迎撃
米軍の核弾道ミサイルの脅威に備え、首相官邸に設置された対策本部には、深夜にもかかわらず何人もの人たちが詰めていた。
そのような中、一人のスーツ姿の中年男が、休憩のためか2F南側のホワイエ<ロビー>にある、長椅子にふらりとやってきた。この場所は中庭に面しており、幻想的にライトアップされた竹や庭石が鑑賞できる憩いの場であり、首相官邸の中でもご自慢の場所でもあった。
男は誰かと電話をしているようだったが、かなり小声で話しており、時折キョロキョロと周囲を警戒しながら電話していた。
「……何とかならんか?仲間が次々と連絡が取れなくなっている。もしかすると気づかれたのかもしれん……」
男は周囲に誰もいない事を確認しながら話を続けていたが、突然、背後に人の気配を感じて慌てて振り向いた。
そこには頭が無い金属製の2足歩行のロボットが立っていた。
「わあっ!だっ、誰だ!?君はっ!?」
男は驚いて後ずさると長椅子に足をぶつけるが、そんな事はお構いなく、電話を切って上着のポケットに入れながら横に移動する。
──間違いなく近くには誰もいなかったはずだ……どこから現れたのだ!?
スーツ姿の男は3メートルほど距離を取って対峙する。
するとロボットが言葉を発した。
「田沼秘書官だな?」
機械的な声で話しかけられ動揺する田沼秘書官。
「あ、ああ、わ、私が田沼だが?」
「ターゲット発見……作戦開始<ミッション・スタート>………終了<コンプリート>」
ロボットががそう言うと同時に、田沼秘書官はドサリとその場に倒れた。
男は倒れたままピクリとも動かず、すでに息絶えていた。
「死体回収後、次のターゲットへ向かう」
ロボットは死体を肩に担ぐと、凄まじいスピード走り去り、後には何も残っていなかった。
『東京23区に潜伏する工作員の80パーセントの処分を確認』
『対象範囲を神奈川、千葉、埼玉、栃木、茨城、群馬、山梨に順次拡大』
『作戦全体の進捗状況は予定通り推移』
『ターゲットを発見できなかった場合は適時報告し次の指示を仰げ』
内調司令本部では4名のオペレーターが逐次クローンたちの対応にあたり、リアルタイムでスクリーンに状況が映し出されていた。
それを細長い円卓に座った榊原が紅茶を飲みながら状況を見ていた。
「クローンたちはよくやっていると思いますが、どうですか?豊臣博士?」
そう言いながら榊原は、隣に座る白衣を着た小太りの男に視線を向ける。
「ああ、そうじゃな。今のところは安定していると言ってよいじゃろう……」
金色の眼鏡を鼻にかけノートPCを操作しながら、クローンたちの生体データを逐一チェックする豊臣博士。もしもクローンたちが暴走したらと考えると、豊臣博士も気が気ではない。
「……しかし、予定していた能力に到達しているかどうかは、現状では何とも言えんぞ?」
「この状況では仕方ないと思っています。まずは安定して超能力者のクローンを作り出せる技術を確立することが優先されますからね」
榊原が笑いながら答えると、再びスクリーンに目を向ける。
──それにしても……と、榊原は考える。
今は米軍からの核弾道ミサイルの対応で首相官邸は大忙しだというのに、自分は別の場所で着々と自分の目的のために動いている。
そもそも首相官邸の対策本部なんて、ただの飾りでしかない。国民に向けた『頑張ってますよ』というポーズなのだ。実際には私が指揮する内調が全て対応しているのだ。
そして、その隙を突いてクローンのテストも兼ねて、国内に潜伏中の工作員も一掃に向けて鋭意奮戦中だ。
これらの難題を無事クリアした暁には、もう私に楯突く者はいなくなるだろう。そして、新しい世界の幕開けとなるのだ。
そう──超能力者による世界統一だ。
これまでは超能力者の存在はひた隠しにされ、迫害されてきたという歴史がある。だが、それもこれで終わるのだ。
思えば、超能力戦争の首謀者である倉本も同じ理想を掲げて立ち上がった……ランクSである倉本は、その力で超能力者の世界を築こうとして失敗に終わった。
当然だ。この世は超能力者ではなく一般人が作り上げた世界だ。その一般人を蔑にして世界のリーダーにはなれないのだ。
ではどうするか?
