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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
10/22

共闘

 どれくらい眠っていたのだろうか?瞼が重くてなかなか目を開けることができない……全身が怠くて関節も痛む。

 何か音が聞こえてくる……そう、これは車のエンジン音……おそらくここは車の中で、しかもまだ走行中のようだ。

 このエンジン音と、何とも心地よい車の揺れのせいで、再び意識が遠のき、激しい眠気を誘ってくる。

 それでも何とか瞼を持ち上げることを意識して薄目を開ける。

 ──暗闇だった。

 体を動かそうとするが、思うように動かない。

 ……そうだ、あいつは……志郎はどうなった!?

 「あ……あ……」

 左の頬が腫れあがり、口の中もかなり切れて腫れているため思うように言葉が出ない。

 「お目覚めのようですね?……山本さゆりさん?」

 左隣から声を掛けられる。

 この声は……町田亜季……!

 さゆりはこの瞬間、全てを思い出しガバっと体を起こそうとした……だが、実際には身動き一つ出来なかった。

 その代り、左側へ少し首を傾けると、そこには暗闇の中で顔を覗き込んでいる町田の姿が、薄らと見ることができた。

 「ごめんなさいね。今は治療とかできる状況ではないの。しばらくはこのまま我慢してもらいます……」

 町田は言葉とは裏腹に、少し笑みを浮かべ全く悪気もないような表情で続けたが、さゆりからは暗くてその表情は読み取れなかった。

 「それにしても、佐藤君を守るのが貴女で良かったです。花橘さんが相手では、こうもうまくは行かなかったはずですから」

 そう言いながら、町田はさゆりにカチューシャのような機械を取り付けようとする。

 これは超能力者専用の拘束具で、頭に装着することで精神集中を阻害し、超能力を行使できなくする機械であった。

 強烈な皮肉を言われたさゆりだったが、今は志郎の無事を確認する方が先だった。

 「……ひ……ひろう……ひ……ろう……は……」

 さゆりが何とか言葉をしゃべる。

 「ひろう?……ああ、志郎と言ったのですね?佐藤志郎君だったら、後ろの座席でまだ眠っています。そして、貴女にはもう一度眠ってもらいます」

 町田はそう言いながら機械をさゆりの頭に装着する。

 途端に頭の中が電磁パルスの渦が巻き起こり、意識を失うさゆり。

 どうやらこの機械は内調で使われている物に、独自で高出力になるよう改造を加えている代物のようだった。

 「あら?やっぱり少し強すぎたようですね」

 町田はペロリと舌を出すと、険しい表情をしながら運転席の方へ身を乗り出す。

 「どうですか?」

 「今のところは順調だ。大陸の連合軍の動きや、弾道ミサイルの迎撃準備で忙しいのか、日本政府はこっちまで手が回らないようだな」

 町田の言葉に答えた運転手は、先ほどさゆりの顔面を殴って気絶させたグラウンドにいた迷彩男だった。

 もうかれこれ6時間以上も車を走らせていたが、発見を恐れて高速道路や主要幹線道路を避けているため、かなりの時間を要していた。

 だが、それももう終わる。

 海岸線に面した道路から脇道に入ると、車一台がやっと通れるほどの細い砂利道を進む。

 木造の古い廃屋と、陸に上げられ朽ちた漁船の間を抜けると、不意に小さな漁港らしき場所に出る。

 そのままコンクリートで固められた小さな波止場まで進むと車を止めた。

 この港は小さな入り江になっているようで、沖には月明かりに照らされた消波ブロック群が見える。

 本来は漁港として使われていたようだが係留された船は1隻もなく、外灯もすべて消えており完全に打ち捨てられた場所のようだった。

 すると、沖から1隻の小型漁船がディーゼルエンジンの音を響かせ、消波ブロックの切れ目から港内へ入ってきた。

 この漁船は全く照明を点灯しておらず、いかにも怪しげな雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと車を止めている波止場に向かってやってくる。

