第2話
『3番線に電車が参ります。危険ですのでー』
人混みの間をお決まりのアナウンスが通り抜けると、少し遅れて電車が到着した。ただでさえ人の多いホームに雪崩れのように次々と降車すると、息つく間もなくまた人が詰め込まれていく。
「…あっ」
ふと"嫌な予感"がアサヒに降りかかる。まさか、と思いカバンを探った。
「…最悪」
そこには、あるはずのイヤホンがなかった。音楽ない状況でこのすし詰め状態は彼女にとってストレスでしかない。
はぁ、と溜息を吐くと乗っていた車両を降りた。
(ついてないな…またあのクソ寒い中待つのか…)
疲れ切った表情がさらに疲労を滲ませていく。幸い自分が校舎を出るときはまだ生徒がちらほら残っていたし、今ならまだ間に合うはずだ。
俯きながら早足でつい十数分前歩いた道を引き返す。
ードンッ
「あっ、すみません!」
ぶつかる感覚と、ほぼ同時に聞こえたのは男性、というには少し若い声。突然肩が軽くなり、カバンを落としたことに気づく。
「あー…」
さっき探った時に開きっぱなしにしていたせいで、中身が散乱してしまっていた。
「や、大丈夫ですよ…ってあの」
「ほんとすみません!急いでたとはいえ、俺の不注意です!」
「いやあの」
相手はそう言いながらもてきぱきとアサヒの荷物を拾い集めていく。何もせず突っ立っていると申し訳なく思えてきた。いや私は悪くないけど…下向いて歩いてたのはまぁアレだけど…。
やらせっぱなしはあまりいい気がしないと、アサヒもしゃがみこむ。間近で見るとぶつかった相手は高校生らしい。少し薄い色素のふわふわとした髪に、黄色のヘアピン。一見チャラそうだが、先程からの言動を見ると真面目なようだ。
「あの、申し訳ありませんでした…お怪我とかありませんか?」
「あ、いや、平気、です」
それより早く立ち去りたい、という気持ちが勝っているせいで返事も疎かになってしまう。
「あの」
「は、はい」
アサヒの一言に相手は肩を跳ねさせた。そんなにビビらなくても。
「急いでたんじゃ…?」
「え?そうですけど…」
「…電車、大丈夫?」
「えっ?」
目を丸くした相手は慌てて時間を確認する。途端、みるみる顔が青ざめていった。もちろん寒さのせいではない。
「あーーーーっ!!!」
往来に響く叫び声。周りの視線が集まるのを体に感じる。やめてくれ、何時だと思ってるの。
「あ、ありがとうございます!じゃあ俺はこれで!!」
「あ、う、うん」
青年は慌ただしく頭を何度も下げながら駅に向かって走り出す。
さて自分も、と思い歩き出そうとすると、青年が足を止めてこちらを振り返り、
「あっ、俺、アサノリョウタって言います!」
自己紹介を残して去っていった。
「は…?」
何?なんでこの場で…?
意味のわからない一瞬の出来事に、思わず眉間に皺をよせる。というか、自分はこんなことをしてる暇はない。
(無駄に時間使った…)
再び目的地へと向かおうとした時。
(あ…)
足元に見覚えのある白いコードが落ちていた。
愛用のイヤホンだ。さっきの散乱事件のとき、カバンの底に埋まっていたのが出てきたのだろう。
(あるじゃんか…ったく)
それを拾い上げ、汚れを払いながらまた溜息をついた。なぜか今日は…いや、この数十分間は普段の倍以上疲れたような気がする。
携帯端末にイヤホンを接続する。とにかく早く帰りたいと思いながら駅に引き返した。