共に歩むのだ。一般人と超能力者は手を取り合って進むのだ………見かけ上は。
そう、あくまでもそういう体で事を進めなければならないのだ。
一般人は貴重な労働力だ。特に世界的に優秀な人材が不足している。粗末に扱うのは許されない。
しかし、そうは言っても私の覇道を邪魔する者は排除せねばならない。情けを掛ければ、近い将来、間違いなくその者が災いとなるのだ。
如何にそれが能力的に惜しいと感じる人物であっても、非情となる必要があるのだ。
「悪く思わないでくれ、第4特殊部隊の諸君……!」
榊原は無精髭を撫でながらつぶやいた。
「君たちの死は決して無駄にはしない」
月光院尊人は自分たちが所有するオスプレイを、第4特殊部隊の輸送のためにパイロット付で貸し与えた。
千佳はとりあえず別館まで運んで欲しいと希望を出すと、尊人は快諾してくれたのだ。
後々合流して共闘する事を尊人と約束すると、第4特殊部隊を乗せたオスプレイは空高く舞い上がった。
オスプレイは両翼のティルトローターを前方に可変すると、徐々にスピードを上げて飛んで行く。
その様子を艦橋で見ていた尊人は、隣の赤い椅子に座る艦長に言った。
「撃墜して下さい」
艦長は尊人の顔を見上げ、尊人の決意が変わらないことを悟ると「……わかりました」と小さく頷いてから発令した。
「全艦、合戦準備!CICの指示に従い、本艦を離陸した機体を攻撃せよ。艦載電磁加速砲<レールガン>の使用を許可する」
艦長の命令でZ旗がマストに掲揚されると、ヘリコプター護衛艦と共に行動していたミサイル護衛艦も戦闘態勢へ移行するが、あくまでも戦闘行為そのものはヘリコプター護衛艦が担当する予定だった。
「目標補足!レールガン発射準備完了!」
「撃ちーかたー、始め!」
艦橋前面に配置されたレールガンが眩しい閃光放ち、轟音と共に超高速で弾を発射した。
一方、その頃、千佳はオスプレイ内で今後の方針を話し合っていた。
実は志郎宛てに花橘家から家に戻ってくるように連絡があったのだ。
もちろん、志郎はこれ以上、迷惑はかけられないからと断ったのだが、何の心配もいらないからと、そして話したいこともあるからと言う事で自宅に帰ることになっていた。
そこにはさゆりと町田も同行することで合意しており、残るメンバーは内調本部へ向かう手筈であった。
「いきなり本部に強襲をかけて大丈夫か?」
真一が不安そうに千佳に聞く。
「むしろ、クローン達が全員出払っている今がチャンスなんじゃない!作戦が完了したクローンから順次帰還するはずだから、あまり時間は無いはずよ!月面の調査では、すでに23区内で確認できる工作員のほどんどが処分されたらしいからね……」
「手際が良すぎるな……何か理由をつけて、予め一つの場所にターゲットをまとめたりしてるんじゃないか?」
真一の発言に千佳が頷く。
「そうね……工作員が潜伏している先は官庁が多いから、理由は核ミサイル対策とかで、臨時会議を行うと言えばいいだけだからね」
「公人は基本的には今現在、どこにいるのかを調べようと思えば簡単だからな……」
「まぁ、内調のことだから、潜伏している工作員の居場所はほとんど把握しているはずさ……あたしらも含めてね……!!!!」
突然千佳が険しい表情になると、慌てて両手を広げて防御壁の展開を試みる。
「千佳さん!一体どうし……!」
真一の言葉が終わらない内に凄まじい衝撃に襲われると、機体は左側に傾きながらゆっくりと錐揉みの状態へ移行する。
「な、何が起きたの!?」
町田が必死に手すりにつかまりながら叫ぶ。
千佳が窓の外を見ると、オスプレイの左のローターがごっそり無くなっており、翼から炎が上がってた。
このままでは間違いなく墜落する!