 漁船を確認した車はヘッドライトを点灯し周囲を照らすと、更に3度ほどヘッドライトでパッシングする。これを受けて漁船もサーチライトを3度照射した。

 そこでヘッドライトを点灯したまま、車の運転席から迷彩服の男が降りると、船が接岸するのを待つ。漁船の甲板には綱を持った男の姿が見える。

 漁船はゆっくりと接岸すると、甲板上の男が綱を投げる。車の男はそれを受け取ると、漁船を係留する。

 船から渡り板が架けられ男が2名ほど降りてくると、迷彩服の車の男と握手を交わして何やら話をする。

 2名の男たちはそのまま車まで歩いて行くと、後部座席から2名の人影を肩に担いで運び出す。

 ──その時。

 小屋の脇に止めてあった車のヘッドライトが突然ハイビームで点灯すると、人影をはっきりと照らし出した。

 人影を運んでいた2人の男たちは、カーキ色の帽子に同色のツナギを着て黒のブーツを履いていた。一目で漁業に携わる人間ではないと誰の目から見ても明らかだった。

 「そこまでだ!」

 ヘッドライトの向こう側から黒い人影が2名歩いてくるのが見えるが、如何せん、眩しくてよくわからない。

 「はいはい、まずは二人を下におろして。そして全員手は頭の後ろー!」

 女の声が響く。

 二人の男たちは担いでいた人間を地面に降ろすと、すぐに銃を抜こうとするが、その瞬間呻き声と共にその場に倒れた。

 「無駄な抵抗は止した方がいいよ!?」

 そこに現れたのは、ドクロがプリントされたTシャツに、デニムのショートパンツ、厚底サンダル、髪は金髪で色黒の女だった。

 「あたしは佐藤千佳。これでもランクAの超能力者なのよねー」

 そう言うと、更に漁船を係留していた迷彩服の男が崩れ落ちた。

 それを見て、右手が義手の筋肉男が運ばれていた二人のそばに駆け寄る。

 「さゆり!大丈夫か!?」

 真一が声を掛けるが返事はない。おそらく気を失っているのだろう。更に真一はさゆりの隣で横たわっている志郎も確認するが、こちらも無事のようだった。

 佐藤千佳率いる第4特殊部隊は、内調から提供された情報を駆使して、ここ、福島県の片田舎の小さな漁港で待ち構えていたのだ。

 「人質二名を確保!命に別状無し!」

 「りょーかい。続いて漁船を調べてちょーだい」

 真一の報告にいつもの調子で答える千佳。だが、その視線は一人の少女を捉えていた。学校の制服姿でポニーテールの少女は、一見すると真面目な優等生のような少女だ。

 町田亜季は車の傍らで立ちすくんでいた。暗闇に目が慣れていた所に突然車のヘッドライトを浴びせられて目が眩んだこともあるが、一体何が起きたのか把握しきれていなかった。

 真一はその間に漁船へ乗り込み、船長と思われる人物を確保する。

 「漁船を確保!男一名を拘束!」

 「山本兄、ご苦労様ー」

 千佳が言葉を掛ける。

 その隙を突いて町田は乗ってきた車の反対側へ移動しようとする……が……!

 車が凄まじい音と共に弾け飛び、十数メートル先までおもちゃのように転がると、屋根を下にした状態で止まった。

 「動くなって言っただろ?あたしは予知能力があるから、下手なことはしない方がいいぞ?」

 千佳の言葉に、町田は震えながら崩れるように両膝を地面につけると、両手を頭の後ろで組んだ。

 「よろしい」

 千佳はそのまま町田を自分の近くまで歩かせると、改めてそこで跪かせる。

 更に真一に漁船の船長も連れてこさせると、町田の隣に並ばせる。

 船長はかなりの高齢のようで、灰色のベストに同色の作業ズボン、軍手に長靴、頭には手拭いを巻いており、いかにも漁船の船長という感じに見えた。

 「ねえねえ爺さん、あんたはどうしてここにいんの?こいつらに雇われたの?」

 千佳が船長に質問する。

 「一体何がどうなっているんだ?ワシはただ男たちをここまで運ぶように頼まれただけだべよ。どうしてこんな目に……」

 船長が両手を胸の前で合わせて涙を浮かべながら千佳に話す。

 「うん、爺さんは何も悪くない。必ず無事に解放するからちょっとまってて」

 千佳はそう言うと、命乞いのように震えながら両手を合わせて頭を下げる船長から真一の方に視線を向ける。

 「山本兄。主賓とあんたの妹を漁船に運んで頂戴」

 「え!?あ、ああ、わかった……」

 千佳の指示が予想もしないことだったので、真一は少し戸惑ったが、何か考えがあるのだろうと思いすぐにそれに従った。

 更に今度は振り返ると、自分たちが乗ってきた車に向かって声をかけた。

 「月面!各特殊部隊の現在の配置を知らせて!」

 「は、はい!少々お待ちを!」

 月面はそう言いながらノートPCを開いたまま車から降りると、小走りで千佳の元まで来てノートPCの画面を見せた。

 「第1特殊部隊は山口県の航空基地で休息および補給を行っています。この後は朝鮮半島沖で展開中のヘリコプター護衛艦に向かい、大陸の連合軍と対峙する予定です。第2特殊部隊は沖縄で駐留中、第3特殊部隊は東京湾沖で首都防衛にあたっています」

