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王女様に蹴られた日

 試合を終えると、カトレア王女に叱責された。理不尽だ。


「無茶をしすぎだ!」

「いや、大した傷は負ってませんよ」

「じゃあその血はなんだ!」


 ……あぁ。


「これ、殆ど偽物の血なので」

「はぁ!?」


 あ、血袋を潰してみせたの、やっぱり見えてなかったのか。まぁ遠目からだとわからないよな。


「殆どはかすり傷ですよ。足をちょっと挫いたりもしましたが許容範囲です」

「そうは言うが、医療魔術師に見てもらうべきではないのかね」

「勘弁して下さい」


 多分俺は今、大変な苦笑いをしていると思う。割りと疲労困憊なのもあって、それが精一杯だ。

 ……しかし、流石にメレディス団長は強いな。搦め手を使ってようやく勝ちが手繰り寄せられる。これだって、うまくハマったから良かったものの、何度も通じるものではなかろう。

 彼女ほどの強さの敵を相手にすることは考えたくないが、もっと手札は欲しいところだ。


「あ、でも王女様に手当してもらえるなら嬉しいです。今回は私の個人的な試合でしたし、そんな望みを叶えてもらおうとは思ってませんけど」

「キミってやつは……」


 呆れ顔。白目で見られても、なんてことはない。彼女に敵だとみなされなければ問題ないのだ。むしろ無表情より、こうしてコロコロと表情を変えてくださったほうが俺は安心するし嬉しい。


「とにかく! 大したことがないというならばその血を拭いたまえ!」

「かしこまりました」


 心配顔に呆れ顔。素晴らしかった。脳内メモリーにちゃんと保存しておこう。



※ ※ ※



 そして身体を清め、改めて王女の部屋に入室する。

 ついでなので、研究に没頭される前に話せることは話してしまおう。


「それよりどうでしたか。私は貴女に見合う力を示せましたか」

「ん。んん……」


 俺の問いに、カトレア様は眉間に皺を寄せる。そんな風に考えこむ姿も可愛い。


「確かに腕は立つ、ようだな。あのメレディス騎士団長とあれだけ競り合ったのだ。何故キミは騎士になっていないんだ?」

「貴女様に仕えるためですよ言わせないでください恥ずかしい」

「む、むぅ。冗談でもからかうのはよしたまえ」

「冗談ではありませんとも」


 にっこりと笑んでみせる。たじろいだような彼女の仕草に、畳み掛けるように言う。


「嘘も冗談も謀も何もありません。私は貴女に仕えるために――」



 ――こん、こん。





 ああああああぁぁぁぁぁぁもうううううう!

 ドアノックめえええええええええええ!

 折角こっちが点数稼ぎしようとしてるんだから空気読めよチクショウ!


「む、入り給え」


 俺は内心絶叫しながらも、一瞬で取り繕うようにし、王女の側仕えとしての適切な距離をとったうえで姿勢をただした。


「カトレア第一王女殿下、失礼致します」


 音もなく扉を開け、形式張った挨拶、そして恭しげに書面を俺に渡してきた。

 ――誰かからの手紙か、面会希望といったところか。

 こういうものは貴族が手に取るものではない。お互いの従者が扱うものだ。俺も相応に礼を尽くし対応する。


「ご用件は?」

「コーディ第二王子殿下が面会を希望されています」

「日時のご希望はありますか?」

「こちらとしては三日後以降を考えています。細かい日時の指定は受けておりません」

「ふむ……」


 チラっとカトレア様の方を向いて意向を確認する。すると彼女は一瞬目を伏せ、小さく頷いた。こちらに任せる、という合図だ。

 ……まぁ、正直この王女様は社交界にもあまり接点がない。予定に余裕など有り余っている。


「わかりました。では三日後、昼食会という形では如何でしょうか」

「かしこまりました。そのように主にも伝えておきます」


 互いに手を合わせ、礼をする。

 そして使者がいなくなったのを見計らい、互いにため息。俺は噂で聞くだけだが、正直会いたい相手ではない。

 そしてそれはカトレア様も同様であるようだった。いや、むしろ実際に知っている分俺よりも忌避しているのやもしれない。


「面倒をかけるが、付き合ってくれ」


 キミ以外に今付き合える従者が居ない。言外にそう言われると、頷くほかない。そもそも彼女を悪意から守るために俺はこの立場を選んだのだ。面倒とか嫌だとかそういう話ではない。


「女狂いのコーディ殿下か……」


 言っちゃ悪いが、廃嫡にされていてもおかしくないレベルの噂を聞く御仁だ。なまじバーナード第一王子が優秀だと喧伝されてるから余計にそう思える。

 それでも何故か、王位継承権を手放していないのは何か後ろ盾があるのか。ここのところのきな臭い動きも含めて考えると、この呼出しは気が進まないが、断るのも角が立つ。

 全く面倒くさい。貴族ってのは本当に面倒くさい。王族ともなるとそれを通り越して雁字搦めだ。



※ ※ ※



 三日後。


「着替えるので外に出たまえ」

「手伝います」


 きりりっ。間違いなく今この時の俺はすべての邪念を消し去ったイケメン顔をしていた。


「出て行けえっ!」


 蹴りだされた。

 ……貧弱引きこもり王女のくせに、随分と力強くやられた。女の恥じらい強い可愛い。というか多分アレ肉体強化魔法使ってるよな大人げない。


「痛ぇー」


 でも割りとご褒美かもしれない。いや俺Mっ気はないんだけどね? でもカトレア様がくださるならなんでもご褒美っていうか。あ、きもいですかそうですか。

 しかし、ふむ。カトレア様は自分で着替えをする。それは王族としては、いや貴族として見てありえないことだ。

 他人に素肌を晒すようなことをしたくない――つまりは、無防備な状態を誰かに委ねたくないということだが、つまり、そのタイミングで誰か裏切られたことがあるということだ。


「ままならねーな」


 出来るなら俺が、というのは下心も百%あるが、出来るなら俺が彼女の信頼を得て、何もかもを委ねられたいと願う部分もある。それも含めて私欲だと言われてしまえばそれまでだが……。

 それでも、今までの従者たちが誰もかれも気に入られなかったというのだ。ならば、自分が頑張ってその心の隙間を埋めて差し上げたい。そんな風に思うのは……不敬だろうか。貴種だろうと平民だろうと、俺は彼女が泣いていたならばきっと同じように惚れていただろうし、同じようにその涙を拭いたいと願ったはずだ。そこに嘘偽りはない。それだけは神にだって誓える。




 いつか彼女が何の暗器も持たず、魔道書も手元に置かず。「似合うだろうか?」なんて街の服屋ではにかんで、無防備に安心しておっしゃってくだされば。それはきっと、俺が生きた意味になると思うのだ。




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