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メリサンドの導き

 王都とは言うけれども、各国の首都というのはそれぞれ特色があるものだ。

 たとえば帝国の首都シュノリウムは要塞都市とも呼ばれその中に居る人間は殆ど全てが軍人、或いは貴族であるという。つまり平民が暮らす余地はなく、皇帝の居城としての性格が極めて強い。また文化立国を標榜し、一切の軍事力を(名目上は)持たないとされるジュノン都市同盟の首都は演劇と音楽の都として大陸でも名高い。


 翻って、このラウルスの首都フローレンはというと王城とその城下町で構成された都市であり、王のお膝元、といったところだ。かといって貴族だけの世界ではなくその城下町には多くの平民が住んでいたし、農地だってあった。

 王都の中で生活が完結しうる。そのぐらいには栄えていたし、余程のことがなければ自給自足で籠城戦だって出来る中々悪く無い街だったのだ。


 ――だがそれも、嘗ては、という但し書きがつくようになった。


「酷いな……」


 がらんどう、という表現があるが。

 かつて賑々しく栄えた王都の中央広場に人っ子一人見られやしない。

 家々に目を向けてもしんとして、窓から灯りが漏れてくることもない。気配を探れば、決して誰一人として居ないというわけではないということは判るのだが、これではゴーストタウンもかくや、といった有様だ。


 息を潜めるように暮らす人々。何かに怯えるかのようなその様子には言葉も出ない。

 同じように思うのは、俺と共にきているフェリエットの仲間たちもであるようで、振り返って伺えば顔を顰めたり、頭を振ったり、ため息を吐いたり。

 ……思うところはあるよなぁ、そりゃ。


 もちろん、誰も居ないわけではない。

 道を見回るようにして、我が物顔で歩いている騎士様が居る。赤虎の予備戦力だろう、王都の防衛を任されているに違いない。

 或いは彼らが勝手をするから、それに見つからぬよう。捕まらぬよう都の住民は外に出ないのだろうか。


 とにかく、喧騒に紛れることが出来ない以上、俺達はその眼を盗んでとにかく裏の細道を選んで歩いて行く。目的地はわかっている。複雑な道でも繋がりを暗記している者も居る。

 何より俺を除いて、何だかんだと場慣れしている人間ばかりだ。

 囮や小細工を駆使して目的の宿屋にたどり着くのに小一時間も掛からなかった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 辿り着いた先は、何の変哲もない宿屋であった。王都の中でも少し入り組んだ街路の中の一角。場所代が安く済むのだろう、と想像がつく少し鄙びた感じを受けるような、そんな安宿だ。

 ちょっとだけ不便だけどその分安い、そんな想像が出来る――本当に、知らなければ疑問も持たないような宿だった。


 そこが実は、王都を護る騎士団が持つ隠れた拠点の一つだとは誰が知ろう。

 この非常事態だからか、客など誰も来ていないであろう――事実『Close』と小さな看板が引っ掛けてある――扉に、俺は数回ノックをした。


 ……本当は、ここで何回ノックをするか。

 そんなところでさえ、色々と取り決めがあるらしいが今回は気にしなくて良いとフェリエットは言っていた。

 彼女が潜り込んだ時点で、ある程度までは状況の説明も伝わっているらしい。何とも頼もしいことだ。

 であるから、俺がすべきことはただひとつ。


「すみません、今閉めてるんですよ」

「あぁ、すみませんね。メリサンドから導きがありまして」


 メリサンド。背に竜の翼を持つと呼ばれる蛇の乙女。

 フェリエットが招いた、という意味では間違ってはいないのだが、自分をそのようなものに喩えた背景は少し気になる。


「牙がご入用で?」

「いえ、同士とともに翼を休めたく」


 言葉遊び。しかし、その言葉遊びがお互いを知るための手段であった。


 ――我等白竜、護国の牙。

 白竜騎士団の合言葉を知るものは、団員の他にそう多くはない。カトレア王女に剣を捧げた時に宣誓していたが、そういった時にだけ用いられる団訓であり、彼ら彼女らはそれを喧伝してはいなかった。

 そしてその護国の竜を同士としているからこそ、翼を休めるなどという単語が出てくる。


 『メリサンド』、『牙』、『同士』に『翼』。


 フェリエットから受け取った地図の中に走り書きされていた内容。そこから四つのその単語を巧く用いることが合言葉であると読み取った時は、随分と徹底しているものだと苦笑いを浮かべるほかなかった。

 そして。


「かしこまりました。入場料を」

「えぇ」


 キィ、と小さく開け放たれた扉から手が伸ばされる。素早く、そこにフェリエットから受け取っていた紙片を握りこませる。

 ……言葉で開けて、物でも示す。

 なるほど。ここまでやっておけば何かの間違いということは起こりうるまい。

 ……フェリエットは常にどこまでも慎重を期さなければいけない世界に居るのであろうし、今この事態は万が一があってもいけない状態だ。

 だからこそこの徹底ぶりは寧ろ自分としては安堵するし、この見た目安宿にしか見えない場所が、真に安全地帯であることを確信できる。

 少しぐらい、落ち着けるかもな。


「……どうぞ、お入り下さい」



 ――王都の活動拠点を確保できたことは、何よりの僥倖だ。

 


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