 「うーん……妙だな……」

 月面の報告を受けた千佳だったが、眉をしかめながら首を捻った。

 「特殊部隊は国外からの脅威に対する準備に注力しているようだが、国内の敵……つまり、こいつらのような工作員に対する備えが無いように見えるが……」

 そういいながら町田と船長を一瞥する千佳。

 「……いや、だったらあたしら第4部隊をその任にあたらせるのが筋だ………でも実際は……あたしらは……むしろ遠ざけられた……?」

 そこまで考えた千佳は、ある一つの結論に達した。

 「榊原め!遂に今までの研究の成果を試すつもりだな!?」

 「研究の成果って何だ?」

 真一が妹と志郎を漁船に運び終わったようで、千佳の隣にやってきて月面が持つノートPCを覗き込みながら質問する。

 「決まってんじゃん。超能力者のクローンだよ」

 千佳が隣の真一の顔を見ながら小声で言う。

 「まずは国内に潜伏している工作員の排除……その成果から次のステップに向けた計画がスタートするはずさ」

 「次のステップ?」

 「そう……世界征服に向けた超能力者を使った戦争だよ……」

 「!!!」

 真一はごくりと息を飲んだ。

 「……そして、あたしはそれを阻止するためにずっと内調を監視してきたんだ……クローンは……危険すぎる!」

 「超能力者のクローンは何がそんなに危険なんだ?」

 真一が素朴な疑問をぶつける。

 「現在研究開発しているクローンは、元内閣情報官であり先の超能力戦争の首謀者、倉本隆夫とその弟の遺伝子情報を元に作られているのさ」

 「ま、まさか……ランクSを……」

 真一の顔は引きつっていた。

 それを見て千佳は「ふん」と鼻を鳴らすとさらに続けた。

 「そう、ランクSの二人……コードネーム090と113の遺伝子情報を操作することで、ランクSの超能力者をクローン技術で増殖させる計画だ。このクローン達は生まれながらにして洗脳されているから、榊原を含む数名の命令は絶対遵守する。もしも、ランクSのクローンが安定供給されるようになったら……あたしらのような内調にとって扱いにくい超能力者は、真っ先に排除対象となるだろうよ。そして、この世界は榊原が支配することになる……」

 「………!」

 真一は目を見開いて千佳を凝視していた。

 千佳はPCを持つ月面と真一の肩に手を置いて話しかけた。

 「……で、ここでお前たちに相談なんだが、あたしはこのまま黙って殺されるつもりは毛頭ない。よって、これから内調を止めようと思っているんだが……お前たちも手伝ってくれないか?」

