神速の剣と戦巧の魔弓
練兵場に足を運ぶと、騎士団は訓練中だった。
まぁ当然だろう、彼らは王都の防衛を任された精鋭たち。民と国を守るためその力を磨き続けているのだ。
「おや? これはカトレア王女殿下。それにケヴィン殿」
そして俺たちが近づいてきた気配を察知したのだろう。他の団員たちが訓練に精を出す中、メレディス団長だけはいち早く周囲の異変に気づいた。
カトレア様はその遠くから声をかけられたことにビクリと驚いたようだったが、その動揺を取り繕うようにして胸を張った。可愛い。
戦乙女とも称される武人であり、国外にも名声轟く騎士団長殿だ。王女とはいえその名と実力に畏怖を感じるのは無理も無い。
俺たちはメレディス団長に近づき、頬を掻いた。
「遅くなりましたが、約束は有効ですかね」
「無論だ。私から誘ったのだからな。それより、殿下までご一緒に?」
団長が俺の横の王女に懐疑の視線を送った。カトレア王女がこうして外に出るのは珍しい、ということだろう。元より、魔法好き研究好きの変わり者であり、人嫌いだ。
「私が戦うところを見てみたいそうで」
「ほう、それはそれは。格好悪いところは見せられないな男の子」
「ははは」
バチバチ。どちらともなく闘志をぶつけあう。
彼女のことは優れた武人だと知っているが、俺もそれに負けない気持ちを持っている。相手が誰であろうと、その気持ちを持ち続けられなければ誰かと戦うことも誰かを守ることも出来やしないのだ。
無論、恨みつらみといったものではなく爽やかなもの……だと思う。
「さて諸君、少し自己鍛錬をこのまま進めてくれないか」
パンと手をたたき、メレディス団長は団員たちに指示を出した。
「私はこれよりケヴィン殿と試合を行う。良い実践訓練になるだろう。見学しても構わん」
ざわ。
騎士団の者達の視線がこちらに集中する。
その視線に混ざる感情は様々だ。懐疑、羨望、嫉妬。
俺は何度かこうして騎士団の訓練に混ぜてもらい、そしてメレディス団長とも手合わせをしてもらっている。そんな俺のことを認めてくれている者も居るし、同時に単なる従者風情が、と見下す者も居る。
だが重要なのはそこではない。
「久しぶりの試合だが、形式はいつものでいいか」
「えぇ。得物に制限なし。使用する技術に制約なし」
「それは何でも有りというのではないかね?」
試合というならルールがあって然るべきだ、とカトレア様は首を傾げた。だが、俺とメレディス団長は意味深に笑いあった。
「実戦を想定した試合とはそういうものですよ、カトレア様」
「その理屈はわからなくもないが、子供に教え諭すような言い方はやめてもらえないか」
ぷくう。頬を膨らませたカトレア様。可愛い。
「殺し合いでない、ということが試合の大事なところだな」
うんうん、と頷くメレディス団長。
実のところ、俺とメレディス団長の場合、力を発揮する距離とその得物が違いすぎてそれを統一することはあまり互いの為にならない。
「君の弓と私の剣。久々にどちらが疾いか決めようじゃないか」
可笑しそうに笑うメレディス団長の仕草に、俺はこそばゆい思いを覚えた。
※ ※ ※
剣と弓の異種戦闘。それ故に彼我の距離は五十メートル。こちらが一方的に有利のように思える距離だが、そんなことはない。
互いの武器を構え、向かい合う。これだけの距離となると、相手の顔の表情を正確に読み取ることは出来ないが――。
王都騎士団の練兵場だけあり、広さは十二分。まだまだ互いの周囲の空間に余裕がある。
そして、一つ鐘が鳴る。
正午を意味するその鐘の音を合図として、俺たちは戦闘を開始した。
「疾っ!」
相手を牽制するように、弓矢を数発放つ。
だがメレディス団長は走りながら剣を振るい、その高速で飛来する矢を切り捨てていく。
それは紛れも無い達人の技であり、思わず感嘆のため息をもらしたくもなるがグッと堪える。この程度で感動していては、命が幾つあっても足りやしない。
「行くぞっ」
そして一瞬にして距離を詰められていく。この一瞬で懐に入り込まんとする規格外の剣が、彼女の強さだ。
あと十メートルもない距離まで詰められてしまうと、こちらは少し困ってしまう。近づかれるわけにはいかない。
俺は先ほどと違う黄色に染められた矢を番え、今度は敢えて軌道をズラして放つ。
上空に放たれ落ちていくその弓矢にメレディス団長は眉をひそめたが、やがて俺の弓がどういうものか思い出したのか咄嗟に横に飛び退いた。
