてもらって構いません。それではご武運を』

 「……以上が尊人様の伝言だ。施設のものは自由に使うがいい」

 岸本はそう言うと両手をスーツのポケットに入れる。

 深夜だというのに、この男はどうしてスーツ姿なんだろう?と思ったが、とりあえず千佳達には時間が無い。クローン達が本部に帰ってくる前に榊原を確保しなければならないのだ。

 「お言葉に甘えて使わせてもらいます………山本兄!黒服の男たちを連れて別館内に入り武器を集めてきてくれ!月面は引き続き内調の動きを探れ!」

 「「了解!」」

 真一と月面は同時に返事をすると、真一は男3人を連れて施設内に入って行き、月面は駐車場の地面にノートPCを広げる。

 岸本はそのままオスプレイの消化作業の方を見に行った。

 「内調の動きはどうだ!?」

 足元で地面に寝そべりながらPCを操作する月面に声をかける千佳。

 「特に何も。平穏そのものです」

 「そうか……」

 千佳は月面の報告にイマイチ釈然としない様子だったが、そこに志郎がやってきて話しかける。

 「千佳さん!俺たちはそろそろ行くよ」

 千佳は振り返ると、そこには志郎とさゆり、それに町田がおり、3人とも制服姿であった。

 「ああ、確かお前たち3人は花橘家に行くんだったな!?」

 「はい。楓のおばさんに呼ばれているので」

 「そうか、彼女だったら安心だな」

 「え!?千佳さんは、楓の母親の事を知ってるんですか!?」

 志郎に言われてハッとする千佳だったがもう遅かった。志郎は興味津々に千佳の言葉を待っている。

 「いゃあ……あれだ……実は花橘家は大変な資産家でだな……いや、正確には別れた旦那の方なのだが……とにかく、そういう人間は様々な人種と繋がりを持っているから情報量も莫大なものだ。そんな彼女が自ら志郎を自宅に呼ぶという事は、安全面の対策はそれなりに出来ていると考えて間違いないだろう」

 言葉を濁しながらも渋々答える千佳。

 「あのおばさん、そんなにすごい人だったのか……」

 志郎は驚きを隠せない。

 「……普段から和服を好み、優しく、優雅で、気品がある人だとは思っていたけど、そこまでの資産家だったら、もしかすると月光院家とも繋がっているかもですね?」

 志郎は何気なく聞いたのだが、千佳は気まずそうに視線を外す。

 え!?もしかして図星!?