 いつになく真剣は表情で問いかける千佳。その表情から、二人はこれから行うことは決死の覚悟が必要だと察した。

 「僕は千佳さんと共に戦います!こんな僕を拾ってくれたんですから、当然です!」

 月面はPCを閉じて小脇に抱えると、正面から千佳を見ながら力強く言った。

 「おお、月面!サンキューな!」

 千佳はそういいながら月面をハグした。月面は嬉しそうに千佳の腰に両手を回す。

 それを見て真一はカチンと来た。

 「お、俺だって千佳さんと一緒に最後まで戦うよ!」

 真一はそう言いながら筋肉質な胸板をドンと叩く。

 「そか。山本兄、ありがと」

 千佳は頷くと、力強く真一と握手する。

 真一は拍子抜けのような表情をしながら「お、俺も……ハグ……」と声にならない声で呟いた。

 千佳はそれを無視するように真一の手を離すと、二人に指示を出した。

 「倒れている男たち3人も漁船に運んでくれ」

 「はい!」

 「へーい……」

 返事からも、二人のモチベーションが明らかに違うのが伺えた。

 千佳は軽く舌打ちをすると、真一の名前を呼んだ。

 「ん?あんだ?」

 怠そうに歩いてくる真一の胸にスッと飛び込んだ千佳は、真一の左ほほに手を当て、右耳に囁くように語りかける。

 「あんただけが頼りなの……お願い……あたしを支えて頂戴……」

 そう言うと、軽く首筋にキスをする千佳。

 「!!!!!」

 あまりにも突然の事だったので顔を真っ赤にして硬直する真一。

 「そんじゃあ、頼んだわよ!?」

 千佳は真一の義手をバンと力一杯叩く。

 これで我に返った真一は胸を張って言った。

 「お、おうよ!任せてくれぇい!」

 右手を折り曲げて力を込める真一。もちろん特殊合金の義手なので力こぶはできない。

 真一は小躍りしながら月面を押しのけると、男二人を右肩に担ぎ上げ、更に一人を小脇に抱えて船に運んでいく。

 「ほんと、単純で扱いやすい奴……」

 遠い目をしながら千佳はそう言うと、踵を返して町田と船長の元に行く。

 「さて、次はあんた達をどうするかだ……」

 千佳の言葉に船長は下を向いたまま黙っていたが、町田は跪き両手を頭の後ろで組んだままキッと千佳を見上げた。

 「私は死を恐れないし、こうなる可能性も考えていました。なので、私から情報を引き出そうとしても無駄なことです」

 「知ってるよ」

 「え!?」

 町田が少し驚いた瞬間、口が何かの力で強引にこじ開けられ、千佳に対して口内を晒す形になった。

 すると、左の奥歯がバキバキと音を立てて抜けると、そのまま血を滴らせながら空中を進み千佳の目の前で停止した。

 「あが……が……」

 血とよだれを垂れ流しながら町田が呻く。

 千佳は空中で静止する奥歯を観察すると、目を見開きながら言った。

 「やっぱり。何かのカプセルが奥歯に仕込んであった……でも残念。これで自殺は出来なくなった訳だけど、さて、どうする?」

 そう言いながら、奥歯を海へ吹き飛ばす千佳。

 超能力の呪縛から解放された町田は、口の中の血をプッと吐き出すと、下顎を押さえながら言った。

 「どうすることもしないわ。任務が失敗した以上、生きて行くことはできません……」

 「なるほど……じゃあ、その死んだ命……あたしに預けて頂戴」

 「どういう……事ですか?」

 「簡単なことさ。あたしに協力して欲しいのよ。内調と戦うってんだから、人は多いに越したことは無いってね」

 「………」

 町田は黙ったまま千佳を見ていた。どうやら千佳の腹の内を探っているようだ。

 「しゃあーねーな。あんた……工作員特Eだろ?」

 「!!!」

 今度こそ心の底から驚いた表情をする町田。

 「……そして、あんたと一緒に車に乗ってきた男……あいつは特Fか?」

 震えるだけで答えることができない町田。

 千佳はニヤリと笑いながら淡々と話し始めた。

 「この前、花橘家を襲ったのは特Bから特Dの3人だ。だが、花橘楓の活躍により作戦は失敗、3人は死亡した。そこで、今回白羽の矢が立ったのが特Eのあんたと、それをサポートする特Fから特Hの男3人だ。あんた達は志郎を拉致してここまで運ぶと船に乗り換え、沖で待つ潜水艦で日本を脱出する計画だったんだろ?」

 「……!」

 ただ震えるだけの町田。

 「わっはは。ぶっちゃけ、あんたから聞きたいことなんて何一つ無いんだよ。あたしは全て知っている」

 千佳の言葉にペタンと尻を落とす町田。震える声で絞り出すように何とか言葉を発する。

 「あ、あなたは……一体……何者なの……?」

 「あたし?」

 腕を組んで町田を見下ろす千佳。

 「あたしはランクAの超能力者佐藤千佳。そしてまたの名は……特A……!」

 「!!!!」

 町田はあまりの驚きに、開いた口から血が滴っている事にも気づかなかった。

 「そう……合衆国の特殊工作員A<アルファ>とはあたしの事さ!」

 千佳はそう言うと右手を差し出した。

 「よろしくな。特E<エコー>!」

 

 ◆

 

 

 特殊工作員になる理由なんて人それぞれだ。

 金のため、祖国のため、敵討ちのため……10人いたら10通りの理由があるだろう。だが、一度工作員になると二度と辞めることは出来ない。極秘事項を知ったまま、一般人に戻れるほど甘い世界ではないのだ。