その瞬間、惜しくも命中とは行かなかったが一筋の雷が彼女の足元を襲った。そのまま駆けていれば勝負を決められたであろう一撃だった。
「相変わらず厄介だな君の魔弓は!」
「お褒めに預かり光栄」
にやりと笑いつつ、しかし脳裏ではどう戦うか頭を高速で回転させる。
俺の持つ弓は魔弓『梓弓』。特別製の木弓であるが、同時に魔法武器でもある。転生者という特殊な身故か、魔法適性を全く持たない俺が間接的に魔術を使用するための媒介である。
「一体どんな原理になっているのだろう……な!」
「おっと!」
次の一手を考える暇は与えてもらえないらしい。いつの間にか態勢を整えた彼女が横腹を狙って刺突を放ってきた。
何とかその疾すぎる剣筋を避けるが、しかし掠ったのだろう。血飛沫が上がる。
「ケヴィン!?」
何人かの騎士団員の息を呑む気配と同時に、聞き慣れたお嬢様の悲鳴があがった。なんだかんだいってそうやって心配の声をあげてくれるのは嬉しいものだ。心根の優しいカトレア様可愛い。
だからこそ、心苦しい。
俺は無造作にその横腹に片手を突っ込むと、その血の塊をメレディス団長に投げつけた。
「くっ!?」
当然それは彼女に対して視界を塞ぐ目潰しとなる。ベットリとした血糊は不快感もたっぷり与えられたはずだ。俺は距離を少し取り、今度は青と赤の矢を放った。
氷と炎。相反し、且つカトレア様が得意とする二属性の魔法が込められている。
左右からそれぞれ襲い来る冷気を纏った矢と燃え盛る矢。相手は目潰しを喰らい、状況の把握が間に合っていない。
普通ならばこれでチェックメイトだ――が。
「風刃!」
ホントこの世界は反則だと思う。或いは彼女が反則的なのか。
視界を潰されたままでも関係ないとばかりに、辺りに鎌鼬が無差別に放たれた。不可視の風の刃が二つの魔法の矢を叩き落とす。
彼女の剣は魔法剣ではない。というか俺の魔弓は相当苦心して作った、この世界でも希少なはずの武器だ。多くの人に協力して貰ってもいる。そう簡単に真似されたとは思いたくない。
つまり彼女は当たり前のように魔法じみた剣技を扱うのだ。
「いつ見ても思いますがどうみても魔法ですよねそれ」
「君こそおかしな方法で魔法を使うじゃないか」
「それを剣技と言いはる方がおかしいです」
「それは神天流創始者に聞いてくれ」
ちょっとしたじゃれあいのようなやり取り。彼女の修める流派、というかこの世界の武技というのはどうやら無意識的な魔法の発動と武術の混合から成るものが多いようだ。超人的な体力を身につける人間が居るのも、魔法が使えないと自称しながら様々な現象を引き起こす戦士が居るのも、何もかも不可思議ではあるがこう考えればその疑問も解決できる。
――ファンタジーバンザイ!
というわけで、俺もそうやって手に入れたファンタジーな力と、小賢しい知恵で何とか彼女と渡り合っているのだ。
「ところでこの血は何だ。驚いたぞ。動きからしてもそこまで深い傷を負ったわけではなかろうに」
そもそも傷口に手を突っ込んだのに苦悶の表情さえ浮かべないとはどういうことか。そんな風に問われた俺は、苦笑する。
「血糊……まぁ、偽物の血をですね、袋に入れまして」
服の中に仕込んでおいていた一つ、まだ破れていないそれをこれ見よがしに取り出して見せた。
「後はまぁ、これを利用すると」
そしてそれを片手で潰すと、そこからまた血が滴って落ちる。
これは本当に便利な小道具である。最悪死んだふりをするにも使えるし。
アイデアに呆気に取られている様子のメレディス団長。その様子は、常に凛とした彼女におかしみを与えていた。
「君は本当に奇天烈なことをするな」
「そうでもしなきゃ勝てないんですよ」
「面白い冗談だ」
そうかなぁ。
「クロスレンジは勘弁願いたいので幾らでも小細工を使いますよ?」
「そう言いつつなんだかんだ致命傷を避けられるというのは、自信をなくすぞ」
メルディス団長はそう言いながらも楽しそうに笑む。
「ああ、勿体無い。君が騎士団に入ってくれれば直ぐにでも幹部に取り立てるのに」
「組織内に軋轢を生むだけですよ?」
「さてどうだろう。君ならば瞬く間に信頼を獲得してもおかしくない」
冗談めかして言う彼女はどこまで本気なのだろう。全部ではないだろうが。
というか彼女から見た俺というのはどんな存在なのか……。
「そら、まだまだ行くぞ?」
背後から聞こえる声。しまった!