 志郎は自分で言って驚いたが、それならあの自宅の大改装も納得できる。

 「とにかく、もう行け。花橘家はここからそれほど離れている訳ではないけど、道中は注意しろよ?」

 「わかってますよ。千佳さんもご武運を」

 志郎はそう言うと、さゆりと町田に「行こう」と声をかけて正面ゲートに向かう。

 「山本妹って、右腕が固定されて使えないけど、ホントに大丈夫なのかなぁ?」

 3人の姿を見た月面がポツリと言った。

 「あれでもランクBだぞ?現状彼女に勝てる超能力者なんて、もうほとんどいないはずだ。まぁ、あたしは別格だがな!がっはっは!」

 千佳はいつものように豪快に笑う。

 「へいへい……」

 月面は聞き流して再びPCに視線を移す。

 その時、突然、大きな爆発音と共に正面ゲートが爆風で吹き飛んだ。

 正面玄関のアプローチに、瓦礫がバラバラと落ちてくる。

 「志郎!」

 千佳は大きな声を上げて正面ゲートへ向かう。黒煙が立ち上る中、声を掛けながら志郎ら3人を探すがどこにも見当たらない。

 その時、黒煙の中から人影が現れた。

 人影は縦一列に並び、先頭の者は銃を構えながら黒煙の中を突入してきた。

 その手には自動小銃<アサルトライフル>が握られていた。

 「89式!陸上自衛隊か!?」

 すると自衛隊員は銃口下部に取り付けられたフラッシュライトを照射し、片膝をついて射撃体勢に移行した。

 普通の人間であれば、暗闇の中で強力なライトを向けられれば眩しくて怯むだろう。だが、千佳は全く動じることは無かった。

 後ろから続く者たちも次々と横並びに片膝をついて射撃体勢に入る。

 「遅いよ」

 千佳はそうつぶやいて右手を横に払うと、自衛隊員はバタバタとその場に倒れていった。

 ゲート付近にいた自衛隊員は全員意識を失っていた。

 「まぁ、一般人なんて、ちょっとショックを与えるだけで簡単に意識を失うんだから楽なもんだわ」

 千佳はそう言いながら倒れている自衛官を避けながら進み、かなり収まってきた黒煙の向こう側……元々ゲートがあった場所まで進む。

 あたりを見渡すと、道路脇に複数の輸送トラックと装甲車があり、道路には累々と自衛官が倒れている姿が街灯の光に映し出されていた。

 ──これほどの規模の自衛隊を動かすとは……かなり計画的な犯行……だけど、自衛隊だけで超能力者の施設に突入して来るなんて無謀すぎる……そんなこと本当にあり得るか?

 「否!!」

 千佳はすぐに防御壁を展開しながら後方へ飛び退いた。

 その瞬間、強力な衝撃が千佳を襲った。

 ガキィイイイン!

 自ら飛んだとはいえ、倒れる自衛官を飛び越え、アプローチの地面まで吹き飛ばされた千佳は、尻もちをついたまま黒煙の方に目を向ける。

 「さすがは予知能力を持つだけのことはある。あれを避けれる者はそうはいませんよ?」

 やけに機械的な声と共に現れたのは人間とはかけ離れたモノであった。

 2足歩行で身長は180センチほど。頭部が無い白いロボット──もう少し正確に言うと、頭部の代わりに半球……おそらく360度全方位カメラが乗っており、両腕は異常に細長く指は3本、左胸には丸いレンズが埋め込まれており、右胸には銃身が飛び出している。パッと見では対戦車ライフル並みの口径に見える。

 先ほどの攻撃はこれだろう。全身、白色のポリカーボネートのような素材で覆われている。

 千佳はゆっくり立ち上がると口を開く。

 「おい、ロボット!お前はどこの所属で何が目的だ?あたしを第4特殊部隊の佐藤千佳と知って攻撃してきたのか!?」

 ロボットは千佳の問いには答えずに黒煙を通り抜けると、地面に倒れている自衛官を踏みつけながら進む。

 グチャ……バキッ……!

 嫌な音を立て、返り血を浴びながら尚も進むロボット。

 「お、お前!自衛隊は仲間じゃないのかっ!?」

 千佳は金髪を逆立てながらロボットに向かって叫ぶ。

 「はい?何をそんなに怒っているのですか?虫の如き一般人がいくら死のうが、私には関係ありません。それと先ほどの質問ですが、私は内閣情報調査室超能力開発センター所属のクローン003号です。目的はあなた方、第4特殊部隊の排除と主賓の確保です」

 機械的な声で淡々と答える003号と名乗る白ロボット。

 「ロボットのお前がクローンだと!?」

 千佳が驚きの声を上げる。

 「そうです……まさかクローンと聞いて、普通の人間の姿を想像していたのですか?どんなに最新の急速培養技術を以ってしても、半年という短い期間で、何の不自由もない人間の体を作れるほど技術は発達していません。ですが、我々超能力者は脳が全てであり、脳さえ完全にクローンできれば、体なんてただの付属品です。むしろ、私のこの姿こそが超能力者にとって究極的姿と言っても過言ではありません」

 003号はそう言うと機械的な声で笑った。

 確かに人間の脳は生後1年ほどでほぼ完成されると言われている。それを急速培養技術で成長を早めつつ、超能力者の膨大な脳内情報をコピーできれば、実質的には超能力者のクローンを作ったことになる。