 そういった意味では、唯一、死こそが安寧の場所だと言えるだろう。

 佐藤千佳が工作員になったのは、超能力戦争が終結して間もなくの頃だった。

 朝鮮国で数々の無理な命令を榊原から受けながら、何とか独裁者キム・ソギョンを確保した千佳は、日本に帰国して榊原の取った行動について聞かされたとき、これまでの彼の行動は全て自分自身が世界の独裁者になるための下準備だったのではないかと思うようになった。

 そんな時に米国の工作員の話が秘密裏に舞い込んできた。

 米国は超能力に関するあらゆる情報が欲しかった。一方、佐藤千佳は内調……特に榊原の動きに疑問を抱いており、調査のために後ろ盾が欲しかった。

 両者の利害は一致し、佐藤千佳は内調の情報を流す代わりに、米国の情報と活動資金を得ていたのだ。だからこそ、自費で山本兄妹や月面を雇ったり、車を買い替えたりする事ができたのだ。

 元々内調に対して戦いを挑むつもりでいた千佳にとっては、米国の力を得ることは絶対に必要な事だったのだ。

 だが、一連の志郎襲撃事件について、米国は事前に千佳には知らせずに作戦を決行した。

 もちろん、米国としては極秘事項をいちいち千佳に知らせる必要性は無いのだが、もしも自分に知らせてくれたら、もっとスマートな方法で志郎に協力してもらえたはずだと考えていた。

 そのような思惑から、千佳は米国に対して強い不満を感じていたのだが、事態はもっと複雑化していた。

 それが内調のクローン実戦投入だった。

 第1から第3特殊部隊の全てが国外の対応に投入され、内調を監視していた第4特殊部隊を実質的に遠ざけた事からも、おそらく、クローンは日本国内の工作員を排除するために投入されるだろう……そして、それは自動的に佐藤千佳や町田亜季も排除対象であるという事を指しているのだ。

 どんなに科学が発達しようが、超能力者を作り出す……それもランクSという神の力とも言える強大な能力を有するクローンとなると、そう簡単には作り出せないはずであり、だからこそ超能力研究が始まって30年以上が経った現在においても、公式上ランクSは3兄弟以外に誕生していないのだ。

 しかし、クローンの最大の脅威はランクSかどうかではない。

 これがランクA、あるいはランクBだったとしても、大量生産が可能となった時、その脅威は計り知れないものになるだろう。

 どんなに強い者であっても、数の暴力には太刀打ちできないのは、先の超能力戦争の時にも実証されている。

 『確実に超能力者を生み出せる技術』

 これこそが人類にとって一番の恐怖なのである。

 では、その恐怖に対抗するにはどうすれば良いのか?

 答えは極めて単純明快だ。

 クローンを大量生産する前に、その技術や施設を破壊するのだ。

 目標は、内調本部、地下研究施設──。

 

 

 「──で、俺たちは漁船に揺られながら太平洋を南下している訳だが……」

 千佳の説明を一通り聞いた志郎が、漁船のデッキに腰を掛けながら口を開く。

 「……この先はどうするつもりなんですか?千佳さん?」

 「どうするもこうするも無いわ!話はそこに座ってる女を血祭りに上げてからよ!」

 さゆりが包帯で右肩をぐるぐる巻きにされた姿で町田を睨みつける。

 脱臼した肩は千佳の超能力で元に戻したが、軟骨や靭帯の損傷を考えると、しばらくは右肩を動かさないように固定する必要があった。

 千佳はそんなさゆりを無視して志郎の質問に答える。

 「先ずは月光院と連絡を取るつもり。あいつも超能力戦争の時から榊原を快く思っていないからね。事情を説明して共闘できれば最高、手出しをせずあたしたちの行動を黙認してくれれば御の字ってところかしらね」

 「いやいや、千佳さんが米国の工作員だったと知ったら、月光院だって難色を示すんじゃあ……」

 「あんたバカ!?わざわざそんなことを言う必要無いじゃんよ!!」

 隣に座る千佳から一喝され、しゅんとする真一。

 「でも、町田やそこの3人組みの説明はどうするのさ?」

 さゆりがデッキの一番端で固まって座っている3人の工作員を見ながら質問する。

 ちなみに船長だけは操舵室で全力運転中だ。

 「月面の調査では、国内に潜伏している工作員の手配書は、特殊部隊にはまだ展開されていないらしい。つまり、あたしらが工作員だという事実は一先ずスルーできると思う。だったらあとは公式に第4特殊部隊として主賓奪還のために働いてくれた仲間だと言い張るだけさ」