千佳は外を見ながら超能力で機体の安定を図る。
「ま、まさか!……月光院尊人!!」
更に次々とレールガンの砲弾が千佳たちが乗るオスプレイを襲うが、千佳の防御壁でかろうじて防いでいる。
「兄!防御壁を頼む!あたしは機体の安定に集中する!」
「わかった!」
真一が防御壁を展開するのを確認すると、千佳は機体の制御に集中する。
オスプレイは何とか錐揉み状態から回復し、若干左に旋回しながら少しずつ高度を落としていた。
「だめだ!こんな小さな窓からだと、外が暗くて現在位置がわからないし、方向感覚も平衡感覚もないから機体をどう制御したらいいのかわかんない!だれか操縦士と連絡は取れないか!?」
千佳が窓の外の景色を頼りに、機体制御に悪戦苦闘している。
それを聞いて志郎はシートベルトを外すと、腰をかがめて右側面に手をつきながらコックピットへ向かった。
「千佳さん!パイロットがいない!」
「何だって!?」
「すでに脱出したみたいだ!!」
志郎が絶叫する。
千佳が後ろから超能力を使って走ってくると、志郎の肩を掴んでコックピットを覗き込む。
「右のハッチが開いているな……そこから脱出したんだろう……」
千佳はそう言うと、左側の副操縦士のシートに座る。
オスプレイは通常の飛行機とは異なり、ヘリコプター扱いとなっているようで、主操縦席は右側となっていた。千佳としては実際にオスプレイを操縦する訳ではないため、副操縦席でも何の問題もなく、ただある程度開けた視界が欲しかっただけだった。
「志郎はキャビンに戻ってシートベルトをしていろ!後はあたしに任せておけ!」
「わ、わかった!」
志郎は慌てて激しく揺れる機内を、何とかさゆりの隣の席まで戻ると、シートベルトを締めた。
オスプレイは黒煙を吐きながらゆっくり降下して行く。この時すでにレールガンによる攻撃は止んでいたが、何があるかわからないため真一は引き続き防御壁を展開していた。
──このまま東京丸の内の本部に突入してやろうか!?
とも考えた千佳だったが、さすがに一般人が5人も乗っているので無茶はできないと思い直し、別館の駐車場に降りることにした。
東京湾上空から見る東京は明かりが沢山あり方向がよくわからないので、先ずはスカイツリーを目指すことにした。
深夜の東京を黒煙を上げながら、だが、凄まじい速度でオスプレイは飛んで行った。
「……ターゲットを逃しました。通常のオスプレイの1.5倍の速度で東京へ飛び去っていきます」
「そうですか……でも、我々としてはやるべきことはやったと言えます。戦闘終了でお願いします」
「了解しました」
尊人は艦長と話し終えると、艦橋から食堂へ向かった。
そこには第3特殊部隊のメンバーが揃っており、全員が立ち上がって尊人を迎えた。
「お兄様。第4特殊部隊は無事、飛び去りましたか?」
麗子(仮)が心配そうに聞いてくる。
「はい、さすがは佐藤千佳さんです。あの時、レールガンを発射したと同時に、私は超能力による衝撃波攻撃を仕掛けました。すると、彼女は迷うことなく私の攻撃を優先してブロックしたのです。その結果、衝撃波の影響でレールガンの砲弾が若干ズレてキャビンへの直撃を免れました」
「ほとんど考える時間なんて無かったはずですが、さすがは予知能力持ちだけの事はありますね?お兄様」
「そうですね……しかも、その後の攻撃は全て完全にブロックして、機体をそのまま安定させて飛び去るとは、第4特殊部隊もなかなかなものです……しかし、そうではなくては共闘する以上、こちらとしても困りますのでね」
尊人はそう言うと左手の通信機を操作する。どうやら榊原へ直接通信が繋がったようだ。
「月光院です。仰せのとおり、佐藤千佳率いる第4特殊部隊を攻撃しましたが、まんまと逃げられてしまいました。こちらとしましても、海上にいる以上、逃げる相手を追う事ができませんでした───はい───はい───では、首都防衛の任を続行します。では、失礼します」
尊人は報告を終えると肩をすぼめてニヤリと笑う。
それを見た第3特殊部隊のメンバーは一斉に緊張から解放されたように一息ついた。
尊人はメンバーに休息を取るよう指示すると、自らも仮眠を取るのであった。
◆
日本時間4時35分。
突如、緊急警報が発令され、内調は一気に慌ただしくなった。
