春の女王と冬の女王
春の女王は、幾本もの氷柱の間を歩いていき、ウィンゴンの股の下をくぐり、季節の女王が住む部屋へ入っていきました。
本来なら、自分がお好みの家具とともに入り込んでもう暮らし始めている時期です。
部屋の中は、塔の階段以上に荒れ放題でした。
入った途端、酸っぱいような、すえた匂いがし、眠気を呼ぶスリープフラワーの花びらが辺り一面に散乱し、シットワインの空き瓶がゴロゴロしていました。食べ残しの皿は至る所にちらばり、鏡は粉々に割られていました。まるで部屋の中には台風が来たようです、いや、誰かがここに住んでがいるのだからそれ以下です。
「来ないで!」
悲痛な叫びが部屋の奥からあがりました。
「ウィンテリア」
春の女王が優しく、そしてしっかりした口調で呼びかけます。
「来ないでって言ったでしょ」
春の女王は、無言でどんどん歩いて冬の女王の方にやってきます。
「見ないで!」
先ほどより更に悲痛な叫びが上がりました。
冬の女王は、冬の色である白のローブでなく、黒いローブを纏室内にも関わらず寒いのかフードをかぶっています。
そして、鼻がすっぽり隠れるくらいまで、ストールを顔にまで巻いています。
「来ないで、そして、見ないで、、」
もう冬の女王の声は弱々しいものでした。
「私に見せなさい、ウィンテリア」
「春の女王、、、」
「名前で呼んでも構いません。もう、私も誓いをたくさん破りました。女王ではいられません」
春の女王がかがみ込んだ冬の女王をゆっくりと抱き起こしました。
冬の女王は、やつれ、春の女王が冬の女王の肩を掴んだ感じ随分痩せた様でした。
「病気ではないようね、安心しました」
春の女王が言いました。しかし、春の女王の手をしっかり握った瞬間に顔を覆っていたストールが少しずれました。
冬の女王の頬にはナイフでつけられたような、深い傷がしっかりと目から顎のあたりまでついていました。
冬の女王が顔を背け傷を隠しましたが、春の女王は無理やり手で冬の女王の顔を自分の方に向け正対させました。
「なにがあったのです?」
「王と喧嘩を、、」
弱々しい声で冬の女王が答えました。
春の女王は促すように黙っています。
「私も王を魔法で傷つけましたが、王が、王が、私を押さえつけ、私の頬をダガーで、、」
「喧嘩の理由は?」
「言うのも恥ずかしい些細な事です」
春の女王は、冬の女王のおでこに自分のおでこを触れさせました。
「こんな傷のついた顔で人前には出られないわ、、、。ましてや、女王として民の前に出るなど、、、」
春の女王は黙って聞いていました。
「何度も魔法で傷跡を消そうとしたけど、消えなくて、、」
「私達の力は、私達、季節の女王同士には効かないのわ、知っているでしょ」
「王を恨む気持ちばかりが大きくなって、するとどんどん傷跡が深くなって、、私自分自身が怖くなって、、、更に王を恨むようになって、すると、ドラゴンがどんどん大きくなってそして力も強くなって、、、」
冬の女王の話の途中一人の幼い少女が部屋の戸棚の陰から怯えながら出てきました。
「確かウィンノリアでしたね」
幼い少女は頷きました。
「恐ろしかったでしょ、あなたのお母さんはもう大丈夫よ」
春の女王は、暫く、考えていましたが、決心したように顔をあげました。
「傷跡は治りませんが、私に考えがあります」
春の女王は立ち上がると、踵を返し、季節の女王の部屋から出ていきました。
ウィンゴンはもうスプリゴンと同じくらいの大きさになり春の女王の足に擦り寄ってきました。
しかし、春の女王は自分を守る自分の家来を多く殺したドラゴンには構わずキングスホールへ向かいました。
未だに、季節の塔には人の氷柱がたくさん立っているのです。