 「私の能力は計算上『ランクS相当』となっていますが、研究施設にある機器はいわゆる『人間用』であるため、正確な能力計測ができません。そこで今回のミッションでは能力計測も行っているのですが、私のランクSは揺るぎない事実だと思われます」

 003号は横たわる自衛隊員や瓦礫に足を取られる事もなく、正面玄関へのアプローチまで歩いてくると、千佳から約3メートルほどの距離で立ち止まった。

 「そうかい、そうかい。で?あんたは誰のクローンなのさ?」

 千佳の問いに003号はすぐに答える。

 「私はコードネーム090、ランクS、倉本隆夫の脳内情報を移植されています。従って、貴女の事もよく知っているつもりです」

 長年の超能力研究で、超能力は人間の記憶と密接に関係しているという調査結果があるため、クローンを作成する時に、クローン元の超能力者の脳内情報を丸ごとコピーするのが常套手段であった。

 そのため、倉本本人が持っている記憶は003号も自分の事のように知っているのだ。

 「やっぱりそうかい。あの時……旧成田空港で、榊原は瀕死状態だった志郎を助けず、倉本の護送を優先した。その後、倉本の行方はわからなかったが、クローン研究に一役買っていたという事か……ふん……」

 千佳は鼻で笑うと、ゆっくり右手を前方に向けた。

 「003号と言ったか。あたしがお前の能力を測定してやんよ」

 「貴女ならそう言うと思っていました。ランクAのお手並み拝見と行きますかビッ……!」

 003号は話している途中だったが、突然千佳が放った衝撃波を受けて3メートルほど吹き飛ばされたが、右足を踏ん張ってこれに耐えた。

 「不意打ちですか……私は高度な歩行支援システムによって姿勢を制御されていますので、絶対に倒れることもなければ怯むこともありせんし、もちろん疲れることもありません」

 003号はそう言うのと同時に、右胸の銃口が火を噴いた。更に超能力で空気の摩擦から雷を発生させ、千佳の頭上からそれを落とす。そして自らは凄まじいスピードで前方にダッシュすると、一気に千佳との距離を縮め、長い右腕を振り下ろした。

 ガガ──ンッ!!

 銃声と雷が同時に鳴り響き、周囲が雷の光で一瞬だけ照らしだされる。

 千佳は防御壁を対超能力だけに絞って展開する事で強力な雷撃を無効化しつつ、地面スレスレの低い体勢で前方に跳ぶ事で銃撃の射線を外し、003号の懐に飛び込む事で長い右腕の打撃を掻い潜った。

 空を切った003号の右手が音を立ててアスファルトにめり込み、前傾姿勢となった003号の右胸の銃口が下を向く。

 千佳はその銃口を左手で押さえると、ゼロ距離で衝撃波を放った。

 瞬時に銃身はバラバラに分解されると、右胸内部にまでその衝撃は伝わり背中から突き抜けた。

 ビクンと大きく震える003号。

 右胸の銃身があった箇所から白い煙が噴出し、それは貫通した背中からも吹き出した。

 更に千佳はジャンプすると、頭部に位置する半球体を狙って衝撃波を放った。

 しかし、この攻撃は003号の防御壁によって阻まれた。

 千佳はバック転をして003号と距離を取る。

 003号はギッギッギッという金属が擦れる音を出しながら上体を起こすと千佳と正対する。

 「さすがはランクAですね……先ほどのランクBとは判断力や反応速度が段違いです」

 機械的な声で話す003号。

 「ランクB!?まさか山本さゆりの事か!?」

 千佳が大きな声で問う。

 「確かそのような名前だったと思いますが、私の目的は主賓の確保ですのでランクBや一緒にいた一般人には興味がありません。おそらくその辺に転がっているんじゃないですか?」

 これを聞いて千佳は舌打ちすると更に質問した。

 「主賓……志郎はどうした!?」

 「どうしたと言われましても、おそらく主賓も一緒にその辺に転がっているはずですよ?安否の確認をしようとしたら貴女が現れたので詳しくはわかりませんが、私としては安全に無傷で保護したかったのですが、こうも抵抗されてはそれすらも困難になります………!!」

