序1
月が明るく、穏やかな海面を照らしている。潮の香りが薄く感じるのは、風が少ないからだろうか、自分自身がこの場所に居過ぎて、鼻が慣れてしまったからだろうか。ともあれ、俺は静かな海を眺めるのが好きだ。その小々波とどこまでも続くような深さは心を宥めてくれる。
明日、この地は戦場になる。俺は新兵で、つまり初陣だ。もちろん、基礎訓練は積んだ。武器や機甲の訓練は一通り積んだし、訓練の最中、教官らにも「筋が良い。」と褒められた。明日は前哨戦だろう、互いに小手調べのつもりだろうし、何も死ぬことはないだろう。
海面は静かに揺れ、俺の不安を包み込んでくれているような気がした。明日はこの来島利兵衛一世一代の日のはずだが自然と心は落ち着いている。
世暦3412年6月15日、香国の軍勢が桜浜上空に姿を現したのは、宣告通りの午前9時ちょうどであった。伊国の斥候によると先陣兵力は機甲兵約800機、電磁砲台10基とのことであり、率いている印は手堅い用兵で「負け知らず勝ち知らず」と名高い、十河寿保であった。
利兵衛は伊国の機甲兵1000機の中でも、最前線ではないが、比較的前方に配されていた。聞かされている作戦は特になく、電磁砲の射線を躱し砲台を破壊する、というざっくりとした指示しかなかった。雑兵への指示といえどもこんなものよの、と独りごちていたら、9時30分、相手方の電磁砲一斉照射により、利兵衛の身の回りの風景が、砂浜側から順番に友軍含め掻き消えたことに端を発し、開戦された。
利兵衛は5秒程度惚けてしまったが、気がつくとすぐに機甲を起動させ、海面側へ退避した。敵軍は勢いづいて機甲のブースターをこれ見よがしに蒸しながら、砂浜側からこちらに向かって来ているが、味方もすぐに体勢を立て直して、同じく砂浜側へ兵を結集している様子であった。
海面側の敵軍はかなり手薄で、向かってくる兵もおらず、利兵衛は少なからず安堵した。砂浜周りは空も陸も交戦中であり、混戦し、状況は次第に膠着していった。利兵衛は、そんな様子を「友軍の敵をとりに、戦況に加わるべきか、しかし…自分一機が向かっても膠着したままでは?かつてのふんわりとした指示どおり、砲台破壊を目指し、兵の薄い海側から進軍すべきか。」と逡巡しながら、泡を食ってどうしたら良いかわからずに見ていたのかだが、急に後ろから肩を掴まれてしまった。訓練学校の先輩、渡邊何某(下の名前は聞いたけど忘れた)であった。渡邊はギラギラした目で利兵衛から目を逸らさずに言った。
「どうしようか迷ってるだろ?俺に賭けて死んでくれよ。」