 「そんな話を信じてくれますか?とても押し通せるとは思えないですよ?」

 ほぼ第3者である志郎がそう言うのだから、理由としては陳腐なのだろう。だが、千佳はニヤリと笑うと自信を持って答えた。

 「月光院があたしのこんな作り話を信じる訳がないじゃん!……でも『信じる事』と『押し通せる事』は別の話なんだよ」

 「俺にはよくわかんないけど……」

 志郎が少し戸惑いながら答える。

 すると千佳が「だろうな!お前の頭なんぞ、その程度ってことだよ!」と豪快に笑い終わると、スッと真剣な表情に戻り先を続けた。

 「……月光院は頭が切れる男だ。あたしが嘘をついて工作員を仲間にしていることは見抜くだろう。だが、問題の本質はそこではなく、あいつ自身が内調と戦う意思があるかどうかという事なんだ。あたしの説明を聞いて月光院が内調と戦うという意思があれば、必然とここにいる者たちは見逃してくれるはずさ。でも、もしあいつが内調の捨て駒になることを選んだのであれば、あたしらは月光院と戦うことになるだろう」

 「ランクA同士の戦い……」

 さゆりがポツリと呟いた。

 超能力者同士……しかも、最高ランク同士が戦う場合、その戦いは熾烈を極める。

 力が拮抗しているため簡単には決着はつかず長期戦となり、両者とも力を出し尽くして同士討ちとなる場合がほとんどだった。

 「まあ、そうならないように頑張るしかないじゃんよ!?なっ!?」

 そう言いながら千佳は隣の真一の肩に手を置く。

 真一は苦笑しながら「ああ、そうだな」とだけ答えた。

 どう転ぼうとも、この先は血塗られた戦いが待っている。それだけは確かなのだ。

 ──半年前に終結した超能力戦争。

 あの時も内調と戦った。

 だが今回は、あの時共に戦った仲間が敵なのだ。

 真一はこれから始まる戦いに気分が暗くなったが、千佳の全てを受け入れた上で協力すると誓ったのだ。そのことに後悔は無い。

 月明かりに照らされた義手に力を込めて月を見上げると、決意を新たにするのであった。

 

 

 佐藤千佳が恐る恐る、東京湾沖で首都防衛の任に就いていた月光院尊人に連絡を取ると、意外にもあっさりオスプレイを派遣してくれた。

 小さな漁船から直接オスプレイに搭乗するのは少し困難だったので、一度、近くの砂浜に着陸してから全員を収容したのだった。

 もちろん、漁船の船長はその場で解放したが、今晩の出来事は忘れるように念押しする事も忘れなかった。

 オスプレイはそれから一時間も掛からずに東京湾沖のヘリコプター護衛艦に着艦した。すると、すぐに尊人からブリーフィングルームに集合するよう指示があった。

 さほど広くない部屋には、横に5席のパイプ椅子が2列分並んでいた。 正面の壁には、100インチほどのマイクロLEDディスプレイが設置されている。

 単なる作戦会議を行うための狭い部屋に、100インチの高解像度ディスプレイが本当に必要なのか疑問だったが、基本的には一般人が入ることはほとんどないのだから、高価ものを置いたところで糾弾されることはないだろう。