 003号の話が終わるや否や、突然超高速で飛んできた1メートルほどのコンクリート片が、003号の防御壁に激しく激突すると爆発するように粉砕された。だが、その衝撃は凄まじく、003号の周囲のアスファルトが捲れあがり、自身も踏ん張っているにも関わらず3メートル以上吹き飛ばされ、姿勢制御の甲斐なく横倒しとなった。

 この世に誕生して初めて地面に転がることになった003号は驚きの声を上げた。

 「ば、馬鹿な……私の防御能力を上回る攻撃能力……一体誰が……!?」

 「はぁ?たかがロボット相手にあたしがやられる訳がないじゃない!」

 ゲートと繋がる少し離れた塀の脇で、こちらに向かって歩く影があった。

 左手で右肩を押さえ、フラフラと近づいてくるのは、セーラー服姿のさゆりだった。

 「おー。妹ー。無事だったかー」

 千佳の全く感情が込められないセリフは、ちょっとした照れ隠しで、本当は心から喜んでいた。

 さゆりがこうして一人で敵の前に姿を晒したという事は、残る二人も無事だという証拠だ。もしも志郎か町田のどちらかが重傷を負っていたとしたら、さゆりは敵に気づかれないように戦線を離脱して怪我の手当を優先させるだろう。そもそもランクAの千佳が戦っている所に、わざわざ自ら割って入る必要は全くないのだ。

 だが、人一倍プライドが高いさゆりは、やられっぱなしでは納得出来なかったのだろう。

 「山本さゆり……攻撃特化型の貴女が、よく私の攻撃に耐えることが出来ましたね?」

 003号はそう言いながら立ち上がるが、地面には機械の体内から流れ出た粘度がある黄色みがかった油のようなものが足元に溜まっていた。

 「あんたこそ、何かが流れ出てるけど大丈夫?あたしも本気で行くよ?」

 そういうさゆりも、右肩を押さえながら青白い表情をしていた。セーラー服はいたる所が裂け血が滲んでいる。

 「私の体は機械である以上、痛覚はありません。つまり、どんなに体がボロボロになっても、超能力に必要な精神集中の妨げにはならないのです。しかし、あなたは違う。その体では本来の力を発揮出来ないでしょう」

 003号はそう言うと、金属が擦れるような音を響かせながら1歩を踏み出すが、そのスピードは非常に遅かった。油が流れ出たことで油圧が低下し、運動機能に支障をきたしているのは明白だった。

 「千佳さん……手出しはしないでよ?」

 さゆりも覚束ない足元で1歩を踏み出す。

 「はいよー。『あたしは』手出ししないから思いっきりやればいいじゃん」

 千佳はそういう言いながら正面玄関の方をチラリと見る。

 次の瞬間、さゆりと003号の二人は、超能力を使って同時にダッシュすると一気に力を解放する。

 二人の距離の丁度中間付近でお互いの力がぶつかり合い、巨大な光の玉が形成されその周囲には無数のプラズマが走る。

 大気が激しく振動し、地面が陥没する。

 さゆりは左手を前に出し歯を食いしばりながら、1歩、また1歩と前に出る。

 二人の超能力により、周囲の石や瓦礫の破片が宙に浮くと、超高速でお互いに向けて飛び交う。

 大気は超振動によって高温となり、それが熱波となって二人を襲う。

 最初の内は互角に見えた。だが、蓄積されるダメージが違った。

 徐々にさゆりの方が疲弊し押され始めたのだ。

 やはり、疲れを知らず、痛さや苦しみと無縁である003号の方が有利であった。

 巨大な光の玉は少しずつさゆりの方へ移動し始めると、熱波やプラズマも激しくなってくる。

 さゆりの左手は手の皮が捲れてきており、左手が吹き飛ぶのも時間の問題のように思われた。

 だが、突然さゆりの体が青白いヴェールに包まれる。

 「こ、この感覚は……」

 003号の攻撃に耐えるので一杯いっぱいとなっていたさゆりだったが、このヴェールに包まれてからは体への負担が全く無くなった。そして、このヴェールはいつもさゆりを守ってくれていたものだと直感した。