「相変わらずその身の運び方、反則的に過ぎますよ!?」
悪態をつきながらも何とか振り向き、数発の矢を放った。態勢を崩しながらのものなので精度は悪いが――。
「ちっ」
肩と足元、どちらにもなんとか命中。彼女はそこから崩れ落ちかけながらも踏ん張り、また飛びのいた。
あちらこちらに駆けまわり、死角から鋭く斬撃が飛んで来る。なるほど神速のメレディスと呼ばれるわけだ。
何せ矢を当てたにも関わらずこちらも一太刀浴びせられている。流石に腕はかばえたが、背中に感じる熱は浅く斬られた証拠だろう。
そろそろ勝負を決めたい。おそらくあちらも同じように思っているはずだ。
「次で終わりにしておこうか」
「出来るものなら是非」
「言ってくれるなぁ。私にそんな風に言う男は、この国でもお前ぐらいだ」
苦笑いのような、複雑な心境から来るであろう笑みを浮かべたメルディスは愛剣を背中に担ぐようにした。
憤怒の構え。上段からの攻撃にも、防御にも優れた構え。
剣を持った人間が本能的に振りかぶろうとすると至るその構えは、達人が術理をもって使ったならばより凶悪なモノとなる。
スピードだけじゃない。対応力だけじゃない。攻撃力も防御力も持ち合わせた、それを打ちくすずのは苦労するだろう。
「だがまぁ、それは剣同士の話でもあるな」
何でも有り。そのルールにおいて、俺ならば可能性はある。
「ハァァァ!」
真正面から走りこむ彼女を迎え撃つ俺。幾筋も放たれていく矢の光は、彼女の剣という煌めきによって叩き落とされていく。
「まだまだっ!」
普段澄まして凛とした姿を見せるメレディス団長が秘めた凶暴性を剥き出しにして笑う。
あぁ、俺もきっと笑っているのだろう。
楽しい。自分の生き方を定め、磨き。そうした先にはこんなに充実したものがある。それを知ることが出来たのは、やはりカトレア様に出会えたお陰であり。生まれ変われたお陰だ。
そして俺は茶色に染めた矢を取り出し、放つ。
「疾っ!」
彼女はその半ば人外じみた直感と認知能力から、通常の矢と違うそれに気がつく。だが切り捨てることによるリスクを勘案すると、避けるように動くしかないはずだ。
そうしてまっすぐ向かってきていた彼女が横に飛んだ――瞬間。
矢が着弾し、地面から壁がせり上がる。それは俺とメレディス団長の間にそびえ立つようにして生成されていく、土の壁だ。
「土壁の魔法……!?」
そして視界を一瞬でも塞げれば十分。俺は上空に五本の黄色い矢を放ち、雷を呼び起こした。
俺は壁越しに彼女を攻撃する手段を持っている。
「だが、甘い!」
……そう。だがそれでも足りない。一瞬でせり上がった壁を彼女は破壊し、そして幾重の軌跡からなる雷をその神速で回避する。そして更にこちらを戦闘不能にせんと憤撃の剣筋が襲い掛かる――
「読めてましたよ」
だが、この程度で彼女が倒れるはずがないと俺は信じていたのだ。そもそも視界を塞ぐ手法は血糊を利用した目潰しに続いて二回目。それで対応されないはずもなく、ならば対策を講じるは必定。
俺はより高くもう1本打ち上げていた赤い矢が地面に落ちたことを確信すると、一枚の紙を取り出した。
符術。矢を用いた魔弓に頼ったそれだけではなく、魔法を自分の肉体から利用できない俺が辿り着いた物品魔術。
その奥の手には、矢から放たれる火を誘導するための魔法が込められている。
火矢が、そのままこちらに向かい来る。彼女の背後、その死角から……!
「なっ……!」
そうして彼女は、背中から撃ち抜かれて。この戦いは終わった。