王女の決断
城の外にたどり着き、門の様子を窺うとメレディス団長が指揮を執り、白竜騎士団が警護をしていた。彼女はこちらに気づくと、ホッと安堵の笑みを見せる。
「あぁカトレア王女殿下、ご無事でしたか!」
「これはどういう……?」
赤虎騎士団が城内を闊歩していたのは知っていたが、白竜は外で動いていたのか。
使用人の服を着て擬態している王女殿下を一瞬で見ぬいたことは置いておきつつも、彼女が敵でなさそうなことは幸いだった。
「事態を聞き及んでな、不審者を通さぬよう我々は動いていたのだ」
「なるほど。実行犯に逃げられてはかないませんものね」
「実際のところは、少々きな臭い動きがあったので門を確保したかった、というのが本音なのだがな」
そう言ってメレディス団長は城を見上げた。その瞳には憂いの色があるように思えた。赤虎騎士団はどうやらカトレア王女を探しているようだった。これが保護の為ならば良いのだが、どうにもきな臭い。そう感じ取ったのは俺だけではなかったようだった。
「それよりケヴィン殿は、良くここまで辿りつけたな」
「なんとか、という感じですね。誤魔化し隠れ、ここまで来れましたが正直にいうと、最悪は強行突破も考えていました」
「だろうな。我等が門を確保していなければ、そうせざるをえなかったろう」
これが国王、並びに次代を担う第一王子であれば城からの秘密の脱出路なども知っていただろうが、生憎と俺は単なる従者であり、カトレア様もそういった立場から遠い微妙な立場の王族だった。
そうなると城からの脱出まで誰にも見つからず、とはいかないのだ。
「それで、これからどうされます」
「どう、とは?」
「惚けている時間もないだろう。貴殿はカトレア王女を連れてどうするつもりか、と問うているのだ」
その答えによって私の動きも変わってくる、と小さな声で言ったメレディス団長。城を改めて仰ぎ見れば、爆発によるものだろうか、王族区画があったはずのところのあちらこちらの壁が剥がれ落ち、無残な姿を晒しつつあった。
「赤虎の連中がここに来る前に貴殿らを逃したい。だが、私も貴族として問わねばならないのだ。我々の利益を損なうのであれば、相応の行動を取らなければならない」
「利益か」
「おそらく赤虎は抱き込まれた。我々もそれに続くべきか、それとも皆田舎にでも返すか」
クッと皮肉を言うように笑んだ彼女の言葉の含意は遠回しなものだ。思考を冷たく、情を抜きにした話として考え始める。
つまりこれは、白竜騎士団までコーディ殿下に傅くべきかどうか。意見を求めている。そして俺にそんな意見を求める理由は――。
「カトレア様」
後ろをチラと見る。カーヤの格好をした彼女もメレディス団長の意に気づいたのだろう、手を唇にあて、黙考しているように見えた。
「私が王位継承者としてどう振る舞うか問いたいのだな?」
「はい。立っていただけるならばアシュベリー家は貴女様を匿う用意があります」
「っ!」
……想定はしていた。
アシュベリー家は辺境伯、南部地方の取りまとめをする大貴族の家系だ。メレディス団長はその家から中央へ出仕しており、北部と南部の政治を繋ぐパイプ役まで兼ねている。
武力集団のトップでありながら王国全体の政治の支柱となる立ち位置にもある。その特異性こそが、俺が無理をしてでも彼女と繋がりを持った理由の一つである。
「国を割りますか」
「その覚悟はあると、実家からは委任状を頂いている」
そう言ってメレディス団長は背後の騎士たちを見やった。どうも、最悪の場合を想定して実家と騎士団どちらの意思も確認していたらしい。
――とどのつまり、優先度だな。後継者争いが起こった場合、第二王子よりはカトレア王女の方が『マシ』だと判断くださっていたということだ。
「これほど唐突に政変が起こるとも思ってなかったがな」
それも本音ではあるのだろう。俺とて、もう少しなんというか……慎重な動きがあると思っていた。ここまで暴力的に国の中枢を破壊するような内乱を起こされるとは考えてもいなかった。
短絡的。しかして、効果的。
だがその利益は誰に? コーディ第二王子が享受するとは思いがたい。
「さて。どうされますか、王女様」
「…………」
答えを保留して出ていこうとしていた俺と王女に、選択肢が突きつけられる。この状況になってしまうと、もし仮に王女としての義務を果たすならばアシュベリー家を頼らないという手はない。それほどに有り難い受け入れ先だ。
地理的にも実力的にも、アシュベリー家が担ぐならば代替わりした王を愚王、偽王と糾弾することは不可能ではないのだ。それだけの条件が揃っている。
カトレア王女は元来政治的な力を持たない。彼女の価値は、かろうじて持っていた王位継承権。コーディ第二王子を除いてただ一人それを有する王族であるということ、それだけだ。だからこそ、この申し出は唯一無二で、他の貴族に庇護を申し出てもこうはいかないだろう。うまくいく可能性は極めて低い。
そしてそれは彼女も痛いぐらいに理解できているはず。情勢をわからぬような、判断の出来ないような主ではない。
苦みばしったような表情で、考え始めるカトレア王女。
王女であることを捨てるのか、或いは――?
俺は、そのどちらであっても力になる。そう決めている。
「メレディス、といったな。そなたに率直な意見を問いたい」
「何でしょうか」
「私が一介の町娘になるとしたら、どう思う」
「……ただただ残念だ、としかいえません。もしかしたらコーディ王子は国王になることで施政者としての自覚を持つかもしれませんし、貴女様が立たないことで国が混乱しない未来もあるかもしれない。そうであったならば、もしかしたら平民となって笑う平穏な未来もあるかもしれませんね」
それはあまりにも希望的に過ぎる仮定だと思う。そう思ったのは俺だけではなかったようで、カトレア様もまた諦めたように苦笑いした。
「もしかしたら、そんな未来もあるやもしれないか……。分かった、アシュベリー領に行かせてもらおう。その上で暫く王都の情勢を見て、生き残った次兄殿が国王に相応しくなくば――」
「私が王国南部から、女王として立とう」