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割れ鍋に綴じ蓋~どんな人にでも相応しい配偶者がいるという意味

作者: ふみふみ

 そんなに幸運な人生を歩んでいるわけではないけれど、不幸だったわけでもない。人並みの生活を送り、人並みに毎日が楽しくて、人並みに幸福だ。と私が言うと、友人や家族から、自分の人生を人並みというその感覚が解らないと必ず突っ込みが入る。


 父が交通事故で死んだのは小学校五年の時だ。少し遠くのお客さん先からの帰り道、居眠り運転の二tトラックに真後ろから激突されたのだ。仕事のできる母が家計を支えたため、海外出張の多い母に代わり、私が妹を育てた。お金に苦労したことはなかったけれど、二歳年下の妹には色々勉強させてもらった。中学時代、少し反抗的だった彼女の問題行動で、色々なお店から電話がかかってきて高校生の私が保護者代わりに引き取りに行ったり、家出した妹を探してほしいと警察へ行ったりしたのは、今では良い思い出だ。


 その妹が若年性の癌で亡くなったのは私が十九歳の時。癌が発覚してから最期まで、一年とかからなかった。元々は卵巣嚢腫。まだ高校一年生だったから、癌に対する定期的な健康診断なんてしているはずもなく、婦人科系の病院にかかるのを嫌がる年齢でもあったから、卵巣嚢腫であることが分かった時には随分腫瘍が大きくなっていて、即手術をすることになった。開かなければ判らないといわれ、手術後に見せてもらった腫瘍は大きくて黒くて、血まみれの内臓だし、当たり前のようにグロくてエグかった。しばらく肉を見ると気持ち悪くなった。


 腫瘍はきれいに取り切ったと若い女医さんが言ってたけれど、その後警戒してた通り肺に転移していた。手術後三か月経った時だった。母は仕事を辞めて妹にかかりっきりになっていた。自営業をしていた父の生命保険と百パーセント被害者の交通事故の際の自動車保険の支払いが億単位であったため、それを受け取っていた母が生活に困ることはなかったし、妹の医療費の心配もなかった。


 放射線治療で腫瘍が小さくなってきたら手術して取ってしまう。その後、転移と拡大を抑えるために抗がん剤治療に入る。医師の予定通りに治療は進んだ。肺の手術成功の頃は妹の生きる未来を信じていた。けれど、抗がん剤の治療中に発覚する転移。若さゆえに、癌の進行が早くて、処置が追い付かないのだそうだ。


 そして、私の家族は母一人になった。だけど、私はそれなりに生きることを楽しんでいたし、お金に困ることもなかった。亡くなった父は私を愛してくれていたし、思春期を終えて反抗期が終わった高校生の妹とは仲が良かった。最後の肉親である母が私を愛してくれていることも知っている。ものぐさで、何か月も連絡を取らない私に付き合ってくれる、気の置けない友人達もいる。それに、私にべた惚れらしい、外資系エリートで高給取りの優しい旦那様がいる。


 平穏で普通な毎日が楽しくて幸せだ。


 そう言うとやはり、いつも母と友人から突っ込みが入る。


 住んでいる借家が火事になり、消防隊員に救出されたのはまだ父が生きていた小学校二年の時だっただろうか。友人のマンションに遊びに行ってたら、隣の部屋で暴力団の発砲事件があったとかで帰るのに一苦労したのは中学一年生の時。近所のコンビニに買い物に行ったついでにその日発売の週刊誌を立ち読みしていたら店に強盗が入ってきたのは中学三年生の時だった。高校一年の時は隣の長屋に住む同級生の両親が殺害される事件があって、やはり警察の規制線の外に出るのが大変だった。社会人になってからはひったくりに遭ったことと、父方の親戚の遺産相続争いに巻き込まれたことぐらいか。どれも、私に言わせれば被害がなかったので、笑い話なんだけど。


 おや、私ってば警察には何かとお世話になってるな。妹の家出だけではなかったか。一般的に、人はそんなに警察のお世話になることはないらしい。私自身が関係してお世話になったのは妹の家出とひったくりだけなんだけどなあ。


 私に何かあったわけではないので、やはり私の人生は平穏無事で、山も谷もない日々の繰り返しだと思う。


 だから、こんな私にはこれからも同じような日々が続き、何かが起こるはずなどないのである。



********************************



 歓声が聞こえて、冷たい石床の上に座り込んでいた私は、周囲を見回してきょとんとしてしまう。


 石造りの広間の中央に私はいた。


 初めに目に入ってきたのは、私の正面にいる穏やかそうな中性的な男性だった。長く白い髪と神秘的な紫の瞳が、明らかに現実世界の人ではないと物語っていた。白髪の男性の向こうに、不機嫌そうな金髪碧眼の男性がいる。お約束のようなキラキラ王子様っぽい外見だ。その隣で驚いたように目を見張っている鮮やかな赤毛の男性も、漫画から出てきたようだ。


 他にも何人かいたが、皆、まるで漫画かアニメのキャラクターのような不思議な服を着ている。髪の色がここまで奇天烈ということは、いわゆるコスプレイヤーという人たちなのかもしれない。


 状況が解らなくて、私は握っていたものを抱きしめる。それはいつも使ってる枕だった。


 私が枕を抱き締めたのを見て、我に返った様子で白髪の男性が動いた。

「ようこそ、異界の巫女様」


 彼はそう口にして私に跪いた。


 その台詞に閃くものがあった。


 これは異世界召喚という、ライトノベルで流行っている設定じゃないだろうか。私はこの世界を助けるために異世界から召喚されてきたという設定? なんてありきたりでオーソドックスな設定だろう。つまりこれは小説を読みすぎてる私の都合のいい夢ということなのか。


 にしても、二十代も半ばを過ぎたおばさんがヒロインというのは、ちょっと無理がありすぎる気がするけどな、私。


 勝手に夢認定して、一人で納得している私にツンケンとした声が届いた。。


「状況が解っていないようだぞ。本当にこんなのが巫女なのか?」


 私が話しかけられているわけではないのは判るものの、彼の不機嫌の原因が私だということぐらいは見て取れた。


「殿下、召喚の儀は成功しています。彼女は確かに異界の巫女です」


 なんだか、私のことで言い争ってる?