 「……あ、兄貴!!」

 横目で正面玄関を見ると、そこには中腰で両手を突きだして精神集中する真一の姿があった。

 「守りは俺に任せて、お前は思いっきり攻めろ!それが俺たちの戦い方だろ!?」

 大声で叫ぶとニヤリと笑う真一。

 そうだ。いつでも兄貴はそばにいてあたしを守ってくれていた……だからあたしは何も考えずに全力で攻撃することが出来るんだ!

 さゆりは突然全ての攻撃を止めて精神集中に入った。

 これにより拮抗していた光の玉は消失し、003号の超能力攻撃がさゆりに向かって一気に流れ込むと、真一が張った防御壁にぶつかって大爆発した。

 爆炎とプラズマの嵐が吹き荒れ、別館を巻き込むほどの爆発はキノコ雲となるほどであった。

 千佳の防御壁のおかげで、周囲の建物や一般家屋への爆発の影響はなかったが、さゆりがいた場所は炎と黒煙に包まれていた。

 千佳は、一瞬、真一の防御壁は破られ、さゆりは消し飛んだのではないかと思った。

 ……が、その時、黒煙の中から人影が現れたかと思うと、一瞬にして003号まで詰め寄ると、至近距離から衝撃波を放った。

 耳を劈く金属音が響き渡り、003号の背中から金属片が勢いよく吹き飛ぶ。

 見ると、003号の腹部には10センチほどの穴が開いていた。

 ギギギ……

 金属音と共に003号は後ろに倒れると動かなくなった。

 「まさ……か……ランク……Bに……倒されると……は……思わ……なかった……」

 機械的な声で途切れ途切れに話す003号。

 「……だが……たかが……1体の……ロボットが……壊されたに……すぎない……私は……まだ……生きて……いる……」

 これを聞いて千佳が慌てた様子で口を開く。

 「まさか!このロボットはクローンに……003号に遠隔操作されているだけに過ぎないと言うの!?」

 「その通りだ……私は……数体のロボットを……一度に遠隔操作……しているの……だ……ロボットのカメラ……映像を見ながら……な」

 ロボットは仰向けで倒れ、液体を垂れ流しながら最後の言葉を発した。

 「……私の……他の……ロボットを……そこに……向かわせて……いる………また後で会おう……」

 そう言うと、ロボットは機能を完全に停止した。

 さゆりはその場に片膝をつくと、右肩を押さえながら口を開いた。

 「あたしが倒したのは、クローンではなくて単なるロボットだったって言うの!?」

 そこに真一が駆け寄り、さゆりの体を支える。

 「クローン達はロボットのカメラ映像を見ながら超能力を行使していると見て間違いないだろうな?」

 千佳は隣にやってきた月面に向かってそう言うと、月面は大きく頷いた。

 「おそらく間違いないでしょう。超能力戦争で戦死したコードネーム403、鈴木健太のユニークスキル『千里眼』の応用だと考えられます」

 「なるほど……『千里眼』は、実体は別の場にいながら、意識だけを切り離してあたかもそこにいるように超能力を行使する能力だった」

 「それをロボットのカメラ映像に置き換えることで、あたかもロボットが超能力を行使しているように見えるという訳です」

 月面がそう断言すると、千佳も頷いた。

 「だとするとマズイな……超能力者のクローンを量産するのは難しいはずだが、ロボットの量産となれば比較的容易だろう。こんなハリボテをいくら倒したって意味は無いって事になるぞ!?」