 自衛隊には極秘事項が数多く存在するが、これもその一つということか……。

 千佳はそんな事を考えつつ、組んだ足をプラプラさせながら月光院が現れるのを待った。

 すると、ノックと共にドアが開き、白乳色の特殊ボディスーツを着た月光院尊人と妹の花子が姿を現した。

 「久しぶりだな。月光院尊人」

 千佳はそう言いながら立ち上がると尊人に右手を出して握手を求める。

 「貴女は変わらずお元気そうですね」

 尊人も一歩前に出て右手を出して千佳と握手をする。

 「妹の花子も元気そうでなによりだな」

 千佳は尊人と握手をしながら花子にも声をかけた。

 たが、花子は鬼の形相で千佳を睨むと、小さな声ではっきりと言った。

 「私の名は麗子です。同じ事を何度も言わせないでいただけますか?」

 「がはは!まだそんなことを言ってたのか!?すまんすまん……えーと、麗子でいいんだったな!?」

 千佳は後頭部を掻きながら笑うと、自分の席に戻った。

 麗子は聞こえないように舌打ちをすると、尊人に話を進めるように「お兄様……」と小声で促した。

 「うん?ああ、そうでしたね。それではまずここに至るまでの経緯を詳しく聞きましょうか。佐藤千佳さん、お願いします」

 「よし、そんじゃ簡単に説明すっか……」

 「……ちょっと、千佳さん!?お兄様は『詳しく』と仰ったのですよ!?」

 千佳の言葉を遮るように麗子が念を押す。

 「わかってるって!……全く、妹というやつは小うるさくてしょうがないよな?」

 そう言いながら隣の真一に同意を求める千佳。

 「おいおい、俺に振るなよ……」

 真一は隣で睨んでいるさゆりの視線を外しながら吹き出す汗を拭っていた。

 「それじゃあ、改めて……」

 千佳はこれまでの経緯を説明したが、自分や町田が米国の工作員だという事は話さなかった。

 尊人は聞き終えると表情を変えずに「なるほど」と言うと、千佳を見て更に続けた。

 「確認させてもらいますが、志郎君とさゆりさんが敵……おそらく前回の襲撃者と同じ組織に拉致されたため、内調の命令で第4特殊部隊が追跡しこれを奪還した。だが、内調はその隙にクローン部隊を結成し国内に潜む工作員の殲滅を企てている……千佳さんはそのクローンが本格的に実戦投入される前に阻止するためにここに現れた……という事でよろしいですか?」

 「ああ、そういう事だ」

 千佳が尊人に同意する。

 「では私から簡単に質問させてもらいますが、先ず、後ろの列に同席されている一般人の方々ですが、どういったご関係ですか?」

 尊人は2列目に並んで座っている町田と3人の男たちを見ながら質問した。月光院尊人は彼らが一般人かどうかをすでに見極めていたのだ。

 特に町田の服装は志郎と同じ高校の制服と思われ、このような場所には似つかわしくないように見える。

 すると志郎が身を乗り出して話し始めた。

 「あいつは同じクラスの町田という学級委員長なんですが、俺が学校で襲われた時に偶然巻き込まれてしまって、俺たちと一緒に拉致されてしまったんです。その後、千佳さん達に救出されたのはいいのですが、千佳さんはいつも通り派手に超能力を行使したので、彼女に超能力者たちの事を知られてしまい、仕方なくここまで連れてきたんです」

 志郎の話はある程度説得力があるものだった。

 「確かに、クラスメートをそんな漁港に一人残して、自分たちだけ帰る訳にもいかないし、機密情報が流出する懸念もあるか……」

 尊人はそうつぶやくと、町田を見つめて話しかけた。

 「町田さんと言いましたね?」

 「は、はい……」

 町田は今後、自分はどうなるのかという不安で胸が一杯であった。

 「私たち超能力者は、一般人とは違う世界で生きる者です。ですが、たまに今回のような事件が発生し、貴女の様な一般の方を巻き込んでしまうというインシデントが発生するのも事実………志郎君のクラスメートという事なので、私の名に懸けて貴女を無事、親御様の元へ送り届けますので、どうかこの度の事は穏便に済ませて欲しいのですがどうでしょうか?」

 「どうでしょうかと言われても……このまま家に帰されても困ります」

 「何故ですか?」

 「私は佐藤君や山本さんと一緒に拉致され工作員の事を知りました……また、同時に超能力者の事も知りました。そんな機密事項を知った私が、このまま家に帰って本当に今後も安全に暮らして行けるものなのでしょうか!?」