『太平洋ハワイ沖の海上で熱源を確認。詳しい座標を送る』
『米原潜によるSLBMの可能性大。各方面迎撃準備。飛翔体を確認次第、弾道計算を行う』
『更にフィリピン沖、グアム沖ではレーダーに原潜らしき艦船を確認。ベーリング海でも熱源を確認』
特殊ボディスーツの姿で仮眠していた花橘楓は、警報と同時に飛び起きると、ヘルメットを装着する。
熱源の座標と衛星画像を確認すると、目を閉じ精神を集中する。
数秒ほど微動だにせず精神を集中し続け、不意に目を開いた楓が見たものは、まだ薄暗い太平洋の空の上だった。
──そう。楓はヘルメットに送られた座標と衛星画像を元に、ユニークスキル『テレポート』を発動したのだ。
ふと見上げると、煙を吹き出しながらミサイルが上昇していく所だった。
楓は自由落下しながら右手をかざして精神集中すると、上昇中のミサイルのロケットエンジンが爆発して降下を開始した。
ミサイルは火の玉となりながら、上昇してきた弾道を引き返すように落下して行くと、そのまま海に激突して大爆発した。
夜明け前の空が昼間以上に明るくなると、凄まじい衝撃波は数キロにも及び、巨大なキノコ雲が太平上に発生した。
その近くを航行していたであろう米原潜は消息不明。おそらく爆発に巻き込まれたと思われた。また、爆心地から少し離れたハワイ沖に展開していた米海軍の艦船も被爆し、島の軍施設は強力な電磁パルスによって沈黙した。
奇しくも、日本に対して痛烈な打撃を与えるための兵器が、自分たちに向けられてその威力を見せ付ける事となったのだ。
楓はすぐにテレポートで次の目標であるベーリング海の上空に現れると、上昇していくミサイルを超能力で攻撃する。
下を見ると、更に3本のミサイルが急上昇きてきたので、これも超能力で動きを止めると、海面に向かって落下させる。
計4本のミサイルが海面に向かって落下すると、周囲数百キロという範囲で大爆発が発生した。
おそらくミサイルを発射した潜水艦はもちろん、周囲を操業中の漁船やクジラを含む海生生物の被害は甚大であろうと予想された。
しかし、楓はそれを見届けることなく次の目標であるフィリピン沖の上空に現れていた。
こちらはまだミサイルを発射しておらず、原潜が海面近くにその巨大な影を現していた。
楓は衝撃波で原潜に攻撃を試みると、轟音とともに白く巨大な水柱が立ち昇った。
原潜は激しく気泡を吐き出しながら沈降して行く。おそらくこのまま沈み、深海で圧潰するだろう。
楓は続けてグアム沖の上空にテレポートする。
すると、ミサイルはすでに6本ほど発射された後のようで、視界にはその内の3本しか捉えることができない。
楓は自由落下の中、3本のミサイルを攻撃し、発射されたポイントの海上へそれらのミサイルを誘導すると、自身は内調本部の屋上にテレポートした。
この後、グアム沖でも大爆発が発生し、グアム周辺の艦船およびグアムの軍施設を始めとした、島全体の電子機器が使用不可となり、漁船を含む島民の被爆者は数えきれなかった。もちろん原潜は音信普通であることから、爆発に巻き込まれたと判断された。
ほんの数分の間に、楓は4隻の原潜を沈め、数十隻もの艦船を使用不能とし、海空軍施設を使い物にならなくしたが、今後、更に被爆レベルを正確に計測すると、この数十倍もの被害を与えているだろう。
「こちら花橘楓。討ち漏らしたグアム沖から発射された核ミサイルが日本に降ってくるはずだ。弾道計算を頼む。月光院は迎撃準備ができているか?」
淡々と抑揚がない口調で話す楓。
「こちら月光院尊人。現在、オスプレイにて東京上空に向かっています。関東一帯はお任せを」
尊人が落ち着いた声で返答する。
すると、オペレーターからの通信が入る。
『落下ポイントが特定できました。3本のミサイルはそれぞれ3つの弾頭に分かれ、合計9個の核弾頭が日本に落下すると予想……』
オペレーターの声と共に、落下予測ポイントと落下時間も送られてくる。
「関東に3、関西に3、九州に3……見事にバラバラの落下地点ですね……」
尊人が他人事のように言う。
「私はすぐに関西方面に飛ぶ。だが、九州は厳しいかもしれない」
珍しく楓が弱気な発言をする。
「九州は日本のミサイル防衛に期待しましょう……」
尊人がそう言うと、突然聞きなれた女性の声が通信に割り込んできた。