 珍しく真一がまともな意見を言ったので、千佳と月面は一瞬驚きの表情を見せて固まった。

 これを見て真一は困った顔をしながら口籠った。

 「……な、何だよ?」

 真一の言葉に、千佳がふと我に返る。

 「い、いや……脳筋のあんたがまともな事を言ったからちょっとビックリしてさ……」

 「お、俺だって……月面には負けないよ……」

 後半はほとんど聞き取れなかったが、千佳はそれには触れずに塀の方へ向かった。

 「志郎ー!?生きてるー!?」

 この千佳の声にさゆりはハッとして顔を上げると、真一の腕を振り払って千佳の元に駆け寄る。

 すると、町田の肩を抱きながら志郎がヨロヨロと歩いてきた。

 「志郎!!!」

 さゆりは志郎に駆け寄ると、無事であることを確認してホッと息を吐いた。

 「俺の事よりも、町田の手当を頼む。彼女は咄嗟に俺をかばってくれたんだ」

 千佳は志郎に言われ町田の背中をみると、制服は破れて裂傷と火傷で直視できないほどの傷であった。

 千佳はすぐに迷彩服の男に町田を別館内の医療施設に連れて行くように命じると、残る2人に移動用の車を手配するように命じた。

 男たちは「はっ」と返答するとすぐに行動に移る。

 それをみて千佳は、さすがは元工作員だと感心した。

 あれほどの超能力者同士の戦闘を目の当たりにして、一般人である彼らがショック状態にもならずに命令を遂行できるのは、工作員としての訓練の賜物なのだろう。

 すると千佳は真一に向かって叫んだ。

 「あたし達はすぐに移動するよ!車が到着次第、武器を積み込んで頂戴!」

 「了解!」

 真一が大きな声で返事をすると、自らが集めてきた武器を正面玄関前まで運び始めた。

 「さて……」

 千佳は志郎とさゆりに視線を向けて話を切り出した。

 「……山本妹、あんたはここに残って一度、しっかり医者に診てもらいなさい。今のままではその右肩のせいで本来の力が出せない。おそらく志郎は花橘家に留まるはずだから後で合流しろ。志郎はあたしが花橘家まで連れて行く」

 「でも……!」

 「いいからそうしろ。今のお前では志郎を守ることはできない」

 「くっ……!」

 さゆりは視線を落とすと唇を噛んだ。

 ──情けない……。

 さゆりは自分自身が嫌になった。

 元はと言えば、自らの油断が今の状況を招いたのだ。命に代えても志郎を守ると誓ったのに……。

 だが、実際、今のさゆりにはもう志郎を守るだけの力は残っておらず、無理を通して志郎と行動を共にしても、自分のせいで足を引っ張ることになるのは火を見るよりも明らかだった。

 さゆりは現実を受け入れると、左手で志郎の手を握り、志郎を見つめながら話した。

 「志郎……後で必ず行くから、待ってなさいよ!?」

 「ああ、わかった」

 志郎は頷いて答えると、さゆりはにこりと笑ってから握っていた手を離し、別館に向かって歩き出す。

 その通りすがりに千佳に小さな声で話しかける。

 「志郎を頼みます……」

 「ああ、わかった」

 千佳はそう答えると、さゆりの左肩をポンと軽く叩く。

 さゆりは右肩を押さえながら別館の正面玄関に消えて行った。


 超能力者の施設には、専用の医者が常駐している。

 これは、超能力者のデータが外部に漏れることを恐れた政府が、超能力者は一般の病院に行くことを禁止したことによるものだ。

 従って、この別館にも宿泊施設や研究施設とは別に病棟が存在しており、全ての治療に対応可能となっていた。

 ちなみに、常駐している医者も外部との連絡は遮断されており、ほとんど軟禁状態であった。

 おそらくさゆりは今から医者を叩き起こして、診察を強要することだろう……まぁ、これほどの騒ぎなので医者もすでに起きて、『もしもの時』の対応としてデータのバックアップや極秘資料の整理を行っていたはずなので、比較的スムーズに診てもらえるかもしれない。

 

