シャルナ・リュニエル
「あら。これは……」
シャルナは僅かに動揺を隠せず、言葉を失った。
偶にこういうことが起こることは知っていた。だが、まさかこんな大事な時に起こるとは。
「あ、あぁぁ……」
銀髪の少女……フェリエットと呼ばれていた少女は今まさに吸血鬼として完成された。その背からはその証足る翼が生えてきていたし、彼女の肌に血は通っていた名残はもはや見られない。人として居た頃の姿を色濃く残すツァトラと違い、彼女はかなり自分に寄った姿へ変貌したようだった。
それは喜ばしい。頼りになる配下が手に入った証であるのだから。だがしかし。
「……申し訳ありません、主様」
度々繰り返されていた彼女の謝罪はかつての上司に向けたものから、シャルナに向けられたものとなった。それはつまり魅了と支配が完全になった証であるのだけれど……。
「初めてだからか。やり過ぎてしまったのね」
そう、彼女は初めての吸血で失敗した。
「処分は如何ようにも」
殊勝に頭を垂れ、仕置を望む姿はシャルナにとって満足の行くものだった。ツァトラも強力な手駒ではあるが、元々が強者であった為か少し扱いづらいきらいがある。そこが好ましいところでも有り、難しいところでもあるのだが。
「いいえ、不問とします。しかし幾らか練習すべきね。帰り際にでも何人か平民を浚っていきましょう」
「はい」
人を浚うということにもフェリエットは微塵も動揺を見せなかった。シャルナの命令が優先されている証だ。
「……約束は守るべきかしらね」
チラッと血溜まりを見やる。触れようとは思わない。自分が吸血鬼であるとしても、死体が沈む血の海に心動かされるものはない。幾ら食事とはいえ死体から血を啜るなど悍ましい。
原型を留めているのだろうか。あまりにも多量の血に塗れている為、遠目からでは彼の身体がどのようになったかは分からない。
……ツァトラに調べさせようか。
顎に手を当てて、少しそんなことを考えていると可愛らしい新たな女吸血鬼はこう進言してきた。
「早めに外に出るべきではないでしょうか。城に入り込んだのは私達だけでしたが、白竜騎士団の私の仲間たちもこの王都には浸透しております」
こうしてわざわざ忍び込んできていた以上、彼女は王女側の人間だとは思っていたが騎士であったらしい。
その言葉に一考の余地があることを理解したシャルナは片眉を上げる。それを見て取ったか、ツァトラも口を挟む。
「姫さん、コイツは確かあのメレディスが可愛がってた部下の一人だったはずだ。戦う能力はそれほどじゃねぇが、特殊技能を修めてるってやつらの中に居た記憶がある」
「姫は止めなさいと何度も言っているでしょう。私は旦那様と婚約していたのよ?」
「別に呼び方は好きにさせてくださいよ」
何故かそれだけは譲らないツァトラの様子に思わず顔を顰めそうになるが、気を取り直す。
仲が悪いとはいえ白竜と赤虎は王都を守る双璧の騎士団であったのだ。だからこそツァトラだって白竜の内情を多少知っている。シャルナは暫しそのことも勘案して考える。
「確かに悠長なことをして、これ以上の面倒を起こすのも好ましくはないわね……」
ツァトラと互角に戦い、この城に潜り込んでシャルナを確保しようとした片割れである従者。是非とも欲しかった逸材を事故で殺してしまったとはいえ、ツァトラにこのフェリエット。十分な収穫であったとは言える。それに、ここまでの王国の騒乱、混乱を考えればもう此処に留まる意味は薄いだろう。
……ツァトラをわたくしのものにした分、旦那様の勝利確率はガクンと下がっているはずですしね。
勝てば良い。だが、恐らく難しいとも思っている。
人の世で自分を愛してくれた方を見捨てるのは心苦しいが、シャルナにも使命がある。一人の人間に肩入れするには限度があった。
「……潮時ね」
小さく息を吐く。時を見誤れば、たちまちこの身を危険に晒すことになる。それだけは絶対に防がなければならない。
「帝国の利益だけでなく、わたくしのために。着いてきてちょうだい」
「「はっ!」」
自ら傀儡にした、二人の吸血鬼を前にそう述べる。人格も何も無視して忠誠を誓わせておいてそんなことを宣う滑稽さを誰よりも自身で理解しながらも。
――シャルナ・リュニエルは決して止まらない。