 町田は涙を浮かべながら尊人に質問した。

 「……確かに、町田さんが危惧する事もよくわかります。実際に工作員に拉致され、超能力者の力も見ているのですから、その恐怖感や不安感は相当なものでしょう……」

 尊人はうんうんと頷きながら納得した様子だった。相変わらずオーバーリアクションだ。

 「……では、月光院家でしばらくの間かくまって差し上げましょうか?」

 「月光院尊人。折角の申し出ありがたいのだが、ここはあたしに任せてもらいたい」

 千佳が二人の話に割り込む。

 「どうせ、志郎も工作員に狙われているんだ。だったらついでにもう一人一般人が増えても同じだろ?今度こそきっと山本妹がしっかり守ってくれるはずさ!」

 「はあ!?何であたしが町田まで守らなきゃなんないのよ!?ってか、あたしだって怪我してるんだけど!?」

 千佳に突然指名されて寝耳に水のさゆりが立ち上がって抗議する。

 「今回の件は、お前が油断しなければ何も問題にはならなかったはずだ。自分の責任は自分で取れ」

 「……!」

 千佳にピシャリと言われ、ぐうの音も出ないさゆり。仕方なく、ため息をつきながらドカッと椅子に座ると頬を膨らませる。

 すると見かねた志郎がさゆりに耳打ちする。

 「別に本当に町田を警護するわけじゃないぞ?そもそもあいつは工作員側の人間だからな。単にここを無事に突破するための詭弁なんだぞ?」

 「バカ志郎!そんな事くらい、あたしだってわかってるわよ!でも、抑えきれない感情ってもんがあんのよ!」

 さゆりはそう言いながら左手で志郎の襟首を掴み上げる。

 「ちょっとそこ!うるさくしないで頂戴!」

 麗子がさゆりを指さして鋭い口調で叫ぶ。

 「ちっ!」

 さゆりは舌打ちをしながら志郎から手を離すと椅子に座りなおす。

 「……わかりました。では町田さんはお任せします……それで、残る3人の方々ですが……」

 尊人はそう言いながら迷彩服の男と、カーキ色の男2人を見る。

 「あー、そいつらはあたしの部下だよ!」

 千佳が慌てて答える。

 「第4特殊部隊のですか?一般人ですよ?」

 尊人が両手を広げながら千佳に問いかける。

 「お前たち正規部隊にはわからんだろうが、第4特殊部隊は『野良から勝手に部下を集めろ』という、フザケタ命令があってだな、ずっと内調から虐げられてきたんだよ。だってお前、普通に考えてみろよ?特殊部隊が嫌で野良をやっている超能力者に『特殊部隊に入らないか?キリッ』と言った所で、誰が入ってくれんだよ!?そりゃあ、一般人の手も借りるしかねーじゃんよ!?」

 鬼気迫る千佳の力説に若干引く尊人と麗子。

 それもそのはず、千佳としては本当に切実な問題であり、正真正銘、心の叫びだったのだ。

 「そ、そうだったんですね……すみません。第4部隊の事情までは把握していなかったもので……」

 尊人は同情するような顔で千佳に声をかけるが、次の瞬間、男たちに視線を向けた表情が厳しいものだったので空気がピンと張りつめた。

 「……ですが、もしも私たちを裏切るつもりなら、一般人であって容赦はしませんよ?」

 男たち3人は背中に電気が走ったかのように飛び上がると、背筋を伸ばして直立していた。

 「め、滅相もございません……」

 「与えられた仕事に励む所存です……」

 「全身全霊で尽くさせていただきます……」

 3人の男たちはそれぞれがそう答える事しかできなかった。

 「……いいでしょう。信じます。では、最後の質問です……」

 そう言うと、尊人は再び千佳に視線を向ける。

 「私には首都防衛という重大な任務があります。これは内調の命令に従うのではなく、この日本を守るために行う事です……」

 「わかっている。お前にはこれ以上迷惑はかけん」

 「いいえ、迷惑だとは思っていません。そもそも私も危うく榊原さんに寝首を掻かれる所でしたから」

 「へぇ……月光院尊人ほどの者が?」

 「はい。私は南海トラフで資源プラントの警備をしていたのですが、実はすでに領海内に敵原潜が潜伏していたのです。危なく背後からズドンとやられる所でした………それが、どう考えても、その時東京湾沖の太平洋側を警備していた第1特殊部隊が見逃したとしか思えないのです」

 「第1特殊部隊……小野寺可憐か……。第2特殊部隊が見逃したという事は無いのか?」

 「おそらく無いと思います。現に彼らも敵原潜を発見してこれを沈めています」

 「ふむ……でも小野寺可憐が敵を見逃したという証拠は無いんだろ?」

 「まあ、そうですね……証拠はありませんが、私は十中八九、榊原さんの指示だと思っています」

 「なるほどな……お互い榊原には何かしらの疑念を持っているという事だな?」

 千佳はそういうとニヤリと笑う。

 尊人もそれに答えて微笑む。

 「私もこの任が終われば、何らかの形でご協力したいと思っています。理由はどうであれ、同じ志のようですから」

 そう言いながら、今度は尊人から右手を差し出した。

 「ふっ……理由はどうであれな!」

 千佳は立ち上がるとその手を強く握った。




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