 「志郎、お前は大丈夫か?」

 千佳の問いにガッツポーズで答える志郎。

 そんな志郎を見て「よし!」と言って答える千佳であったが、もちろん、志郎が空元気であることはすぐにわかった。

 一般人である志郎が、これほどの困難に遭遇して元気であるはずもない。おそらく心身ともに衰弱しきっているはずで、一刻も早く休息が必要だろう。

 「さゆりと町田は大丈夫でしょうか?」

 自分の事よりも治療に向かった二人を心配する志郎。

 他人の事を心配している場合ではないだろう……と思いながらも、志郎らしいと言えば志郎らしいな、などと考えながら口を開く千佳。

 「さっき003号は、第4特殊部隊の排除と主賓の確保が自分の目的だと言っていた。つまり、あたし達がここを去れば、別館にいる者たちの危険はないはずだ」

 「敵の言う事をそのまま信じても大丈夫ですか?」

 「そこは心配ない。クローンは他人の記憶を埋め込まれたとしても、自分自身はまだ生まれて半年も経っていない赤ん坊のようなものだ。ましてや極秘事項であるクローンとなると、外界との交流は禁じられているはずだ。そうなると、他者とのコミュニケーションにおいて、腹の探り合いとか、駆け引きなどとは縁遠いから、嘘を言って相手を惑わすという難しい事は出来ないだろうさ」