「九州方面は私にお任せ下さい」
「この声は……小野寺可憐さんですか!?」
尊人が驚きの声を上げる。
「はい。私の第1特殊部隊はすでに九州を離れ、現在は対馬上空におりますが、夜型の私の部隊にとっては今は勤務時間内です。私のスキル『浮遊』を使って九州に落下する核弾頭の処理に向かいます……ところで、その核弾頭ですが……榊原さんにお願いがあります……」
通信を聞いていた榊原は、突然呼ばれたので慌てて答える。
「な、何ですか?可憐さん?」
「核弾頭の軌道を変えて、大陸の連合軍に落としてもいいですか?そうすれば一石二鳥ですから……」
可憐が普通にとんでもない事を言ってのける。
「ちょっと待ってください。大陸に3発の核弾頭が落下した時の日本への影響を調べます」
榊原はそう言うと、急いでオペレーターに計算を促す。
「核を大陸に落とすことを前提としているようですが、米国が仕掛けてきた事とはいえ、私は核攻撃には賛同しません」
「月光院、君の言いたいことは良くわかる。だが、これで諸外国は核兵器も日本には効かず、むしろ逆に核を使用される結果に繋がると思い知るだろう。これは有効な抑止力になる……」
榊原はそう言うと、3つの落下ポイントを指定た座標を可憐に送った。
「……そこに落とせば大陸の連合軍は壊滅し、なおかつ、日本には放射能や電磁パルスの被害はほとんどないはずです」
「わかりました。その落下ポイントに弾道を軌道修正します」
可憐はそう言うと通信を切った。
月光院はこれ以上意見しても無駄と考え、関東方面の核弾頭の迎撃に集中する。
すると楓から通信が入る。
「月光院。迎撃はなるべく高高度で行え。そうすれば放射能は拡散し、電磁パルスの影響も少ないはずだ」
「わかっています。グアム沖の発射ポイントと日本の距離を考えると、かなりの高高度から落ちてくるはずですから、そこで迎撃するつもりです」
「了解」
楓は短く答えると、自身は大阪上空にテレポートする。……いや、上空というよりも、ほぼ宇宙空間と言った方が適切だろう。眼下には丸く青い地平線が見え、日本列島も小さく見える。こうなると、厳密には関西上空でも日本上空でもない。
楓は計算通りの軌道で落ちてくる核弾頭を発見すると、凄まじいスピードで自由落下する中、3個全ての弾頭を処理して悠々とテレポートして本部の屋上に戻って来た。
一方、月光院尊人はオスプレイの機内から、はるか上空の弾道軌道上にピンポイントで防御壁を展開したが、それが高高度のほぼ宇宙空間という点と、あまりにも自分がいる所から離れている場所に展開するという点に、若干の不安もあったのだが、さすがにランクAのことだけあり、見事にすべての弾頭を防ぐことに成功した。
残る弾頭は3発。数分後には日本に落下してくるだろう。
「私は能力を使いすぎたので休ませていただく」
楓は通信でそう宣言すると、返答を聞かずに自宅へ戻ってしまった。
榊原はそうとも知らずに答えた。
「花橘楓さん、協力に感謝します。ですが、先ずは本部に出頭し報告をしてから休んでください」
榊原はそう言って通信を切ると、改めて楓の能力が突出していることを思い知らされた。ほんの数分の間に、ほとんど撃沈不可能と言われていた戦略型原潜を4隻も沈めるとは……。
だが、これで米国の力は地に堕ち、更に大陸の連合軍も核弾頭により壊滅する……もはや日本に太刀打ちできる国など存在しなくなるだろう。
あとは、クローンの安定供給が実現すれば、花橘さえも恐れる必要は無くなるはずだ。それまでは花橘を監視下に置き、刺激しないようにしなければ……。
榊原はそんな事を考えながら、まだ作戦行動中の小野寺可憐の報告を待っていた。
その頃、小野寺可憐はユニークスキル『浮遊』を使い、ぐんぐん上昇していた。
核弾頭の落下軌道を変えるには、なるべく高高度の方が良いのだ。
ヘルメットのバイザーには3つの光点が表示されており、それがすごいスピードで接近してくる。
可憐は精神集中を開始する。
普通で考えれば、浮遊だけでも物凄く精神集中が必要に思われるが、可憐にとっては浮遊している状態が日常であるため、浮遊に関してはほとんど精神集中の必要がなかった。
可憐は十分精神集中を行うと、前方に両手を突出し念力<サイコキネシス>を発動し、核弾頭が大陸に落ちるように軌道修正を行う。