 特に二人を止める者もいない。


 しかし、私ってば今の状況になんて場違いなんだろう。


 持っているのは枕一つ。私の姿と言えば今日買ったパジャマの上を羽織っているだけ。


 パジャマの上だけ?


 私は自分のお尻に当たる物にハタと気づいた。お尻に直接石の冷たさが伝わっているのだ。それって、下着をつけていないってことだ。もちろんブラジャーなんてものも身に着けてない私は、裸に近いような格好だということだ。そして、それを見ず知らずの男性達に見られているということで。


 あまりのことに、私は全身真っ赤になって、持っていた枕を更に抱き締めた。


「まったく、少し気を抜くと、君はすぐに異世界に誘拐されてしまうんだから。何もそんな格好で連れ去られなくても」


 部屋の中に闇が立ち込め、呆れた声が響く。突然起こった事態に、男達が動揺する気配を感じた。それとは対照的に私の緊張の糸が解けた。何よりも安心する声だった。私は安堵の息を洩らす。


 黒い霧とでもいえばよいのだろうか。散乱するそれが、私の目の前に収束して闇の形を作る。


 瞬時にそれは人の形を作り出した。


 銀の髪に、鮮やかな紅い瞳。人外の彩りをした麗しの魔人。身に着けているのは、私と同じ模様の青と緑のギンガムチェックのパジャマ。あれ?


「正弘さん、同じパジャマ着てくれてる」


 嬉しくて思わず首に抱きついてしまう私。


「当たり前でしょう、君が昨夜プレゼントしてくれたんだから」


「ペアルックに嫌な顔してたよね」


「違う。ペアルックが嫌なんじゃなくて、君が可愛すぎるから」


「そういうのは、夢ではなくて現実で言ってほしいかな」


「善処します。別に、これ夢ではないんだけどね。ま、いいか。帰ろうね」


 私を抱きしめて、優しい声音で囁いてくれるのは、愛しい旦那様。こうやって抱かれていると眠気がすぐにやってくる。もう、条件反射みたいになってるのかも。


 そう思いながら、私は後は夫に任せて瞼を閉じた。



********************************



 温かいなあと思いながら目が覚めた。


 目の前にはがっしりした胸板があって、私は愛する旦那様にしっかり抱き込まれた形で眠っていたらしいことを悟った。まあ、いつものことだけどね。


 いつもと違うのは、その体に私が昨夜プレゼントしたパジャマを着ていることだ。


 仲のいい私たちはいつもがっつりエッチして眠ってしまうので、裸で目を覚ますことが多い。


 冬に向けて、これは困ったことだと思い、私はお揃いのパジャマを買ってみた。


 プレゼントって渡したら、何やら不機嫌そうに受け取って、そのまま私のパジャマを脱がし始めるから、気に入ってもらえなかったのかとちょっと残念に思った。で、まあ、結局はいつものパターンでがっつりいただかれてしまったから、私はパジャマを上しか着ていないのだけれど。


 それでも、二人とも裸じゃないのは久しぶりかも。一応計画成功かな。


「おはよう」


 ゾクリとするような素敵な声が私の耳をくすぐる。


「おはよう。私、また変な夢見ちゃった。小説の読みすぎかなあ」


 言いながら、私は頭を彼の胸に埋めた。


「パジャマ、嫌じゃない?」


「嫌じゃないよ。嬉しかった。ありがとう」


 彼の声に思わず口元が緩んで、にへらと笑ってしまった。


「正弘さん、そのパジャマ着て出てたよ。私の夢に。髪の毛銀色で、目の色も違ったかな。悲しいくらいパジャマが全然似合わないの。そりゃ、着るの嫌がるよって思っちゃうくらい」


 顔を上げた私の視界に、何やら眉間にしわを寄せる旦那様がいた。


 手を伸ばして眉間のしわを取りながら続ける。


「今の正弘さんは思った通りとっても似合ってる。かっこ可愛いです。でも、眉間のしわは可愛くない」


 彼は何やら思う所があったのか、額に触れる私の手を握った。


「君は可愛すぎるから、食べたくなってしまうね」


 耳元で囁かれて、握られていた手の指先をぱくりと咥えられてしまった。


 ひー。な、なんてこと。


 気付くと押し倒されちゃうというのが常のパターンなので、こんな風に言葉にされるとものすごく照れる。こんなセリフ恥ずかしくないのかなあ。


 顔を赤くして、またもや、にへらと笑ってしまう私だった。


 結局は朝からいただかれてしまうことは変わらないのだけれど。


 いつもの朝。いつもと変わらない日常。そして、平穏な一日が今日も始まる。










お迎えに来てくれる旦那様って、かっこいいなあとか思って書いてみた、ゆるい話。

奥様は過去に何度も異世界召喚に遭ってるけども、その都度今の旦那様が連れ戻していて、彼女は全部夢だと思っている。

奥様は異世界転生にも何度も遭いかけているらしい。まあ、死んでないから、転生の方はしたことはないようだ。


旦那様、何者なんだろうな。

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