 「なるほど……確かに超能力者は自分の思ったことをはっきり言う人たちばかりで、相手の気持ちなんて考えていないですからね」

 志郎にそう言われ、苦笑しながら口を開く千佳。

 「おいおい志郎、あたしもバリバリの超能力者何だがな?」

 「ああ、すみません!別に超能力者全員がそうだとは思っていません!」

 慌てて頭を下げる志郎。それを見てガハハと笑う千佳。

 そこに白のワンボックス車がやってくると、すぐに男2人が降りてきて千佳の前に並んで直立した。

 「車の手配完了しました!」

 「ご苦労さま。ところで、車はどこから調達してきたんだ?」

 「駐車場に手頃な古い車があったので……」

 「なるほどな……」

 千佳はすぐに理解した。

 恐らく、イモビライザー等のセキュリティ装置が無い古い年式の車を選んで盗んできたという事だろうが、それにしてもこの男たちは使える。

 「……そう言えば、ちゃんとあんた達の名前を聞いていなかったな?」

 千佳の問いに左側の男が帽子を取って一歩前に出る。

 「私は菊池右近<きくちうこん>と申します」

 その頭は綺麗に剃り上げられているが、どうやら頭頂部の禿を隠すためにそうしているようだった。

 すると菊池は一歩下がりながら帽子を被り、同時にもう一人の男が帽子を取って前に出る。

 「私は佐藤剛<さとうつよし>と申します」

 この男は菊池ほどではないが、短く黒髪を刈り込まれていた。

 「あんたも佐藤か……あたしと志郎に続いて3人目の佐藤だな……あんたは下の名前で呼ばせてもらう」

 全く、本当に佐藤という苗字は多いな……と、改めて思う千佳。

 「承知しました」

 剛は返答すると一歩下がり帽子を被った。

 「よし、二人は山本兄が武器を積み込む手伝いをしてくれ」

 「「はっ!」」

 菊池と剛は駆け足で去って行った。

 「月面と志郎は車で待機。あたしはちょっと一仕事してから戻る」

 「え!?こんな時にどこに行くんですか!?」

 志郎が慌てて質問する。

 千佳は志郎を見ながらしっかりと答える。

 「志郎はどうして自衛隊やクローンが、この場所にあたし達がいるとわかったと思う?奴ら予め準備をしていたみたいだけど?」

 「え!?そ、それは……事前に連絡を受けていたから……」

 「いつ!?誰に!?」

 「え、えーと……」

 立て続けに千佳に質問され口籠る志郎。

 千佳は志郎の肩をポンと叩くと続けた。

 「そう、つまり、この別館には内調と通じている者がいるってこと。そして、それは誰なのか、もう見当もついている」

 「なるほど、後方の憂いを断っておくんですね?」

 「そういう事!」

 千佳はウインクをすると踵を返して駐車場……すでに消化が終わったオスプレイの方へ向かった。

 オスプレイの周囲にはグレーの作業服を着た者たちがおり、オスプレイの解体作業に取り掛かっていた。

 そこから少し離れた場所で、作業員たちに背を向けて一人電話しているスーツ姿の男の姿があった。

 「岸本さん……どちらに電話しているんです?」

 千佳がスーツ姿の男に近づきながら声をかけた。

 「ああ。いや、別に……」

 そう言いながらすぐに電話を切ると、スーツのポケットに電話をねじ込みながら千佳に話しかける岸本。

 「……そちらの方は片付いたようだな?さすがに我々は近づくことが出来なかったから、ささやかながら防御壁を展開して周囲を守る事しかできなかった」

 「いや、それで十分ですよ岸本さん。……で、ちょっと質問していい?」

 「構わんよ」

 「では、簡単に……あんた、月光院尊人から伝言を受けていたようだけど、その情報は別の……はっきり言えば内調に流したりしてない?」

 千佳は眼光鋭く岸本を見つめる千佳。

 「それはどういう意味だ?」

 さすがに岸本は表情を変えない。

 「そのままの意味……あんた、内調と通じているでしょう?おそらく月光院の伝言を受けるとすぐに内調にそれを流した……だって、伝言の内容は明らかに月光院とあたしらが内調に対して反逆するというもの……あんたにしてみればスクープだったんじゃない?このネタを内調に流せば、こんな別館からオサラバして本館に異動できるかもしれないからね」

 「な、何を根拠に……」

 「じゃあ、どうしてあんただけスーツ姿なの!?この後、内調本館に赴くつもりだったんじゃないの?少しでも自分を良く見せようと万全の準備をしていたようだけど、残念だったわね。それが逆に不自然だったのよ」

 「全てお前の憶測にすぎん!こんな話に付き合っている時間は無い!」

 岸本は怒鳴ると立ち去ろうとする。

 「じゃあ今電話していた通信履歴を見せなさいよ。恐らく内調に電話していたんじゃないの!?」

 千佳はそう言いながら、超能力で岸本のポケットから携帯電話をスッと抜き取ると、千佳の手の中にすっぽりと納まる。

 それに気づいて岸本が顔を真っ赤にして詰め寄る。

 「何をするんだ!返せ!」

 「どうしてそんなに焦ってるのかしらねぇ。よほどこの電話には見られたくないものがあるんだろうねぇ」

 千佳は岸本の電話を人差し指と親指で軽く摘み上げてプラプラさせる。

 「貴様!ふざけるなよ!?こんな事をしてただで済むと思うな!?」

 岸本が凄みを効かせるが、それが千佳には逆効果だった。

 「何!?……このあたしに向かって何を言ってる訳!?」

 千佳の目がすーっと細くなる。同時に周囲の空気がピンと張りつめる。

 「ハッ!」

 岸本は自分がランクAに対して暴言を吐いてしまった事に気づいた。だが、もう全てが遅すぎた。

 「消えな」

 千佳の言葉を聞くことが出来たかどうかわからないが、チカッとフラッシュしたかと思うと、岸本の姿はすでにこの世から消滅していた。

 

 超能力者はつい最近まで生まれながらにして現世と隔離され、常に研究という名目で超能力者同士で争わされ生きてきた。

 その概念には『命の尊さ』などというものは存在せず、弱い者は死ぬという事実だけが存在するのだ。

 一般人は超能力者の存在は知らず、内調は競い合うことを奨励していたため、例え超能力者が死んだとしても、それは実験データの一部となるだけであり、それ以上でも以下でもなかった。

 確かに岸本は死んだ。

 だが、それは内調から見れば、ランクDなど何の関心もない(最近まではデータベースに登録すらされない)存在だった。

 これが能力最上主義という超能力者が生きる世界なのだ。





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