この段階で少しでもズレると、地表近くではかなりの誤差となってしまうため、非常に繊細な作業が要求されるのだ。
これを3つ行わなければならず、時間的にはほんの数秒程度の猶予しかないので、並外れた能力を持っていなければ実行不可能なミッションなのだ。
可憐はそれを3秒ほどで3つ同時に軌道修正を完了した。
「大陸落下コースに軌道修正完了しました。これより防御壁を展開しつつ降下し、対馬で第1特殊部隊と合流します」
「了解しました。対馬は大陸に近いので、第1特殊部隊は念のため防御壁で島を守って下さい」
「了解」
可憐はオペレーターに返答すると、すぐに部下に対して対馬列島全域を防御壁で守るように指示を出し、自らは両手を体側に揃え頭から地表めがけて自由落下する。
その上を3つの光が尾を引きながら放物線を描いて追い越して落下して行く。
可憐はそれを横目で見ると、光に背を向けながら降下を続ける。
核弾頭の爆発高度設定が不明であるため、念のために光源を直接見ないようにしているのだ。
間もなくして、西の空に閃光が走り大気が振動し衝撃波が襲ってくると、巨大なキノコ雲が出現した。
バイザーに表示されている情報ウィンドウにはノイズが走り、通信も途絶した。
可憐はそのまま眼下に迫る対馬へゆっくりと降下を続ける。
その時、東の空からは朝日が昇り、赤々と可憐の姿を照らし出した。
西の空の下は阿鼻叫喚の世界で、闇の世界だ。しかし、希望をもたらす太陽は東の空から少しずつ昇ってくる──。
可憐は、自分は光と闇の境目に存在する唯一の人間だ、と思った。すると、何とも不思議な感覚にとらわれる。
どんどん膨れ上がる暗黒の西の空と、徐々に光で照らしだされる東の空……。何と美しい光景だろうか……!?
そんな不思議な光景を俯瞰しながら降下していく可憐。
部下たちが展開している防御壁と干渉しながらも、更に降下を続けると、無事に着地し合流することができた。
この間も西の空は黒雲がヴェールの如く垂れ下がり、一瞬にして廃墟と化した街に、時には雷、時には雹を降らせ、更には黒い雨が降り注いだ。
地上に降り立った可憐は、のどかな対馬の自然豊かな風景に触れ、たった今、大陸では熱核攻撃により何千、何万という尊い命が奪われたという事実が信じられない感覚であり、ましてや自分がそれをやったという実感も湧かないのであった。
「本当に……私が……?殺した……?」
このように感覚が麻痺することが実は一番恐ろしいことなのだ。何故なら、これを皮切りに、更なる非道なことも躊躇なく行えるようになってしまうからである。
まるで白昼夢を見ているような感覚で、簡単に一線を越える事が出来るようになってしまうのだ。
───現実感がない。
可憐は遂に底なし沼に足を踏み入れたのである。
この日、米国が発射したと思われる3発の核弾頭は平壌、北京、上海に次々に落下、都市は消滅し、中露印豪等の連合軍の65パーセントもの陸上兵力と数十万人もの一般人の命が一瞬にして消滅した。
難を逃れた兵力も、放射能汚染の疑いやコンピューター機器のチェック等が必要であるため、全軍が戦線を離脱するしかなく、汚染された大地に再び戻ることも出来ないため、事実上、連合軍の中国、朝鮮半島への進出の野望は打ち砕かれた。
各国は被害状況について『現在確認中』を貫き、公式見解の発表はしなかった。
だが、一つだけはっきりした事がある。それは、アメリカの失脚と日本の更なる台頭だ。
特にアメリカは頼みの綱であった原潜を多数失い、更に太平洋の戦略拠点であるグアムとハワイの基地も深刻なダメージを負った。
合衆国大統領はこれ以外にも、補佐官からSLBM攻撃の失敗、ジャパンに潜伏中である工作員の壊滅、大陸の連合軍の壊滅と、耳を塞ぎたくなるような報告を受けていた。
米国は悩んだ挙句、熱核攻撃という最終カードを切ったのだが、それが日本には全く歯が立たないばかりか、各国の戦力を削ぐことにもなり、結果的には日本の地位を不動のものとする手助けをした形となってしまったのだ。
大統領は星条旗を見ながら、無言でそれらの報告を聞き終えると、ただ一言「そうか……」とだけ答えた。
その後、大統領と補佐官はしばらくの間、無言のまま立ち尽くした……。